入学・4
九十九学園では、一日のうちに初等科から高等科までの入学式が執り行われる。
高等科は最後と決まっていたから、秀一たちはその分ゆっくりと学校へ向かうことができた。
秀一がこの学園の門をくぐるのは、今回で三回目である。
一度目は内覧会。二度目は入学試験。そして今日の入学式。
初めてこの学園を訪れた内覧会の日を、秀一は一生忘れることはできないだろう。自分自身の小ささ、無力さを、嫌というほど味わった。いい思い出ではないが、だからこそ今の自分がある。
あの日までの秀一は、根拠のないプライドの塊だった。テレビで見たアニメのヒーローのように、どんなピンチに陥ったとしても自分は切り抜けることができるのだと、絶対誰にも負けたりしないのだと、無邪気に信じていた。
けれど結局、自分ひとりの力で信乃を助けることなんてできなかった。それどころか、助けようとした信乃や、翔、史郎、新太たちがいなければ、死んでいたに違いない。
だからこの学園は、今の自分自身を生み出してくれた場所でもある。
そんな感慨を胸に、学園の門をくぐった。
「秀一さん、それじゃあまた後で」
露の……母の声が聞こえた。
「はい。では後ほど」
秀一は両親に一礼すると、昇降口に張り出された指示に従って、自分のクラスとなる一年壱組へと向かう。
組分け表と一緒に張り出されていた高等科校舎の見取り図によると、一年生は三階、二年は一階、三年は二階の教室が割り当てられているらしい。それと、各階にはそれぞれに特別教室があり、また、校舎の一番西側には、学生の立ち入りを禁止するエリアまである。
まだ新しい建物には木材がふんだんに使われていて、森の香りがした。木材の色味は濃く、そのせいだろうか、新しいのにどこか薄暗い懐かしさを感じる。
内覧会のときに秀一をたじろがせた、真新しい建材の強烈な匂いも、今はもう熟れて感じることはない。
制服は男子生徒は詰め襟、女子は三本のラインの正統派セーラーであり、木造の校舎と相まって、一昔前にタイムスリップしたような雰囲気が醸し出されていた。
立ち話をする生徒たちをすり抜け、階段を登り、少し歩くと、目的のクラスを見つける。
秀一はガラガラとドアを開け、壱組の教室の中へと入っていった。
中等科からの持ち上がりの生徒が多いからなのだろう。もうすでに仲の良いグループというものがあるらしく、生徒たちはあちこちに小さな塊を作っている。
九十九学園の出席番号は五十音順になっているらしく、秀一は椅子の背と机に貼られた名前のプレートを確認しながら、自分の席を探した。
と、その時前方でひゅっと気を飲む音がした。
顔をあげると、一人の男子生徒があっけにとられたような顔つきで、こちらを見ている。秀一の知っている顔ではない。周囲を見回したが、どうやらその男子生徒が見つめているのは、やはり自分自身で間違いないようだ。
こんな知り合いいたか?
秀一が怪訝に思っていると、視線の先のその男子生徒が呟いた。
「外……人?」
その言葉に秀一は思わず吹き出したい衝動を覚えたが、なんとかこらえた。
自分の外見が日本人離れしていることは、秀一も知っている。けれども、今まで大神家から外に出ることがなかったせいか、見た目について指摘されたり、騒ぎ立てられたりするようなことはなかったので、この男子生徒の反応は、なかなかに新鮮だった。
秀一を外人と呼ばわった生徒は、一番廊下側の前から二番目の席で、椅子に横向きに座り、目を見開き口をあんぐりと開けたまま、こちらを凝視している。小さくて白くてモチッとしているから、秀一は思わず汁粉の中に入っている白玉を連想してしまった。男子ではあるが、可愛らしいという言葉が似合うような気がする。
「あ、もしかしてこの席か!」
ぽっちゃり男子の隣の席で、彼と向かい合うように横向きに座っていた生徒が、ぴょこんと立ち上がった。彼が座っていた椅子の背のプレートには『大神 秀一』と書いてあった。
「ああ……。どうやらそこが自分の席らしい……いや、すまない」
せっかく楽しげに会話をしていたところを邪魔してしまったようで、秀一としても心苦しかった。だがその生徒が席を譲ってくれたので、秀一は自分の机の上に、担いでいた真新しいスクールバックを置いた。
その間も、秀一を『外人』と呼んだ生徒は、ぼんやりとした感じで、ずうっと秀一の顔ばかり見つめているのだ。
目が点、という表現がぴったりくる。
秀一が動くたび、それを追って、彼の視線も追いかけてくる。
さすがに気恥ずかしくなって、秀一は自分の顔を片手で覆った。




