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誰のためでもないラブソング  作者: 満点花丸
第四幕:愚者の一撃
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バトル開始!

 俺は一度家へ帰り、長丁場になるであろうイベントのために中に服を着こみ、さらには冬用のダウンを羽織り、女子寮へ向かう。

 女子寮も男子寮と同じ敷地内に存在していて、そこまで離れた距離ではない。

 男子寮と女子寮の間には広場や小さな池があり、土日はそこでスポーツを楽しむやつらもいる。ここで待っていればいいか、と俺は待っている場所に目星をつけて、女子寮へ向かう道の途中にあるベンチあたりに一度座る。ここなら、深夜以外は道を照らすために電灯がついているから、誰かが来たときにすぐわかるだろう。

 俺は立ち上がり、再び女子寮へ向かう。

 結局、実際に冬菜が来てくれたときにどんな話をするか決めかねていた。

 もちろん、すべてうまくいく前提の話だから、うまくいかなければ考えたところで無駄の泡になってしまうのだが……、アドリブで何とかできるほど俺は器用ではない。ある程度はやはりしっかり考えなくてはならないだろう。

 そう思案している頃には、俺は女子寮にたどり着いていた。

 入り口の自動ドアをくぐると、マンションなどによくある形式の暗証番号か部屋の鍵を回して開けるタイプのオートロック嬢だ。暗証番号を押すボタンは呼び出しにも使うため、ここに503を押し、通話ボタンを押せば、冬菜の部屋へつながる。

 しかし、よく見ると、四つのボタンがすり減っていて、とりあえず暗証番号が四桁であることを教えてくれる。四つのボタンがすり減っているということはそのボタンをすべて用いる組み合わせを考えればいいので、24通りの数列を打ち込めばここをくぐれるだろう。

 もちろん、この四つのボタンを使ってもっと桁数の多い数列を打ち込まなくてはならないのかもしれないのだが。

 だが、今回に限っては冬菜を呼び出すだけだ。

 緊張感でこんなにも寒いのに少しの発汗を感じるとともに、心臓が猛烈な速さで鼓動する。身体も少し震える。こんなにも緊張感をもって何かに挑むのも久しぶりな気もする。

 俺はいつか、決意の元に立ったステージから見えた景色を思い出した。あの時は後ろに頼もしい仲間がいて、目の前にはとんでもない人数がひしめき合う姿が見えていた。しかし、その緊張感も目の前の人々も敵ではなく、味方なのだと悟った時、希望に満ちたその光景に向かい叫んで、緊張感からの解放を味わった。

 今の俺は沙由菜が言った通り、たった一つの失恋からそのすべてを捨てて今こうしている。

 逆に言えば、俺にはもうこれ以上失うものはないだろう。あるとすれば、今俺を大切に思って仲良くしてくれている人であり、そして俺が大切にしたいと思っている人。沙由菜やあゆみ、翠。そして、今は冬菜もそれにあたるのかもしれない。

 この話をその辺の知らないやつに話したとき、たった数日で何を言っているのか、と思われるかもしれない。でも、あの心が温まる一日を俺は忘れられない。

 きっと、その大したことのないことの積み重ねで関係が日常になっていく。日常ということはあって当たり前ではあると思うからこそ、なくなると日常ではなくなる、つまりは大切な存在になっていくのだろう。もちろん当たり前に甘んじてはいけないこともわかっている。日ごろから大切に思う気持ちがあるから、大切に出来る。きっと、大切に思うことこそが愛なのだ。

 それに気づかせてくれたきっかけを作ってくれたのは間違いなく小春だ。

 沙由菜が俺を大切に思ってくれることも、あゆみや翠と馬鹿をやっていられるのもそこには親愛などの愛情があるからだ。おそらく、俺が冬菜の存在を大切にしていきたいと思えたのも、そんなような感情が芽生えているからだと思う。それが何なのかはまだわからないが、とにかく冬菜を大切にしたいと思う気持ちは間違いなくここに存在している。

 だからこそ、迷うな。一方通行な気持ちを押し付けるような真似かもしれないが、それでも俺に見せてくれた冬菜の数々の姿は嘘偽りないと思ってる。心を徐々に許してくれていた。これ以上間違えなければ、再び冬菜は俺と話してくれる。そう思おう。

