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誰のためでもないラブソング  作者: 満点花丸
第一幕:文学少女と狼少女
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遊びに行くよ。


 そうこうしているうちに、俺のもとにさらなる声が聞こえてくる。

「高峰、俺らもそろそろ行かないと、長谷川が罰ランニングさせてくるぞぉ」

 なんというか、どんなラブコメにもかならずいる悪友、スケベ野郎、なぜか情報通、そんなすべての属性を兼ね備えたそいつが焦ったような焦ってないようなそんな感じの曖昧な声色で話しかけてきた。

「あゆみ、体調不良と言っておいてくれ」

「お前、そんなに体調不良使ってたら、体育で留年するぞ?」

 その言葉が俺の脊髄に直接響くように反射的に立ち上がらせる。さすがに体育で留年は笑えない。いや、しかし。先ほどの夢、なんだったかはまったく思い出せないけど、懐かしいような苦しいようなそんな夢を見たせいかとてつもなく精神的に体が重い。

 あゆみはため息をつきながら俺の制服の右袖をわしづかみにし、俺を教室から引っ張り出していく。その姿を見て、廊下で談笑していた女子からきゃああ、という声が聞こえてきたのはなぜだろう、と思いながらこれが逆に美少女であれば最高なのに、と思いながらあゆみの怪力に引っ張られ更衣室へと向かうことになった。

 更衣室にたどり着き、気だるい気持ちを抑えながら、制服のシャツのボタンに手をかけているとき、あゆみこと西野あゆみは俺に問いかけてくる。

「高峰、告白ブームって知ってるか?」

「告白ブーム? なんだその頭の悪そうな少女漫画で流行ってそうなブームは」

 西野あゆみはえっへんといいそうなどや顔で開口そう何かを言おうとするが、男声にしては少し高めの声がさえぎってくる。

「壮馬知らない? 最近、学校中で次々カップルが出来てて、今なら告白さえすればもれなくカップルになれるって噂が持ちきりなんだよ」

 その声の元の方に顔を向ける。声が高い、上に少し女にも見えなくないそいつはパンツ一丁で顔は女顔だが、間違いなく男であることを見せつけてくる。いや、見せつけてはいないが。

 こいつは俺の悪友その2の佐々木翠だ。顔だけでなく名前まで中性的である。

「聞いたことはないが、確かに最近手をつないでこれ見よがしにアピールしてるやつとか、昼飯一緒に食ってる男女はよく見るな」

 あれはそういうことだったのか、と何人かの女子が俺を校舎裏に呼び出してきた事実、特に興味も持てなかったあの日とかあの日とかを思い出す。いや、これはもて自慢とかではなく、単に俺の中学生時代の経験が故の仕方のないことであることは間違いないのはわかっていた。

「まぁ、高峰はイケメンとかではないけど、あれだったしなぁ」

 あゆみもため息をつきながら俺のことを上から下までまじまじと見定めてくる。なんだ、こいつ気持ち悪い。俺はそっちの趣味はないぞ。と昨今のとある団体から怒られそうなことを考えながら、シャツを脱ぎ、体育着のTシャツに袖を通す。

 隣のクラスや同じクラスの特にまだ話したこともない面々は俺らのその会話に意も止めずに外のグラウンドへ向かうために更衣室から出始めていた。

「壮馬は彼女とか作らないの? 告白してきた人に学年で一番人気の子とかいたんでしょ?」

 誰がそうかはわからないし、名前すら覚えてないけど、そんなことがあったと言った時に沙由菜は頭を抱えながら、うっせーこのろくでなしといって、どっかに行った、その一部始終を見てたこいつらがいうにはそのうちの誰かにこの学校一の美少女が混じっていたらしい。

「翠、この朴念仁が彼女を作るわけがないだろ。もし、俺がそうだったなら、二つ返事でオッケーしたというのに……」

 とあゆみは笑いながら、しかし、羨望の目で俺を見つめてくる。

「そうだねぇ、僕も中村さんとかすごくいいなぁって思ったのにあっさり降っちゃうんだよね、壮馬は」

 翠に関して腹黒プリティフェイスで俺に笑顔をくれる。まったく、どいつもこいつもあの人が好きだ、この人が好きだと簡単に言えて幸せな限りだ。俺にもそういう相手がいなかったか、と言えばそうではないと言えるが、特に興味がない相手を彼女にするなんてことはできるわけがない。

