誰のためでもないラブソング。
そして、金曜日。
朝早く学校へやってきて、ギターを持っている姿を見られないようにすぐに借りていた軽音部の鍵を使い、部室へとそのギターを置き、戻る途中にある中庭のベンチに座っていた。
思えば、冬菜と初めて会ったのは図書室ではあるが、しっかり話したのはこの場所だ。
まさかあの時はこんなことになるなんてまったく思ってもいなかった。
冬菜がここのベンチに隠れて、俺の告白される現場を目撃したところから始まった。もし、それがなかったら冬菜のことが心配に思っていたとしても、積極的にかかわりはしなかったのかもしれない。
そう思えば面白い話だ。流れに身を任せていたから冬菜と関わることを選んでいたかはわからない。だが、冬菜が俺と関わる選択をしたからこそ今がある。
そして、俺も流れに身を任せず、自分からここでこうしていることを選んだ。
たったひとつ、大切なものを選ぶとしたら。あの日は小春を選ぼうとした。
でも、今はたったひとつに絞れない気がする。少し欲を言えばこの手に抱えられるだけは選びたい。
神社では願った。だけど、俺は俺自身がそれをつかみ取りに行く。神頼みではなく、自分頼みだ。
ちゃんとうまくいけよ、本当に。
その日の授業は全く持って頭に入ってくることはなかった。それはきっと沙由菜もそうだろう。
沙由菜もどこかぼけっとした態度で授業を受け、なんどか先生から注意を受けたりしていた。
そして、放課後。
あゆみと翠にはこのことはまったく伝えていない。少なくとも、あゆみにこの情報を握らせるのは少しよくはないと思う。
仮に二人が和解したときにでも、それを伝えておけばいいだろう。
「沙由菜、いくぞ」
俺の一言に、沙由菜は無言でうなずき、一緒に軽音部の部室へ向かう。
階段を下り、中庭へ向かう。
その中庭を通り抜け、再び校舎へ入ると分かれ道がある。少し古びた廊下と新しめの廊下の二択で、新しい方を選び、まっすぐ向かっていくと部室棟がある。
軽音部の部室の鍵は開けたままにしてある。
佐藤が昼休みとかを使って準備をするといっていたので、一体どんな準備かまではわからないが。
俺と沙由菜は軽音部の部室にたどり着き、その扉を開く。
すると、部室の中はお世辞にも豪華だとは言えないが、真心のこもった誕生日パーティ用の装飾を施されていた。
「なるほど、その準備か」
「お、高峰ちん、来たね。あとは食事を美里が運んで来たら、冬菜連れてくるから。他の準備とかをしてて」
佐藤がそういうように、二人が座る椅子、俺が座る椅子を用意する。
そして、部室の片隅に置いておいたギターを片手に、俺はその椅子に腰を掛ける。
沙由菜はその光景を見るや、料理を置いて置けるように机を配置しはじめる。
最後の確認に俺はギターの弦をひっかっく。
音は大丈夫、ずれてない。少し微調整をし、そのワンフレーズを弾く。
沙由菜にも何を歌うか自体は教えていない。そのフレーズを聞いて、沙由菜ならわかってしまうかもしれないが、まぁ、いいだろう。
それからほどなくして、小日向がいくつかの料理、ピザとコーラを持って軽音部の部室に現れた。
だが、その陰からぴょこっと見たことのない女の子が顔を出す。
「あ、かなでちゃん、おはよう。誕生日おめでとー」
「えぇ?! 紗咲?!」
「えぇ?! 紗咲さん?!!?」
俺は沙由菜のその驚き以上に俺は驚嘆の声を上げてしまう。
まだ1週間しか経っていないから、なんとなく顔は覚えている。だが、今の紗咲さんは齢にして30歳には到底見えない。ファッションもさることながら、見た目は少し大人っぽい小学生だ。ど、どういうことだ。これは魔法なのか。
俺が驚いている隙に小日向はてきぱきと手に持ったあれこれを机の上に置き始めていた。
だが、やはり俺はそんなことよりも目の前の以上に幼い30歳に突っ込まざるを得なかった。
「ちょっと、あんた本当に30歳なのか!?」
「特殊メイクです☆ 見知らぬおばちゃんがいきなり高校に侵入するなんてできないでしょー、お兄ちゃん?」
「いや、まぁそうだけど、いくらなんでも怖い」
「あー、紗咲ちゃん、こんにちは」
紗咲さんを見て、すでに佐藤も知り合いなのか挨拶をし始める。
「あーん、よっしー最近来てくれなかったから寂しかったよう」
おい、まて俺の緊張感を返せ。
そのシリアスな展開の小説に突然現れた場違いすぎる空気を持ち込む小学生コスプレをする人に空気を乱されるが、一体何のためにこの人は現れたのだろう。
「これ、お兄ちゃん。頼まれてたケーキだよ。まったくかなでちゃんを骨抜きにしちゃうなんて隅におけないなぁ、このこのー」
「ケーキ? ってか、メイドさんがケーキの配達をするのか?」
「特別サービス、ですよ。かなでちゃんのためです」
それはわかったが、やはり俺はケーキなど頼んでいない。
ずずず、とお茶を啜る音が聞こえてくる。なんだ、どういうことだ?
