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誰のためでもないラブソング  作者: 満点花丸
終幕:沙由菜と冬菜。
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グッバイ。

 食事を終えた後、俺は沙由菜の部屋に招かれていた。

 沙由菜の部屋は女の子の部屋という感じが入った瞬間の俺の感想だ。

 といっても、甘すぎるふわふわした感じではなく、ナチュラルなイメージ。木目調の家具や小さな観葉植物、白色のカバーのベッドなどが落ち着いた雰囲気を醸し出す。壁に張られたコルクボードには佐藤達と写る写真などが張られている。ほのかに香る甘い匂いはリードタイプのアロマディフューザーから香ってきているのだろうか。何かの花の香りの上品な香りにバニラ系の匂いが入り混じったような沙由菜からは想像もつかないような大人な香りがする。

 それとは対照的にベッドにはいくつかのぬいぐるみが置いてある。

「そんなにまじまじ見なくていいわよ、恥ずかしい……」

「あぁ、すまんすまん」

 沙由菜は冬菜と同様にベッドに座り、俺はつい、先ほどと同じ体制を取るように床に座り込もうとする。

「あの、顔見られるの恥ずかしいから隣にきて……」

 その言葉に俺の鼓動は一度大きく跳ね、急激にそのテンポが速くなる。

 俺の心臓、いちいち反応するんじゃない。大丈夫、別にベッドで隣に座るだけだ。何かあるわけじゃない。

 俺は沙由菜との距離を少しだけ取った位置に言われた通り座る。

 普段沙由菜が来ているようなオーバーサイズのパーカーを着ているが、部屋にいるためなのか髪も結んでいない、いつもの雰囲気といつもの雰囲気じゃない沙由菜が混じったような存在。

 そして、初めて入る沙由菜の部屋にさすがに俺もそこまで平常心ではいられない。

「それで、あの子からはどこまで聞いたの?」

「ほとんど最初から最後まで冬菜の視点から全部聞いた」

「そう……。ううん、よかった。冬菜が話したんなら、私もそーまにもう隠し事をしなくて済むわ」

 と少し複雑な表情をしつつも、笑顔でそういう。

「で、なんで俺に話す気になったんだ? 冬菜が話したとしても、お前も暴露する必要は別にないと思うけど」

「この間の件、佳乃から聞いてたから。冬菜の顔を見たらさすがにもう隠しておけないでしょ。それに、冬菜が自分から話したのなら、もう私には隠す理由もないもの。冬菜が隠していたいから、私も全力で隠す。私と姉妹であることを知られたくないなら、私にはそうするしかないじゃない」

 なるほど。だから、沙由菜は名前を言われても冷静に知らないと言えたわけだ。それだけ、冬菜のためを思って隠そうとしているのであれば、自分がボロを出すわけにはいかないはずだ。

「もし、そーまが私の言うことを聞いてくれていたなら、この話は絶対にしなかった」

少し伏し目がちに下を見て沙由菜は続ける。

「けど、そーまが冬菜を大切に思ってくれて私はすごくうれしかったんだ。他の人は見た目だけで判断して気持ち悪がるのに、そーまだけはそんなことしなかったし、それに私にあれだけのことを言われても揺るがないくらいに冬菜と仲直りしたいんだって思わされたら、それはあぁするしかないじゃない」

 と沙由菜は俺の方を見て、苦笑いしながらそう結論付けた。

 俺の決意は別の方向で沙由菜の心情に作用していたようだ。確かにそのときは沙由菜と冬菜の関係もおおよその結論を出していたが、そんな風に沙由菜の気持ちを動かしていたとは露にも思っていなかった。

「今日のことはごめん。まさかあんな無茶なことをするなんて考えてもいなかったから」

「ん? なんのことだ?」

 沙由菜がなぜ謝るのかはわからないが。

「ほら、一昨日、あんたの家に冬菜のふりをしていって、もう二度と近づくなって。そのせいでそーまあんな無茶したでしょ? それが想定外すぎて、私もどうしていいかわからなかったのよ。それで、そーまにも嫌なこと言っちゃったし」

「あぁ、いや、そんなことは。あれは俺自身もうかつなことをした罰だと思えば、問題ないだろ。ってか、あれはなんだったんだ? 冬菜はそこまで怒ってなかったっていってたけど」

「冬菜ならそう思うかなって思って。でも、たぶん冬菜は面と向かって言えないと思うから、面と向かって言えば、そーまももうほっておいてくれるかなって思ったんだよね。でも、冬菜は怒ってないって言ってたんだ?」

「あぁ、結果的に絶縁宣言されたわけだし、考えの過程はおいといて、結論はお前ら一緒だったってことだな……」

 沙由菜はそう、とつぶやいて天井を仰ぎ見ながら、俺に語りかけ始める。

「私たち、数年離れて考え方も性格もたぶん全然違くて、見た目だけが一緒なのに。なんでこうなっちゃったんだろうね。って、まぁ全部私のせいなんだけどね」

 沙由菜の声には後悔がにじむ。

 冬菜の話を聞く上では、確かに沙由菜が父の元へ行ったことがすべてのきっかけだったのかもしれない、しかしそれを沙由菜が悔いる必要はどこにもないのではないだろうか。

 運悪く、母親がそれに対して許せなくて、冬菜に当たってしまうという結果になってしまっただけで、それを予想して行動できる年齢でもないだろう。

「これも冬菜に聞いた?」

「まぁ、なんとなくは。でも、お前の主観が混じっていないから、沙由菜が父親の元に行ったことくらいしか」

「そう。この前、ぽろって言ったかもしれないけど、私はお父さんと二人で暮らしてた。それは私自身が選んだ。当時のことはよく覚えてるわ。お父さんが悪いことをして、戻ってきた後、お父さんは泣きながらお母さんに謝るの。でも、お母さんは決して許さなくて、別れるまではずっと怒ってた。でも、私、お母さんのその行動はおかしいと思ってた。お父さんは何も悪くないって。悪いのはお父さんが悪いことをしてしまうほど苦しい思いをしてたのに気付けなかった私たちなんだって思った。だから、一人にされるお父さんが本当に可哀想に思えて、私がついていくことにしたの」

