そう意気込んだときほど邪魔や助けが入る。
あゆみがこの場を立ち去り、さらにいくらか時間が経った。カイロをフル装備したとしても身体中から寒いという警報が鳴りやまない。もはや、身体も十分に冷え切ってきた上に、太陽も完全に沈み、まったくもって天候は俺の味方をしてくれない。
道を照らす電灯も明かりが灯り始めた頃に、寮の門に至る方向から三人ほどの影が見える。
待っている間に幾度となく他の女子生徒が往来して、物珍しそうに俺を見てそのまま通りすぎるやつや、たまに写真を撮っていくやつらまでいた。
あれは……、やっときたか。佐藤たちだ。
「は? 高峰っちこんなところで何してんの?」
と佐藤が突っ込んでくるが、俺はそれを無視して翠に目配せをする。
翠は両手に荷物を持たされていて、嘆かわしくも本当にがっつり荷物持ちをさせられていたらしい。
「ちょっと人を待っててな。まぁ、無視して通り過ぎてくれ」
俺がそういうと、翠が横にいて目がキラキラしていた小日向は少し面倒くさそうな顔を取り戻す。お前はそういう顔が似合っているぞ、と内心ほめているのか皮肉っているのかわからない感情が出てくる。
「まぁまぁ、壮馬がそういってることだし荷物置きに帰ろうよ」
両手に荷物をいっぱい持ちながらも翠は二人を後ろから押し、進むように促す。
翠は後目に俺の方にウィンクをしてくる。あゆみと同じことしてるわ、こいつ。
翠のアシストのおかげで特に何も詮索されずに二人をやり過ごす。
というか、冷静に考えたらこのままここにいたら沙由菜が帰ってくるときも鉢合わせちまうな……。
あいつが何時頃に帰ってくるかさえ把握していればその間はこの場を一度離れ、無駄に心配させるようなこともないだろう。それにバイトが終わったら連絡をよこすと言っていたので、なんとなくの帰宅時間を予測することはできるだろう。
だが、その間に冬菜が来てしまったらこの作戦はまったくの無意味になってしまう。
悩みどころだ……。
それにしても寒い。身体が少しずつ震え始めてきているのがわかる。これじゃあ本当に低体温症になりかねない。
少し思い悩んでいると、女子寮の方から翠が戻ってくるのが見える。
翠は俺の元にたどり着くや否や、これまたあゆみと同じように熱々の缶コーヒーを渡してくる。
「どう、雪野さんは?」
「どうもこうも俺がこうしている以上そういうことだ」
「まったく、確かに」
翠もあゆみとずけずけと俺の横に腰を掛けて、自分用に買っていたコーヒーのプルタブを開け、あちちとつぶやきながらちまちまとカフェオレをのむ。
「翠、それもモテテクかなんかなのか?」
「は? 何言ってんの。猫舌で苦いのを選ばずちまちまカフェオレを飲んでる姿が持てると思う?」
少し毒づいたように黒い翠が出てくる。怖い怖い。
俺はフォローではないが、なぜモテテクであると認識したのかを緑に説明をする。
「ほら、翠の場合見た目も中性的だし、そういう方が母性本能をくすぐれると計算しているのかな、と思って」
「僕が男らしく見えないと思われてることくらいわかってるけど、あくまで僕は男らしくありたいさ。それで、ところでなんで僕を佐藤さんと小日向さんに売り飛ばしたわけ?」
そのこともやや根に持たれているのか、すねた表情も可愛いぞ、翠。
俺は腹黒いところさえ見せなければ心のオアシスの翠へ返答する前に、もらったコーヒーを口の中に入れ、体内を温めることにいそしむ。
数口飲んだところで、
「小日向と仲良くしてやってくれよ。お前のためならあの怠惰の化身でもものすごい頑張り屋さんになりそうだ」
「どういうこと?」
お前さえ、小日向を受け入れられるならお前の彼女いない歴=年齢の状態が変化するということだよ。
小日向もなぜ翠なのだろう。いや、きっと小日向は母性本能の塊なのだろう。実は、そうだと思おう。今は小日向の性癖など考えていても仕方がない。
「佐藤達はなんか言ってたか?」
「いや、特には」
あいつらもなんだかんだで徹底してるな。調教されているかのレベルでボロを出しそうな発言をしない。