いや、お茶を啜る音は小日向だ、それはわかってる。
こいつも俺の緊張感を破壊してきているのは間違いないが。
「でも、おかしい。俺は頼んだつもりないんだけど……。沙由菜か?」
「まさか、私が主賓なのに頼むわけないじゃない、えっへん」
「まぁ、確かにだが、自分で主賓っていうのはどうなんだ」
とやや突っ込みを入れつつ、俺は一つの可能性に気付く。
「ん? まって、この机に何か紙が入ってる」
沙由菜は紗咲さんからケーキを受け取り、それを机の上に置いたときに、その紙の存在に気付く。
沙由菜はその紙を取り出し、怪訝な表情でそれを読み上げる。
「二人の心は俺が奪った。ワトソンより? なにこれ」
「ああああああ、あゆみぃぃいいいいい」
いったいいつだ。いったいいつあゆみに漏れた?
ってか、この二人というワードそのものがすでに沙由菜と冬菜のことを指していることは明確だ。
もちろん、最初からそのつもりだが、あゆみに漏れてしまった以上確実に俺は俺のやるべきことを遂行しなくてはならなくなった。
あゆみに二人の秘密を握られた以上、その秘密の価値をなくさなければ、一体どこでその秘密を売買されるかわかったものじゃない。
こんなワトソン、どこの推理小説に出てくるんだ、教えてくれ。
そんなこんなでひと悶着はあったが、紗咲さんは仕事を抜けてきたのだといい、すぐに撤収していった。
確かに、都合よくケーキを用意しておらず、都合よくケーキを持って現れた合法ロリがケーキを持って現れたこの状況はやはりあゆみこそご都合展開の使い魔であることを俺に教えてくれる。
まぁ、もうそんなことはどうでもいい。忘れよう……。なんも緊張感もなく望めば失敗してしまうかもしれない。忘れよう。
「じゃあ、準備もできたし、冬菜呼んでくるね」
と佐藤が軽音部を出て行った。
そして、それを見計らって、俺は全ての電気を消し、各人席について待っていた。
時折、ずずずという音が聞こえるが無視しておく。こんな暗がりでよくお茶を飲めるなと感心しながら、二人の到着を待つ。
それから少しの時間の後、防音設備のせいでまったく気配もなく、ドアが開く。
ドアが開いた瞬間が合図だ。
パンパパパンと破裂音が響く。
小日向がパーティクラッカーを弾くことで、サプライズであることを知らせる。
そして、部室の照明がつき、真っ暗になっていた部屋を照らす。
「え……、お姉、ちゃん」
という悲痛な声が聞こえる。
そして、冬菜は後ずさり、その場から離れようとする。
これも想定済みだ。
力技で申し訳ないが、小日向が気付いた時には冬菜の腕をつかんでいた。
小日向がスーパー超人であることは常に忘れがちだ。
この体力お化けは様々なスポーツで全国レベルの実力をもついわば、スーパーガールだ。
もちろん、体術すら極めている怪力も持っている。
運動を普段していない冬菜にそれを振りほどける道理はない。
「冬菜、ごめん。でも、話だけは聞いてあげてほしいんだ。高峰氏は本気だ。私みたいな面倒くさがりの女にもこんなことをさせるくらいには」
自分のことをよくわかっているな、だが、お前の普段の怠惰な態度がその説得力を大きくする!!
