じゃあ、俺が受け止めるしかないよな。
「私たちは作家の父と専業主婦の母の元に生を受けました。特に父のデビュー作は映画化もされたことがあるのでそのタイトルは壮馬くんもご存知かもしれません」
冬菜は少しうつむきがちになりながら話を始める。このあたりの話は俺にとってはそこまで重要ではないかもしれないが一応しっかりと記憶に残しておく。
「私たちはどこにでもいる明るい家族で、双子であることを除けばどこにでもいる仲のいい姉妹でした。おね、明坂さんが姉で、私が妹です」
その辺りで俺は一度笑いそうになる。先ほども、冬菜は沙由菜のことを呼ぶとき、最初におね、の後に明坂さんと言い直していて、お姉ちゃんと呼ぼうとしていることが明白であるからだ。それまでは気を張っていたのかしっかり明坂さんと呼んでいたのに、関係がばれた途端に気が緩々すぎだろ、と少し内心で突っ込む。
「なぜ苗字で呼ぼうとしてるかはまだわからんが、普段呼んでた方で呼んでくれ、その方が話に集中できる」
と冬菜に突っ込みを入れると、冬菜は一度沈黙する。
「そういうところは突っ込まなくていいです……」
そして、冬菜は少し耳を赤くしてそう突っ込み返してくる。
冬菜は気を取り直して、一度咳ばらいをして話を戻す。
「お姉ちゃんと私は幼稚園の頃もずっと一緒にいて、そこに佳乃と美里も加わってよく一緒に遊んでたんです。お姉ちゃんはどちらかと言えば私たちのリーダーでみんなの中心に立っていろいろな遊びをしていました」
俺が知っている沙由菜の幼少期の像とはまた少し違う。どちらかと言えば、今の沙由菜に近い印象だ。まぁ、それは置いておいて。
「私たちが住むところはぎりぎりで別の小学校の校区だったので、近くに唯一ある私立の小学校にみんなで入学しようと話して、それがきっかけで今の高校の初等部に入学しました。その後一年くらいはそれまで通り、みんなで仲良く遊んでいました」
「俺と沙由菜が小学校の時に出会ったのが小学二年生くらいだから、その間に何かしらの事件が起きたということだな?」
と冬菜が話をつづける前に、その予想をぶつけてみる。
冬菜は小さくうなずき、俺の予想を肯定する。
「二年生に上がる前にある事件が起きたんです。父が薬物所持、使用の疑いで逮捕されたんです」
と、冬菜の話から唐突に現実感が損なわれる。身の回りで薬物を使っている人間に出会ったことがないから。
「父はデビュー当初こそ期待の新人として様々な賞を取ったり、作品が映像化され、将来が約束されたような人物だったんです。私にはきっかけはわかりませんが、いつからか薬物を使用し始めて、私たちもまったく気づかないうちに父は逮捕され、マスコミなどに追われる日々が続きました」
「……」
俺は何もそれについてコメントが出来ない。いや、本当に俺はこんな話を聞いて受け入れることができるのか、俺が何かをしてやることができるのか?
