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蝕・イクリプス  作者: 観月
Reunion
51/59

憧れの君・5

 確かに、秀一は格好がいいと思う。

 一見日本人とは思えないような顔立ち。はっきりとした大きな目は少し目尻が下がっていて、男らしい彼の顔に甘味をプラスしている。その瞳も髪色も、日に透けると琥珀色になる。

 あんなに綺麗な上に、頭もいいなんて。

 運動神経はまだ未知数だけれど、あの体格であるし、狼の一族なのだ。まったく苦手ということはないはずだ。いや、絶対できるに決まってる。

 そんなのって……


 ……美味しすぎる。


 美形好きの一ノ瀬涼にとっては、これ以上ないような観察対象である。

 なのに、ウキウキとした気持ちの中に、わずかにモヤっとしたものがある。

 入学式での、信乃の視線だ。

 吸い寄せられるように秀一を見つめていたあの視線。そしてあの表情。

 信乃の笑顔は珍しいとはいえ、見たことがないわけではない。そう頻繁に見ることができないので、見ることができた日は、ラッキーな気持ちになる。

 けれど昨日から信乃は、ときどき涼の知らなかった表情をするのだ。まるで……泣き出す寸前みたいな……。

 などと自分の考えに没頭していた時「一ノ瀬涼!」と、名を呼ばれた。


「はいいっ!?」


 びっくりして、大きな声で返事をして立ち上がる。


「高校生活第一日からボケッとしているとは、ずいぶん余裕だな!」


 クラス担任の言葉に、周囲からクスクスという笑いが起こった。

 入学式後の学活の時間であり、気がつけば、担任が一人ひとり名前を確認しながら点呼している最中だった。

 涼は頭を掻き、ちらりと教室の後ろを振り返る。

 そこには、今日参列した保護者がずらりと並んでいて、岩手から日帰りで入学式へやって来た涼の母親の姿もあった。目を大きく見開いて口をへのじに曲げ、肩をすくめている。不自然なほどに大げさな動作で、きっと本当に怒っているわけではないのだろう。その証拠に、涼が小さく舌を出して頭を下げてみせると、呆れたような笑顔になる。

 そんな失敗もあったが、その後は滞りなく学活の時間が過ぎていき、無事に高校生活第一日が終わった。


「起立」

「礼」


 今日の予定はすべて終了し、保護者も生徒もここで解散となる。遠方からやってきた父母の中には寮に一泊していくものもいるようだが、それはほんの一握りだ。涼の母も、このまま岩手にとんぼ返りする事になっている。

 涼は母親を校門まで見送ろうと、一緒に教室を出た。しばらく廊下を歩き、階段まで差し掛かった時、下の階からからこちらへ真っすぐに登ってくる、安倍信乃を見つけた。


「先輩!」


 声を掛けると信乃はすぐに近くへやってきて、軽く母親に会釈をした後、涼へ話しかけてきた。


「涼くん……あの……君のクラスの大神秀一は、まだ教室にいるかな……」

「はい! まだいたと思いますよ。……母さん、ちょっと待っててね」


 涼は母をそこに残し、信乃を案内するために一年壱組の教室へ取って返した。大半の生徒と保護者は教室を後にしてしまっていたが、大神秀一とその両親らしい人物の姿は、まだ教室内に残っていて、涼はほっとする。


「秀一! お客さんだよ!」


 涼の声に、秀一と、彼と話をしていたオールバックの厳しい顔をした男性と、淡いピンクのスーツ姿の女性が一斉に振り返った。


「信乃ちゃん!」


 厳しい顔をした男性……おそらく秀一の父親……の顔が、安倍信乃を見つけると一気に破顔した。


「やあ、久しぶりだなあ。生徒会の役員をしているんだって? また、秀一のことをよろしく頼むよ」


 優しげな顔をした女性も、信乃に向かって頭を下げている。

 けれども、信乃の返事はなかった。返事がないばかりか、まるで固まってしまったかのようにピクリとも動かない。


「じゃあ、失礼するよ。ああ、見送りはいらない」


 信乃の様子を不審がるでもなく、秀一の父親らしい人物はポンポンと信乃の肩を叩くと、母親らしい女性を伴って一年壱組の教室を出ていった。

 自分のことをハーフだと秀一は言っていたが、彼の両親はふたりとも日本人ど真ん中といった顔立ちだ。そのことも、気になったのだけれど、涼にはもっと気になってしかたのないことがあった。

 信乃の表情だ。

 昨日、入学式のパンフレットを指でなぞりながら見せていたあの表情。入学式で、秀一を目で追いながら見せていたあの表情。

 泣きたいのを堪えているような、そんな顔で、ただ黙って大神秀一を見上げている。

 先に動いたのは秀一だった。


「先輩……。お久しぶりです」


 きれいに両手を脇にそろえて、秀一が一礼するのを、固まったまま眺めていた信乃の表情が、揺らいだ。

 

(あ……信乃先輩、泣く?)


 そう思った瞬間、秀一が動いた。


「涼くん! ありがとう、また後で寮の方で!」


 それだけ言うと、ほとんど信乃の肩を抱くようにして、教室を出ていってしまった。

 秀一が一礼してから二人が教室を出ていくまでは、あっという間の出来事で、涼はあっけにとられて二人を見送るしかできなかった。


「うーん。残念だったな、涼」


 思いがけないほど耳の近くで聞こえた声に飛び上がる。

 振り返ると真後ろに長野響が立っていた。

 彼の両親は入学式に来なかったらしい。両親の見送りもなく、教室内にとどまっていたようだ。


「あれは、どう見てもワケありカップルだね……」

「何だよその、ジジ臭いフレーズ。うん。まあでも確かにね、俺もそう思う」


 涼が二人の消えていった方角を見つめながらそう言うと、響はちょっと涼を見つめてから「あれ、意外とダメージ受けてない?」と呟いた。


「へ? ダメージって、なんで?」

「へ? だっておまえ、信乃先輩のこと好きだろう?」

「うん好きだよ! しかもさ、秀一もかっこいいよね! あの二人が並んでるところをこれからも見られると思ったら、萌えるよね!」


 しばしの沈黙が流れた後、響のため息がガランとした教室に響いた。


「あー、涼はそう言う感じ? それでいいわけなんだ……」

「あああああっ!!」


 大切なことを思い出して、涼が叫び声を上げると、響が目を丸くしてのけぞる。


「な、急に大声出すんじゃねえよ!」

「俺、母さんの見送りまだだった! じゃあね、響! また後でね!」


 これから楽しい高校生活になりそうだな。

 お母さんは怒ってるかもしれないけど。

 

 涼は、全力で走り出した。

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