第9話 はじめての友達(仮)
「と、いうわけで。今日から新しい団員が入った。近藤・シャーロット・和姫君だ。君たち、仲良くするように」
『おおー』パチパチパチ
「えっ?へっ?」
団子先輩に手を引かれて、私が連れてこられたのは、学校を出て一本道路を挟んだ向かい側にある建物。部活棟。その最上階の1番端の部屋だった。部室前のプレートには、部活名が書かれていない。
「すごいです団子さん。たった1日で作戦成功ですねっ!」
「だから言っただろう?あたしに任せておけば大丈夫だと」
「・・・・・・本当に入ってくれたの?無理やり連れてきたんじゃなくて?」
「何を言うか!ほら、見ろ。入部届だ。彼女の直筆だぞ?わかるだろ?」
「わからないよ。近藤さんの字見たことないし。近藤さん、本当にいいの?ほかに入りたい部活とかなかった?たくさん誘われてたけど・・・・・」
部屋の中には私と団子さん。そして、赤いリボンの同級生が2人。さっきから、何やらふむふむとうなずきながら私の全身を見ていた少女、今は私の金髪を凝視している、セミロングの髪の“優穂”と呼ばれていた少女が、私にそう尋ねてきた。
「入るって、あの、私まだ、よく状況が呑み込めていないのだけど・・・・・」
「ほら、やっぱりー!近藤さん困っているみたいじゃん。ちゃんと説明した?」
「あたしはしたぞ、したよな?和姫君」
「ごめんなさい、何のことですか?」
「聞いてないって。む・こ・う!」
「なっ!おい、優穂!どっちの味方だ」
私を挟んで、団子さんと優穂さんの口論が始まった。私は、もう1人の同級生、古泉雪菜さんと自己紹介を済ませ、彼女からお茶とお菓子を頂く。古泉さん曰く、私が連れてこられたのは『団子団』なる部活動らしい。決まった活動内容や活動予定もない、半ば、部活という名の仲良しグループのようなもの。
「・・・・・。全く聞いていないわね」
古泉さんの説明と、団子先輩の態度を見て、私は今週あったことのすべてを瞬時に理解した。
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今週、嵐のような勧誘はなくなったが、その代わりに意味の分からないいたずらがはじまった。
発端は月曜日の放課後。私が帰りに、自分のげた箱を見ると茶色い封筒が入っていた。中に入っていたのは一通の手紙。内容は―――――――――
『団子ちゃんを救う会。
団子ちゃんは今、日本人の父親とイギリス人の母親を持つ少女を探しています。彼女を救うためには、金色の髪が必要です。おもちの――――――――』ビリッ
最後まで読まずに破いた。いや、普通に気持ち悪かった。誰かのいたずらかしら。友達のいない私には心当たりがないし、この気味の悪い手紙を笑いに変えることもできない。私はなんとなくモヤモヤした気持ちを抱えながらも、手紙をさっさと捨てて帰った。
次の日、私が昼休みに空き教室でスマホをいじりながらお菓子をつまんでいたとき、危うく紙を食べそうになった。いつ入れられたのか。カップ型の容器のお菓子のふたには、よく見ると小さな穴があけられていた。棒状に丸められた紙を開くと文字が書かれていた。手紙だ。
『少年法を改正するために、一緒に神になりませんか?団子団は少年法に守られた若い金髪の少―――――――』
破った。意味が分からなかった。というか、半分以上食べてしまったけれども大丈夫かしら。
・・・・・・団子?なんか昨日も聞いたわね。なんだったかしら。
とりあえず、半分は食べてしまっていたし、特に体に異常もなかったので、残りを食べてカップごと手紙も捨てた。なんなのかしら。もしかして私、いじめられている?
次の日、私が家でテレビを見ていると家の電話が鳴った。
「シャルちゃん?ごめんねぇ、今手が離せないのぉ。電話出てくれる?」
「はーい」
おばあちゃんの代わりに家電へ向かう。家の電話が鳴ることは稀だ。訪問販売かはたまた世論調査か。
「はい、近藤ですけど―――――――――」
『あ、もしもし?フロントですか?あのー、歯ブラシを東山館の団子団まで持ってきて―――――――』ガチャ
変態だった。
「シャルちゃん?誰からだったのぉ?」
「・・・・・間違え電話」
これで3日連続。というか、どこで私の家の電話番号を知ったのだろう。ストーカー?
