潜入・4
妖し同士の戦いで、人間の使う武器が使用されることはまず無いはずだった。
妖しというのは、もともとそれぞれに高い能力を持っている。人間の扱う道具には確かに便利なものもあるが、戦いの場に於いて、それを使いこなすことよりも、自分たちの持っている力を使ったほうが圧倒的に楽なのだ。
もちろん、妖力の高くない妖ならば、人間の使う武器をもたせたほうが破壊力は上がるかも知れないけれど、それでも妖には妖なりのプライドというものもある。
大神家でも、人間の道具はそれなりに取り入れているが、こと戦闘に対しては、自分たちの力を使う。
けれどもたった今、秀一に向かって使用されたのはどう考えても人間の使用する重火器のたぐいだろう。
どんなものかはよく知らないが、大きな音で、連続での攻撃が可能らしい。
当たったら、秀一でもかなりのダメージを食らいそうだった。
神経を研ぎ澄ませてあたりと伺えば、階下からは複数人の気配がする。
いったい何人銃を持っているのか?
その武器が、自分の身体にどれほどのダメージを与え得るのかということも、秀一にはよくわからない。
銀の玉。
思わずひらめいた単語に、心臓が、ドキッと拍を打った。
人間は、狼男を倒すために銀の玉を使うのだそうだ。
銀という物質は、自分たち狼族にとっては毒であるらしく、体内に入ってしまった銀の玉は、早く取り除かなければ命取りになるのだという。
もし敵が銀の玉を使っていたら?
肚の奥の奥からじわじわと登ってくる恐怖というものを、秀一は生まれて初めて感じていた。
一度目をつぶり、精神を集中させる。
――絶対に撃たれたりしない! 全部躱してみせる!
そう心の中で呟いてから、己の感情に蓋をした。
身を潜めていた場所から飛び出すと、敵の只中に向かって走り込んでいく。
ダダダダダ……ダダダダ……
断続的に続く連射音が走る秀一の後を追う。
階段を降りきる前にジャンプした秀一は銃を手にした一人踊りかかった。
踏みつけた敵が手にしていた、腕の肘から先ほどの大きさの銃をもぎ取ることに成功すると、それを振り回して数名の敵をなぎ倒す。
「捕まってたまるか!」
けれども、廊下の奥からまた敵が現れる。
「ちっ!」
身を低くして銃弾を躱した時、またあの声が聞こえた。
『こっちだ』
迷っている暇などない。秀一は声のした方へ転がるように走り込む。
グイッと腕を弾かれ『気配を消せ』という言葉とともに、すぐそばの部屋の中へと放り込まれた。
秀一は腕で口元を塞ぎ、乱れた呼吸を殺しながら、廊下の様子をうかがった。
すると扉の向こうから、秀一と同じような軽い足音が聞こえてきた。その足音が、階段を登っていく。
――誰だよ。いったい、何人協力者がいるんだ?
秀一が息を殺す部屋の扉の向こうには、人狼の『声』を使って話しかけてきた男の気配がまだ残っている。
その気配を感じつつ、息をひそめていると、ドキンドキンと血液を送り出す心臓の鼓動がやけに大きく耳の中でこだまして聞こえた。
「史郎さん!」
少し離れたところから、第三者の声が聞こえた。秀一は扉の内側で身を固くする。
「上だ」
答えたのは、史郎と呼ばれた男だろう。
史郎という名の男の声に呼応して、バタバタと階段を駆け上がっていく複数人の足音がした。そして、辺りに静寂が訪れる。
秀一はほっと肩の力を抜くと、扉に寄り掛かったままずるずるとその場にへたり込んだ。
『まだまだ、休んでる暇はない』
『わかってるよ!』
狼の『声』が話しかけてきた。ムッとした秀一は、へたり込みそうだったことも忘れて、思わず言い返す。
扉の向こうから伝わる波動には、わずかに笑みの成分が含まれている。
『……あんた誰だよ』
『犬神史郎だ。君のお父さんの知り合いだ。詳しく話している暇はないぞ』
犬神といえば、狼族の一族のうちの一つだ。大神が今は狼族をまとめているが、大神の他にも大口だの、真神だの真口だの、狼族には多くの一族がある。
そんな事を考えているうちに、もう扉の向こうの気配は消えていた。
ただ、あの声だけが『もう大丈夫だ、行け!』と、秀一に次の行動を促す。
秀一はその声に引っ張られるように、扉に手をかけると廊下に出た。
狼族はもともと暗闇に強いのだが、今ではもうすっかり目がなれて、周囲をはっきりと見て取ることができた。
廊下には、秀一が倒した数よりも多くの妖したちがゴロゴロと転がっている。妖しと言っても、見た目は人間と変わらないものが多いようだ。
自分以外の誰かが敵を倒す手助けをしてくれているのは、どうやら間違いがないらしい。
グズグズしていて、コイツラが目を覚ましては面倒なことになる。秀一は、階段を地下に向かって二段跳びに駆け下りた。
信乃は地下にいる。その言葉を信じるしかない。
あっという間に地下一階にたどり着く。その先にはもう階段は続いていない。
秀一は片端から扉に手をかけてみたが、どの部屋にも鍵がかかっていて、開くことができなかった。
『こんなもんで、俺を止められると思うなよ!』
秀一は笑った。笑うことで、弱気になってしまいそうな自分自身を鼓舞する。
そして思い切り脚を上げると、いらだちも恐怖も怒りも……自分の中にとぐろを巻くすべての感情をその靴底に託して、鍵のかかる扉に打ち付けた。
ガコォォォォォォーーン!!
扉を止めていた蝶番が外れ、勢いよく飛んだ扉が部屋の中の何かに当たる。
地下全体に響き渡るような大音量で、秀一は次々に扉を打ち破っていった。




