おかえりなさいませ、ご主人様。
異様な空間に迷い込んでしまい、注文したものが来るのをしばらく待っていた。
メイドさんたちは暇をもてあそぶとすぐに客に話しかけに行き、客たちも鼻息を荒くして絡むものだから、結構にがやがやした店内である。
俺らの席にもたまにお姉さんメイドやおバカキャラのメイドなどの様々な顔ぶれがやってきてはあゆみがふんすかしている。
沙由菜ことかなでちゃんは一向に俺たちの前には現れないが。
しかし、そう思っていると、二人組のメイドが俺たちの方に向かい配膳しに来ているのが目に入る。
「お待たせ、お兄ちゃんたち♪ いちごちゃんとはーとてぃーだよぉ」
紗咲というオーナーは甲高い声であゆみのケーキセットをあゆみの前に置く。
「ふ、ふん。仕方ないから、ちーちゃんと私の黒い気持ち、持ってきてあげたわよ」
そして、かなでちゃんはツンデレよろしく、俺のケーキセットを持ってきてくれた。
確かに、あゆみが興奮してしまうのもわからなくもない。いや、変態的な意味ではなく仲のいい奴が羞恥心にまみれてこういうことをする姿をみると少しニヤニヤしてしまう。
それはそれでなんだか変態的な気もするが。
俺が見たこともない沙由菜の一面を見ていると、紗咲ちゃんがいきなりわーーーと叫ぶ。
「いけない、お兄ちゃんたちのかわいい子に悪い悪魔のさたんたんが取り憑いてるよ!! 私たちと一緒に愛の力で悪いさたんたんをやっつけておいしく食べられるようにしよう☆☆」
ひぃ……。
「じゃあ、まずいちごちゃんのお兄ちゃんから! お兄ちゃんはなれてるからわかるよね?!」
というと、あゆみは握りこぶしに親指だけを立てて、グッドサインをする。
そうすると、あゆみは左手の親指と人差し指を丸めて、手を伸ばす。紗咲ちゃんはあゆみの手と同じ形を右手で作り、ぴたりと合わせる。その形はハートマークになっている。
「くらえー、お兄ちゃんとの愛の結晶はぁとふるしゃわーーー」
その掛け声と共にケーキに向かってそのハートマークにした手を向けて何かをしている。
「やったね、お兄ちゃん! これでお兄ちゃんのいちごちゃんは守れたよ♡」
「やったぜ!」
といって、二人でハイタッチしている。
もう突っ込むのも疲れたので突っ込まない。
だが……。
「これ、俺もやらなきゃならないのか?」
とあゆみをにらむ。
があゆみではなく、紗咲ちゃんが反論してくる。
「お兄ちゃんもかなでちゃんも早くしないと悪いさたんたんのせいでちーちゃんが悪い悪魔になっちゃうよぉおお」
「だから意味わからんぞ!!」
突っ込んでは見たが、どうにも譲る気がなさそうな紗咲ちゃんだ。
南無三。やらないと先に勧めないらしい。俺は意を決し、左手を出そうとする。
「お兄ちゃんは右手を出してね♪」
混乱しすぎてあれだったが、そうか対面に座ってるから、俺は右手を出さなくてはならないのか。
俺は半分のハートを作り、右手を突き出す。
「ほら、かなでちゃん」
と紗咲ちゃんが言うが、かなでちゃんから左手が伸びてこない。どころか、ものすごい勢いで耳まで赤くして顔を伏せている。
わかる、はずかしいよな。
「いつもならノリノリでやるのに、かなでちゃん! 早くしないとお兄ちゃんのちーちゃんがぁ……」
と紗咲ちゃんは悲しそうな声色、顔でかなでちゃんに言う。
「わわ、わかったわよ、やればいいんでしょ、やれば!!」
とかなでちゃんは顔を上げて、さらには左手を突き出してくる。
少し震えたその左手を無性に愛おしく感じてしまう。
「い、行くわよ! 食らいなさい、私たいのはぁとふるすとらあああいく」
俺はケーキではなく、かなでちゃんを見つめる。
すぐにかなでちゃんと目が合い、余計にかなでちゃんは顔を真っ赤っかに染める。
こ、これは癖になりそう……。
かなでちゃんはすぐにぐぬぬと言いたそうな顔をしたのち、俺の方から目をそらす。
そして、それを見ていた周りの客がずぎゅんとかばひゅんとか自前の効果音を鳴らしながら倒れていく姿見える。
誰に何を撃たれたんだ……、お前ら。
「よくできました、かなでちゃん。そのまま休憩入っていいから、お兄ちゃんたちとゆっくりお話ししててもいいよー」
かなでちゃんは大きなため息をつき、肩の荷を下ろした。
そして、かなでちゃんは俺に奥にいけというジェスチャーをするので、俺はソファー席の奥に腰を下ろしなおす。
それを見るや否や、かなでちゃんは結構な勢いで座る。
「おい、いいのか、客の前で休憩なんてして」
「私、今はかなでちゃんじゃないわ。紗咲がゆっくり話していいっていうし、いいんじゃない? それと西野、あんたニヤニヤしすぎ、こっち見ないで変態」
「き、きつい。でもそのきつさもたまらん……。でも、明坂さん俺はここを一人で堪能してきたくなったから一人で別の席に移るぜ!」
とあゆみは俺にウィンクをしながらそういう。
もしかして、気を遣ったぜってことなのだろうか。