今の電話、“東山館”とか“団子”とか言っていた。・・・・・また団子。そんな部活あったかしら。明日、覚えていたら見るだけ見てみよう。そう思ってリビングに戻った。
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すっかり忘れていた。はめられた、と悟った。先ほどまでとは打って変わって、その目に怪しい光を宿した団子先輩。恐らく彼女が、3日間の変態行為の元凶。折りたたまれていたからわからなかったが、あの紙は入部届だったようだ。容姿に惑わされて、何も疑わずに書いてしまった。彼女は長机に深く腰掛け長い脚を組み、自分の勧誘の正当性を主張する。
曰く、あたしはちゃんと説明したぞ『(団子団に入らないか?私は団長の)望月団子』
あのとき、そう説明したつもりらしい。
「わかるわけないわよね」
「・・・・・そうですね」
隣に座った古泉さんも、私に同調する。
「どっちにせよ、もう決まったことだ。自分で名前を書いたら、クーリングオフだって効かないんだぞ?」
「団子さん。効きますよ、普通に」
「雪菜君まで!?」
大高さんと古泉さんの冷ややかな視線にさらされて、徐々に力を失っていく団子さん。すっかり拗ねてしまった(?)ようで、長机の上に大の字になってうつぶせに寝っ転がった。先ほどまでの、私が見惚れてしまった美しい先輩の姿は、影も形もない。いや、それでもすごい美人だけど。
「ごめんね、近藤さん。いきなり連れてこられて、困っちゃったよね」
そんな団子先輩に代わって、大高さんが頭を下げる。入部届も返してくれた。とりあえず、ひと安心。ワイシャツの胸ポケットにしまって答える。
「ううん、ちゃんと確認しなかった私にも非はあるから。あなたが謝ることじゃないわ」
月曜日までは勧誘に警戒していたはずなのに、美人の先輩との楽しい会話に浮かれてすっかり忘れてしまっていた。
「どーせどこの部活にも入っていないのだろう?ひとつくらい入ったらどうだ、ミス近藤」
寝っ転がったまま先輩がそう聞いてきた。
「こんなことしておいてなんなんだけど、近藤さん、良かったらうちの部活来ない?もちこちゃん、信じられないかもだけど、いつもはすっごく頼りがいがある良い子なの。雪菜ちゃんも優しいし、私も近藤さんが入ってくれると嬉しい。・・・・・どうかな?」
小柄な彼女が言うと、どうしても上目遣いになってしまう。可愛らしい。
団子先輩もダマして連れてきた割には、あっさりと入部届を返してしまうし、大高さんや古泉さんが私をかばうと、すぐに引き下がった。3日間の変態行為はともかく、つきまといはもうしないだろう。大高さんの言う頼りがいのある良い子、という評価も少しは信じられる。でも、
「私、今祖母と二人暮らしなんです。去年、祖父が亡くなって、祖母の手伝いのためにこっちに戻ってきたんです。だから、部活はできそうにありません。ごめんなさい」
断った。部活はどこにも入らない。そう決めていたから。先週と先々週、言うべきだったけれども言うことができなかった言葉を、今度こそ、しっかり言うことができた。
「そか、うん、わかった。残念だけど、仕方ないよね」
「はい、無理強いはできません」
大高さんと古泉さんが顔を見合わせ、残念そうに微笑む。団子先輩は黙ったまま。うつぶせの姿で動かない。
「私、そろそろ失礼しますね。おばあちゃん、待ってると思うから」
「あ、ねえ、近藤さん!」
「はっはい?」
いきなり大きくなった彼女の声に驚く。
「あのさ、今度遊ぼう?」
「へ?」
「いいですね。私もそうしたいです!」
「うん?」
気づくと右手を大高さん、左手を古泉さんに握られていた。
「近藤さん、まだこの街慣れていないでしょ?私たち、この街で育ったから遊べるとこ色々知ってるよ!クラスは違うけど、同じ学校の同級生だし、部活とか関係なく、仲良くしたい!」
「お時間があるときでいいので、いかがですか?」
満面の笑みの2人。部活の勧誘の時とは、違った意味で断りづらい。いや、
「うん。じゃあ、お願いしようかしら。私、この街生まれだけど、この街のこと、全然知らなくて。いろいろ教えてもらえると嬉しいわ」
「うん!任せてよ!」
断る必要なんてない。これは、断るべきではない誘い。私にとって嬉しい誘い。
「あとね、私のことは―――――――」
こうして、日本に来て、この学校に入学して、はじめての友達ができた。
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「第1段階はクリア、か」ボソッ