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誰のためでもないラブソング  作者: 満点花丸
終幕:沙由菜と冬菜。
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しかし、冬菜の結論は。

 冬菜は俺に抱きしめられると、余計に涙が堪えられなくなったのか、嗚咽をこぼすように涙を流し始めた。

 俺はひょっとしたら拒否されるかもしれない、そう考えていたが、むしろその逆で冬菜は俺に身をゆだね始める。

 その行動にどういう意味があるのか、10年近くもなかった父親とのスキンシップの代わりなのか、あるいは母親からもらえなくなった愛情の代わりなのか、ともかく冬菜は俺の胸で涙を流し続ける。

 いくらか時間が経った頃に、冬菜は俺の胸元をそっと押し、もう十分であることを言葉にせず告げてくる。

「すみません、つい甘えてしまいました」

「いや、俺からしたことだし。それで、中学に入ってから、沙由菜と再会したってことだよな?」

 俺の問いに何度目かもわからないが頷くことでそれを肯定する。

「お姉ちゃんはこちらに戻ってきたときにすぐに私の元にやってきました。初めは、私もお姉ちゃんに再会できて飛び跳ねたくなるくらいうれしい気持ちもありました。でも、実際にお姉ちゃんと会話を始めると、色々なことがフラッシュバックして、私は過呼吸の発作で倒れました。目を覚ますと、お姉ちゃんはずっと一緒にいてくれて、でも私はお姉ちゃんと一緒にいるとどうにかなってしまいそうで、私はお姉ちゃんに言ってしまったんです。私とあなたはもう姉妹じゃない。だから、もう話しかけないでくださいと。ここまでが、私とお姉ちゃんが今他人のふりをしている原因です」

 冬菜はもう一度声を震わせるが、次はしっかりとぎりぎりのところで踏みとどまる。

 しかし、難儀だ。助けるとかいっていた自分がとてつもなく烏滸がましい存在であったことを再認識させられる。

 別に俺はカウンセラーでもなんでもない。こういうトラウマをどうやって解決するかなんてわからない。俺が出来ることは小春のしてくれたことの上澄みだけを掬ってマネをすること、他にできても俺の特技など歌を歌うくらいしかない。

 佐藤がいつかの放課後に冬菜のことを受け止められないならそっとしておいてくれ、という言葉が胸にのしかかる。確かにどんなことがあっても受け入れる覚悟はしてきた。

 この話を聞いても、俺は冬菜のことを受け入れられる。冬菜と仲良くしていける。

 だが、俺自身が冬菜に対して何もできないという事実を突きつけられて、それにとてつもなく受け入れがたい思いがこみ上げてくる。路頭に迷うかのような錯覚すら覚える。

 俺は冬菜にしてやれることをいろいろ考える。ドアの向こうには考えうるやれることが詰まっていて、俺はそれを開けて回るのだ。しかし、どの扉を開けても最終的には俺に冬菜の問題を解決してやることはできない、という答えを出してくる。

 俺は今どれだけ難しい顔をしているのかわからないが、冬菜は少しだけクスリと笑う。

 こんなに悲しい、難しい、辛い話をしているのに、なぜ冬菜は笑うのだろう。

「壮馬くん、そんな顔、しないでください。ここまでは確かに悲しいお話しだったかもしれません。でも、今からお話しすることは決して悲しい話じゃないんです。大丈夫です、これからお話しすることは、今壮馬くんとこうするに至った話と未来の話です」

「そ、そうか。でも、冬菜、俺はその話を聞いてなかなか切り替えられないでいるぞ?」

「かまいません。でも、ここからは笑顔で聞いてほしいんです。私は三年間、やっぱりずっとお姉ちゃんとの関わりを断ってきました。そのせいで時折見かけるとき、お姉ちゃんもいつもどこか悲しげな顔を浮かべていて、私は本当に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。そして、私のせいでこうなってしまったことを佳乃と美里に話した時に二人は私の犯した罪を糾弾することなく、その後も笑いながらお話しをしてくれました」

「そして、中学二年生くらいの時に私の前髪が長いことを気持ち悪がったクラスメイトが私の悪い噂をしているのを耳にしたりもしました。これに関しては私も私でなぜこういう前髪をしているのか、確固たるものを持っていたので特に何も気にしていませんでした。でも、お姉ちゃんだけは違いました。私がこういう状況に立っているのは自分のせいだと思ってお姉ちゃんは私を助けたんです。もちろん、それ自体はうれしかったのですが、やっぱり私のせいでお姉ちゃんまでも苦しい思いをしてしまっていることに私は気付きました。私は佳乃に幾度も相談しましたが、私が無理する必要はないと、佳乃たちが何とか頑張ると言ってくれて、私には陰で見守っててほしいと」

 その話を聞くと、佐藤と小日向が実際は二人がまた仲良くできるために行動していそうな気がする。まぁ、それは別の話だ。

 冬菜は続ける。

「それからは特になにか大きな事件もなく高校生にあがります。でも、中学生の間にお姉ちゃんはどこかのタイミングで徐々に笑顔を取り戻していたように感じます。きっと、佳乃と美里と、今思えば壮馬くんのおかげなんでしょう。あの曲を歌っているロックバンドの歌を壊れたラジオみたいにずっと歌ってると美里が教えてくれて、きっとお姉ちゃんの力になってくれたんですね」

