第18話 なぜ日は傾くのか
ボーリング場を出ると、涼しい風が吹いた。たくさん動いた後の、火照った体に気持ちいい。少し熱くなり過ぎたかしらね。先輩にハグを許してまで挑んだリベンジだったし、まあ仕方がないか。
4月最後の土曜日の午後、私は団子団のみんなと、富士市のとあるアミューズメント施設に来ていた。その施設の中で行われたのは、2チームに分かれた、シューズ代を賭けてのボーリング対決。
数年ぶりだったためか、私ははじめ、あまり調子が良くなく、同じチームになった優穂の足を引っ張ってしまい、1ゲーム目は負けてしまったが、後半は何とか盛り返し、最終的には、団子先輩に次いで2番目のスコアを出すことができた。
2ゲーム目で何とか雪辱を果たし、3ゲーム目で決着をつけるかどうか迷っていた私たちだったが、雪菜にこの後用事があるということで、腕の疲れも加味して、今日の歓迎会はお開きとなった。
「本当に乗っていかれないのですか?」
「今回は遠慮しとく。この後用事なんでしょ?少し散歩しながら帰るから。ありがとう」
「私も岳鉄で帰るから大丈夫だよ、ありがと」
「ムッフン。ほら、待っているぞ?早く行ってやれ」
「そうですか・・・・・わかりました。今日はありがとうございました。みなさん、帰り、気をつけてね」
去っていく高級車を見送ってから、先輩が振り返った。
「さて、君たちはどうする?あたしは少し腹が減ったから、うどんでも食べて帰るつもりだけど?」
「そうですね・・・・・。おばあちゃんがお夕飯用意してくれていると思うので、私は遠慮します。優穂は?」
「うーん。私もパスかな~。今日はもう疲れたよ」
腕をプラプラと左右に振りながら答える優穂の姿に、私も酷使した腕を軽く揉む。ここまで使ったのも久しぶりだ。これは明日、筋肉痛になるわね。
「そうか。それじゃ、今日はここで解散だな。2人ともナンパされないように。気をつけて帰れよ」
先輩は最後に、「これからもよろしくな」と私の耳元でささやき、頭をポンポンと軽くたたいて、手を振りながら、近くのうどん屋さんへと歩いて行った。
・・・・・。やっぱかっこいい。なんだかんだ言って、良い先輩なんだろう。結局ジュースもシューズもおごってくれたし。
「シャルちゃんは、帰り岳鉄?」
「そうね。まあ、来た時と同じ感じかしら」
「そか。じゃあ一緒に帰ろうよ」
「うん。そうしてくれると助かるわ。正直、帰り道心配だったし」
先輩の背中を見送ってから、私も今日共に戦った戦友と一緒に帰路についた。
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工場の影に隠れた、どちらかと言えば、都会のちょっといいバス停、といった感じの小さな無人駅で待っていると、遠くから、桜がラッピングされた濃いオレンジ色の電車が近づいてくるのが見えた。
電車に乗り込むと、休日なのに乗客は私たちだけ。貸し切り状態の車内で、私たちは隣同士で座った。
「今日は楽しかったな。シャルちゃん後半凄かったよね。ドイツにもボーリング場ってあるの?」
「ええ、あるわよ。ほとんど行ったことはなかったけれどもね。多分数年ぶりのボーリングよ。あなたも上手だったけど、よくいくの?」
「シャルちゃんの方が上手だったよ。なんかボール曲がるしスペアもとれるし。私スペアを狙うのって苦手なんだよね。端っこのピン残っちゃうことが多いんだけど、いつもすれすれでガターに落ちちゃうの。1回1回ピン全部戻してくれればいいのに・・・・・」
少し口を尖らせる優穂。でもすぐに、まあそれがボーリングの面白さか、と持ち直して笑った。このポジティブさ、前向きさは彼女の魅力の1つだ。コロコロ変わる表情は私も見ていて楽しい。
優穂は顔をあげて、車内にも貼り付けられている紙の桜の飾りを見つめる。何かを思い出すような間をとってから口を開いた。
「私もよくは行かないかな。たまに行くくらい。最後に行ったのは、まだスズちゃんがこっちにいた時だしね」
優穂の口から出た言葉は、内容をみると少し寂しそうに、悲しそうに感じられた。けれども、私が聞いた彼女の声は、正反対で、明るい、暖かい、どこか優しさを感じるものだった。
