ただのデート回②
「あーもう、こんなの私たちらしくないわ」
沙由菜は俺のニヤニヤした顔を見て、目尻を下げる。
「私は、人のせいにするつもりはないけど佳乃にそそのかされて変になってたけど、あんたもだいぶ変だったからね?」
と沙由菜は今日の遊んでいる最中の俺を思い出しながらケラケラ笑う。ちなみに、佳乃は佐藤のことだ。
「おい、失礼な。沙由菜がいきなり変に告白してきそうな顔したり、いきなり腕組んできたりしたら変な気持ちになるにきまってるだろ!」
「はい、人のせいにすんなー。でも、あれよね。そーまもドキドキしたでしょ?」
「それは否定しないが!! 沙由菜みたいなかわいい子があんな近くに来られたら困る、本当に困るぞ」
と、俺は正直な気持ちを吐露してみると、沙由菜は見る見るうちにゆでだこのように赤面していく。
だが、その赤面を崩さずに、さらにニヤニヤしながら、
「ドキドキしたんだー。ふふは、あんたも単純ねー。色仕掛けに引っかかるなんて」
とおちょくってくる。こいつに正直は調子に乗らせるな……。
「まったく……。まぁ、それでいいけど、早く決めないと店しまっちまうぞ」
俺のその言葉に沙由菜は我に返ったように、バーベルウサギのイヤリングを元の位置に戻した。
そのとき、バーベルウサギの方を見ていると、俺の目には一組のイヤリングに目を奪われた。別に自分でも趣味がいいとかセンスがあるとかは思わないが、個人的にそれは可愛いかもしれないと思ってしまった。
俺はそれを手に取って、沙由菜に見せる。
「これ、可愛くないか?」
そのイヤリングは土星をモチーフにしており、土星からさらにチェーンにつながる星と月のチャームが左右別々にぶら下がっていた。
沙由菜は目を丸くしながらそれを見つめる。
「確かに、あんたにしてはいいチョイスじゃん」
沙由菜は手に取り、それを耳元に寄せて鏡に向かう。
そして、何度か頷いて、さらに俺に見せてくる。
「どう? 似合う?」
「あぁ、いいと思う」
「そか。じゃあ、これにする!」
沙由菜は嬉々とした表情で大事そうにそれを手で包み、先ほどのヘアバンドと共にレジへ持っていった。
沙由菜がお会計を済ませると、幼い頃に俺についてきたときと同じように無邪気に笑いながら、
「おまたせ!」
そう、俺の元へ帰ってきた。
その後、その店を出ると、もう一店舗寄るといい、そこそこに高そうなセレクトショップへと入り、同じように似合う? と沙由菜に聞かれるが、思った以上には嫌な気がしなかった。
本当にそんなにファッションに関して詳しいわけではないのだが、沙由菜が悩みぬき、俺がいいと思い、それを伝えるととんでもなく突き抜けて嬉しそうな顔を見せる。
結局、沙由菜はその店では同じ襟付きのワンピースを二着購入し、買い物を終えた。その後、俺たちはすぐにその店を出て、目的地も定めず歩き始める。
時計を見ると、まもなく21時を指し示すところだった。色々な緊張感や買い物に付き合っていたせいか空腹など忘れており、いざ用事がすべて済むや否や、俺の腹に住まう虫が大きな音を立てて、沙由菜に腹が減ったと文句を言い始めた。
「ちょっと、おなかの音でかすぎ」
と沙由菜はケラケラと笑う。
「でも、こんな時間までごはんも食べずに付き合わせちゃったもんね。ごめんごめん。晩御飯はー」
「門限もあるし、食べて帰る時間もなさそうだな」
「確かに」
俺らが住まう学校の寮は届け出がない限りは門限が22時までである。女子寮も男子寮も共用の通用口が22時に閉まる。寮の外自体にはいくらでも出ることが出来るが、寮の敷地外にでるのは22時以降はできないという仕組みだ。
一応、学生寮に併設される食堂もあるが、こちらは21時までしか営業をしていないため、それ以降に食事をとるためには自分でご飯を作るしかない。
俺は普段は食堂を用いているが、たまにくいっぱぐれたときはカップラーメンとかで済ませることが多い。
沙由菜はどうだろう。
「俺はカップラーメンの備蓄があるから、普通にどうにもでなるけど、沙由菜は?」
「あー、私言わなかったっけ? 3人部屋の方だし、食堂に行かないで家事は基本的に割り振ってるんだよね。今日はたぶんご飯いらないって言ってるから、家に帰っても食べるものないかもなぁ」
そうそう、女子寮だけに関しては3人部屋がある。これは防犯上っていうのと、親御さんが心配せずに送り出せるようにするための配慮だと誰かが言ってた気がする。
たしかに、年端もいかない女の子を一人暮らしさせたがる親もそんなにいないだろうしな。同居人三人がランダムに振り分けられるのだが、三人が一緒に住むという申請を先にしておけば、仲いいやつと同部屋になることも可能だし、入学初年度以外の女子からは三人部屋制度の方が人気らしい。
俺がうーんとうなりながら解決策を探っていると、沙由菜は俺の袖をゆるくつかむ。
「あのさ、今日そーまの家に行ってもいい?」
「は、え?」
俺の思考は一瞬にして加速度を失う。
沙由菜、今日はもうそういうのやめるって話じゃないのか。
「いやほら、一人でご飯食べるのも寂しいし、全然話しできなかったし、ね?」
逆にここで意識しすぎると、俺こそまださっきのことを引きずっているととられかねないな。そう、男なら余裕を持ってた方がかっこいい。誰かがそういってた。
格好つけたいわけではないのだが、ここで俺がそうやってビビるとまた沙由菜にマウントを取られかねない。
「確かにな。じゃあ、一緒に俺んちで飯でも食うか! 家事分担してるなら、沙由菜は料理できるのか?」
「うん! 任せといてー。こう見えて私料理は昔からやってたんだからねー」
沙由菜は自慢げに胸を叩く。これは少し期待してしまう。女の子の手料理なんて……。とは言わない。普通に、毎日のように同級生の女の子の作るごはんを食べていた時期もあった。
今は懐かしいという気持ちも強いが、なかなか忘れられない経験ではある。過去のことだ。今は沙由菜の手料理が一番楽しみであることに間違いない。
沙由菜は相変わらずへらへらしながら、さっきまでの不可思議な行動を忘れてしまったかのように気分高らかに鼻歌を歌う。
「じゃあ、とりあえず、寮近くのスーパーに寄ってお買い物して、簡単に作れそうなの食べよっか」
沙由菜は鼻歌を歌いながら足取りがより軽くなったかのように帰路に向かう方へ足を進めた。
沙由菜の歌う鼻歌は相変わらずあのロックバンドの歌だ。どんだけ好きなのやら……。と少々あきれた気持ちを持ちつつ、俺もその方向へ足取りを進めた。