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誰のためでもないラブソング  作者: 満点花丸
第一幕:文学少女と狼少女
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文学少女との出会い。

 放課後、俺らは田中との約束通り、補習を受けることになった。田中はわざわざ、俺らのためにもう一度同様の講義を30分程度に短縮してなるべく時間を節約しつつ、的確に今日の授業内容をおさらいしてくれた。 

 田中の補講が終わったころには16時手前を時計が示しており、沙由菜は着替えたりするから17時半には駅前で待ち合わせね!とそそくさと帰って行った。

 このまますぐに帰ってもいいんだが、学校から寮までは徒歩で5分くらい。沙由菜の時間の指定を考えると何かしら準備をしっかりしてやってくるのだろう。俺の方は制服から普段着に着替えるだけなので、寮には17時にたどり着いていれば十分問題ない。

 1時間程度さっきの補習の復習でもしてから帰るか……。と思い立ち、俺は図書室へと来ていた。図書室はどこにでもある感じで、読書をするだけでなく自習をしている人も少なくない。テスト前にもなると結構座る場所もない印象であるが、今日に限って言えば、それなりに座席が埋まっていた。

 少なくとも、個人机は全て埋まっていて、どうにも共通の机を使うしかないようだ。まぁ、大した時間を勉強に使うわけではないから、いいのだが。俺は、それなりに広くスペースが取れそうな机を見つけ、そこへ向かう。

 そこの机は一人の女生徒が読書をしているだけで、他には誰も座っていない。俺は、その女生徒へ声をかけ、相席してもよいか尋ねることにした。

「すみません、ここ座ってもいいですか?」

 と聞いてはみるが、リボンの色を見る限り同学年であることは確かであった。その女生徒はこちらに顔を向けるが、目がほとんど隠れるほど前髪が長く、表情を読み取ることが出来ない。

 だが、相手は俺を見た途端に、焦ったように前髪をさわり、少しうつむくように頷いた。なんだろう、不思議な反応をされたような気もする。が、自意識過剰とかではなく、こういう反応を取られてもおかしくはないのだろうか。それともどこかで話したことがあるのだろうか。

「どこかで会ったことあったっけ?」

 となんとなく俺は彼女に聞いてみた。実は彼女が前髪をさわったときに少し表情が見えて、俺はどこかで会ったことあるような気がするとなんとなく思ってしまったからだ。こう、なんていうかこれ自体が失礼かもしれないが、そもそも知り合いだったらもはや他人ぶるのもまた失礼かもしれない。

「い、いえ。私は、あの、あなたのことは知ってますけど。会ったことはないです」

 どこか緊張感を醸し出す声色に、これ以上問い詰めるようなことをする必要もないかと、俺はそうか、失礼とだけ言い、勉強道具を広げる。

 実際、彼女が俺のことを一方的に知っていても、なにもおかしくない。その理由が俺には心当たりがあるからだ。

 俺はその間に彼女の方をちらちら見ながら、様子を見てみる。顔を覆う前髪が特徴的だが、どちらかと言えばそのほかの部分は特別長いわけでもなく、ショートボブ?のような長さの髪型で、色素の薄い髪色、細く絹のような繊細さを感じる。

 純粋にきれいだと思い、少しの間見惚れそうになってしまう。少女は、そんな俺の不可思議な高揚感を他所に『ふたりのロッテ』という童謡を読んでいた。俺は話自体は知らないのだが、高校生になってまで童謡という少し偏見じみた突っ込みを内心で入れてしまう。

 いや、まぁあんまりじろじろ見るのも失礼に当たりそうだ。集中して勉強をすることにしよう。とにかく、彼女の存在は意識せず、さっき教えてもらったばかりの問題に向かう。

 しかし、そんな最中だった。件の彼女の方から何やら乱れた呼吸が聞こえてくる。先ほどまで手に持っていた本は机の上に無造作に置かれ、荒くなった呼吸を抑えようと必死に胸を押さえている彼女が見えた。

