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課題が難しすぎます

 ゴゴゴゴゴ ガラガラガラ


 大きな音に冬の女王は目覚めました。力を使い過ぎて気を失っている間に、宮殿の門を閉ざしていた分厚い氷が、夏の女王によって解かされてしまったようです。窓から覗くと、王様の兵たちが宮殿の門をこじ開けています。

 何とかしなくては……。しかし、もう一度門を氷で閉ざすほどの力は残っていません。残るは宮殿の扉を閉ざしている氷だけになってしまいました。

 冬の女王は最後の力を振り絞る様に、宮殿の扉を凍りつかせていました。



 冬の女王が、これほどまでして宮殿を明け渡さないのには、理由がありました。

 今年の冬は、アイラが冬の女王になってから三度目の冬でした。アイラは十九歳になっていました。既に二回の冬を司って来たアイラは、すっかり冬の女王としての責務を果たすことが出来るようになっていました。


 シャルロは二十歳になりました。今は立派な青年と成り、猟師として野山を駆け回っています。猟の腕は誰にも負けないくらいに成長していましたが、周りの大人たちから見れば経験の少ない若ものです。まだまだ子供扱いされていました。


 シャルロにはひとりの妹がいました。名前をフローラと言います。

 もう少しで春になるという頃、そのフローラが、とても重い病にかかってしまいました。医者には「あと二ヶ月、それ以上は……難しいでしょう」と言われました。余命宣告です。

 シャルロは何とかフローラを助ける方法は無いものかと医師に詰めよりました。すると、医師はたった一つだけ、フローラの病を治す方法があると言うのです。しかし、その方法はとても難しい方法でした。


「ここから北に進むと大きな湖があります。そう、北の森を抜けたところにある湖です。その湖の真ん中にある小島には氷の花が咲いています。その花びらをフローラに食べさせる事が出来れば……。そうすればフローラの病は治ります。ただし、氷の花は冬の間しか咲きません。春になると解けて蒸発してしまいます。春になる前に採って来なくてはなりません」


 シャルロにとって、いいえ、全ての人間にとって、それはとてもむずかしい課題でした。今までにフローラと同じ病に倒れた人を救うため、何人の男達が氷の花の採取にチャレンジした事でしょう。しかし、誰一人として氷の花の採取に成功した者はいません。


 ある者は母親の為に湖を目指しました。六日後の夕方、その男は母親の元へ帰って来ました。彼の手に氷の花は有りませんでした。腰まで埋まる雪道に行く手を阻まれ、途中で引き返して来たのです。

 そして彼は、母親との最後の日々を穏やかに過ごしました。春が訪れた頃、母親は息子に手を握られたまま息を引き取りました。母親の表情は人生を生き切った、満足そうな笑みを浮かべていました。


 ある者は恋人の為に湖を目指しました。森に入って十日後、彼も彼女の元へ帰って来ました。彼の手にも氷の花は有りませんでした。切り立った巨大な氷の壁の前で、まる一日思案した結果、引き返して来たのです。

 そして彼女が最後の瞬間を迎えるまで、彼と彼女は愛に満ちた日々を送りました。そして、春の日差しの中、彼女との永遠のお別れをしました。彼の腕に抱かれたまま息を引き取った彼女の表情には、彼を愛し彼に愛された喜びが浮かんでいました。


 ある者は幼い息子の為に湖を目指しました。彼が森に入ってからひと月の時が経ちましたが、彼は戻って来ません。やがて春がやって来ました。

 街の者たちが彼の捜索に行くと、巨大な崖の下で息絶えた彼を発見しました。氷壁の登頂に失敗し、滑落してしまったのでしょう。

 彼の後を追う様に、幼い息子も病によって息を引き取りました。残された妻は、二重の悲しみに暮れました。


 それ程に難しい課題でした。その上、春はすぐそこまで来ています。春になったら氷の花はとけてしまうのです。それでもシャルロはフローラの命を救うため、氷の花の採取に出発したのです。


 冬の女王は、シャルロが氷の花の採取に出発した事を知りました。冬の精霊たちが教えてくれたのです。しかし、もうすぐ春の女王が交代の為に宮殿を訪れる時期でした。

 春の女王が宮殿の塔に入れば、冬は終り春がやって来ます。春になれば氷の花は解けてしまいます。

 冬の女王は、塔の扉を凍りつかせました。宮殿の門に分厚い氷の壁を作って、春の女王の来訪を阻止しようとしたのです。



 シャルロは雪深い森に分け入りました。腰まで埋まってしまう雪の中を突き進みました。雪の中を五日ほど歩き続けると、巨大な氷壁の前に出ました。氷壁は空高くそびえ、シャルロの行く手をふさいでいます。


 シャルロは迷うことなく、巨大な氷壁を登り始めました。何度も、何度も落ちそうになりながら、氷の壁を登って行きます。途中、氷の裂け目に体を挟むようにして、疲れた体を癒しました。

 シャルロは、そびえ立つ巨大な氷の壁を三日間かけて登り切りました。


 氷の壁の向こう側には、果てしなく続く白い平原が広がっていました。目的地まで何日かかるかわからないほどの広さです。すぐそこに迫っている春までに間に合うかどうかわかりません。

 しかし、シャルロはあきらめませんでした。フローラのため、妹の命を救うために、来る日も来る日も白い平原を歩き続けました。


 白い平原に入って一週間が過ぎようとしています。シャルロの視線の先には、こんもりと盛り上がった丘の様なものが見えました。そうです、この白い平原が小島の浮かぶ湖だったのです。

 冬の間は湖の水が凍り、その上に雪が積もって真っ白い平原を形作っていたのです。そして丘の様に見えるのが、氷の花が咲く小島なのです。もうすぐ氷の花が手に入るのです。


 しかし、シャルロが出発してから既に二週間ほど経ってしまっていました。そろそろ春が訪れる頃です。春が来たら氷の花は蒸発してしまいます。白い平原も湖へと姿を変えてしまうでしょう。それでもひたすら小島を目指して歩きました。

 シャルロは自分の身体が疲れきっている事も忘れていました。手足が氷の様に冷たくなっている事も忘れていました。


 まる一日歩き続けると、やっと小島に到着しました。小島には冬の陽光を浴びて、キラキラと輝く氷の花が一面に咲いていました。その光景は、何もかも忘れて魅入ってしまいそうな美しさでした。

 それでもその美しさに魅了されている時間などありません。シャルロは急いで氷の花を摘み取り、カバンに詰めると大急ぎで来た道を引き返しました。


 心なしか白い平原に注ぐ陽光に暖かさを感じます。

「早く帰らなくては春が来てしまう」

 少年は急ぎました。一週間かけて来た白い平原を、五日間で渡りおえました。


 切り立った氷の壁を注意深く降ります。登って来た時よりも氷の壁が柔らかくなった様な気がします。


「大変だ! 春が近付いて来ている。急がなくては!」


 シャルロは壁を降り切ると、森の中を走りました。来た時は腰まであった雪も、靴が埋まる程度までしか無くなっています。


「春よ、お願いだ! もう少しだけ、もう少しだけ待ってくれ!」



 その頃、宮殿の門を覆っていた氷の壁は完全に融けてしまっていました。後は塔の扉が辛うじて凍りついているだけです。

 冬の女王の力も、もうほとんど残ってはいません。

 宮殿の周りには気の早い雪割り草の花が開こうとしています。





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