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誰のためでもないラブソング  作者: 満点花丸
第三幕:文学少女との一日
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19/43

スノーレオパード。

「壮馬君、こっちこっちです!!」

 冬菜が俺を呼ぶ声が聞こえてくる。動物園の閉園時間が近づいてきて、結構急ぎ足で次々に進み、今回のゴールに定めたアジアゾーンである。ここはアジア近辺の動物たちを集めたエリアであり、3つのグループに分けられてそれぞれの館に分けられている。特に、このエリアでは過去に人気を博したレッサーパンダや、この動物園が初めて繁殖に成功したというユキヒョウがいる。

 冬菜はレッサーパンダがいると知って、顔色を変えて、いや顔色じゃないな声色だろうか、を変えて早く行きましょうと息巻いていた。

 確か、俺が小学生の時に言った頃にはすでにいた気もするのだが……。

 高山館と書かれた建物の中に俺らは吸い込まれていく。そして、冬菜は一目散にレッサーパンダのいるコーナーへと向かっていった。

 冬菜の意外すぎる一面も少しの時間で少しは慣れてきた。いやそもそも、人とそこまで話す姿すら目撃されていないくらいに一人でいる時間が多いという冬菜が、こんなにもノリが良くついてきてくれるだけで少しおかしな話だ。冬菜の言っていたお礼がしたいっていうのはたぶんこんなレベルではなく、普通に何かおかしをプレゼントするとか食事を奢るとかその程度のつもりだったのだろうし。

 俺は冬菜の横に並び立ち、レッサーパンダではなく冬菜を見る。

 確かに、前髪で顔の半分近くが隠れていて、冬菜の表情を読み取ること自体がなかなかに困難だ。わかったのは、口元だとか顔の向いている方向とか、前髪の隙間からちらりと見える目を頑張ってみるとか、そういう風に読み取るしかない。

 今はスマートフォンを檻の方へ向け、シャッターチャンスを冬菜は伺っているようだ。しかも、可愛い可愛いと連呼しながら、わかりやすくはしゃいでいるようにも見える。

 身長は平均的な女子よりやや高く、全体的に整ったバランスだ。手足も短くない。俺らの通う学園の制服、ブレザー越しからも出るところはある程度は出ていて、引っ込んでいるところは引っ込んでいるのが見てわかる。それだけでも男子からの人気は出ていてもおかしくないし、ちょっかいを出してくるやつもいるはずだ。

 少しの観察をしていても、そこまで長くない時間を隣で歩いていても理解したのだが、話せば関わっていたいくらいには人当たりがいい。

 じゃあ、冬菜はどんな問題を抱えていて、なんで人とのかかわりをあまり持たないのだろうか。

「どうしました? 私じゃなくて円夫ちゃんを見てください……」

 と、冬菜に突っ込まれるくらいには長考して冬菜のことを見てしまっていたらしい。円夫というのはこのレッサーパンダの名前らしい。基本的には茶色い毛並みにおなか周りの黒い毛のグラデーション、愛くるしい顔。人気なのもうなずける。これでよいだろうか。

 冬菜は俺の方をじーっと見てくるが、少しむず痒い気持ちがする。マルオよ、お前もこんなに冬菜から熱い視線を向けられていてさぞむずむずした気持ちになっただろうに。

「じゃあ、次に行きますか!」

 俺は照れ隠しのように、レッサーパンダからも冬菜からも目を背けて、次に行くように促した。

「そうですね、そろそろ時間もあまりですしね」

 冬菜は俺の照れ隠しに気付いたのか気づいていないのか冷静にレッサーパンダから離れる決意をしたらしい。

 あれだけ楽しみにしていたから、もしかしたら動くのを渋るんじゃないかと少し思ったが、意外とあっさりしている。そういうところはさすがに子供っぽいわけでもないらしい。

「次は……寒帯館。ユキヒョウがいるんだな。確か、俺が前に来たときはちょうどユキヒョウの双子の赤ちゃんが生まれたとかなんとかって話をしてた記憶がある。今はどうなってるんだろうなぁ」

 その昔に来たときの小さくて真っ白でモフモフなユキヒョウの記憶が僅かにある。あれは確かに子どもながら可愛いと感じていたと思う。しかし、冬菜は特にユキヒョウには興味がないのか、俺のそのコメントには大した反応はしない。

「動物園を見終わったらどうしますか?」

 しかも、冬菜は俺の疑問に大しては意にも介さずスルーしたようにそう聞いてくる。

「そういえば、俺が考えてたプランは何も話してなかったな。冬菜さえよければ、この後駅の方に戻ってプラッとしながら飯でも食べて、そのあと冬菜も見たことあるかもしれないけど、冬菜に見せたいものがあるんだよ」

