愚者は転ぶ。
俺たちはその後、店の予約時間まで付近をフラフラし、時間が迫るとすぐに店まで向かった。
俺たちの訪れたハンバーグ屋は落ち着いた色の照明を用いたムードのある内装をしていて、俺らみたいな高校生には似つかわしくない雰囲気を醸し出していた。
そこまで高級感があるわけでもないが、普段のデートなどでカジュアルに使えそうなレストランだ。
俺たちは食事をしながら、他愛もない雑談に花を咲かせ、冬菜の意外な一面をさらに知ることになった。例えば、冬菜はピザを片手にコーラを片手に食べ飲みするのが好きという何とも豪快というか、似合わない食の好みをしているらしい。似合う似合わないもないが、どちらかと言えば和食とか野菜を主に食していそうに勝手に思っていたのはここだけの話だ。
そんな他愛もない会話をして食事を楽しんでいると、時間というものはあっという間に過ぎ去っていくものだ。
食事を終え、会計を済ませた後に店を出ると、冬菜がすぐに、
「いよいよですね。壮馬くんは私に何を見せてくれるんでしょう」
と少しウキウキしたような声色で俺に楽しいであることを訴えてくる。
俺はまだ冬菜には具体的に目的を明かさず、駅にあるバスターミナルまで誘導し、バスが来るのを待った。
その後、そこまで長くもない時間の後、公園前行と表示したバスがやってきて、俺らはそれに乗る。そして、その行先は明確に知らせる。
店を出るころには辺りも真っ暗になっていて、これから向かう場所の景色も形容しがたいくらいに見栄えがよくなっているだろう。
バスに揺られること10数分、俺たちは最後の目的地の公園にたどり着く。
俺は帰りのバスの時間を確認して、最低でも1時間以上はここにいる必要があることを知る。そもそも。それを逃せばこの公園から駅前に行くバスはなく、少なくともタクシーを使う選択肢を選ばなくてはならなくなるだろう。
「よし、帰りのバスの時間も確認したし、行くか」
と俺が冬菜を促し、件の場所へ向かう。正門をくぐるとすぐに駐車場があり、その駐車場もすこし勾配がついている。ここを上ると休憩所があり、そのすぐ横にある階段を上りきると、そこは俺が小春ときていきなり目を奪われた光景である。
そして、その光景は俺たちの眼前に広がる。
隣の冬菜が息を呑んだ様にその光景に目を奪われているのか。沈黙が訪れる。
眼前に広がる光景はまさに圧巻だ。この公園は小さな山の中にある公園と言える。それだけの高所から見えるパノラマ、市街地からの距離もそこま離れていないため、闇の中に映る街の光が星のように点在しつつもその光量は街の命そのものを映し出しているかのようだ。
その光景を目に映した冬菜はしばらくの後、
「綺麗ですね……」
とつぶやく。
間違いない、あの時の感情が死んでいた俺ですらこの光景に目を完全に奪われ、その圧倒的なまでの流麗に心までもが奪われたくらいだ。
ふとした時にそのパノラマから目を離すと、野球場のスタンドのように段差が下に伸び、最下層にライトアップされた噴水があることにも気づける。
この噴水もまた、昼間には家族連れ、こどもが遊ぶ場所ではあるが、夜になると一層ムードを高まらせる。
当然、俺たち以外にも人がそこここに点在していて、主にカップルのような人たちが目に入る。
「壮馬くん、すごく素敵な場所ですけど、なんで私をここに連れてきたんですか?」
冬菜もここがカップルのデートスポットであると気付いたのか直球に聞いてくる。
「昔ある人にここに連れてきてもらってさ、夜景はデートにうってつけだけど、夜景を見ているときって人は心を開きやすくて、いろんな話が出来るんだよって教えてもらったんだ」
冬菜はその言葉に少し後ずさる。
ここはごまかして逆に変な風に取られるくらいなら、冬菜のようにまっすぐしっかりと俺の思っていることを伝えよう。
「あ、いや、冬菜を取って食うとかそういうわけではなくて、あれだよ。昨日、それこそ冬菜が倒れたのを見て、いやに心配になって」
俺がそういっても、冬菜はまだ沈黙を貫く。だから、俺は続けて言う。
「冬菜が何かつらい思いをしてるんじゃないかとか考えて、気付いたら体が動いてた。俺をここに連れてきてくれて、受け入れてくれた人も同じような理由で俺を勝手に救ってくれたんだ。だから、もし俺に何かできることがあれば、冬菜の力になりたいと思ってさ」
俺が一世一代の告白ではないが、かなり恥ずかしい言葉を吐き捨てると、冬菜は小さな声で笑いながら、俺のその言葉に対する答えをいう。
「昨日のことなら、本当に気にしないでください。ちょっと、びっくりしてああなってしまっただけなんです。特に、何か重たい悩みがあるとか、そういうわけではないんですよ。だから、壮馬くんは気にしなくても大丈夫です」
「え、いやでも……」
「本当に大丈夫です。さっきも動物園で言いましたよ、私たちは変わらきゃ、前に進まなきゃダメなんです」
その一言がなければ、言葉の通りに俺はそれを捉えていた。その追撃はきっと、冬菜は俺には自分自身の問題を話したくないのだろうと捉えさせてしまう。そして、冬菜自身もそれをよくないと思って、前に進まなくてはならないと思っている、きっとそうだと思う。
なぜなら、俺もそうだからだ。
沙由菜にも言われた通りだ。失恋なんて、正直大した悩みでもなんでもない。でも、俺にとって小春はそれだけ大きな存在で忘れられない。でも、前に進まなきゃならないことは俺もわかってる。他にも大切な存在がたくさんできたこともわかってる。だが、なかなか前には進めないのだ。