 ふふ、それには俺も自信がある。

 なんてたって、沙由菜自身から俺の歌が勇気をくれたと言っていたからな。

 なぜ、内心でいきっているのだろうかと自分に突っ込みを入れておく。

「高校にあがると、お姉ちゃんは小さい頃と同じくらいには活発で元気な性格に戻っていた気がします。そして、その隣にはいつもあなた、壮馬くんがいました」

「そうだな、それからは俺の知っている沙由菜だろう」

「そうですね。でも、これは私の話です。私はお姉ちゃんがもっともっと明るい笑顔をするようになったことに気付きました。なので、佳乃達に話を聞いたんです、あれは誰なの?と。それで、私は壮馬くんのことを知りました。私たちと離れている間にお姉ちゃんととても仲良くしてくれた人だと二人は言っていました。お姉ちゃんがある程度お姉ちゃんのままだったのはきっと壮馬くんのおかげだろうって二人は言ってましたよ?」

 なんだかむず痒い話だ。

 あいつら、俺に変に絡んでくるくせにそういうことを裏でこそこそいいやがって。

 もっと面と向かって俺にあんたサイコー! といってくれれば俺もお前らのことを悪魔などと言わないかもしれないのに。

 なんて。

「それから、一年近くお姉ちゃんと一緒にいるあなたのことを観察してました。確かに初めは壮馬くんも少し元気がなさそうに見えていましたが、今の壮馬くんとそう変わらない印象になっていたころには、お姉ちゃんの笑顔の印象も大きく変わっていました。きっと、壮馬くんはお姉ちゃんにとって困難から救い出してくれた英雄だとか王子様のような存在だったんでしょうね。それを見て、私も壮馬くんのことを少し知りたいと思うようになりました。私が傷つけてしまったお姉ちゃんを救ってくれたのは間違いなく壮馬くんです。だから、そんなお姉ちゃんを助けられるような壮馬くんがどんな人なのかを知りたかったんです」

「それなら、普通に話しかけてくればよかったのに。いや、難しいか」

 俺は自分で一度そうはいったが、その困難さもわかる。

 特に冬菜の性格では、あまり自分から話を掛けに行くのも難しいだろう。

「機会があれば、とは思っていました。でも、私から行くのは絶対に違うなと思ってもいました。私から行けば、お姉ちゃんに壮馬くんを奪ったと思われるかもしれない。そんなこと私にはできません。ですが、先日図書室で壮馬くんがたまたま話をかけてきてくれて、嬉しさもありましたが、それ以上に大きな動揺がありました。またお姉ちゃんを傷つけることになってしまうかもしれない。そう思っていたら、しばらく起きなかったフラッシュバックも同時にやってきて、ああなってしまったんです」

「なるほど。結局でも、冬菜はそれがきっかけで俺に声を掛けようとしたんだよな?」

「はい。お礼を兼ねてお話しをしてみようって思ったんです。でも、その一度だけです。その一度でやめようと思っていたんです。結局、その後壮馬くんがひどいことするから、びっくりして逃げちゃいましたけど、一度知ってしまうと難しいものですね」

「それで?」

「あの後考えたんです。なかったことにはできないのはそうです。でも、やっぱり私にはなかったことにするしかなくて。でも、それを迷っていると壮馬くんからまた話をかけてくれて。でも、やっぱり私が壮馬くんの隣にいることなんてしてはいけない、そういうジレンマもありました。このまま無視をし続けてもいいでしょうが、それも申し訳ないなとも思いました。だから、今回は最終的にはお話しをする決意をしました」

「わかった。沙由菜と冬菜はもう姉妹には戻れないし、沙由菜に悪いと思うからもう会わないと思った。それに関して、冬菜は板挟みに感じるくらいには俺といる時間を楽しいと思ってくれたということだな?」

 冬菜はこくりと頷く。

「ですが、もう決めました。あとは私の結論だけを言わせてください。やっぱり、私は壮馬くんとのことを大事にしたい以上に、私はお姉ちゃんに幸せになってもらいたい。でも、私はもう今更姉妹に戻りたいなんて思ってません。それに、壮馬くんのその優しさは私に向けられていいものではないです。だから、私とのことはなかったことにしてください」

「え、冬菜、まって」

 俺の言葉に冬菜は首を横に振ることでノーを突き付ける。

「もうすぐ、ルームメイトが帰ってきます。帰ってください」

 俺は無理やり居座ることもできた。だが、冬菜の次の一言を聞いて、言われた通り、部屋を出ることにした。

「短い間でしたけど、ありがとうございます。たくさん気を遣ってくれて、さっきも不安な気持ちを和らげてくれて本当にうれしかったです。おかげで、私も前に進めそうです」

 冬菜、お前もつくづく、嘘が下手だな。

 決まりだ。

 俺に何ができるかなんてもはやどうでもいい。去り際にぼそりとつぶやく。

「冬菜、お前の言っていた前に進む、っていうのと今冬菜がやろうとしている前に進むはまったく別の意味だと思うぞ」

 そして、俺は冬菜の部屋を後にする。

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