「わかりました、私はご飯外で食べると言ってあるので、大丈夫です。その次も楽しみにしておきますね」

 今後の計画の話を伝えている頃にはすぐ隣にある寒帯館の入り口に来ていた。

 その入り口の外からも檻の中が見えるようになっていて、ユキヒョウが中をうろうろしている様子が見える。

「わー、真っ白でモフモフで可愛いですね」

 と少し白々しくも冬菜はユキヒョウを愛で始める。

 中に入ってみると、その檻の中には一匹のユキヒョウだけがうろうろしているように見える。おそらく、一つの檻に一匹までしか入れていないのだろう。喧嘩やらなんやらが起きて死ぬっていうパターンもあるらしいし。必要な時以外はこんな様子なんだろう。

 俺はなんとなく小さいときに来たときに見たあのユキヒョウたちがどれだけ成長したのかが気になり、ユキヒョウの紹介文などを読み漁ってみる。

 しかし、どうやら双子のユキヒョウは現在この動物園にはいないらしい。

「昔みたユキヒョウの赤ちゃんめちゃくちゃ可愛かったんだけど、いないみたいだな」

 俺がそういっても冬菜はどうにも先ほどまでの元気もなく、言葉を発しない。少しはしゃぎ疲れたのだろうか。

「冬菜、どうした、疲れたのか?」

 と俺が聞くと、冬菜は首を横に振る。ならなんで、と少しばかり思うが、冬菜は少しの間を空けて、口を開く。

「壮馬くん、私、実は知ってるんです。ここで双子の赤ちゃんユキヒョウが生まれたことも、その子たちがどうなったのかも」

「お、そうなのか。それで?」

「小さい頃に私も学校の行事で来て双子のユキヒョウの赤ちゃんを見たんです。でも、一年後くらいにまた見に来た時にはその子たちは別々の動物園に繁殖のために転出してしまった後で。そのとき、その、すごく寂しい気持ちになったのを思い出して、何とも言えなかったんです」

 冬菜の少し弱々しい声が胸に響くような気分がする。冬菜はきっと繊細な子なのだろう。ただ動物園の動物が離れ離れになるだけで心を痛めるなんて、少し極端な話にも聞こえる。だが、やはりそんな気がする。佐藤たちも冬菜のことには気を遣っているみたいだし、冬菜自身が何かしら問題を抱えていて、あんな反応をするのも頷けてしまう。

 きっと、本質的には一人でいるということそれ自体には冬菜の本当の人間性があるわけではなくて、その繊細さから一人でいることを選んでいるんじゃないだろうかとすら思えてくる。

「そうか、すまんな。何も考えないで言ってた」

「いえ、そんな気にしないでください。私がそういうところでそういう気持ちになった、なんて私が言わなければわからないじゃないですか」

「あぁ……」

 いや、俺も昨日俺のトラウマを沙由菜に言わない限り、沙由菜には察してもらうことを強制してきた。もちろん、完全には察せられなくても、冬菜の元気が急に消えたことには気づいていたのにな。

 少し後悔を覚えつつ、だが、冬菜が気にするなというので今のところは気にしないでおく。

 だが、しっかり俺が冬菜のこと過去や内面のことを気にかけてやれずに傷つけたりしてしまえば、佐藤たちも黙っていないだろう。もっと気をつけなくてはならない。

 そう決意しながら、一通りアジアゾーンも見終わり、後にした。そのまま、俺らはゲートの方に下りつつ、少しの時間を使い、猿山を見てから帰ることにした。

 戻る途中、見覚えのある建物があり、最初に二人で回顧した遊園地がなくなっていることに気付いたのは猿山にたどり着いてからだった。

「そういえば、遊園地、なくなってたな」

 というと、冬菜は穏やかに笑う。

「そうですね。でも、こども広場みたいにはなってましたよ。私たちと一緒で、どんなことも移り変わるものです。変わらなきゃいけないです、きっと」

「はは、昨日今日で初めて会っていきなり並んで歩いてて、冬菜は意外と子供っぽいと思ったが、急に老け込んだな」

「むー、失礼ですね。だって、どんなに仲が良くてもいつまでも一緒ではいられないんですよ? 出会いの数ほど別れもあって、それを受け入れて、乗り越えないと進んでいけないんです」

「冬菜……」

 その意味深な発言は俺に対していったわけではない。だが、俺の心には間違いなく刺さる言葉だ。もちろん、説教ですらない。何か自分に言い聞かせているような、そんな感じのニュアンスにもとれた。