あゆみはケーキとハーブティーを持って、勝手に別の席に移っていく。まったく自由すぎる。
沙由菜は結局一度席を立ち、あゆみの座っていた側に移る。
「で? あんたたちはいったいこんなところで何をしてるのかしら?」
と沙由菜は少し怒ったような顔でにらんでくる。
「たまたま通りがかって」
「じゃあ、なんでわざわざ絡んできたのよ、無視してよ、気を遣ってよ!!」
沙由菜は声を控えめにしつつも俺に怒ってくる。
「すまん、嘘だ。買い物をしてたら佐藤達に会って、お前に用事があることを言ったらこっちの方にいるって」
「あぁぁ、佳乃も美里もなんで教えちゃうのぉ……、うそでしょお?!」
「いや、まぁそもそも、あゆみがここに来たいっていってたし。どっちみち会ってたけどな」
沙由菜は頭を抱えながら深いため息をつく。確かに、こんな姿を友達やクラスメイトに見られるのは酷な話かもしれない。あるいは、開き直ってできるやつもいるのかもしれないが、おそらく沙由菜はこういうのは身内には見られたがらなさそうだ。
「そんなに嫌なら働くならもっと別の店もあるだろ」
と俺は突っ込んでみる。
「別に好きでも嫌いでもないし、紗咲が高待遇で働かせてくれるからってやってるのよ!! それにあんたが来るなんて思わないでしょ、絶対に」
「まぁ、俺もこんなところというと失礼だが、来るとは思わなかった、本当に。だけど、あれだ、メイド服姿の沙由菜も新鮮で可愛いぞ……」
追い打ちをかける様にほめてみる。
沙由菜はまたもやゆでだこのように赤くなる。
「ほ、ほめられてもうれしくない!!」
「それに、さっきの反応も普段強気な沙由菜には珍しく可愛かったなぁ……」
「やめて、やめて!!」
はぁはぁ。
沙由菜は頭を抱えながらテーブルとにらめっこをし始める。さらに追い打ちだ。
「はぁとふるすとらあああいく」
「ぎゃだあああああああああああ」
うひょおおお。
いや、初めてあゆみの気持ちを理解したかもしれない。いや、金輪際こういうことは思わないでおこう。背徳感で頭がいっぱいいっぱいだ。沙由菜はこういう方面でのいじりに弱すぎる上に本気で恥ずかしがっている。
「すまんすまん」
すぐさま謝ると沙由菜はおずおずと顔を上げて、
「絶対に他の人には言わないでよ?」
というので、頷いてやる。
ほっと胸をなでおろした沙由菜は続けて俺に質問を投げかけてくる。
「ところで、用事ってなに?」
あぁ、そうだ。一番大事な用事が残っている。
別に沙由菜のメイド姿を拝みに来たわけじゃない。俺は先ほど買ったシュシュの袋を沙由菜に渡す。
「え、なにこれ?」
「あれだ、昨日怒らせたみたいだし、お詫びのしるしだ」
俺のその姿を見て、沙由菜はきょとんとしている。
「え、いや、確かに昨日はもやもやしてたけど、別にあんたに怒ってたわけじゃないわよ」
「え、でもお前全然俺に話しかけてこなかったじゃんか」
「そういう気分だったの。たまにはいいでしょ、別に。ってか、なに、私にかまってもらえないからって物で釣ろうとして、私に嫌われたんじゃないかって気が気じゃなかったのー?」
と沙由菜はニヤニヤしながらそういう。
「べ、別にそういうわけじゃないんだからね!」
って、俺がツンデレになってどうする。
確かにまったく話をかけてこなくて焦ったさ。あゆみたちに言われるがまま、確かにやばいかもと思って、結局反論せずプレゼントも買った。
だが、そういうわけではない! 断じてない!
「ししし。あんたも可愛いところあるわねー」
あぁ、もうペースが狂う。やめだやめだ。
「まぁ、これ自体はお前に買ってきたからやる。で、もやもやしてたって何か理由でもあるのか?」
と俺が聞くと、沙由菜は普段あまりしないような、にこっという効果音が付随してきそうな笑顔を俺に示した。
「女の子にはそういう日もあるのよ。あ、でも、西野が言おうとしたような理由じゃないからね!」
「……」
俺はその言葉に何も言えなくなる。まただ。
沙由菜は、きっとはぐらかした。なんとなくだが、そう思う。何かを隠した。
きっと、普段の沙由菜なら、この言葉を言う時にはニコッと笑わず、ぶすっとした表情でいう気がする。そういうところだ。
沙由菜は顔に出やすいタイプだと思う。だが、何か隠そうとするときに普段とは真逆な態度を取っている気がする。
佐藤と話していた内容に関しても、慌てたようにいうことではなかったし。
いや、気のせいかもしれない。
だが、他にもいつかどこかでそんな矛盾を孕んだような表情をしていた気がする……。
俺がそう思い悩んでいると、沙由菜は俺のちーちゃんをぱくりといただく。
「んー、美味しいー。あんたちーちゃんを選ぶなんて、センスあるわよ。うちの店で実は一番おいしいんだから、ちーちゃん」
沙由菜に疑念を抱いてはいるが、俺のその気持ちの一ミリも伝わっていないのだろうか、沙由菜は能天気な声色でそういう。
いや、まぁ、もうそれはいい。
俺は沙由菜の隠し事に思い当たる節があるからだ。




