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蝕・イクリプス  作者: 観月
Innocent
9/59

影・4

 細めに開かれていた扉が、突風にでも煽られたかのように勢いよく開いた。


 バアン! 


 黒い旋風つむじかぜが、勢いよく開いた扉をすり抜けて、駐車場の一点に向かって飛ぶ。その先には、天羽高志が運転してきた大きな四輪駆動車があった。

 駐車場の向こうの林の中からも同じものが、飛び出してくる。


 ドウン!


 耳の痛くなるような爆発音とともに、車が吹き飛んだ。と同時に、様子を見守っていたものの中から、息を呑む音が聞こえた。

 爆発炎上する大きな四輪駆動車のまわりに、何頭かの狼が、苦しげな鳴き声を上げながら転がっている。


「何だとっ!」


 秀就が拳を握りしめ、唸る。

 ランクルが爆発すると同時に、影から飛び出した何かが、灰色の残像を残し、大神家の屋根へと駆け上がっていった。

 爆発を免れた狼(警備員)たちは、灰色の侵入者を追かけて行く。


「やはり狼か!?」


 天羽高志が駐車場へ飛び出す。

 無残にも爆発炎上する己の車を一瞥し「ちくしょう!」と言い捨てると、彼もまた影の後を追って行った。

 

 一方、つい先程まで警備員たちのいた裏口の扉付近には、彼らが身につけていた衣服が、あちこち裂けた状態で散らばっている。


「露! 露はいるか!」

「はい、ここにおります」


 近くで様子をうかがっていたのだろうか、秀就の声に長い髪を後ろで一つに束ね、和服に割烹着をつけた女性がすぐに姿を現した。わずかにうつむき、主からの指示を待っている。


「露。負傷者の手当を頼む。侵入者はこの家を飛び越えて、表側に回っていったようだ。天羽が追っていったが、子どもたちも心配だ。私も後を追う」


 顔を上げた露の瞳と秀就の瞳が瞬間視線を結び、すぐに離れた。


「承知いたしました」


 一礼し、露が負傷者の手当へと向かう。


「わたくしも手伝わせていただこうかね」


 六角芙蓉が進み出て、露の隣に並んだ。鳴海灯もその後に続く。

 秀就はその場を彼女たちに任せ、踵を返すと足早に正面玄関へと向かった。


「大神! 侵入者は狼一族の者だな? 心当たりはあるか?」


 大声をあげながら九鬼が追いかけてくる。彼をよく知らないものが聞いたら、怒鳴られているのではないかと思うような声であるが、彼の場合声がただ単に大きいだけであり、これが通常の話声なのである。

 九鬼との付き合いの長い秀就は、もちろんそれでたじろぐようなことはなかったが、すれ違う家の者たちは身を縮こませながら、廊下の壁に張り付くように道を開けている。


「狼一族は、学園設立の方向でまとまっています。大神はもちろん、犬神も真口も大口も……一族の同意と協力は取り付けていると報告がありました。組織だってこのようなことをするとは思えない。ただ……先程も言ったように……一族からはみだした、はぐれ者までは把握してません」


 話しながら、秀就と高志と勝治は次第に足早になり、もう最後はほとんど走るようにして、正面玄関から家を出た。


 外に出た途端にむわっとした空気が顔を打つ。

 庭を通り抜け、その先の畑へと向かうと、瞬く間に汗が吹き出してくる。

 そこには、安倍泰造と天羽翔がいた。二人の足元には三匹の狼が、落ち着かなげにうろうろとしている。


「なんだ……これは? いや、これが?」


 秀就の喉が、思わずゴクリと鳴った。

 庭を抜けた先に広がっているはずの畑には、黄金色の草原のようなものが重なり広がっていて。その向こうからは、真夏とは思えないようなひんやりとした空気が流れてきている。


「異界渡りです」


 靴先を異界に踏み入れるようにして立っていた安倍泰造が、秀就を振り返った。


「おさまってきたところですね。異界はだいぶこの世界から離れていっています。もう、畑に足を踏み入れてもあちらの世界に飲み込まれてしまうことはないでしょう。すいません、今回あまりにも異界の気配が濃くて。何もできずにいました。これほど濃く異界が現実に重なった様子は……私もこれまで見たことがありませんね。……一体何があったのか。子どもたちがこちらの世界に留まっていてくれるといいのですが……」


 話している間にも、異界の光景はどんどんと薄れていき、夏の太陽に青い空、青々とした夏野菜が、薄れゆく金の景色の中にくっきりと浮かぶ。

 気がつくと、それまでまったく聞こえなかった蝉の声が戻ってきていた。


「信乃ー! 秀一くん! 翔くーん!」


 泰造は子どもたちの名前を呼びながら、畑の中へとどんどん入っていった。


『秀就様』


 三匹の狼が、きちんと一列に並んで、秀就の前にかしこまった。

 今秀就に聞こえている”声”は、この狼たちから発せられるもので、狼族の間でしか聞き取ることのできない”声”だ。

 狼に変身すると、人間の声を発することはできなくなるが、この独特な声で仲間同士なら意思の疎通ができる。

 狼族以外のものが見れば、秀就が三匹の狼の前でぶつぶつと独り言を言っているように見えるだろう。

 

『大神家の庭にも、一名の賊が入り込んでいたようです。我々が追っていた賊は、このあたりに隠れていたもう一名の賊と合流し、異界の中へと逃げていきました。我々も追おうとしたのですが、あまりにも異界の気配が濃く……』

「取り逃がしたか……」

『申し訳ありません』

「もうひとりも同族か?」

『いえ、違うと思われます。庭に潜んでいた賊は……子どものようでした』

「こども?」


 霊的な声を使って秀就に話しかけていた一番大きな一頭が、しゅんとうなだれる。


「わかった。後で詳しく報告を上げてくれ」


 秀就は三匹を置いて、幽かに異界の気配の残る畑の中へと、足を踏み入れた。


「おまえたちは、早く人間に戻って服着とけよ!」


 最後に残っていた高志が三匹にそう声をかけながら、秀就の後を追った。


「信乃!」

「秀一!」

「翔ー!」


 口々に子の名を呼ぶ彼らは、もうすでに父親の顔になっているのだった。

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