 異変に気付いているのは近くに座る俺だけのようだ。俺は席を立ち上がり、急いで彼女の方へ寄った。

「だ、大丈夫か?」

 俺のその一言に、彼女は首を横に振る。これは少しやばそうな雰囲気だと思い、周りを確認する。図書室の係を担当する先生を見つけ、俺はすぐに報告しに行く。

 先生は女性であるため、急病人が出た旨、そして保健室へ連れていく旨を伝え、再び彼女の元へと向かった。

 なんとなく、今日はバタバタと色々なことが起きる。なんかの不幸の前触れなのかとため息をつきそうになるが、必死にこらえ、彼女を背中に乗せ、俺は保健室へと向かった。

 彼女の呼吸は荒いままで、俗にいう過呼吸の症状であろうことはなんとなくわかった。保健室へ向かう最中、図書室の先生が走って追いついてきて、ポリ袋を彼女へ渡した。

 ずいぶんと物持ちがよいと感心しつつ、保健室へたどり着いた。保健室へ入ると保健室の先生が慌てて駆け寄ってきて、事情を説明する前にすぐに空いているベッドへ彼女を誘導した。

 俺も少し興奮ぎみだったのか、落ち着いた途端に保健室特有の消毒液のような匂いをようやくに認識し始めた。それと同時に、保健室の先生の声が聞こえてくる。

「雪野さん、大丈夫、大丈夫だよ。落ち着いて、はい、息吐いて」

 と呼吸のリズムを整えるように優しく声をかけているのが聞こえてくる。その声を気にしている間、図書室の先生が俺に話をかけてきた。

「君は、雪野さんと仲がいいの?」

 心配そうな表情をする先生、もしかして、あの準備の良さを思えば、雪野と呼ばれる女生徒はよくこういうことになってしまっているのかもしれない。俺は首を横に振った。

 それを見た先生はあとはこちらで対処するので、名前だけ教えてほしいといわれ、自分の名を名乗り、帰るように促された。

 突然のことで俺自身もなにがなんだかよくわからなければ、彼女のこともよく知らないので、どうしようもなく、もやもやした気持ちのまま俺は保健室を後にした。

 結局、勉強はそこまで身を結ぶことはなく、沙由菜との約束の時間が近づいていたため、そのまま図書室においた荷物を取りに行く。

 図書室へたどり着くと、自分の荷物もそうだが、彼女の荷物もそこにあることに気が付いた。わざわざ先生に取りに来させるのもなんだし、俺がついでに持っていき、そのまま学校に出ることにしよう。

 雪野が広げていた『ふたりのロッテ』の本はどうやら私物のようだったので、彼女のリュックサックの中に入れ、それを右肩にぶら下げ、自身の荷物は左手で無造作に持ち上げた。

 そして、図書室を出ると少し駆け足で再び保健室へと戻った。雪野の呼吸は落ち着きを取り戻したのか、苦しそうな声は聞き取れなかった。

 雪野が寝かされているベッドの方へ向かい、ベッドがカーテンに覆われているため、その中にいるであろう保健の先生に対して、彼女の荷物を持ってきた旨を伝える。

 カーテンから先生の顔が飛び出てきて、先生にお礼を言われる。荷物を先生に引き渡し、踵を返し保健室の出入り口へ向かおうとした矢先、か細い声が聞こえてくる。

「ありがとうございます、高峰壮馬さん」

 俺はその言葉に一瞬振り返ると、少しカーテンを開き、顔を出す雪野という少女がそこにいた。

 顔の半分くらいを隠す前髪は少し乱れており、少し冷や汗のようなものをうっすらと浮かべ、顔色が悪くもその表情が見える。

 やっぱり、俺はこの子のことをどこかで見たことがある気がする。その少し強張りながらも安堵の表情、笑顔を俺に見せてくる。俺はその表情に少し見惚れてしまう。

 少女は前髪を直し、

「では」

 とだけ残し、再びカーテンを閉めてしまう。少しの心配もあったが、改めて大事には至らずほっとしながらも、沙由菜との約束があるため、俺は急いで保健室を出て、寮へと向かった。

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