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誰のためでもないラブソング  作者: 満点花丸
第二幕:狼少女との一日
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裏の裏、表の表。

  焦って家を出たというのに、モニュメント像の前に沙由菜の姿はまだなかった。いやまぁ、急いで損したとかそんなことは思わないが、沙由菜のことだからしっかりそこは時間を守ると思っていたという俺の評価である。

 制服を着た学校帰りであろう他校の生徒たちもまだまだ遊んでいたいという感情を持っているのか、ゆっくりした歩みでその辺を通り過ぎているのが見える。

 俺らの学校は結構な数の寮生がいるため、街中で制服姿を見たら大体は実家生である。何を隠そう、俺もあゆみもそうだが、翠も寮生だし、沙由菜も寮生だ。

 こんなにも寮生がいるのにはわけがある。例えば、スポーツ特待生は入寮することが義務付けられていたりする。それは割と他にもそういうところもあるだろう。さらにもう一つは受験にもかなりの力を入れている。

 さながらとある予備校のように、実家から通わず常に合宿かの如く勉強に力を入れている。そのため、難関大学へ進学を希望している者には入寮が勧められている。

 あと一つあげるとしたら特待制度にはもう一つあり、家庭の経済状況などを鑑みた特待制度である。これにも様々な条件があるらしいが、入寮が絶対条件になっているらしい。もちろん、言わずもがな遠方から来ていたりする生徒もいるし、単に希望すれば入寮できる。

 さて、いったいどんな理由があって他の奴らが入寮しているのかはあまり聞かない。いや、ある程度これだけわかっていれば、そいつが何者であるかを知りさえすれば、理由も自ずとわかってくるので聞くのも不躾であろう。

 実際に誰が寮にいるかも全員は把握していない。それくらいには規模の大きい学校だ。系列校には小学校もあって、そのままこの学園に来てるやつも何人もいるらしいし。

 だが、雪野冬菜に関してはほとんど話してもいない状態なので、寮にいるのか実家にいるのかどうにもわかりえない。実際にあの現場を見てしまうとどうにも心配である気持ちが沸いてきてしまう。

 そう、いまだに雪野冬菜はいったいどんな人物なのであろうか気になっていた。俺は高校からこの学校に来たから、把握していない方が当然である。

 わかっていることといえば、佐藤と雪野冬菜が話しているという状況だけである。いや、その情報さえあれば、寮か実家かくらいの推理は可能だ。

 沙由菜の話や本人が過去に語っていた話では佐藤は小学校の頃からこの学園に通っていることになる。つまりは、雪野がいつからここにいるのかまではわかりようがないが、普段からしゃべるほど仲が良いのであれば、ここ最近仲良くなったわけでもないだろう。

 二人のタイプは明らかに違って、佐藤は今時というより、数年前のギャルという感じで、校則を守るつもりのなさそうなミニスカートにオフホワイトのカーディガン、指定のリボンはつけず、シャツが出てるとかそんな白ギャルスタイルである。

 一方で、雪野冬菜はきっちり校則通りの着こなしだったように記憶している。これだけタイプの違う二人が仲が良い理由を考えると、一般的には古くから付き合いがあるのだろうと考えられる。例えば、小学校から同じなのだと考えれば、タイプの違う二人が話していても何も違和感がない。

 であれば、故郷もこちら側であることが予想できるし、実家生であろうことも想像が出来る。いや、でも沙由菜もこっちが故郷なのに寮生だな……。 

 っていうか、沙由菜も佐藤と小日向と同じ中学に行くために行ったんなら、何かを知っているかもしれない。少なくとも小学生の頃には沙由菜は二人と知り合ってるから、中学でこの学園に行ったのだろうし。

 そんなことを考えている矢先、パタパタと走る音が聞こえてきて、その足音は俺の前で止まった。

「ごめん、お待たせ」

 顔を上げると、そこには、

「さ、沙由菜、お前どうした?」

 俺はその姿を見た瞬間にとてつもなく驚きを隠せずにいた。こいつの服装は普段は結構スポーティというか、三本ラインのジャージを履いていたり、パーカーにキャップをかぶるみたいなファッションをよくしていた。

 だが、俺の目の前に立つこいつはばっちり化粧を決めて、服装もまったく異なり清楚でフェミニンな印象を覚える。極めつけは、いつものツインテールをほどき、細く絹のような繊細さを感じる長い髪がゆるくカールしている点だ。

 普段の子供っぽい印象なんてどこにもなく、高校生でありながらかなり大人っぽい印象を受ける。

 だが、性格そのものは変わらないのか、

「どうしたって、あんたねぇ……」

「いや、ごめん、なんだ。そういうつもりじゃなくて」

 と俺が言いよどんでいると、沙由菜はそれだけは普段通りいたずらっ子のように、にししと笑い、

「可愛いって思ってくれた?」

 と聞いてくる。俺はその姿に目をくぎ付けになりながら、正直にうなずいてしまう。

 本当に驚いた。あの沙由菜がこんなに……。少女と大人の境界線があいまいになる。どちらの属性も含んでいて、それが水面の波のように寄せては返す、どちらにも見えてくる不思議な魅力がある。

 もし、あのときのことがなければ、この瞬間に沙由菜に恋をしてしまったかもしれない、そんな予感すらしてしまう。

「今日、いきなりどうしたんだ?」

 俺は焦りを隠すため、咄嗟に沙由菜に今日はいきなり遊びに行こうと誘ってきたのかを問うてみる。

 沙由菜は一瞬、きょとんとした表情をするが、すぐさま照れたように笑い、

「ちょっと買い物がしたくて」

 とほほのあたりを人差し指でかきながらやや歯切れ悪くそう答えた。

 それだけのために俺を呼んだのだろうか……。

「ま、まぁ、急いできて疲れちゃったし、まずちょっとあそこ行きましょ、あそこ!」

 沙由菜はあそこと言いながら、指を差す。

「あそこってどこだよ……」

 俺はそのあそこを確認するために沙由菜の指さす方へ視線を向ける。

 そこにあるのは……。

「って、カラオケかよ」

 沙由菜は俺がカラオケで歌わないことを知っている癖にわざわざカラオケを選択する辺り少しテンパっているのだろうか。

 沙由菜のその行動に怪しんだ表情を浮かべると、沙由菜は不安げに俺の顔を見てくる。

「やっぱり、嫌だよね、カラオケ」

 普段見せないようなしおらしい態度を見せつけてくるため、どう対応してよいか逡巡してしまう。沙由菜が本当に別人のように見えてしまうせいで、無駄にドキドキさせられる。

 なんだろう、よくある漫画の幼馴染が急に女を見せてきたっていう感じだ。いや、直接的にそうだ。やりにくすぎる。

 俺はつきそうになるため息を抑えて、

「まぁ、今日くらいは付き合うよ。せっかく、おしゃれしてきてくれたんだしな」

 と柄にもないセリフを吐くと、沙由菜の顔は見るからに明るくなり、俺の左腕をひったくり、カラオケ店へと無理やり連れ去ろうとする。

「え、いや、おま、これはさすがに」

 腕に当たる胸とか、近すぎる体温とか、いろいろな刺激のせいで、脳内がぐるぐると回る。目が回ったような感覚と徐々に早まっていく鼓動。

 沙由菜の方を見ると、顔をうつむかせたまま、その表情は見えない。しかし、その耳が赤くなっているのは隠せていない。俺は、先ほどあゆみが言ったことを強く意識してしまうことになる。

 まさか、沙由菜、お前そんなことあるのか……?


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