きっと、俺が冬菜の問題と直面するためにはもっともっと長い時間を掛けなくてはならないのかもしれない。
俺はこの場では、冬菜にはわかったというしかないのだろう。
「壮馬くんがいう、ここに連れてきてくれた人って、高校の人ですか?」
俺がその言葉に沈黙をしていると、冬菜から話をかけてくれる。
少し逡巡しつつも、そこははっきり言うことにする。
「俺の初恋の人だ。中学生のとき、どうしようもなかった俺と向き合ってくれて、俺を救ってくれたんだ」
「そうなんですね……。その人とは今も?」
「さすがに、付き合ってたら女の子と二人で遊びに来るなんてマネはできないさ。もう二年は会ってない」
と少し自嘲ぎみに俺は言う。冬菜は俺のそれを聞き、再び沈黙する。
「それだけの人がいたら、そうなりますよね。壮馬くんの気持ちは痛いほどわかる気がします」
「はは、なんで共感してくれるんだよ。お前にもそんな人がいたのか? それこそ初恋の人とか?」
「いましたよ。でも、それは男性ではないです。私、実は初恋もまだなんですよ」
「なんだそりゃ、それってつまりお前がしょ……。あ、いや、なんでもない」
初恋をしたことがないなんていきなり言われても、と思ってしまい、それを口走りそうになるが、ぎりぎりのところで止める。
しかし、冬菜は俺の方に顔を向けて、不服そうな声色で、
「壮馬くんの言おうとしたこと、さすがにわかりますよ。なんでいきなりそういう飛躍するんですか、男の子は」
「そりゃ、あれだ。男はそういうことばかり気にするぞ」
「変態……」
「だぁ、それは俺じゃなくてもっと言うべき奴はたくさんいるはずなんだけどなぁ!!」
と俺が思い切り突っ込むと、目の前のベンチに座っていたカップルが立ち上がり、移動し始めるのが見える。
冬菜は特にそれに関してはなにも言わずに、そのベンチへと進み、腰かける。俺もその姿を見て、隣に腰かける。
「壮馬くんが私のことを気にかけてくれるのはすごくありがたいです。今日も本当はただお礼をしたかっただけなんですけど、色々連れて行ってもらえて楽しかったです」
冬菜は改めて今日のことを振り返る。
「動物園も本当に楽しかったですし、いろんなところを歩きながらお話しするのも案外楽しいですね。ハンバーグもおいしかったですし、この夜景も心が揺らいでしまうくらいに美しいです」
冬菜の優しい声が俺の心にこだまする。しかし、その声は少し震えた様な、涙声のような雰囲気まで感じる。優しい声色の中、なぜ涙が混じるのだろう。
そして、今、冬菜はどんな顔をしているのだろうか。声が震えているだけで、別に涙を流していないのか、それとも本当に涙を流しているのか、笑顔でいられているのか、よくわからない。知りたい。
冬菜がいま、どんな顔をして俺との今日の一日を振り返ったのか、なぜそれを言うことで涙しているような声を出すのか。
確認することは簡単だ。俺が冬菜の体をこちらに向かわせる。そして、前髪をかき上げるそれだけだ。夜も深まっているので、完全にその顔を認識することはできないかもしれない。それにさっきの動物園のように髪の毛を触ったとまた反感を買うかもしれない。
佐藤に言われたことも思い出す。その感情が俺との一日を回顧しただけでこんな声色になるとは思えない、ちゃんと話してくれない以上、佐藤の言う通り、そっとしておいた方がいいのかもしれない。
だが、俺の手はその理性すらも凌駕してしまう。
「冬菜、ごめん」
と俺は先に謝りつつ、片方の腕で、冬菜の肩を抱きしめつつ、冬菜の顔をこちらに向ける。そして、もう片方の手で冬菜の前髪を思い切り凌辱する。
そのとき見えた顔、表情は確かに涙だった。目にたまる涙はほほを伝っていた。
そして、不意を突かれたのか、とんでもなく驚いたように目を見開いている姿だ。
初めてはっきり顔を見たとき、俺はその顔を見て暗がりの中であっても単に綺麗だ、と感じた。冬菜の目が少しだけ見えたあの時、誰かに似ていると感じたこともあった。そのときはどこかの芸能人かなんかに似ているのだろうか、程度の認識だった。そして、だから綺麗であることにも疑いはなかった。
しかし、俺はそれ以外の情報を冬菜の顔の全体像から思い起こしてしまう。
この暗がりだからこそ、本当にそうなのであるか自分に疑問しか感じられない。
だが、それをはっきり認識したとき、俺は完全に虚を突かれたように、
「え、は? さ……、え?」
と言葉にもならない言葉のみが出てくる。
逆に、虚を突いた俺がそうなっている間に虚を突かれた冬菜本人はようやくに状況が飲み込めたのか、俺の右手を払いのけ、急に立ち上がる。
そして、そのまますぐに少し荒々しい呼吸をしながら、冬菜はその場から走り去ってしまう。
俺はまだ状況を完全に飲み込めていない。少し呆然としてそのままベンチに座る。ふと思った時に、スマートフォンを見る。まだ、俺らがここにたどり着いてから数十分もたっていない。バスもまだない。
俺はそこでやっと冷静になり、冬菜を追いかけなければならないことを認識する。
歩いて駅まで行くのには遠すぎる上に、こんな夜の時間に一人で歩かせることの危険性、道に迷ってしまったとしたら……。
俺の軽はずみな行動が、冬菜の身を危険にさらしてしまっている。
本来ならばここでゆっくり話すはずだった。俺は俺の愚かさを呪わなければならないだろう。
だが、呪うよりもまず冬菜を探さなくてはならない。
それにようやくに気付いたころには、俺の体はすぐさま冬菜の後を追うように動き出した。