「買い物の道中でどんなこと話してたんだ?」
「基本的に小日向さんが結構僕に質問してきて、それに答える、みたいな感じだったかな。それ以外では特にこれといって」
「そうか、それならいいんだ。あんまり長居して、冬菜が来たときにどうなるかわからんから、翠は戻っててくれ」
「僕はまだ文句を言い足りてないんだけど? まぁ、いいか。あとでたっぷり憂さ晴らしさせてもらうからね」
にこりと笑いながら翠は去っていく。うん、正直この後どんな罰が待っているのか末恐ろしい。
小日向も頑張りすぎたのか、翠がストレスを感じてしまうほどの質問攻めだったのだろうか。荷物もちに単純にイライラしてたのだろうか、あの二人もきっと、何かしらいじめられることは間違いないだろう……。
あと俺が親しくしている人物で寮生の人間は沙由菜くらいしかいない。絡まれることもないだろう。
それからは何とか寒さをカイロで凌ぎながら、寒空の下過ごしていた。
スマホの時計は19時前くらいを指し示す。そろそろ沙由菜から連絡が来るだろうか、と思っていた矢先だった。
誰かが走ってくるような足音を感じ、そちらの方を見てみる。
暗がりでまだよく見えないが近づいてくるとすぐにそれが沙由菜であることを認識する。
って、おい、メールするっていってたのになんでそうなる?!
もう、隠れている余裕もない、南無三だ。
「ちょ、ちょっと、そ、そーま何やってんの? ひ、人を待ってるってどういうこと?」
沙由菜はとんでもない勢いで走ってきたせいか息もとぎれとぎれにそういう。
あー、やりやがったな、佐藤か小日向め。
おそらく、どちらかが沙由菜に俺がこんな寒いのに外で誰か人を待ってるらしいんだけど、沙由菜と待ち合わせ? 的なことを聞いたんだろう。
もちろん、小日向はめんどくさがってそんなことをしないだろうから、世話焼きの佐藤なんだろうが。
どうするか。ここでありのままのことを言うのか、それともはぐらかすか。
悩みどころではあるが、ここははぐらかしておこうと思う。
「あぁ、お前を待ってたんだよ。サプラーイズってな」
「全然意味わからないんだけど!? そんなことして風邪でも引いたらどうするんの、馬鹿なの?!」
「沙由菜にはどうしても伝えておきたくてさ」
沙由菜はその俺の言葉に何も反応を示さない。このシチュエーション。まさか、告白?! とか思っているかなぁと俺は沙由菜の方を見ると、まったくそんなことはなく、馬鹿を見ているかのような目をしている。
「そんなの後でも明日でもいいのに、わざわざこんな身を削ってまでやることじゃなくない?」
「お前、案外リアリストなんだな。あゆみと翠はこの作戦は沙由菜には効くかもねって評してたのに」
俺らの予想は見事に外れたぞ、あゆみに翠。
「好きか嫌いかでいったら好きだけど、現実にやる馬鹿がどこにいるのよ、考えなさいよそれくらい。それ以上にあんたが外でずっと待ち呆けてるって聞かされて心配するじゃん、普通」
「だよなぁ」
この作戦自体を沙由菜のためだという嘘をつこうとしたが、どうもうまくいかないようだ。仕方ないので、作戦を変更してある程度ありのままを伝えよう。
「沙由菜、雪野冬菜って知ってるか?」
俺の質問に対して、沙由菜が何かを考えているのか少しの沈黙が訪れる。
そして、沙由菜は一瞬うつむくが、すぐに顔を上げて、少し不安げな笑顔を見せながら、
「それこの前も聞いてきたけど、そんな子知らないっていったよね?」
と答えてくる。
そうか。
「ならいいんだ。俺は今その子と会うためにここで待ってる。だから、沙由菜も風邪ひく前にさっさと部屋に戻った方がいい」
「あんたにそうさせるほどその雪野冬菜って子が大切なの? 私が心配してるって言っても全然聞いてくれない、私とその子だとその子を選ぶの?」
難しい質問を投げつけてくるな、まったく。この答えをミスったら、結果的にすべて終わる可能性すら見えてくる。
