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蝕・イクリプス  作者: 観月
Innocent
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異界・2

 とにかくその「センゾガエリノヒメ」に会ってみないことには、なんとも言えない。

 秀一は、自分の身長の倍もある高さの枝から軽々と飛び降り


「いくぞ!」


 と翔に声をかけた。

 畑、苔を敷き詰めた和風の庭園、大きな瓢箪の形をした池にかかる石の橋……それらを通り抜け、大神家の正面玄関へと向かう。

 車寄せに秀一と翔が到着した時には、親同士はもう挨拶を済ませ、安倍家当主とその子どもは家の中へ入ろうとしているところだった。


「こんにちはっ!」


 家に入りかけた後ろ姿に向かって元気に挨拶をする。

 ちょっと驚いたような顔で振り返った安倍泰造は、秀一の顔を見るとすぐに笑顔になった。


「やあ! 秀一くんか。あと翔くんだね。二人とも大きくなったねえ」


 泰造の後ろを歩いていた子どもも、こちらを振り返った。色白でほっそりと小柄なところが、父である泰造によく似ている。


 ――やっぱりどこからどう見ても……近くで見れば見るほど、女の子には見えない。髪の毛だって短いし、半ズボンはいてるし。まあ痩せっぽっちだし、ぜんぜん強そうじゃないけどな。


 よほどジロジロと見つめてしまっていたのだろう。

 父の秀就の手が、秀一の頭に()()と乗った。


「秀一。そんなにジロジロ見たら、失礼じゃないか。まず自己紹介をしなさい」


 苦笑交じりに言われて、秀一はお手伝いの露からさんざん教え込まれていた自己紹介の言葉を思い出す。


「あ、ごめんなさい……えっと……。はじめまして! 大神秀一です。よろしくね」


 そう言ってペコリと頭を下げた。


『大きな声ではっきり、背筋は伸ばしてくださいね』


 露に教えられたとおりにできたはずだ。


「はじめまして。安倍信乃です。よろしくお願いします」


 眼の前の子どもが言った。

 安倍信乃。

 秀一は頭の中で、今教えてもらったばかりの名前を数回つぶやいた。


「天羽翔、です」


 翔のぶっきらぼうな挨拶を聞きながら、秀一は信乃にふと違和感を覚えた。

 姿勢よく、まっすぐに立っている。

 それはいい。

 だけど、なんというのだろうか……信乃の表情には、感情のようなものが感じられないのだ。

 さっきの挨拶にしたって、ニコリともしないばかりか、てんで棒読みだった。


「じゃあ、お父さんたちは話し合いがあるから、子どもたちで仲良く遊んでなさい。大神の結界から出ないように」


 秀就がそう言い、泰造を案内しながら家の中へと消えていく。

 父の言葉に上の空で返事をした秀一は、その時突然ひらめいた。


 ――目だ!


 そう思って、またじっと信乃の顔を覗き込むと、そのひらめきは確信に変わっていく。

 信乃の目は、不思議な目だった。

 横にすると目を閉じてしまう抱き人形のように、ただじっと(くう)を見つめている。

 いや、確かに信乃はこちらを見ている。その瞳には秀一が映っている。けれども、見られているという気がしないのだ。

 ガラス玉みたいだ。と思った。


「……ぶ?」


 遠くから翔の声が聞こえてきて、秀一は現実に引き戻された。


「え?」

「だから、何して遊ぶ? って、さっきから聞いてる」


 (いぶか)しげな顔で、翔がこちらをみていた。


「あ? あー。そうだなあ。なあ、おまえ、蝉取りできるか?」


 秀一は信乃に聞いた。

 秀一と翔はTシャツに短パン(翔はステテコ)というラフな出で立ちだったが、信乃は随分きちんとした服装をしていた。

 淡いブルーのボタンダウンの半袖シャツに、サスペンダー付きのきちんと折り目の付いたクリーム色の半ズボン。どこぞのお坊ちゃまか! というような服装だ。しかもクリーム色なんて、すぐに汚れてしまいそうだ。

 が、そうたずねられた信乃の瞳がカチリ、と動いた。


「できるよ。あんまりやったことはないけどね」


 そう言うと、首を少し横に倒し、秀一を見上げる。

 セリフは相変わらず棒読みだったが、その瞳には挑むような光が宿っていた。生気のない人形に、血が通った瞬間を見たようで、秀一はその変化にびっくりした。


「あー、っつうか、その服汚れても平気なのかよ」


 秀一は内心の動揺を気取られないように気を引き締めると、信乃の着ているクリーム色の半ズボンを指差す。


「僕の服のこと気にしてたの? 大丈夫。汚れてもかまわないよ。父は、僕が泥んこになるくらい外で遊んだって知ったら、かえって喜ぶかもしれないよ」


 話し出すと、印象が変わった。

 特に表情は変わらないし口調も平坦ではあるけれど、性格は思ったより勝ち気なようで、秀一は「面白そうだな」と嬉しい気持ちになった。

 ただ、どういうわけで「センゾガエリノヒメ」とよばれているのかについては、大きく疑問が残ったままだ。

 どこからどう見ても「姫」には見えないし、自分のことを「僕」と呼んでいるのだから、男の子に違いない。それに、秀就は力の強い子どもだと言ってたけれど、薄い身体で細い手足をした信乃に、秀一や翔よりも大きな力があるとは信じ難かった。


「あ、そだ。信乃はいくつなんだよ」

「いくつ?」

「年だよ年。俺と翔は同い年で、九歳だからな」


 翔からはひとつ年上だと聞かされたが、ずいぶんと小柄だから、もしかしたら年下ではないのか? そう思って確認をしたのだ。 

 だが意外にも


「僕は、このあいだ十歳になったよ」


 という返事がかえってきた。


「この間っていつだよ」

「八月十一日」


 今日は八月二十日である。


「ふうん。なったばっかじゃん。じゃあ、同い年でいいじゃん。んじゃ、蔵から虫取り網とカゴ、持ってこようぜ!」


 秀一は自分から聞いたにもかかわらず、信乃が歳上であるという事実はさっさと意識の外へ追いやることに決めると、先頭になって走り出した。

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