そして、近くにいた佐藤も、落ち着いた声で、
「冬菜、大丈夫だよ。何も悪いようにはしないから、私たちを信じて」
という。佐藤のその落ち着いた声はどうも普段のエロエロとはまったく違う。どちらかと言えば、先生とかがわがままな子をそう諭すように冬菜をなだめる。
佐藤の声を聴いて、冬菜の身体のこわばりは収まる。
「少しだけ、少しだけです……」
と、冬菜はつぶやきながら、少し肩で息をしながら空いた席につく。
あとの懸念はそれだ。冬菜の体調がおかしくなれば、この作戦も途中で放棄せざるを得ない。
俺は沙由菜の方を見る。
沙由菜は沙由菜で久しぶりにこんなにも近距離で冬菜と接するのか、床を見つめている。
まぁ、いいだろう。
「すまんな、冬菜。これは俺のわがままだ。他の奴らみたいに俺は決してやさしくない。冬菜が嫌だと言ってはいそうですか、なんて言えない」
「……」
冬菜は無言を貫く。
「もし、何か不安に思ったり、何か嫌な想像をしてたら、あの時のことを思い出してほしい。俺も少し恥ずかしいけど、でも、俺が冬菜にしたことは冬菜の心を受け止めたくてしたことだから」
あの夜景を見せたことも、ふいに抱きしめてしまったことも俺は冬菜の心を開ければと思ってやったことだ。
最悪な想像をしてしまう前に、あの時のことを思い出してほしい、そしてそれで心が落ち着くならそれを思い出してほしい。
そう願って、最初にそういう。
「じゃあ、まず何から話そうか。そうだな、こうしよう。俺は一人の女の子に恋をしていた。俺が自分の人生に悲しんで、独りになろうとしたとき、絶対に俺を見捨てることはなかった。その子が、人を大切に思う気持ちとかそういうことを教えてくれた。そして、俺はほんの少し強くなれた」
そう、今の俺を形作った要因は小春だ。
俺が今こうしているのもきっと、それは小春がくれた宝物に違いない。
「それから、バンド活動を経て、その子のために曲を作ったり、歌ったりしていた。でも、結局、その子に俺は振られて、歌う意義も人を大切にしなきゃいけない気持ちも忘れて、また独りになるためにこの場所に来た。そして、俺は沙由菜に再会した」
小春に出会う前に出会っていた沙由菜。だが、俺にとっては思い出の深い幼馴染でしかなかった。それ以上にその後の自分の不幸にその存在すらも忘れかけていた。
「それから、沙由菜は俺を無理やりいろんなところに連れ出して、たくさんかまってくれた。クラスメイトにはあゆみとか翠とかわけのわからないやつらもたくさんいた。佐藤も小日向も本当に悪魔みたいに俺をいじめてくるが、その日常も楽しかった」
と俺が言うと、ヤジが飛んでくる。
「こんなにたくさんいろいろやってるのに悪魔なんてひどーい」
「ははは、だってお前らはよくある7つの大罪の色欲の悪魔と怠惰の悪魔そのものじゃねーか。まぁ、そうしていくたびに、俺は自分が大切にしたいと思うやつらに出会えた。またほんの少し強くなれた気がした。そして、冬菜、お前に出会った」
そんなに長い時間を過ごせたわけじゃないが、冬菜のその慈悲深さや少しのいたずら心、案外子供っぽいところ、話しやすいところ、その全部が全部、その日1日、自分の目的なんて忘れて楽しめた。
俺は心配とかそういうのを抜きにして、冬菜とこれからも一緒にいたいと思えた。
「冬菜の辛い過去を知ったときも、俺にはどうしてやることもできないと思った。だけど、俺は冬菜のいう前に進むっていうのは違う気がするんだ。冬菜は目の前の現実を避けて、沙由菜との関係も避けて、前に進んでいるように錯覚してるだけだと思う。俺はお前らには仲直りしたうえで前に進んでほしいと思った」
この教室は今、俺の気持ちをすべて吐き出す劇場と化し、周りは静寂に包まれる。