「あ、見てください。お猿さんが他のお猿さんにいたずらしてますよ、可愛い……」

 冬菜はその発言をどこかに追いやりたいのか話をそらせる。俺もそれにつられて見るが、サルは他のサルの毛づくろいをしているのか毟っているのかわからないが、他のサルの体毛をいじっている。確かにその様子だけ見るとなんだか和む。

「楽しかったですね、動物園。意外でした。この年になっても、こんなに楽しめるなんて」

 冬菜は手すりに両手を乗せ、手すりに体を預けながらそういった。

 せっかく冬菜がそらした話に突っ込むとそれこそさっきみたいに軽地雷を踏みそうなので、俺も冬菜の話に乗っかることにする。

「あぁ、俺も意外だった。それに冬菜が思ってたより話しやすくて楽しいよ」

 俺の一言に冬菜はくすくすと笑う。 

「ひどいですね。壮馬くんは思った通りの優しい人ですよ、ちょっぴり変態なのかなって思う瞬間もありますけど」

「いや、忘れろって言ったの冬菜じゃんか、それも忘れてくれ」

「そっちじゃないです、いきなり女の子の髪の毛触るなんてデリカシーないですー」

 表情自体は見えないが、きっとふくれっ面をしているだろう。そういう声色だ。

「いや、それは悪かった。つい、冬菜が可愛いと思って」

「私は別に可愛くないですもん。なんですかそれ、そういうこと言うからすぐに告白されるんですかー? 壮馬くんモテモテなんですもんね」

 冬菜は冬菜でいじけてるのかあおってくるのかよくわからんが。意外にも感情の起伏も激しそうだし、きっと顔が見えたら沙由菜みたいにすぐに顔に出すんだろうなぁ、と少し予感めいたものを感じる。

「いや、俺はそういうんじゃないだよ。きっと、俺の過去がそうさせてるだけで、俺自身別にイケメンでもないし、優しいわけでもない」

「実際に今日も告白の現場目撃してしまいましたし、説得力ありませんよ」

 俺はこの会話に少しばかり違和感を覚える。いや、冬菜が嫉妬からこういうことをいっているわけではないことくらいはわかる。単純に、何か見落としているような気がする。なんだ? 何が引っ掛かるんだろう。

「思う存分壮馬くんに意地悪をしてさっきのお返しはさせてもらいましたので、この辺にしておきます。次はどうしますか? 何を食べますか?」

 と俺が考えていると、一連の流れ自体はおそらく俺が突然髪の毛を触ったことに対する報復であることを冬菜自身が伝えてくる。

 それにそうだ、ある程度ご飯を食べに行く場所を考えなきゃならない。

 ここいらは高級住宅地であるのと同時に高級そうなレストランもそれなりにある。しっかり選ばないと高校生が行けるようなところは目に入らないだろう。

 ひとまず、俺は以前小春と夜景を見に来た時に立ち寄ったそば屋があることを思い出し、そこを提案してみることにする。そこは確かに美味かった。

「そばとかどうだ? 俺、駅近くにある美味いそば屋さん知ってるぞ」

 というと、冬菜は少しうーんと言いながら、

「ごめんなさい、私そばアレルギーなんですよね」

 という。アレルギーならやめておいた方が無難だろう。

 他にどこかよいところはあるだろうか……。

「壮馬くんがそこがいいのでしたら、私はお蕎麦じゃなくて天丼とか好きなのでそうしますよ?」

「いやいや、間違って口に入ったら大変だろ。無難に行こうぜ」

「本当に気を遣ってくださってありがとうございます」

 冬菜はそう言って、そういえば、と話を続ける。

「この前、テレビでおいしそうなハンバーグ屋さんを紹介していたのでそこに行きませんか? 場所はメモしてあるので」

「おぉ、いいな。やっぱり水族館に行けば魚を食いたくなるように、動物園に行ったら肉を食いたくなるもんな」

「え、壮馬くん、動物見ながらそんなこと思ってたんですか? 引きます……」

「わぁ、嘘嘘、冗談だよ。本気にしないでくれ」

 と俺が慌てて訂正していると、またしても冬菜はクスクス笑う。これもいたずらなのだろうか……。

 冬菜は猿山の手すりから離れ、先に進んで行ってしまう。少しばかり日が長くなってきて、まだ夕焼けというには少し明るい、でも徐々に日が落ちてくるのが目に見えてわかる。

 冬菜はそんな日差しに照らされて、楽しそうな足取りで前に進んでいる。きっと、冬菜も楽しんでくれている。気のせいかもしれないが。

 俺はそんな冬菜を追うために、足を踏み出した。


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