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シチューが焦げちゃいます

「ここは雪深くて人が入り込む事は無いと思うけれど、もしも誰か来た時には家に入って内側から鍵をしっかりと掛けるのですよ。こんなところまで来る人間は良く無い事を考えている悪人に違いありませんからね。決してドアを開けてはいけませんよ」

 アイラの母はそう言って宮殿の塔に向かったのです。


 アイラの耳の中で「悪人に違いありません」と言う母の言葉がこだましています。だから、アイラを気遣う少年の言葉を聞き取る事は出来ませんでした。

 少年はベッドから立ち上がると、アイラの方へ近付いてきます。そしてアイラの前で立ち止まると、右手をあげました。

「キャッ」

 アイラは小さな悲鳴をあげ、両手で頭を抱えました。「ぶたれる!」アイラはそう思ったのですが、少年の右手はアイラの頭をやさしくなで始めました。

「ごめん、驚かせちゃったね。確か僕は……、雪の中で倒れてしまったはずだよね。キミが助けてくれたの?」

 やさしい言葉にアイラは少年を見上げました。少年は笑顔でアイラを見つめています。アイラは少しだけ落ち着きました。まだ涙目のままでしたが……。


 少年とアイラは、まるで時が停止したかのように見つめ合っています。

 アイラが突然叫びました。

「大変! シチューが焦げちゃう!」

 あわてて立ち上がったアイラは、鍋に駆け寄ってシチューをかき混ぜました。

「あーよかった。まだ焦げていないわ」

 アイラの背中越しに少年はシチューを覗き込みながら言います。

「いい匂いがすると思ったら……、美味しそうなシチューだね。キミが作ったの?」

 少年の身体はアイラに触れそうなくらい近くにありました。アイラの心臓はドキドキと動きを早めてしまいました。

「あなたが目覚めたら食べさせてあげようと思って……。きっと元気になると思うの」

 少年は笑顔でアイラを見つめながら何かを言おうとしたけれど、その前にお腹が『ググググー』っと、大きな声を出しました。

 アイラと少年は同時に、吹きだして笑いました。


「すぐに用意をするから、そこに座って待っていて」

 アイラはテーブルをさし示してから、シチューの味見をしてから塩とコショーで味をととのえました。シチューを皿にもり、真ん中に茹でたブロッコリーを飾りました。

 そして、テーブルに着いている少年の前に、湯気と香りの立ちのぼるシチュー皿を置きました。自分の分も少年の前の席に用意して、少年と向かい合って席に座りました。

 少年とアイラは互いに目を合わせながら声をそろえます。

「いただきます」

「いただきます」

 ふたりはアツアツのシチューをスプーンですくって口に運びました。


「おいしい! なんて美味しいシチューなんだ。キミは料理が上手なんだね」

「シチューは得意料理です。お母さんに教えてもらったから……」

「今日はお母さん、いないの?」

「お母さんはお仕事で出掛けています」

「そうなんだ。それじゃ、さみしいね」

「さみしいけれど……、お仕事だから仕方が無いの」

 少年はアイラをやさしい目で見つめました。アイラは頬が熱くなりましたが、少年から目をそらすことが出来ませんでした。


 少年はアイラが作ったシチューを食べ終わると、すっかり元気を取り戻していました。

 アイラにとって、こんなに楽しい冬の時を過ごしたことはありませんでした。しかし、少年は家に帰らなくてはなりません。少年の家では、家族が心配していることでしょう。

「ありがとう、シチュー、とってもおいしかったよ」

 そう言いながらドアに手を掛けた少年が、不意に振り返ってアイラに言いました。

「あっ、そうだ。ボクの名前はシャルロ。山沿いの村に住んでいるんだ。また遊びに来ても良いかな?」

「は、はい。でも……、また雪の中で倒れてしまったら大変です」

 シャルロは困った顔になりましたが、すぐに笑顔を取り戻して言いました。

「じゃあ、春になったらまた来るね」

 アイラは満面の笑顔になって、大きくうなずきました。

「気を付けて帰って下さいね」

 アイラの言葉にうなずいてから、シャルロはドアを開けて雪の積もった道に出ました。振り返って手を振りながら、大切な事を聞き忘れている事に気付きました。

「キミの名前、まだ聞いて無かったね」

「アイラです」

「アイラ、春になったらまた来るね。バイバイ」

 そう言ってシャルロは山を下って行きました。アイラはシャルロの後姿が見えなくなるまで見送りました。


 また、ひとりぼっちになってしまいました。でも、春になればお母さんも帰って来ます。シャルロも遊びに来てくれるって、約束をしてくれました。

 アイラは、やがて来る春の日を想像しました。楽しい想像で、さみしさも吹き飛んでしまいました。


 やがて春がやって来て、冬の女王は宮殿の塔からアイラの元へ帰って来ました。シャルロも遊びに来てくれるようになりました。

 翌年も、その次の年も、そのまた次の年もシャルロは遊びに来てくれました。



 そして十年の歳月が流れました。アイラが十七歳、シャルロが十八歳になった年のことです。アイラのお母さんが病に倒れ、冬の女王としての仕事が出来なくなってしまいました。

 しかし、すでにアイラはお母さんの代わりに冬の女王の仕事を行えるまでに成長していました。その年の冬から、アイラは冬の女王として宮殿の塔に入る事になったのです。





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