私はその言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかってしまった。いや、たぶん正しく理解することはできないのではないだろうか。そんな感じがする。
スズさん。四咲涼さん。彼女のことは、昨日の帰りに少しだけ聞いた。私と入れ違いになる形で引っ越していった団子団団員で、私以外の団員にとっては幼馴染で親友。優穂にとっては、生まれて初めてできた友達だったらしい。
寂しいのだろうか。悲しいのだろうか。それとも、もう持ち直したのだろうか。彼女のその、持ち前の明るさで。
私の知らない、友達の大切な人との思い出を前に、私は沈黙してしまった。どう返したらいいのかわからず、返事に困っていると―――――――――――――
「あ、シャルちゃん―――――」
―――――――優穂の方から口を開いた。私は、唐突な呼びかけに「へふっ」とか変な声を出して隣を向く。ちょうど、両手を私へ伸ばしてくる優穂と目が合った。
「は?え?」
突然の出来事に、私は固まってしまった。伸ばされた優穂の両手が私の両耳にあてられる。顔を固定され、向かい合った優穂の私を見上げる顔にドキリとさせられる。大きな目は細められ、口元にはいたずらっぽい笑み。変に緊張してしまい、カクカク動かしても口から声が出せない。鼓動が跳ね上がる予兆に身構えた時―――――――
キィーンと高く大きな、黒板を爪でかくような音が、車両の中にこだました。
優穂の手に守られていた私はともかく、直撃を食らった優穂は「ほぇ~」とか気の抜けた声を出して体を身震いさせた。彼女の手が離れた後になってから、私の心臓は暴れ出した。多分、ダメージは彼女よりも大きい。
はあ、びっくりした。キスされるかと思った。団子先輩ならキスされてた。・・・・・いや、何考えているのよ、私。
優穂の行動には、たびたび心をかき乱される。さっきのボーリングの時も、何の脈絡もなく腕を組まれたり、抱きつかれたりした。邪気丸出しの団子先輩なら、こぶしを握って対処のしようもある。けれども、無邪気な優穂のスキンシップには、されるがままになってしまっている。・・・・・まあ、嫌ではない(私の方から頬をくっつけて写真を撮らせてもらったし)。そんなに悪い気はしないのだけれど(この子軽いから膝の上にのっけて抱っこさせてもらったし)。でもちょっとまだ慣れていない(多分。少なくとも心臓は)。ううっ、色々思い出しただけで、顔が熱くなってくる。
そんな私の内心など知らない優穂は、「ふっふーん。シャルちゃんもまだまだだねー」なんて、ケラケラと笑っている。
「岳鉄の攻撃を防ぐことくらい、富士市民の必須スキルだよ?」
なんなのよ。その漢〇検定10級よりも、役に立ちそうにないスキルは。
「仕方がないでしょ?まだこの街に来てそんなに経っていないのだから。この電車だって、子供のころに少し乗ったくらいだし」
「そうなんだ。おばあちゃんと?」
「いや、お父さんとか、あとはおじいちゃんとかだったかしらね。あの頃は、まだおじいちゃんも生きていたから」
小さいころ、なんのだったかは忘れたけれども、何かのお祭りへ、おじいちゃんに連れて行ってもらったことがある。その時も確か、この岳楠鉄道に乗せてもらった。お祭りがあった日のためか、その時は今のスカスカの車内が嘘のように人がたくさん乗っていた。そういう風に、地域の人や歴史や文化に支えられて、こういうローカル線は、成り立っているものなんだろう。わけのわからない、無駄な超能力者を増やしながら。
「そか。まあ、大丈夫だよ。私と雪菜ちゃんともちこちゃんがいる限り、シャルちゃんは私たちが守ってあげるから。安心して」
「岳鉄が、怪物扱いになっているじゃない」
優穂は、少しらしくない声色の元気な声を出した。少し、しんみりとした話になった雰囲気を無理に戻そうとしたのかしらね。別に、おじいちゃんのことはもう受け止められているし、気を使われるようなことでもないのだけれども。まあ、そこが優しい彼女の良いところなのだろう。
再び沈黙が訪れた。さっき、反応に困っていた私は優穂の明るさに助けられた。私を気遣ってくれた彼女のために、今度は私が盛り上げよう。そう思って話題を考えていると、今度も、優穂が先に口を開いた。
「ねえ、シャルちゃん。私、あなたに謝らないといけないことがあるの」
そう言う彼女の顔には、すでに持ち前の明るさはなかった。