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蝕・イクリプス  作者: 観月
Reunion
48/59

憧れの君・2

 涼の頭の中からは次の日になっても、あの泣き出しそうな信乃の横顔が離れずに、ずっと居座り続けていた。

 おかげで入学式当日だというのに、心の中にはなんだかモヤッとしたものが広がっている。

 九十九学園は全寮制で、涼たち中等部からの持ち上がりのものは、すでに高等部の学生寮に、春休みのうちに引っ越しを済ませている。学生服も、別に新しく購入する必要はない。それはそれで助かるのだが、どうも新鮮味に欠ける気はする。

 去年から引き続きの古い学生服を身に着け、これだけは新しい、高校生指定のスクールバックを肩に担いで、学校へと向かった。

 同室の奴は寝坊したらしく、時間になってもまだバタバタとしていたので、先に部屋を出た。

 寮の玄関から、一歩踏見出し、ふうっと息を吐きながら空を見上げる。寒いけれど、吐き出した息が白くなることはなかった。

 今年は、ずうっと冬を引きずったようなお天気だったが、今日はどうやら晴れるようだ。水色の空にはぷかぷかと白い雲がうかんでいる。

 昼には昨日より十度も気温が高くなると、食堂のテレビの中のお天気お姉さんが言っていた。

 高等科の昇降口には人だかりができていた。

 新入生の組分けのプリントが、入り口に張り出されているのだ。

 涼は昨日行われた入学式の準備の際に確認していたので、プリントに群がる一団を横目に昇降口の中へと入っていった。


「よう、涼!」


 背後から声がかかって、涼は立ち止まる。

 振り返ると、黒い服の一団の中から、友人の長野響が走り寄ってくるところだ。


「お前、張り紙見なくていいのか?」


 涼は、響が近づいてくるのしばしの間、立ち止まって待っていた。


「うん。俺は昨日生徒会の手伝いに出たから、そこで組分けは確認したんだ」

「まじで手伝いに行ったのか!?」

「え……だって、信乃先輩も凜先輩も喜んでたよ」

「まあ、そりゃそうだろうけどさ、お前本当に信乃先輩のこと好きだよね……」

「わあぁあぁ!」


 涼は思わず響の口に手を伸ばして、塞いだ。


「ちょっと! こんな人がいっぱいいるとこで、言わねぇでよ」


 だいぶ目線より高いところにある響の顔を見上げて睨んだ。慌てたために、変な訛りが出てしまった。

 響は、顔面偏差値的には平均点かそれ以下なのに、身長だけはそこそこある。ぽっちゃりちびの涼にとってはうらやましいことこの上ない。


「え! それって秘密にしてたのかよ!」


 と、響はまったく悪びれる様子はなかった。

 別に秘密にしているわけではないけれど、誰が聞いているのかもわからない場所で、おおっぴらにする話題ではないだろうと思う。そういうところ、響にはデリカシーがない。

 頬を膨らませて、校舎内に入っていこうとすると「ごめんごめん!」と、響が追いかけてきた。


「そういやあさあ、何人か見たことのない名前もあったよな」


 それは、涼も気がついていた。

 ほとんどは持ち上がり。でも、高校からこの学園に入学する、という者も学年に十数名はいるという話だ。


「高校からは、人間も入学するんだよね」

「だよな……」


 中学と高校の一番の違いはそこだ。

 九十九学園は人外のための学校だけど、高校からは学年で二名だけ、人間の生徒を受け入れることになっている。


「なあ、響って、人間と話したことある?」

「……うーん。ないな」

「俺も……」 


 涼は岩手の山奥出身であり、響は長野県の山奥出身である。

 人もあまり入ってこないような山奥で、ひっそりと暮らしていたのだ。

 涼も響も、もともとは、名前すら持たないちっぽけな妖だった。

 学園の関係者が、そういった小さな妖たちにもくまなく声をかけてくれたおかげで入学することができたのだ。

 入学するには名前が要るわけで、涼自身に名前を考える権利が与えられた。

 一ノ瀬涼なんていうなかなかかっこいい名前だが、実は、近隣に住む人間の中に一ノ瀬という姓が多かったからそれを真似ただけだし、名前の方は涼が水辺を好む妖しだったのでさんずいの付く名前にしただけなのである。

 響も似たようなもので……いや、それ以上に加減で、人間が「長野県」と呼ぶ地方に住んでいたから「長野」という名字にしたらしい。


「あ! そういえば保健室の岩倉先生は人間だったんじゃない?」

「ああ、そういえば! 忘れてた!」


 そんな会話をしながら、二人は高等科の校舎三階の一年教室へと入っていった。

 教室に入ると、それぞれの机と椅子には名前が書かれている。九十九学園では出席は五十音順で、涼は窓側の前から二番目だ。

 響は長野だから、涼から遠い席であるはずなのに、何故か隣に腰を下ろしている。


「ちょっと、響の席、そこじゃないよね」

「まあ、先生が来たら自分の席に着けばいいんじゃないか?」


 響はクラスの中にいた友達に「おはよー」と笑顔で挨拶しながら、ニコニコと誰のものかもわからない席に座っていた。


「そこ誰の席だよ?」


 そう言いながら、椅子の背もたれの後ろのネームプレートに差し込まれた名前を確認する。


「大神……秀一……?」


 聞いたことのない名前だった。

 おそらく今年から入学してくる生徒に違いない。

 でも、涼には大神という名字に心当たりがあった。

 特に東日本で大きな力を持つ妖しの種族に、そんな名前の一族があったはずだったと記憶していたのだ。

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