第15話 優穂と“おかし”な歓迎会
「それではっ!和姫君と、それと、優穂と雪菜の入団も改めて祝して――――――――」
『かんぱーい!』
目の前に座るもちこちゃんの音頭で、カツンと軽く高い音の鳴る乾杯をする。中身はオレンジジュースだけれども、お店の人に頼んで、普通のグラスのかわりにシャンパン用のグラスに入れてもらった。雰囲気はなかなかのものだ。
・・・・・でも乾杯やりにくいね。普通のグラスの方がもっと勢いよくいけて盛り上がったかも。提案したの私なんだけど。
シャルちゃんが入団した日の翌日のお昼ちょっと前、私たち新生団子団は、私も大好きな洋菓子店で歓迎会をしていた。一応、私と雪菜ちゃんも、高校の部活動としての団子団には新入団員ということになるので、今回は祝ってもらう側。目の前にはシャンパングラスに入ったジュースとシュークリーム1つ。歓迎会というには、少し寂しいような気がしないでもないけれども、まあ、これが私たち学生クオリティだよね。それに、
「へぇ。このシュークリーム結構美味しいわね」
「でしょ?私たちも好きでよく来るんだ。お勧めだよ」
シャルちゃんも喜んでいる通り、この店のシュークリームはとても美味しい。私は富士市で一番だと思っている。
嬉しそうな顔のシャルちゃんを横目に私もザクッと一口食べる。ザクザクしたシュー生地の食感と、甘いクリームがとろけて口の中いっぱいに広がる感覚が絶妙にマッチする。中にたっぷりと入っているにもかかわらず、クリームがはみ出してこないのは、このごつごつとした見た目の通り、ほんの少し硬めに焼かれたシュー生地にいい感じに器みたいに包まれているからだろう。んふーほいひー。
「ユウさん、口元にクリームがついてるよ?」
「ハムン?はれ?ほう?」
シュークリームを食べていると、ぴとっ、と雪菜ちゃんの指が私の頬に触れた。顔を突き出してそのままとってもらう。
「はい、ティッシュ。子供じゃないんだから」
「ありがと、シャルちゃん。でもいいよ。もったいないもん」
顎までなぞるように撫でた雪菜ちゃんの人差し指の腹には、確かに少しクリームがついていた。パクっと一口。
「ふふふ、くすぐったいです。おいしいですか?ユウさん」
「ぷふん。うん、おいし。ありがとう、雪菜ちゃん」
雪菜ちゃんにお礼を言って、自分のシュークリームに戻る。ここには、これからのお出かけの前にお昼ごはんのつもりで来た。少し足りない気分。もう1つ、食べようかな?
「ぼるるんぼるるんぼおおおおおおいいいい。ゆううきいいいなああああああくううんその指いいいいい―――――――ハグッフン」
「あなたたち・・・・・・ほどほどにね、色々と」
そんなことを考えていると、ガクガク首を揺らし、両手をワシワシ動かしながらもちこちゃんが立ち上がろうとした。シャルちゃんが、何故か雪菜ちゃんに両手を伸ばそうとしたもちこちゃんを捕らえ、喉に手刀をいれる。
クリーム、喉に詰まったのかな・・・・・?そこまで濃厚じゃないと思うけど・・・・・
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ここ、『パティスリー陽だまり』は、私たちの住む富士市古泉の数少ない洋菓子店の一つだ。富士市の中心から離れた、住宅街の中の入り組んだところにある。少し見つけづらいお店だけれど、味は確かなので、古泉の人には人気のお店だ。ちなみに、この店の目と鼻の先には、お寺とお墓がある。小さいころ、お墓参りに行くのを面倒くさがると、帰りにここのシュークリームを買ってあげるからと、よく釣られた。
その立地とこの時間帯のためか、休日でも店内のお客さんは私たちのみである。シュークリームを食べながら、おしゃべりをしていると、奥から出てきた店員さんが話しかけてきた。
「あんたたち、お昼ごはんの代わりにシュークリームって、ホントJK特権よね~」
明るい茶色の髪をローポニテにまとめ、バイトのためか少しだけ化粧をしているその店員の女性は、団子団と関わりのある人物である。
「すみませーん、シュークリーム一つ貰いまーす」
彼女は、厨房の方に声をかけてからシュークリームを1つ取り出し、椅子を引っ張ってきた。座ってザクッと一口。はみ出しにくい構造になっているはずなのに、零れ落ちそうになったクリームを慌てて舌で舐めとっている。
彼女は、石川小豆ちゃん。富士市の中ではそこそこ名の知れた、老舗の豆腐屋さんの一人娘だ。団子団の誰よりも年上なのだけれど、今の姿の通り、そんな気がしない。そのため、彼女は私ともちこちゃんから、この愛称で呼ばれている。
「ムッフン。相変わらずそそっかしいな、こまちゃんは。だから受験でもはみ出すんだぞ」
「こまちゃんいうな。それとこれとは別問題よ」
