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蝕・イクリプス  作者: 観月
Reunion
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入学・2

 その後二人はシャワーを浴び、さっぱりとした顔で秀一の部屋にいた。

 汗まみれになった翔のジャージはクリーニングに回されたため、大神家から貸し出されTシャツにスウェットパンツというスタイルになっている。ストックしてあったものの中から一番大きなサイズを選んだのだが、ほんのすこしズボンの丈が短いようで、足首からはすね毛がチラチラと見えている。


「お前、スネ毛も赤いんだな」


 翔の髪の毛は、滅多にお目にかかれないほど真っ赤な色合いをしている。

 翔はリラックスした様子で秀一のベットに腰を掛け、布団の上に後ろ手をついていたが、秀一の言葉に小さく笑った。


「スネ毛だけ黒かったら変だろう。そういうお前だって、スネ毛も薄いじゃないか」


 そののんびりとした様子に、秀一の方では多少イラッとした思いがこみ上げてきた。


「お前……今日俺が入学式だってわかってやがるのか!」


 何が悲しくて早朝から、起き上がれなくなるほど組手をやらされなくてはいけないのだ。


「ちっ……まだ乾いてない……」


 秀一は琥珀色の髪の間に指を滑らせ、湿った感覚に舌打ちをした。


「ほっときゃ、乾くだろ」


 のほほんとした声が指摘する。襟のホックを止めながら、秀一は今にもベットの上に寝転びそうなほど身体が斜めになっている翔を睨んだ。


「殺っとくんだった……」


 かなり本気の殺意を込めたつもりだったが、翔の方はブハッと吹き出し、大笑いしている。

 ムカッとはきたが、よくよく考えると、翔が声を立てて笑うなんて、滅多にお目にかかれるものではない。ずいぶん長く友達をやっているが、そういえば記憶にない。珍しいものを見れたという驚きで、笑われたというのに、逆に怒りが和らいでしまった。


「まあ、さ」


 翔は崩れかけていた体を起こし、少し前かがみになって秀一を見上げてきた。


「お前が学園に入ると、なかなか会えなくなるしな」

「お前は九十九学園には入る気はないのか?」

「……入るつもりなら、もっと早く入学してたさ……」


 翔は秀一から視線を外し、窓の外へと目を向けた。

 道場にいたときはまだ真っ暗だったが、今はもうすっかりあたりは明るくなっている。


「俺は……どうも人混みは好かないな……。親父や理事会の了承は得ている。あの学園の意味は理解しているつもりだし、協力も惜しまない。ただ、あの学園に入るということは、強制的なものではないはずだ。俺みたいなものが認められているということで吸収できる不満もあるかも知れないだろう。……というのは、後付の理屈だが。つまり、そういうことだ」


 わからなくはない。

 秀一はもともと人の上に立つことが嫌いではない。幼い頃から、上に立つものとして育てられてきたし、自分自身、そうあろうとし続けてきた。

 しかし、友人である天羽翔という男は、違う。それなりに能力もあり、器も大きいくせに、徹底して、傍観者に収まりたがる。

 確かにあの学園に通うということは、彼のような男には、面倒ばかりなのだろう。

 もったいない……。そんなふうに思ったりもするのだが、その感覚を押し付けるつもりはない。


「だから、信乃を頼む」


 思いがけない言葉に、秀一は動きを止めた。

 振り返り、翔を見下ろす。


「守護を、おりるつもりなのか?」

「おりはしないさ。この身に変えても……その気持はある。だが、常に側にはいてやれない」


 すでに二年間も、信乃は一人であの学園にいる。

 まだ半人前だった秀一にとって、自分自身を磨くためにそれは必要な時間だったし、後悔するつもりはない。それに、その間に信乃を守る学園という施設があったことは、幸運なことだったと思っている。

 だから、これからは……。


「俺はもう、信乃から離れるつもりはないな」


 決意を込めて、そう言った。

 差し出される大きな手。


 信乃を襲った学園建設反対派の動きは、その後沈静化している。

 小さな小競り合いはあっても、大きな事件に発展したケースは報告されていない。

 それでも、あの八尋弓弦という男が、この先全くアクションを起こさないとは考えられない。彼が何を考えているのかはわからなかったが、信乃の力を欲していたことだけは、間違いないだろう。時間の流れのゆったりとした妖であるから、のんびりと周囲を固めているのかも知れない。

 それに……弓弦の力は未知数だ。信乃と同等の力を秘めている可能性もある。そして、あの男の傍らには、御先真澄がついている。その先には弓弦の父親尊がいる。

 いつか……。秀一だけでは、食い止めることができない事態が起きるかも知れない。秀一が倒れるようなことになるかも知れない。

 差し出された大きな手に、秀一は己の手を重ねた。


「けど、俺一人の手に余る事態になったら、よろしく頼む」


 重ね合わせた手に、ぎゅっと力がこもり、立ち上がった翔にぐいっと引き寄せられる。秀一は思わず翔のほうへ倒れ込みそうになる。


「その時は、翔んで行く。それまで頼んだぜ、相棒」


 思った以上に耳元近くで声がした。深く低い声が力強く外耳道をくぐり抜け、鼓膜を震わせる。


「じゃあな」


 ポンポン、と背中が数度軽やかに叩かれて、やってきた時と同じ唐突さで、翔は部屋を出ていった。


「ななななななな!」


 秀一は、思わずささやきかけられた耳を両手で覆った。


「何しやがるんだ、ばかやろう! ゾッとしたじゃないか!」


 こそばゆさにかっとなり、ドアを開けて翔を追ったが、部屋の先の廊下に、もう翔の姿はなかった。

 ただ、翔の笑い声が、秀一には聞こえたような気がした。


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