俺が少し動くことで、弦に指が触れ、弦がこすれる音が響く。
「なぁ、沙由菜。俺はお前のことを強いと思ってた。昔の沙由菜はどちらかと言えば弱気だし、自分の意見も言えなかったと俺は思ってた。でも、それはきっと、沙由菜が冬菜を置いてきてしまったことが原因だったんだな。また、今になって再会して、その時とは比べ物にならないくらいにたくましくて、元気で、俺をいろいろ引っ張りまわしてくれて、沙由菜はすごいな、強いなって思った。だけど、お前もまだまだだ。冬菜には自分の意見を言えないで何もしてなかった。それは間違いではないさ。でも、沙由菜は停滞することを選んだんだ」
沙由菜は俺の言葉に伏せていた目をしっかりと合わせて聞いてくれる。
「沙由菜、冬菜。俺はお前らに出会えて、前に進む決心が出来た。だから、これ以上偉そうには言えない。だけど、お前たちよりほんの少し強くなった俺が、お前らより前に進む。だから、ついてこい」
と俺が言うと、冬菜は座席を倒しそうなくらい、思い切りよく立ち上がった。
「でも、その先は真っ暗です。もし私がそちらに進んだとしても、私はお姉ちゃんをまた傷つけてしまう。そんな暗い未来に進みたくなんてないです。無理です、私たちは姉妹になんて、戻れないんです」
あぁ、そうだ。
冬菜は自分が常に沙由菜を傷つけてしまうことを恐れている。フラッシュバックとかが起こるのは仕方のないことだ。それと向き合い進むしかない。そこに怖いところなんて何もない、俺たちがついていればそんなの大丈夫だ。
「だからこそ、俺についてこい。もし、お前が必要としてくれるなら、俺がお前の真夜中の太陽になってやる。まずはその第一歩。俺がお前らにしてやれることはそれだけだ、俺ががむしゃらに進んで、進んで強くなる。だから、俺のほんの少し後ろでもいい追い抜いてくれたってかまわない。だけど、必ず俺が、お前たちが強くいられる言葉を伝えていく。今から歌う曲も、弱かった俺がたった一人のために歌ったラブソングだ。相手がいなくなって、誰に歌っていいかわからなかったときに書いた、ひどいラブソングだ。でも、このラブソングを俺は大切な人たち、今はお前たちのために歌うことにした。だから、聞いてほしい『誰のためでもないラブソング』」
俺の指は弦を弾く。これは音じゃない思いだ。
心を震わせる。これは俺自身のために、誰かに歌う。
誰のためでもない、なんていうのは嘘だ。俺のため、沙由菜のため、冬菜のために歌う。
大切な人を大切に思うために歌うラブソング。
俺にだって大切な人ができた。昔は愛情ってなんだったのか、わからなかった。
でも、それを教えてもらった。君そのものだった愛は本質的には大切な君だからこそ愛なんだ。
わけがわからないよな。でも、もう迷うことはない。大切なものを大切だと思えることが愛ならば、俺はそれを手放すわけにはいかない。
もう気付いているから、遅くはない。
お前たちにもその手に大切な物があるだろう、そう、目の前にいる。あとはその一歩を踏み出せばいいだけなんだ。
大切なものがその手にあるなら、手放さないで見てほしい。
お互いがお互いの手を取り合えばいい。その手に持っているのはナイフじゃない。お前たち自身の大切な物だろう。
そして、あわよくば俺もそこにいさせてくれ。俺もお前たちの大切なものでありたい。
そんな思いを乗せて、俺は歌う。
深い深い海に沈んでいくような悲しいけど、でも引き込まれる。それか、雨。その一粒一粒が透明できれいなのに、心にそれが降り注いでくるとなぜか切なくなる。
それは過去の俺だ。
俺は俺自身の過去に止めを刺す。
雨は上がる。虹がさす。太陽が大地を照らす。暗闇を照らす。
そんな力強さを添えて、お前たちの未来を照らす。