 俺はあれこれ考えていることをいったん置いておいて、冬菜との仲直りだけに集中する。

 意を決して、503と打って呼び出しボタンを押す。そして、普通の家のベルのようにピンポーンという緊張感のかけらもない呼び出し音が鳴り響く。

 その後、少しの間があり、

「はい、503号室です」

 俺はドアキーについているカメラの方に目をやり、その声が冬菜であることを確認してまくしたてる様に言う。

「冬菜、俺だ。昨日のことを謝りたくて、あと、話したくて来たんだ。広場のベンチで待ってるからよかったら来てほしい! 来るまで待ってるから!」

 そういうと、冬菜は無言のまま、そして漏れ出てくる雑音もなく、通話が切れていることに気付く。

さて、冬菜ちゃん、根比べと行こうか。

 時間はまだ17時にもなっていない。今日は太陽がほとんど顔を出していないため、さらに外気の冷たさに身震いをしてしまう。

 俺は先ほどあたりを付けたベンチの方に向かい、たどり着いた瞬間に、スマートフォンであゆみと翠に位置情報を伝える。

 あとはただここでひたすら待つだけだ。

 ベンチに座り始め、数十分ほどが経った頃には寒さにも少し慣れてきたような、体温を奪われてきて感覚がマヒしてきたのかわからない状態になってきた。

 そんな時に、俺を呼びつける声が聞こえてくる。あゆみだ。

「どうだ、調子の方は」

「まぁ、まだそんな時間も経ってないしな。全然平気だ」

「お前、今年の冬にほしいスニーカーがあるんだとか言って、真冬に数時間くらい並んでたもんなぁ」

「お前、もしかしてそのことがあって、俺には寒さの耐性があるとか思ってたのか?」

「まぁ、否定はできないな、わっはは」

 逆に言えば、その経験があるからこそもう二度としたくないと思ってるとも思わないのだろうか。手助けをしてくれるから、いいんだけどさ。

 俺は一度、漏れ出てきそうな鼻水を啜る。

 それを見たあゆみは熱々に熱された缶コーヒーと大量のカイロを渡してきて、とりあえず一度俺の隣に座り始める。

 さすがにまだやってこないだろうが、こういう姿を見られるとなんかまずい気もする。

「お前の調べてほしいこと、調べてみたぞ」

 あゆみも自分の分の缶コーヒーを空けて、それぐいっとのむ。俺もそれに倣い、缶コーヒーに口をつける。

「それで?」

「だめだ。全然出てこない。誰も知らないってさ。試しに図書室の先生にも電話して聞いてみたんだが、個人情報なので教えられないって」

 むしろ、先生に聞いたらそう答えるのはわかりきってるだろうに。

「お前でもつかめない情報って相当機密情報なんだな……。ってか、お前もよく個人情報をそんなにも調べられるよな」

「知ってるか? 情報には大きな価値があるんだ。それこそ、グレーゾーンだがそういう界隈では売り買いもされてる。俺の場合はその他の情報と交換しているけど。ってか、それこそこんなこと知られたら俺もこの学校にいられなくなるから秘密にしてくれよー?」

「お前、人に探偵とか言ってるくせにお前がもっとも探偵っぽいぞ」

「俺は問題を解決しない。情報を集める傍観者。言ってしまえば、かなり便利なワトソン君だよ。ワトソン君が証拠という情報を集めるから推理小説の読者は推理可能になるんだ」

 難しいことを言うな、こいつは。でも、それに倣えば、俺がこいつに情報を求めるのは冬菜の問題を解き明かすために存在すると思えば、確かにそれは言いえて妙なのかもしれない。

「逆に俺も情報を提供した見返りにお前の情報をいただきたいんだが、雪野冬菜の誕生日を俺に調べさせてどうするつもりなんだ? 仲直りして、本人から聞けばいいじゃないか」

 ずいぶん頭の切れるワトソン君だ。俺がその情報が欲しい理由はまだ明かせない。

 スマートフォンのメールでそれを聞かなかったのも、あの場で話して聞かなかったのにも理由がある。スマートフォンのメールは履歴が残り、あとから誰かに見られてしまう可能性がある。あの場で話さなかったのは、俺があの場でそれを聞いているのを誰かに聞かれるわけにもいかなかった。

 とか言えばあゆみは何かを察してしまうかもしれない。

「それは後からわかることになるかもしれないし、わからないかもしれない。とにかく、今は俺が単純に冬菜の誕生日を祝いたいから、ということにしておいてくれ」

「まぁ、いいけどさ。んじゃ、俺はいったん帰る。もうすぐ翠も寮につくらしいから、交代交代でお前が倒れるまでは見張っててやるよ」

「すまん、俺のわがままに付き合わせて。ありがとな」

「いいってことよ。親友だろ」

 それだけ言い残して、あゆみは男子寮の方に向かっていった。

 冬菜の誕生日が具体的にいつなのかを知りたかったのだが、逆にあゆみをもってしても誕生日がわからない、ということもいい情報かもしれないな。

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