「そうじゃないんだ、沙由菜。俺はお前のことはすごく大切だと思ってる。でもどっちが大切とかじゃなくて、どっちも大切にしたいんだ。これは恋愛的な意味ではなくて、人としてお前のことを好きだし、冬菜との関係も好きになれそうなんだ。今まで、俺は誰かに与えてもらってばかりだった。小春にもお前にもあゆみたちにも俺は何も与えてはいなかった。だから、俺は冬菜に何か与えられるんじゃないか、って。そう思って冬菜とのこれからを大切にしたいと思ってるだけなんだ」
それを聞いて沙由菜は大きなため息を吐き出し、
「さすがにこれは想定外よ……」
と沙由菜はつぶやいた。そして、続ける。
「あんたの気持ちはわかった。めちゃくちゃクズい発言だけど、この際それはいいわ。でも、これだけはハッキリ言わせて。この前も言ったけど、私あんたの歌詞に、歌に勇気づけてもらえた。もし、それがなかったら、私も今頃まだ小学生の時みたいな感じだったかもね。誰かの顔色を窺って、誰かについていくことしかできなくて、誰かを怖がって生きる臆病な女のままだったかもしれない。間違いなく、あんたは誰かに何かを与えてるの。雪野冬菜にそういう意味だけで固執する必要なんてないの」
「……」
沙由菜の思いを受け止め、何も言葉が出てこない。
きっと沙由菜の言うことも正しい。俺が歌を歌い届けた思いが誰かの心に響き、その人の人生を変えたかもしれない。
実はそうやって人を救っていたのかもしれない。だが、それとこれとはまるっきり別の話だ。
俺は決めたんだ。雪野冬菜との関係を大切にしていこうと。
冬菜に何かをしてやりたいんだ。もちろん、何もできないかもしれない。でも、何か行動はしていたい。何もしないと何も始まらない。
「沙由菜、やっぱり今、俺は他でもなく冬菜に何かをしたいんだ」
「……。ははは、私の負けよ」
と沙由菜は笑う。そして沙由菜の顔を見ていると、その笑顔から少しの涙が零れ落ちる。
先ほどの違和感を覚えた笑顔ではない。灯りに照らされたその笑顔も一縷の涙も隠しようもないほどに嘘偽りなくこぼれ出ているだろう。
その意味を考えるのも野暮かもしれない。だが、俺はその沙由菜の笑顔と涙を胸に刻み込んで、これからの行動を起こさなくてはならない。
その時、沙由菜がこぼす涙が結晶になったかのように俺らの頭上を覆う寒空から真っ白な雪がしんしんと降ってくる。
「あー、降ってきたわね」
「だな、じゃあ。負けたってことは俺をこのままスルーしていってくれるってことだよな?」
「何言ってんの。今から女子寮に入れてあげるから、あんたを待ち惚けさせてる雪野冬菜のところに行ってきて好きだーくらい言ってきなさい。それにここで私が無視して風邪でもひたら私が悪くなるし」
あゆみたちの手だけを借りるつもりだったが、沙由菜が直々に協力してくれるというなら、それはやぶさかではない。だが、一つ気になるのが、
「別に告白するわけじゃないぞ、そこは間違えるな」
「あんな愛の告白みたいなのされてそう思わない方が不思議よ」
「それはそういう意味ではなくて、お前のことを大切にしたい気持ちと一緒だ」
「あっそ。さっきは別のこと言いたくて気にしなかったけど、面と向かって言われると本当に恥ずかしいわね……」
と沙由菜は少し顔を赤くし、一度そっぽを向く。
そして、こちらにもう一度向き直ってる頃にはその少しの赤面が混じったままいたずらな笑顔で、
「じゃあ、まだ私にもチャンスはあるよね、そーま?」
どの口が言うのだろうか。そんな、それこそこの話の流れからすれば、俺のこと好きって言っているのと同義だよな、これ。
そう思っていると、寒かったせいか余計に体温が上昇してくるのが体感できてしまう。
俺のその反応を見てか、余計にしっししといたずらに沙由菜は笑う。
「ほら、行くよ、そーま」
そして、俺にそう促し、小さくスキップをするような軽い足取りで沙由菜は先に進んでしまう。
俺らがせっかく考えた作戦も無意味だし、俺の誠意を証明できるのかもわからなくなるが、だが実際に大事なのはこんなポーズみたいな行動ではなく、実際に行動することだろう。
そう思いながら、俺は沙由菜を追いかけた。




