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蝕・イクリプス  作者: 観月
Reunion
56/59

入学・5

「僕の顔になにか付いてるか?」

 

 と尋ねたのだが、それでもまだその男子生徒はパカっと口を開いたままこちらを見上げているばかりだ。まるで、ネジの切れてしまったゼンマイ人形のようで、少しばかり心配になる。


「あー、違うよ。気にしないでやって!」


 さっきまで秀一の席に座っていた生徒の方が答えてくれた。


「こいつは、きれいな顔をしたやつが好きで、多分あんたに見とれてんだよ!」


 と言うのだが、秀一は自分の顔を綺麗だと思ったことはなかったから、どう答えて良いものやら面食らってしまう。

 礼の一つも述べたほうがいいのだろうか?

 そう思ったが、それも違う気もする。第一、高校生男子に「きれい」という言葉は、褒め言葉足り得るのか?

 秀一が返答に困っていると、立っている男子生徒が手を差し出してきた。


「俺、長野響」

「ああ、僕は大神秀一だ。よろしくな」


 差しだされた手を握りしめ、笑顔を向ける。


「俺っ! 俺俺っ!」


 つい今まで、ぼけっと秀一を見上げていた白玉っぽい生徒が、急にワタワタと動き始めた。


 ――なんのスイッチ入った!?


 男子生徒の勢いに押されるが、頬を紅潮させながら目を輝かせてこちらを見上げる様子は、けして気分の悪いものではない。


 ――こいつは、案外かわいいかもしれない。白玉。うん、白玉で間違いない。


 秀一は心の中で、この生徒のことを白玉と呼ぶことに決めた。


「オレオレ詐欺か」


 と響が白玉にツッコミを入れているが、その言葉は彼の耳には届かなかったらしく、相も変わらず一心に秀一の顔面を直視している。悪い気はしないが、目のやり場に困ってしまう。


「俺っ! 一ノ瀬涼! なあ、秀一! 君、外人なのか!?」


 その言葉を聞いた響の行動は素早かった。涼の後頭部を平手で勢いよく叩いたのだ。


 スパーン!


 というあまりにいい音がして、秀一は笑いながらも、思わず白玉を心配してしまった。

 その後、響と涼の二人は、秀一の前で見事な掛け合い漫才を披露してくれて、秀一は無事に九十九学園ではじめての友人を得ることになったのである。

 そうこうする間に、教師が教室に姿を表し、生徒たちは慌てて自分の席へと戻っていった。

 最初の時間はSHR(ショートホームルーム)で、入学式についての説明だった。

 私語は慎むように、入学式というものが終わるまで、勝手に動いたり、勝手に喋ったりしてはいけない。教師の指示に従うように。

 集団生活を初めて体験する秀一のような生徒のために、懇切丁寧な説明がなされていく。

 秀一は背筋を伸ばし、黙って教師の言葉を聞いていたが、心の中では『人間って、面倒くさいことしてるんだな』などと不謹慎なことを考えていた。

 翔がこの学園に入学しないという道を選んだのは正解だったかも知れないと思う。この窮屈な団体行動は、彼にとっては苦痛以外の何物でもないはずだ。

 秀一だって、なにが悲しくてみんなと一緒に一列になって、入学式とやらに参加しなくちゃならないのか、今ひとつ訳がわからない。

 今後、人間の中に紛れていくために、人間と同じような経験をするというのが大切なのだということらしいが、どれほどの重要性がこの行為にあるというのだろうか。

 妖ならば、そう思わないものはいないのではないかと思うのだが、何しろ九十九学園の大半の生徒は、中学生からの持ち上がりである。すっかりこういった行事には慣れているらしい。いざ入学式が始まると、皆文句も言わずに、ぴしりと男女一列ずつに並び、行進して講堂の中へと入っていく。

 入学式が行われる講堂には、すでに二年生や三年生の先輩たちに教師たち、父兄が椅子に座っていて、拍手で新入生を迎えてくれた。

 秀一は一年壱組のみんなと列を作り、まるで見世物のように、新入生のために用意された席まで歩いていく。アヒルの雛にでもなったようで、死ぬほど恥ずかしく思いながらも、そんなことはおくびにも出さずに胸を張って行進をした。心のうちでは『――これも修行だ、これも修行だ……』と、自己暗示をかけるように唱え続ける。

 父兄の席に緊張した面持ちで座る露と、その隣で腕組みをして座っている秀就の姿は、すぐに見つけることができた。

 この講堂の中に安倍信乃もいるのだろう。

 多分。意識を集中すれば、見つけることはたやすいのだろうが、秀一は敢えてそこに並ぶ在校生の列から信乃を探し出そうとはしなかった。

 与えられた席に座ると、すぐに入学式が始まる。

 この入学式において、秀一には新入生代表という大きな役割があり、手の中には、その時に読む原稿が用意してある。

 粛々と式は進んでいく。

 

「新入生宣誓。代表、大神秀一」


 進行を務める教師が秀一の名を呼んだ。

 秀一は「はい」と、大きく返事をして席を立つ。

 歩き始めると、自分を追うたくさんの視線を感じた。

 教師、正面、そして来賓に会釈をし、壇上へと上がる。

 演台の上に用意してきた紙を置き、一礼して顔を上げた時、秀一の目は、真っ先に信乃の姿を捉えたのだった。

 信乃を見つけるつもりなど、毛頭なかった。それどころか、この大役が終わるまでは、あえて信乃のことは意識の外に置こうと努力していたはずなのに。

 信乃は、在校生の席ではなく、左隅に用意された生徒会役員用のパイプ椅子に腰を掛け、じいっと秀一を見つめている。

 どくどくと、心臓が音を立て始める。

 一瞬絡んだ視線を、秀一はすぐに外した。

 心のうちにできたざわめきを落ち着けるために、一度深呼吸をすると、マイクに向かってわずかに身を乗り出した。


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