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選択ーMy choiceー 外伝2 もう一度

作者: 氏姫漆莵

暗い夕方、(あか)りを()けずにテレビをつける。

暗い部屋と俺自身にテレビの色とりどりで明るい色が、目まぐるしく(うつ)る。


(かな)しい。

(むな)しい。


テレビの中では今日も誰かが楽しそうに笑っていて、俺は暗がりの中ただ、ぼんやり突っ立ってテレビを見ている。

仕事から帰って来て、スーツのジャケットだけを脱ぎ、ネクタイを(ゆる)めて。蒸し暑い部屋の中で。


俺は、見ている。


テレビの音は特段小さい訳でもないのに、外の蝉の鳴き声がやけに五月蝿(うるさ)く聞こえて、暑さを際立(きわだ)てているように感じた。

じわり。

じわり。


汗が首に、額に、お腹に……身体全体がベタつく。


ああ。


今日も楽しそうだ。


ああ。


今日も幸せそうだ。


ああ。


今日も……。



それで良い。それで良いんだ。



テレビの中で無邪気に、楽しそうに笑っている。


「お前が笑っているのを見るだけで俺は幸せだ。」

そう、思ったら。


そう、思ったら、急に虚しくなって。


空っぽな自分だけが世界から投げ出されて、たった一人な気がして。

真っ暗の闇にたった一人だけ取り残されたような感じがして。



テレビの音が段々遠くに感じた。




何となく大学を卒業して、誰も知らないような会社に何となく就職して……。

何時(いつ)もただ、黙々と真面目に、(こま)やかに業務をこなして……。

何がしたいとも、何を成し遂げたいとも思わずただ、何のために働いているのか分からなくなるくらいに、働いて。働いて。




ああ。

これが社会の歯車になるって事なんだな。


そう思って働いて。


ああ。

金があるけど時間がないのは本当なんだな。


そう思って働いて。


ああ。

いつもお前は楽しそうで羨ましいよ。


そう思って働いて。


働いて。

働いて。

働いて。

働いて……。




いつまで働くのだろう。

何のために働くのだろう。


それすらもどうでもよくなるくらいに、何もかも諦めて働いて。


俺は結局何がしたいのだろう。

俺は結局何がしたかったのだろう。


ふと、立ち返るとそんな事ばかり重い浮かんで……。


黒くて、もやもやして……まるで泥沼の中にいるようにズブズブの身体がめり込んで行く。そしてそのまま、口や鼻まで泥に浸かってしまって息ができなくなる。


そんな、生き苦しさを感じる。



俺は、選択を間違えたのだろうか。

もし、あの時……。

そう思っても仕方ないのに、そんな事ばかりが頭の中をぐるぐると駆け巡り始めた。

だって、もし違う選択をしていたら違った未来を、今とは全く違う"今"を過ごして……。


過去に戻りたい。

戻れることなら戻って、もう一度……。


ああ。

もう一度選択を。

チャンスが欲しい……。


窓の外はすっかり暗くなっていて、月明かりが眩しかった。

その月を眺めて、俺はゆっくりと(まぶた)を閉じた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


僕は今日もカメラの前で、笑顔を振り撒く。


僕は君なんかいなくても平気なんだ。

僕は君なんかいなくても幸せなんだ。


それを君に伝えるために。


自分でも馬鹿らしいと思う。

子供じみていると思う。


あの時手を放したのは自分のくせに。


彼の気持ちを知りながら。彼が何故僕を拒んだのか知りながら。


僕は。

あんなにもあっさりと彼から離れた。


あんなにもあっさりと終わらせて良いような関係ではなかったのに。

いつでも、何処(どこ)でも一緒に過ごしてきたのに。


彼が泣いているのをわかって(なお)、彼から離れた。彼に背を向けたまま、振り返ることはしなかった。それが彼のためになると信じていたから。

僕は傲慢だった。

いや。傲慢だ。


僕は彼を傷付けた。


それなのに。いや、そうだからこそもう一度。

もう一度あの時に戻って選択をしなおしたいと思っている。


そう。


僕は後悔しているんだ。


もう一度。


いや、一目だけでもいい。

彼に会いたい。

いや、声だけでもいい。

声が聞きたい。


過去に戻ることは出来なくても、彼に会って謝りたい。

僕の過ちを許して欲しい。僕の愚かさを(けな)して欲しい。

僕を(ののし)って欲しい。


ただの僕の自己満足でしかないけれど、そうして欲しい。


もう一度……もう一度君に……。


君に会いたい。

声が聞きたい。



震える手がスマートフォンを取る。

震える指が番号を入力していく。



彼は出てくれるだろうか。


そう思いながら窓の外を見る。

電気を点けていない部屋を、眩しいほど照らす月が浮かんでいた。

その月を眺めながらゆっくりと瞼を閉じ、スマートフォンを耳に当てて発信音を聞く。



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