第6話 四咲涼のご褒美
『いやー。大変だったよー』
4月も終わりに近づいた日の夜。
今日は来ないのかな?寝ようかな?と思いつつ、なんとなく来そうな予感がしてスマホを眺めていると、案の定、着信音が鳴った。やっぱりか、と思って電話に出ると、幼馴染の親友の、そんな気の抜けた声が聞こえてきた。
「こんばんは、ぐらい言いなよ、ユウ。もう高校生になったんだから」
『うん、こんばんはー。今時間大丈夫?いやー大変だったんだよー』
わかっているのかいないのか、適当に夜の挨拶を済ませてさっさと本題に入ろうとする、ユウこと、大高優穂。私、四咲涼の幼馴染にして、一番付きあいの長い親友である。今は、私が引っ越したため、離れ離れ。ユウにユキに団子、まあ、あと団子団ではないけど小豆さんも。地元、静岡県の富士市に住む私の親友たちは、毎日ラインをしてくれる。電話もこうしてたまに来る。結構嬉しい、なんて思っていることは内緒だ。こっちの学校でも、もう何人か友達はできたけど、10年来の親友というのは言葉では言い表せない、安心感のようなものがある。
「そんで?例の“金髪の彼女”の勧誘はうまくいったの?もう一週間近くやってるんでしょ?」
『おんやあ、スズちゃんどうしたのかなあ。嫉妬ですかなあ』
「きる」
うあああ、待って待って、と慌てるユウ。
「明らかに苦労話を聞いてください、て感じだったけど?何もないなら寝る」
『んもお、冗談だってばー。わかったよ』
せっかちさんだなー、なんて少し文句をたれて、ユウは勧誘の成果を語りだした。
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『新入部員を勧誘することになったの!』
この前、ユウからそんな連絡があった。団子の発案らしい。彼女には、引っ越し前に、ユウとユキのことを頼んできた。望月団子という親友は、その言動の数々は変態性に満ち溢れているが、私やユウやユキに危害を加えることは絶対にない。まあ、数々の彼女のセクハラを“危害”としてとらえていない、私を含めた3人の感性はともかく、彼女は、2人が不幸になるようなことは絶対にしない。そのことに関しては、心から信頼している。だからこそ、引っ越しの際、彼女の頬にキスをしてまで、2人のことをお願いしてきたのだ。団子団の長にして、私たちの頼れる姉でもある彼女に。
その団子の発案ということなのであれば、大丈夫だろう。彼女のことだ。きっとすでに、その子の身長体重スリーサイズから、住所や親の勤め先の電話番号まで調べてあるに違いない。彼女の情報収集能力のすさまじさは私もよく知っている。
『・・・・・・良い・・・・・・かな?』
少し迷ったような間をとりながら、ユウはそう訊いてきた。
「何故にそれを私に訊く?私は別にかまわないよ。ユウやユキが決めることじゃん」
この連絡の少し前、同じ内容のラインがユキからも来た。
『団子団の新入団員を勧誘することになりました。週明けから勧誘活動をはじめるそうです。スズさんは、大丈夫、かな?』
何でいちいち私に訊くんだか。別に気を使わなくてもいいのに。そんな態度の私に、
『スズちゃん(スズさん)も、団子団の大切な一員だもん(です)!』
2人はまったく同じ言葉を返してきた。まったく、卒業式でも流れなかったのに、なんでこんなことで流れるんだか。嬉しいじゃんか。グスン。
引っ越しの時、団子は私に、「都会の娘の勧誘、頼んだぞ。化粧が薄くてかわいい奴な」なんて言ってきた。「団子団の活動をさぼるなよ」とも。
あの時、彼女ははじめから、私の唇を奪うつもりなんかさらさらなかったのだろう。ユウとユキがいる前で、面と向かってそんなことを、私に言えなかったのだ。隠れてこそこそとそんなことを耳元でささやき、軽く頬にキスをしていった。どんなに離れていても、私たちは団子団だぞ。そんなことを言われたら、キスのひとつでもしてやりたくなる。人前でも恥ずかしいセクハラセリフをつらつらと言ってのけるくせに、変なところで照れ屋なんだから。私が頬にキスしたときの、団子のあの驚いたような、間抜けな表情が、今でも忘れられない。どんな顔で送られるよりも、最高だった。
団子団の活動は、大切な親友たちと、何かをすること。私は団子に、2人を頼んだ。私も彼女に頼まれたことを、団子団の活動をさぼらないために、友達作り、頑張らないといけない。
1人じゃないから。あの3人がいたから。今も、団子団の3人といるから、私はこうして頑張っていける。
流れた涙を拭いて考える。正直、寂しい気持ちはある。私がいない間に、1人だけとはいえ、私の知らない人が団子団に加わるのは。あの3人と過ごすのは。
でもまあ、それはただの嫉妬。私がいない間に、父さん母さん妹達で、ポテチをあけて食べていたようなもの。どう変わったって、私が帰ることができる場所、ということは、絶対に変わらない。もしそこまで変わってたら、団子団東京支部メンバーを率いて攻め込んでやる。今のところ数十名は団員にできそうだ。支部長なめんな。
「その子、団子発案ってことは、美人なんでしょ?」
「え?うん。すっごいかわいい子だよ。金髪で、ハーフの子なんだよ」
「そう。なら、絶対入れること。ユウ。よろしくね」
「・・・・・へ?」
私の言葉に、ユウは会話のテンポを外した。
「そんなにかわいい子なら、私も入れてくれた方が嬉しいし、友達になりたい。団子が認めているなら安心だからね。私も、引っ越していなかったら、その子と友達になっていたかもしれないし。だから、よろしく。私たちは、離れていても団子団でしょ?私は勧誘できないんだから、私の分もユウたちに任せたわよ?」
「スズちゃん・・・・・」
「私も今こっちで、新しい友達兼団子団東京支部の団員を集めてるとこ。いい子たち集めて、紹介してあげるから、ユウはその子のことお願いね。私の親友候補なんだから、仲良くするのよ?」
泣いているのだろうか、電話口から荒い呼吸が聞こえてくる。しばらく、そんな呼吸が続いた。やがて、ケホッケホッと咳払いをして、ユウはいつものユウに戻る。
『うん。ありがとう、任せてよ、スズちゃん。私たちの大切な場所。スズちゃんの帰ってくる場所。すっごく華やかにしておくから。いつでも寂しくなったら帰っておいで』
「うん。頼んだよ。また夏休みかそれぐらいに会おう。ゴールデンウィークはごめん。今度は予定、絶対に空けておくから」
『うん。絶対だよ!約束だからね!』
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それが、先週末にかかってきた電話。来週一週間、また頑張ろうっ!ってお互い励ましあった、大切な親友たちとの会話。
あれから一週間。彼女たちからの連絡はなかった。“金髪の彼女”の勧誘に、成功したのかしていないのか、まだ私は誰からも聞いていない。
それでも、不思議とわかるんだ。ユウの声の調子で、からかうようなタメのとり方で、先週とは違う、彼女の興奮からくる息の荒さで。
今日は寝不足になりそうだ。きっとこれから、長い長い会話がはじまる。
『あのねっ!なんと!―――――――』
一週間頑張ってよかったな、なんて、彼女との暖かい会話で思ってしまうあたり、私も団子のことを、あまりとやかく言えたもんじゃないかもね。