自分自身に不安を覚えながら、俺は気付いたら両手にこぶしを作り、自分の手をぎゅっと握りしめていた。
「父の罪状など私は実際にはどうだったかはあいまいです。でも、父はすぐに戻ってきたので、つまりは言い渡された刑期よりも、執行猶予期間の方が長い、比較的罪の軽いものだったということなのでしょう。ですが、その事件とマスコミからの執拗な取材に精神的に疲弊した母は、父に離婚という選択を言い渡しました」
「なるほど」
「そして、本来であれば、私もお姉ちゃんも母の元で暮らしていく予定でした。ですが、お姉ちゃんは父のところへ行くといって私たちと暮らすのを拒否したんです。母はそれを小さい子供の気まぐれなどと考えずひどい裏切りだと考えて、お姉ちゃんの親権を主張せず離婚が成立し、私たちは別々に暮らすことになりました」
やはり、その辺の話には俺は何も言うことが出来ない。だが、この話で、沙由菜と冬菜が別々の姓を名乗る理由、沙由菜が俺と出会うきっかけを理解した。
冬菜はそのまま続ける。
「お姉ちゃんがどこまで考えてそういったのかまでは私もわかりません。ですが、お姉ちゃんはお父さんを一人にするのは可哀想と言っていたのは覚えています。私ももちろんそうは思いましたし、お姉ちゃんと別々に暮らすなんてことを想像もせず、でも、何も言えないでそのままお母さんと一緒にここに残りました」
俺は、今話を聞いてやることしかできない。しかし、冬菜の声が徐々に震えてくるのがわかる。おそらく、冬菜が現在の冬菜たらしめる原因がこれから話されると予感する。
「そこから中学生になるまでの間、お母さんと私の関係もまるっきり一変しました。お母さんも精神的に疲れていたのは今では理解できます。でも、お母さんは私の顔を見るたびに裏切り者と同じ顔の私の顔なんて見たくもないと、私は何もしていないのに……責めるんです」
冬菜の声は震える声から完全に涙声へと変化する。
言われなくてもわかる。冬菜が顔を隠す根本的な原因がそこにあるのだ。
「それから、私は自分の顔を見るだけで、私はお姉ちゃんとまったく同じ顔をしているから、お母さんに責められるんだと理解して、鏡の前に立つたびにどうにかなってしまいそうになりました。なんで私はお姉ちゃんとまったく同じ顔なんだろう。お姉ちゃんと同じ顔に生まれなければ、こんなことはならなかったのにと思い、そこから前髪を伸ばし始めました。目が完全に隠れるくらい髪が伸びてきたころには私は鏡の前に立っても、ある程度平常心でいられるようになりました。それが中等部に行く前の話です。私はそのまま中等部でも実家から通うつもりだったのですが、母から寮に入るように言われました。その頃には母も多少は落ち着きを取り戻してはいましたが、やはり私の顔を見ると思い出してしまい、辛いのだろうと私も感じ取って、それを受け入れることにしました」
その冬菜の行動は母親のことを思っての行動なのだと称賛に値する。だが、母親のその行動は本当に母親のすることなのか、と少し疑問に感じてしまうが、俺の母親もそこまで変わらないだろう。結局、母親でも人間なのだ。わが子が可愛いと思うのが普通なのかもしれないが、たまたま俺たちの母親は二人とも、わが子よりも自分を取ってしまった、ただそれだけ。
冬菜はそこまで話終わるが、徐々にこみあげてくる涙に打ち勝てないのかなかなか次の話をできないでいた。
話は変わる。これは小春の真似事そのものになってしまうかもしれない。俺は数年前の自分と今の冬菜を重ねてしまう。
同じように俺は小春に対して、母親からお金だけを渡され、それ以外は無視され、ほとんど会わない、会っても会話など全くしてくれない状況がつらかったと泣きながら話したときのことを思い出す。
俺はその時の感情を思い出しつつ、脳がその行いの善悪を判断する前に勝手に体が動いてしまう。
「……っ」
と俺の耳元で冬菜の息遣いが聞こえる。
そう、俺は不意に立ち上がり、ベッドに座る冬菜を抱きしめていた。
冬菜に恋愛感情を抱いている、というわけではないと思う。傍から見れば、それ以上のことをしようとしているとすら映ってしまうかもしれない。だが、俺がこうしてやってしまったことは俺自身がそうしてもらって心が満たされたことであるのは疑う余地はない。性的な欲求を満たすためにやっているのではない。とにかく、冬菜のつらい気持ちを俺がどうにかできないか、それだけしか頭になかった。
もし、この行動が間違っているというのであれば、それでまた怒られればいい。今は反射的にしてしまった、だけど冬菜にも伝わってほしいと思った。
冬菜は、何も悪くないのだ。




