プロローグ
--はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。
顔に流れる汗を気にも留めず、一心不乱に少女は森を駆ける。少女を逃がすために自らを犠牲にした一人の騎士の為にも、状況を打破する鍵を求めて。
--この森を抜けた先に魔術師さんが・・・っ!
足がもう限界なのか、足がもつれて倒れこんでしまう。
--ごめんなさい・・・ハルベルト・・・私はもう・・・
元来、少女は身体が強い方ではなく、華奢な身体で広大な森を休みなく走り続けていたのだ。とうにスタミナは限界を迎えていたのだが、それでもここまで走り続けられていたのは騎士との約束があったからだろう。
「どうしたの、君」
少女は薄れゆく意識の中で人の声を聞いた。
◇ ◇ ◇ ◇
--あれ・・・私は・・・
少女が目を覚ますと見慣れぬ部屋にいた。どうやらベッドで眠っていたようだ。
周りを見渡すと、ベッドの他には難しそうな本の詰まった本棚しかない簡素な個室だった。
時折、扉の向こうからガチャガチャとした音が聞こえてきたり、会話のようなものが聞こえたりしていた。
気になった少女はベッドから起き上がり、恐る恐る扉に手をかけた。
「そこに置いてある赤いやつ取って」
「あいよ。てか、今度は何しようとしとんねん」
「ん?結界が弱まってきてるみたいだから新しい罠でもつくろうかな~とね。ちなみにこれは触れたものを焼き尽くす地雷式ね」
「森で焼き尽くすはあかんやろ」
扉の向こうでは床に着きそうなほど長い蒼い髪の女性が椅子に座って喋っていた。
その女性は少女に気付き、作業を止めて少女の方に向き直す。
「お嬢ちゃん、目覚めたかい。疲労してたみたいだから一応手当はしておいたけど、まだ安静にしておいた方がいいよ。」
「あ、はい。大丈夫です。えっと、助けて頂いたようでありがとうございます。」
「別にいいよ、そういうのは。」
「あの・・・さっき誰かと話していたように思えたのですが・・・?」
少女は辺りを見渡すが女性の他には誰も見当たらない。あるものといえば、机に置かれた色とりどりの石や分厚い本、変な形のぬいぐるみぐらい・・・
「まいど」
----っ!?
少女がぬいぐるみを見ていると、突然ぬいぐるみが動き出し少女に話しかけてきたのだ。
それに対して少女は息をのんだ。
「いやぁ、こういうリアクションも久々《ひさびさ》やなー」
「あ、これのことは気にしなくていいよ。そういえばお嬢ちゃん、なんであんなところに倒れてたの?」
「あの・・・それは・・・」
少女は事情と森に来た目的を女性に話した。
◇ ◇ ◇ ◇
「それで森にいるとされる大魔術師様に助けを求めてきたと」
「はい・・・(大魔術師様って言ったかな?)」
「よかったねー、それアタシだわ」
「本当ですか!?」
「でもねー、そういう相手は正直苦手なのよねー」
「え・・・」
魔術師の気だるげな反応に少女は気を落としそうになるのを見て、魔術師は続きを述べる。
「いや別に断るって言ってるわけじゃないのよ。ただ一人でするには厄介だなぁって思っただけで」
「あの、私も出来ることはお手伝いするので」
「うーん、それでも出来ることあんまり変わらないような・・・」
魔術師はしばらく考え込んだあと、アレするかぁ、と呟きながら立ち上がり家の外へと歩き出す。
それにつられ、少女も魔術師の後を追って外に向かう。
「お嬢ちゃん、異世界って信じる?」
「異世界・・・ですか?興味はありますけど・・・本当に存在するんですか?」
「するよ。昔、こことは違う文明を築く世界から異界人が召喚されたことがあったらしいよ。それで異世界の存在は証明されたんだけど・・・その召喚術に侵略の危機を感じたいろんな国のお偉いさん方はその術を禁止し、その時呼ばれた異界人はその召喚が事故の副産物であったために帰ることが出来なかったんだけどね。まぁ忘れられた歴史だからこのことを知ってる人は殆どいないだろうけど」
「・・・・・」
魔術師の話を聞いて自分たちが行おうとしていることを感じ取った少女は帰りたくても帰れない異界人に同情し言葉を失った。
「よしできたっと。まぁ安心なさい。アタシを誰だと思ってるのよ。後のことも考えずにやろうとしないわよ。」
話しながらも道具を用意し、地面に魔法陣を描き、準備を進めていた魔術師は次の段階に取り掛かろうとしていた。魔法陣は青白く光り出し、周囲に光が満ちる。
「そうそう、アタシは扉を開くけど呼びかけは君に任すよ。力になってくれる人が来るかどうかは君次第」
「は、はい。頑張ります・・・。」
「それじゃあ・・・いくよ!」
周囲に満ちていた光は二人を包み、一筋の柱となって天を貫いた。まるで世界の殻を突き破るように。