本人は嫌がるんだけどね。こまちゃん。可愛いと思うんだけどな。
こまちゃんは、もちこちゃんへの返しはそこそこに、私と雪菜ちゃんに、おめでとう、と祝いの言葉をくれた。そして、もちこちゃんの隣に座ったシャルちゃんに最後に目を向ける。
「はじめまして、シャルさん?だっけ?随分と綺麗な子が入ったのね。びっくりしたわ」
「ふはは。だろう?毎日何十通もの手紙やメールを送ってようやく口説きおとしたんだ」
「送られていませんし、おとされてもいません。似たようなストーカー行為はされましたが」
「誰と勘違いをしている?あたしとそんじょそこらの夢精ストーカー変態野郎を一緒にしてくれるなよ。チューしよ」
「しません。その言葉がもう変態野郎そのものです」
肩に手をまわそうとするもちこちゃんを右手で押さえながら、シャルちゃんはこまちゃんに会釈をした。
「私は石川小豆。よろしくね。私もシャルちゃんって呼んでいいかしら?」
「はい、嬉しいです。近藤・シャーロット・和姫、優穂と雪菜の同級生の高1です。年上ですよね?石川さんはパティシエなんですか?」
「“小豆”でいいよ。ここはバイトで本業は・・・・・一応学生。私も東女だったんだよ。団子団なんて、変な部活はなかったけどね」
「変とは失礼な。いい年こいて“永遠の18歳”なんて言っているこまちゃんには言われたくない」
もちこちゃんのその言葉に、こまちゃんが、フグッと喉を鳴らした。
「なんですか?その“永遠の18歳”って?」
「あー、別に気にしな――――――――――――」
「自分で言ったくせに何を恥ずかしがっている、こまちゃん?」
「だからこまちゃん言うな。あんなのちょっとしたノリじゃない。初対面の子に変なこと吹き込まないでよ」
あたふたと必死にあのことを隠そうとするこまちゃん。それをみて、もちこちゃんの口元は笑っている。うーん。もうもちこちゃん、さっきちらっとそれっぽいこと言ってた気がするけど。
「別に浪人ぐらい隠すことでもなかろう」
「団子、あんた――――――――――――」
「いいじゃないか。可哀想だろう?和姫はあたしの大切な後輩であり、団子団の団員だ。1人だけ知らない。仲間外れ。そんなことにはしたくない」
「あの、別に私はいいですよ?誰にでも話したくないことはあると思いますし・・・・・」
もちこちゃんとシャルちゃんの態度に、言葉を詰まらせるこまちゃん。別にこまちゃんが、初対面のシャルちゃんに、話したくないことを無理して話す必要はないだろう。それでも返答に困っているのは、こまちゃんの人の良さの表れなのかもしれない。あと、もちこちゃんのちょっとズルい言い方。可哀想だけど、もう手遅れだよね。
「でも、もう言っちゃってるようなもんだよ?浪人って」
「小豆さん。もう半分以上は言っていると思います。浪人って」
「あんたたち、改めて言い直すんじゃないわよ・・・・・・」
私と雪菜ちゃんに届かない空チョップを入れるこまちゃん。はあ、と大きくため息をついて両手を挙げて見せた。降参のポーズだ。それを見てもちこちゃんが咳払いをして声の調子を整えた。
「あたし、石川小豆!ケーキ屋さんで働く予備校3年生!こまちゃんって呼んでね!キャピッ☆」
「ちょっ、変なアテレコしないでよ!」
「ある日受験の穴に落ちちゃって!気づいたらあたし、大豆になってたの!しかたないから実家の豆腐屋継ぐことにしちゃった!てへぺろっ☆」
「意味わからないわよ!誰が観るのよそんな話!継がないから、あんな店継がないから。というか、さっきからその声、痛いわよ!?あんたっ!」
「ムッフン!痛いだと!?本当に痛いのは、苦労して育てて高い授業料出して私立の女子校にまで行かせたにもかかわらず大学受験で失敗されまくって、挙句の果てには『永遠の18歳』とか『お前も“浪人”にしてやろうかぁ!』とかふざけたことぬかされて、そろそろ予備校に通わせるお金も苦しくなってきた、学業も処女も浪人中の娘を持つ、親御さんの心だろう!」
「は・・・はぐっ・・・・・な、何よ、急に・・・・・。ぴっ・・・・・ぴえーん!してるもん。勉強してるもん!頑張ってるもん。ちょっとさぼっちゃうときもあるけど、予備校でも頑張ってるもん!ぴえー」
「さぼってる時点でダメなんじゃ・・・・・」
こまちゃんがテーブルに伏して泣き出してしまった。泣かした当人は、とてもいい仕事をしました風に汗をぬぐうしぐさをしている。シャルちゃんもどうしたらいいのか困っているようなので、代わりに私と雪菜ちゃんで慌てて慰める。
「大丈夫だよ、こまちゃん。もう少ししたら私たちも追いつくから」
「そうです。30歳になる前には合格できるように一緒に頑張りましょう」
「ぴっ、ぴえーんっ!」
・・・・・・・あ、あれ?なんで?逆効果?