第16話 指とか幸せとか、夢とか魔法の味。
4月の最後の週の土曜日、私たち団子団は、『パティスリー陽だまり』で小さな歓迎会をしていました。
ここは、スズさんともよく来ていたお店です。店内で食べていくときは、いつも、ユウさんとスズさん、私と団子さんで、向かいあって座り、食べていましたが、今日は私がユウさんの隣に座りました。不思議な気分ですね。少しドキドキしながらちらっと隣に座るユウさんをみると、美味しそうな、幸せそうな表情でシュークリームを食べていました。
今までとは違う角度でみる、ユウさんの笑顔。嬉しくて、つい見惚れていると、顔をあげたユウさんの口元にクリームがついているのを見つけました。
「ユウさん、口元にクリームがついてるよ?」
「ハムン?はれ?ほう?」
こちらに顔を向けてくれたユウさんの頬を指で撫で、クリームをとります。シャルさんがティッシュをとってくれましたが、なんだか拭き取るのはもったいなくて、どうしようか迷っていると、ユウさんはそのまま、私の指をパクっとくわえてしまいました。ちょっとびっくり。ユウさんは舌でチロッと私の指の腹を撫で、最後に柔らかい唇で包むようにしてクリームをとってくれました。プルンッ、とユウさんの柔らかい唇の間から抜けた指に、鼓動が早まります。
「ふふふ、くすぐったいです。おいしいですか?ユウさん」
「うん、おいし。ありがとう、雪菜ちゃん」
再びシュークリームを食べはじめるユウさん。私も食べようとして、ふと、ユウさんの唇に触れた自分の人差指に目が行きました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・隣にはシュークリームに夢中のユウさん。
・・・・・・・・・・・・・・前には何故か取っ組みあっている団子さんとシャルさん。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・パクっと一口。
甘くて、おいしい、クリームの味。いつも食べている味なのに、どこか特別に感じる味。やさしくて、暖かい、安心できる味。
こんなに幸せな気分になれるのなら、もう1つ、食べようかな?
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今日こうして休日の午前中から集まったのは、甘いものを食べるためだけではありません。『陽だまり』へ来たのはお昼ご飯の代わりで、本題はここから。食べ終えた後、「さあ、これからどこへ行こうか?」という団子さんの言葉で会議がはじまりました。
「やっぱボーリングかカラオケあたりでいいんじゃないか?それか、イ〇ンまで行く?」
「えー?いつでも行けるじゃん。もっと富士市らしいところに行こうよ」
「なら、いつでも行けない富士市らしいとこ言ってみなさいよ」
「うぐっ・・・・・。いっいつでも行けないかはともかく、富士市らしいところ!こう、お茶とかシラスとか、富士山とか湧き水とか!」
「食べ物で遊ぶなって幼稚園の先生に言われなかった?それに、今から山登りなんてできないし、水遊びもこの時期じゃ風邪ひくわよ?」
会議には、先ほど泣き止んだばかりの小豆さんも参加しています。小豆さんは、団子団の団員ではありません。団子さんのご意向(年上の方は入れたくないそうです)というのもありますが、小豆さん本人も入る気はないようです。けれどもこうして、私たちの活動にアドバイスをしてくれます。小豆さん曰く、団子団のオブザーバーだそうです。バイト中のはずですけれども、大丈夫なのかな?
「富士市何もないからねー。いっそ宮ジ〇スまで行っちゃえば?」
「あるもん!富士市にもいいところいっぱいあるもん!」
ユウさんが、ムキーっと両手を挙げて小豆さんに抗議します。今日も私の天使さんは可愛らしいです。
理由はわかりませんが、ユウさんが小さいころから、この富士市のことが好きで好きで仕方がない、ということだけは知っています。ですから、こうして富士市のことになると、少し前が見えなくなってしまうようなところがあります。
「はいっ!今からの予定が決まりましたっ!」
「・・・・・・言ってみ?」
「まず、呼子坂を全力で走ります」
「却下ね」
「はぐぅ、なんでぇ」
ユウさんの提案を小豆さんが即座に退けました。
・・・・・あれ?オブザーバーの人って却下とかしていいのかな?
「あそこ狭いし見通し悪いでしょ?下り専用だし、全〇坂には危ないんじゃない?」
「み、見るだけでも・・・・・。あそこは歴史のある場所なんだよ?平安時代に源頼朝が富士か―――――――」
「こっち来たばかりのシャルちゃんにあれ見せてどうすんのよ。歴史がどうか知らないけど、石碑があるだけで、あんなのただのコンクリの道路じゃない」
「あたしはいいと思うがな。呼子坂で全〇坂。青春ぽいし、健康的じゃないか(荒い息を吐く疲れたカラダ・・・・・抱きしめたいっ!・・・・・・ハヘッ)」
「そこ、心の声漏れてんぞ」
「うぐぅ。じ、じゃあ、善徳寺公園?ここから近いし、あそこも歴史のあるところだよ!戦国時代に駿河の今川よ―――――」
「だから、シャルちゃんにあれ見せてどうすんのよ?そんなのマニアしか知らない歴史でしょ?あんなの見るのに5分とかからないだろうし」
「あんなのって・・・・・こまちゃん・・・・・浪人してる間に・・・・・いつのまにそんな・・・・・ひどいよ、こまちゃん、非富士市民だよ!略してひふみんだよ!戻ってきて!こまちゃん!」
「あら、可愛いじゃない、ひふみん。こまちゃんよりは好きだわ。というか、浪人出すな、浪人を。戻ってくるも何も、どこにも漂っちゃいないわよ」
「あたしはいいと思うがな。あそこは、静かで綺麗だし、日当たり良いのに人目につかない。絶好のスポットだぞ?青〇にはっ!」
「・・・・・いや、最後!はっきり言うな!はっきりと!漏れたからって何開き直ってんのよ、昼間のケーキ屋で!」
私が、小豆さんの立ち位置の表現を考えている間にも、会議は白熱していきました。
それとは対照的に、今回、おもてなしを受ける側のシャルさんは、会議には参加せず、静かに壁に貼られたケーキの写真を見ています。私も目を向けると、ジ〇リやポ〇モンやデ〇ズニーなど、様々なキャラクターが描かれたケーキの数々。どれも、食べるのがもったいないくらいによくできています。
「へぇ。このト〇ロのケーキ、よくできているわね」
「そうですね。クリームがもこもこしていて可愛らしいです」
「ホント、なんだか食べるのがかわいそう。雪菜はどれが好き?」
「私ですか?・・・・・そうですね、これなんかとても可愛らしいです」
「どれどれ・・・・・・。・・・・・あなた、それ普通のケーキじゃない・・・・・」
「へ?・・・・・あれ?でも、ミ〇キーって・・・・・」
「ミルフィーユ!フランスのお菓子よ。そのケーキにデ〇ズニー要素どこにもないでしょ・・・・・」
「あら、本当ですね。ふふふ。てっきり夢とか魔法とかで作られているケーキなのかと思いました」
「うう、あなた・・・・・。天然なのか、ツッコミどころなのか・・・・・。可愛いわね、もうっ!」
シャルさんが私の両手を彼女の両手で挟むように包んで握りしめました。ぶんぶん上下に振られます。西洋式の握手なのでしょうか?
その後、小1時間ほど会議は行われましたが、最終的には元の位置に戻ってきました。
地球は丸いのですね。そんなことを思いながら、悔しそうに涙ぐむユウさんを抱きしめました。