 その考えは幼気な少女だから思えてしまったのか、それとも沙由菜がその当時にしては精神的な年齢が非常に高かったのかまではわからない。だが、それでも沙由菜の決断はやはりなにも間違いではないと思う。

 だが、沙由菜は自分自身を許せないのか、唇をきつく結び、自分の行った所業をやはり悔いているように感じる。

「どちらを選んでも後悔したかもしれないけど、やっぱり私は私の行動が原因で冬菜を傷つけてしまったことが許せないの」

「で、俺にその話を聞かせてどうしたいんだ?」

「私は冬菜がこれ以上傷つかないならそれでいいの。私といることで、私が姉であるという事実が冬菜を傷つけるなら、冬菜との姉妹に戻りたいなんて思えない。だから、そーまは冬菜の気持ちを尊重して、もう近づかないであげてほしい」

 なんだ、またそれか。

 お前らは揃いもそろって、同じような理由で俺の冬菜を大切にしたいと思う気持ちを踏みにじろうとしていることに気付かないんだろうか。そして、二人とも同じようにお互いを気遣って言っている姿も滑稽だ。

 だが、実際に二人の問題に直面してみると、不思議と俺も冬菜を大切にしたい、という気持ちよりも二人をまた元の姉妹に戻して笑顔にしたいという気持ちが強くなってきているのがわかる。

 俺に何ができるのかはわからないが、でも、少なくとも沙由菜が相手なら簡単だ、いやそれはさすがに言い方も違う気もするが。冬菜を変えるためにはまず沙由菜を変える必要があるという道筋が見えてくる。

 だから、俺はここではこう答えるべきだ。

「いやだね」

「それならよか、っては?!」

 沙由菜は俺がわかったとでも言うと思っていたのか、大きく目を見開き、俺の正気を疑う顔をする。

「いやだねって言ったんだが? 沙由菜が隠し事をしてきた理由にどうしようもない事実があったことは認める。沙由菜が辛い思いをしていたことも俺は気付けなくて申し訳ないと思ってる。だから、俺は俺のやり方で沙由菜へのこれまでの恩返しとお詫びをする。そして、お前のそのどうしようもない後悔に止めを刺して、冬菜と仲直りさせる。それで、俺も冬菜とも仲良くしていく」

 沙由菜は冬菜に一度思い切り拒否をされて心が折れたに違いない。だから、冬菜を裏で守ったり、見守ることしかしてこなかった。

 自分と冬菜が関わることで、冬菜に苦しい思いをさせてしまうから。

 もし、沙由菜をけしかけて、冬菜がどういう反応をするのかを読むことはできない。心理的なトラウマが作用して余計にひどくなってしまうかもしれない。

 普通なら、その心の傷が癒えるまで様子を見るのが正しい判断なのかもしれない。佐藤と小日向がそうしているように。

 でも、おそらくそうしてしまえば、本当にこいつらが二度と姉妹に戻ることはできないのではないだろうか。

 幸い、二人の気持ちは全く一緒だ。口ではそういっているが、二人は姉妹に戻りたがっている。

 上手くいくかなんてわからない。勝算も数えられないのに挑む意味も分からない。

 冬菜がどういう反応を示してしまうのかもわからない。

 だが、やらなければ、誰かがではなく俺がやらなければ二人の関係は変わることはない。

「すまん、沙由菜。帰る。明日、俺んちに昼前に来てくれ。勉強会はやめだ」

 沙由菜と冬菜、二人が一歩ずつ前に出ることでその関係が変わるというなら、俺は俺にも踏み出さなければいけない一歩がある。

 もう、会うことのない相手をいつまでも想い続けられるほど、人生は短くない。冬菜の言う通りなんでも移り変わっていくものだ。俺の未練はおそらくすでにとっくに断ち切れていた。周りにこれだけ俺を大切に思って接してくれた人たちがいたのだから。

 ただ、俺はまだ納得できていなかっただけなんだ。だから、小春がなぜ俺との関係を否定したのかが気になっていた。小春がどうとか、俺の納得がいかないとか極論では些末な問題に過ぎない。小春は俺にとって大切な存在である、この事実だけを俺は持っていけばよかった。恋人になってほしいとか、一緒にいてほしいとかそういう結果がついてこなくたっていいはずなのだ。大切に思い、思われることこそが本質的には愛なのだ。

 そう思えば、俺の小春への気持ちは恋心などではなく、単なる依存心だったのかもしれない。ならば、小春はすでに俺にとっては大切な存在というだけで、依存する相手ではない。

 沙由菜と冬菜も、あゆみも翠も、佐藤や小日向だって、もう俺にはたくさんの大切な存在がいる。誰かに依存している必要なんてまったくない。

 だから、さようならだ、小春。

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