第12話 第一次近藤家攻防戦
結局。喜ぶおばあちゃんの手前追い返すこともできず、3人とも家にあげてしまった。
私と優穂で洗い物をして、その間に雪菜には食後のお茶を淹れてもらう。このくらいは、手伝ってもらって当然だろう。
手伝いもせず、ゆっくりとトイレに行っていた先輩がリビングに入ってくるのが見えたので、拭くのは優穂に任せて、先輩を捕まえて廊下に出る。
「なんだ。自分の家だからってずいぶんと積極的だな。あたし・・・・・してきたばっかだから、今すぐにはちょっと恥ずかし―――――――――――」
「ち・が・い・ま・す」
頬を赤らめ、伏し目がちに言う先輩の肩をつかみ、きっぱりと言う。もちろん、リビングのおばあちゃんに聞こえないように、ボリュームは落としたまま。
「何しに来たんですか?はじめから家にあがるつもりだったんでしょう?」
「何のことやら、あがっていけと言ったのは君のおばあさまの方だぞ?」
「それは・・・・・そうですけど。でも、そんなのよくある社交辞令だわ・・・・・」
「そうなのか?それはすまない。あたしは純真無垢な田舎娘なのでな。言われたようにしか受け取れないんだ。将来、そっち系のナンパものに出ていたら買ってくれよ?」
「だ・ま・り・な・さ・い!」
「・・・・・シャルちゃん?」
にやにやと笑う先輩に、どう目的を言わせようか悩んでいると、おばあちゃんがリビングから出てきた。慌てて先輩から離れる。
「おばあちゃん、どうかした?」
「いんや。おばあちゃん、邪魔しないようにむこうの部屋で静かにしてるねぇ。あとこれ、今日訪問販売の人がくれたから、お友達と仲良く食べてぇ」
おばあちゃんから、富士の名菓『団子と月』のお菓子の詰め合わせを渡される。
「別にいいって――――――――――」
「わほーいっ!『団子と月』じゃないか!あたしモンペリモンペリっ!チーズ味」
「どうぞ食べてください。ゆっくりしていってねぇ」
おばあちゃんの手前、調子に乗る先輩を私は止めることができない。
「しかし、寂しいことを言うじゃないか、ご婦人。一緒に食べましょうよ。うちの団員にすぐお茶を用意させます」
「お茶なら準備できてますよ」
「ナイスだ。雪菜君。さ、行きましょう」
「そぉう?でもおばあちゃん、若い子の話ぃなんて、ついていけないよぉ?」
さりげなくおばあちゃんの腰に手を回し、一緒にリビングへ戻る先輩。一瞬、ちらっと私に視線を送った。あの、怪しい光を宿した目。
「そんなことはない。世間話に年齢なんて関係ありませんよ」
はめられた!本日何回目かの、そんな実感を抱いた。
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「シャルちゃんは学校でも元気ですかぁ?」
何をしでかすかわからない怪しい先輩ばかりを注視していたが、結局私をはめたのは、今日できたばかりの無邪気な友人2人とおばあちゃんだった。まあ、こうなるのは当然だったと思う。世代の違う人との会話。共通点は孫と同じ学校に通っているということ。新しい学校生活はどうか話しているうちに行きつく先はそこしかない。
「元気ですよ。まだ少し肌寒くて誰も近寄らない屋上で1人でご飯食べていましたし」
「ングッ!」
「誰も?シャルちゃん、1人でお昼食べているのぉ?」
見られてたの!?思わずお茶を吹き出しそうになった。団子先輩がさらっと言った一言に、おばあちゃんの表情が曇る。
「あー、いや、シャルちゃん、ヘリコプターでも待ってたのかなー」
「シャルさんのお父さま、外国ですものねー・・・・・」
「ち、違うのよ。他にもいたわ。たまたま、先輩が見た時1人だっただけよ」
残念ながら、私の新しくできた無邪気な友人2人は、団長と違ってとっさの嘘やでまかせが苦手らしい。フォローがフォローになっていない。隣の団子先輩を睨むが知らん顔。
「大丈夫ですよ、おばあさま。彼女はとっても人気者だ。そうだ、写真でも見ますか?」
「・・・・・・・写真?」
私の隣に座っていた先輩がスマホを取り出しアルバムアプリを開く。選び出したのは1枚の写真。
私がトイレの前でお弁当を持ってたたずんでいる。
いや、行ってないけど!何とかこらえて思いとどまったけど!そこでは食べていないけど!でも、そうみえちゃう!