 俺らがそんな陳腐な話をしている間に、チャイムが鳴り響く。俺らはそんな会話を一時中断して、急いで残りの着替えを済ませ、走ってグラウンドへ向かった。

 春先の雪が完全に溶け切っていないグラウンドでは、どちらかと言えば動きの少ない砲丸投げがテーマだった。おそらくゴールデンウィーク明けには様々な陸上競技をすることになる。女子はと言えば、走り幅跳びを行っている姿が見える。

 男子たちは件の告白ブームを意識してか、砲丸を投げるのにも格好つけるやつが後を絶たない。この雰囲気は青春っぽいと達観しつつ、俺は自分の番が来るまでベンチでさぼることにした。

 そんな俺の姿を見つけ、体育であろうがなかろうがこの年齢にもなって恥ずかしげもなくツインテールにしている女、沙由菜が大声で俺の名前を呼びつけてくる。

「そーま! サボってないで、ちゃんとやんなさいよー」

 そんな言葉を無視して、そっぽを向いていると、バタバタと走ってくる音が聞こえてきて、ベンチにがたっと誰かが座ってくる。

「そーま」

 甘ったるい甲高い声を耳元でささやいてくる、いや、それはちょっと。耳がこそばゆいので無視出来ない。

「なんだ、沙由菜。こうなるとお前もサボってることになるぞ」

「私はちゃんと先生に少し体調悪いので、少しだけ休ませてくださいっていったもんねー」

 走ってベンチに来た奴が体調悪いわけない。なんてウソつき野郎だ。とはいえ、わざわざそんな嘘をついてまで俺のもとに来たってことは何か用があるんだろう。

「で、何か用か?」

 俺はうそつき狼少女にそう問うた。沙由菜はそれに対して、ややもじもじしながら何か言いたいけどなかなか言えない、恥ずかしいみたいな表情を見せつつ、意を決したのか真剣な眼差しで俺を見つめる。

 え、なんだ、この表情、なんか何度か見たことある。これって……。

「そーまさ、補習終わったあと暇?」

 少し逡巡しつつ、何が言いたいのかわからないが、時間があるかないかで言えば、あるため、俺はうなずいた。

「じゃあさ、久々に遊びにいかない? クラス違ったときはもう少し遊びに行ってたんだしさ」

「あ、あぁ」

 俺は少し安堵のため息をつきそうになる。まさか、沙由菜に告白されるのではないかと俺は少し思ってしまった。さすがに、沙由菜が告白してきたら悩む。それは、いろんな意味でだ。女子として好きかとかは正直わからないが、沙由菜とは仲もいいし、俺が高校からここに来た時にすぐに見つけてきて結構な頻度で遊んでるし、断ったらどうなるかわかったもんじゃない。

 俺自身も、もし断って沙由菜が離れたらと思うとかなりさみしい思いをすると思う、となんとなくそう思ってしまっていた。

 それはある意味では杞憂だったのだろう。

「よかったー、じゃあ、終わったら寮に戻って着替えてから来てね?」

 沙由菜は少しはにかんだような笑みを浮かべると、すくっと立ち上がりクラスメイトの女子たちが集まる方へと駆けていった。俺は沙由菜のその姿を見つめてしまう。

 沙由菜と再会したのは去年のことだ。様々な思い出は残ってはいたが、再会するまでは沙由菜のことを気にかけている余裕もなかった。沙由菜の方は俺のことを見つけるや否や、すぐさま遊びに行くよと俺を連れ出して、そんな快活な性格のイメージを持っていなかったからハトに豆鉄砲を食らった記憶がある。

 昔は少し精神的に不安定なところがあって、すぐに泣くし俺がいないとだめになってしまうんじゃないかとすら思っていたくらいだ。しばらく会わないうちに美少女と呼ばれるくらいの成長を遂げているし、普通なら感動の再会であって、思い出のあの子が精神的にも大人になった姿を見て恋に落ちるのかもしれないが。

 きっと俺はそんな風にはならないし、沙由菜も俺のことは友達程度にしか思っていないんじゃないかと思ってはいた。だが、あの表情だけは告白の前兆に見えてしまって、本当に面を食らってしまった。

「どうかしてるな、俺は……」


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