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蝕・イクリプス  作者: 観月
Trap
22/59

湧雲・1

 爆発音が聞こえて、黒い服を着た一団と対峙していた天羽翔は、思わず音の聞こえた方角へと目を向けた。

 体を動かしたわけではない。顔を向けたわけでもない。ほんの少し、視線をそちらへ走らせただけだったが、目の前の敵はその隙きを逃さなかった。

 まるで示しあわせたように、翔めがけて攻撃を開始する。

 翔は、襲いかかる敵を一人ひとり投げ飛ばしながら、人数を数えた。


 ……一

 ……二

 ……三

 ……四

 ……五

 ……六。


 六人。 

 八尋弓弦という少年と、信乃を抱いた大きな男は、秀一が追って行った。

 秀一の足を止めないためにも、目の前の六人は、なんとかここにとどめておきたい。

 チラリと上空を確認した。

 青かった空は今はもうどこにもなく、分厚い雲に覆われている。だがこの暗さこそ、翔にとっては好都合だった。


「雷鬼!」


 翔は手を天にかかげながら叫んだ。

 空はさらに暗さを増し、ゴロゴロゴロゴロと、雷神の唸り声が空をかけていく。それと同時に、光の剣が分厚い雲から地上に向けて放たれた。

 轟く雷鳴と光の中から、一匹のコロコロと丸い四足の生き物が翔の前に転がり出る。その小さな生き物は、姿を現すなり、翔を周囲を飛び跳ねた。

 バチバチと放電する雷鬼を避け、六人が飛び退り、翔から距離を取る。

 雷鬼はひとしきり走り回ると、翔の足元へすり寄った。


「さっきの爆発音は何だ? あれもお前たちの仕業なのか?」


 翔は少し腰を落とし、周囲への警戒を解かずに問いただす。


「ふふ……ふふふふふ……」


 翔のちょうど正面に立つ女の口から、低い笑いが漏れていた。

 男と見まごうほどの筋骨逞しい体つきだが、身体にピタリと張り付くような黒いシャツの胸には、大きな二つの膨らみがあるり、女であると知れた。長い髪を後ろで一つにくくっている。


「今の爆発で、あの学園は大騒ぎでしょうね。こちらに気を向ける余裕はないはずよ……。」


 そう言い終わると、女は大地に手を当てた。


「出でよ! 雷鬼!」


 女の叫びに応じ、もこもこと地面が盛り上がる。盛り上がった土の中から、丸い生き物が飛び出してきた。


「なん……だと?」


 翔の目前で、土の中から現れたのは、翔の呼び出した雷鬼と姿かたちがよく似ている。違うのは色くらいなものだろう。翔の使役する雷鬼は黄緑色に輝く雷鬼であるのに対し、女の呼び出したものは、透けるような闇の色をした雷鬼だった。

 

「お前の種族と、私たちとは、似た者同士なわけ。天に生きるか、根に生きるかの違いはあるけどね……雷鬼!」


 女の呼び声に応じ、闇色の雷鬼が翔の呼び出した輝く雷鬼に向かって飛びかかって来る。

 それと同時に、女が背後にあった木を足で蹴り、勢いをつけて翔に向かってきた。周囲を取り囲んでいたものたちも、女の動きに呼応する。

 翔は女の蹴りをかいくぐり、背後から襲い掛かってきた男に、振り向きざまに膝撃ちを食らわせると、もうひとりの腕を掴んで背負い投げにした。投げ飛ばされた男は、ごっ! という鈍い音をたてて、後ろにいた仲間に激突する。

 瞬きほどの間で、あっという間に三名を倒した。

 残りは三人。

 翔は体制を整えながら、大きく息を吐いた。

 二匹の雷鬼は上になり下になりしながら、激しく争っている。

 だがしばらくすると、ギャン……というような声を残して、闇色の雷鬼がふっと空中に溶けた。


「さすが、天羽のご子息」


 そう言ったのは、少し離れたところで様子を見ていた一番小柄な男だ。頭がつるりと禿げ上がっているが、よく見ると、顔つきは若いようにみえた。


「ほう、お前が行くかい?」


 大きな女がスキンヘッドの男にそう言うと、数歩後ろに下がる。

 どうやら、男と翔の戦いを鑑賞するつもりらしい。

 女が後ろに下がると同時に、小柄なスキンヘッド男が一歩前に出る。

 男はじいっと翔を見つめながら、己の手のひらを上に向け、顔の前まで持ち上げた。


「来い……」


 小さな呟き。それと同時に男は、目の前の手のひらに「ふうーっ!」と、深く息を吹きかけた。

 その吐息に乗るように、周囲の気配が凝り、一匹の大きな犬が姿を現す。

 真っ赤な目をしたその犬は、何故か全身ヌメヌメと血で濡れていた。


 ぽたり。


 被毛の先から闇朱の雫が一粒落ちる。

 ぶるっと、血を滴らせながら小さく身震いをした犬は、翔の隣で頭を低くして威嚇ししている雷鬼に、顔を向けた。


「行け!」


 男の指示に、血塗れの犬は雷鬼に向かって飛びかかり、首元に牙をたてて、ブルブルと頭を振り回した。雷鬼はバチバチと火花を散らしながら身を震わせて、なんとか犬の牙から逃れると、翔の隣に並んだ。

 目を見開いたまま、翔が呆然と呟いた。


「まさか……蠱毒・狗神……お前……狗神を造ったのか!」


 狗神とは、蠱毒と呼ばれる術の中でも、極めて残忍な技だ。

 蠱毒自体、生き物を殺し合わせて、最後に生き残ったものを使い魔に仕立てるという、闇の技である。

 狗神というのも蠱毒の一種ではあるが、犬を使い魔に仕立てる方法は、蜘蛛やムカデを使い魔に仕立てるのとはわけが違った。

 犬を動けないようにし、届かない場所に肉を置く。そうしておいて、餓死直前にその犬の首をはねる。ここで犬の魂に強烈な飢えの念が出来上がる。

 更に往来の多い道にその首を埋め、飢えと恨みが最高潮に達し、凝り固まり、その魂が異形のモノと成り果てたところで、術者が犬の魂を解放し、己の使い魔とするのだ。

 自分自身をそのような目に合わせたものが術者本人だというのに、狗神は悲しくも、己を開放し飢えを満たしてくれたとして、術者に忠誠を尽くす。

 もちろん、何の力もない人間がそんな術を行ったとしても、ろくな結果にはならない。

 使い魔を作り上げるどころか、出来上がった恨みの塊に自分自身を食い殺されてしまうことさえある。

 翔は、この恐ろしい術を完成させたという男に、戦慄した。

 力を恐れたのではない。その男の持っている心の中の闇に、本能的な嫌悪感が沸き起こったのだ。


「いかにも。この狗神は、俺の使い魔さ……」


 翔の反応を伺いながら、小柄な男は、薄ら笑いを浮かべていた。


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