「いやー、屋上よりも寒いですからねー。ご飯食べるのにトイ―――――――ハグンッ!」
「先輩ぃ?恥ずかしいわぁ。いつの間に写真なんて撮っていたのかしらぁ」
先輩の太ももに片手を乗せ、おばあちゃんにばれないように全力で体重をかける。先輩には精神的にかけることは難しいだろう。代わりに物理的に圧力をかける。
「写真?見てみたいわぁ。家で見るのとは違うんでしょうねぇ、シャルちゃん制服似合うからぁ」
おばあちゃんが写真に興味を持ってしまった。どうしよう、何とかごまかさないと。
「やだなあ、恥ずかしいよ。お父さんにだって見せたことないよ?」
「そうなの?でも見たいわぁ。シャルちゃんの、元気な姿」
そう言ってにっこりと笑う。だめだ、断り切れない。
「恥ずかしがる必要はなかろう。家族なのだから、どれ」
先輩が別のページを開く。
私は空き教室で1人お弁当を食べていた。
次を開く。
私は窓からグラウンドの部活動の様子を眺めていた。
次を開く。
私は誰もいない図書室で本を読んでいた。
次を開く。
私は楽しそうに廊下でおしゃべりをしている女生徒たちを、角の柱から半分顔を出して見つめていた。
いや、どの写真も部活の勧誘から逃げていたときのものなのだけれど!どれもかわいそうなボッチの子にしか見えない!というか、いつの間に撮られた!?こんなに近くからっ!どういうアングル!?
「・・・・・・・先輩ぃ・・・・・・・・」
再び先輩に圧力をかける。さっきとはかけ方が違う。太ももにおいていた片手を先輩の手の甲に置く。どれも見せられない。見せたくない。おばあちゃんのためにも。自分のためにも。私の目も声音も懇願一色。
「か・・・・・かわゆい・・・・・」
だめだ、逆効果。なんか手を裏返して逆に握りしめてきた。再び圧力のかけ方を戻す。手を精いっぱいの力で握りしめる。お願い―――――――――――――
「あっ、写真なら私もあるよ。見ますか?」
私と先輩の2人で駆け引きをしていると、その外にいた優穂が声をあげた。優穂が自分のスマートフォンを取り出す。
私のあんな写真をおばあちゃんが見たらどう思うだろうか。自分のせいと思ってしまうに決まっている。見せられない!
「あっ、ちょっと、優穂――――――――いっ!」
優穂はテーブルをはさんだ向かい側。急いで防ごうとするが、先輩が私の手を強く握って離さない。
優穂っ!お願い!待って!違う!私にはもう友達がいる!あなたも!雪菜も!クラスにだってこれから!もう大丈夫なんだから―――――――
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「ちょっと前に人がいますけど・・・・・」
「へえ、」
間に合わなかった。声をあげるわけにもいかず、先輩の手を振りほどこうとしている間に、優穂はおばあちゃんに写真を見せてしまった。
「これはぁ・・・・・・」
おばあちゃんが画面を食い入るように見る。外面から内面が読み取れない。でもなんとなく、その表情は固まっているように見える。
「あの、おばあちゃん、それ、だいぶ前のやつで、あ、いや、だいぶって言っても少し前だけど、でも、違くて、今は――――――――――っ!!!」
おばあちゃんが涙を流した。私は何も言えなくなった。必死に取り繕おうとしたけれども、それも間に合わなかった。
1人にさせないために帰ってきたのに。
寂しい思いをさせないために帰ってきたのに。
心配をかけるわけにはいかなかったのに。
何のために、
何のために、
よりにもよって!
泣かせるなんてっ!
おばあちゃんの流した涙に、優穂も雪菜も固まっていた。空気の読めない先輩でさえ、声を出せずにその涙を見ている。
当然私も何もできない。おばあちゃんの顔を、これ以上見ていられない。帰ってきてまだそんなに経っていないのに。これからどうやって――――――――――――――
「シャルちゃん・・・・・・」
固まった私の身体が、おばあちゃんの呼びかけにびくっと震える。首が不自然にこわばっている。頭がガクガクふるえているように感じる。
「あ・・・・・え・・・・・・・?」
「シャルちゃん」
スマホを持つ優穂の手を握り、画面を見て涙を流し、おばあちゃんは顔をあげて、その視界に私をとらえて言った。
「シャルちゃん・・・・・・・おばあちゃん―――――――――――」