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ロード・オブ・ミーリア(仮)  作者: くらうでぃーれん
第1章 西ガルネンブルク
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8.それぞれの素質

 なんとなく、ミリの様子がおかしいことには気づいていた。


 当り前だ。毎日舐めまわすように、実際舐めまわしながら見ているのだから気づかないはずがない。なんてったってミリは可愛いから。

 どうも、何か悩みを抱えているようだ。まあ正直、悩みの内容もおおよそ見当はついているのだが。


 ミリは聡明で可愛いが、どういったところでまだまだ子供であることは否めない。

 アレもコレもと、同時に色々なことをやったり考えたりはもう少し難しいようだ。頑張ったところで、こうして態度に出てしまう。エルフリーデはアホなことも相まって、何を考えているのかさっぱりだが。


 一向にページの進まない本を眺めていることもよくあるし、ぼけっと中空を見つめていることもある。

 どうせ見つめるならクラウを見つめて欲しいので視界に割り込んでみると、にへぇっと死ぬほど可愛い笑顔を浮かべる。

 何かを誤魔化す色が含まれていることくらい分かっているが、ミリから何か言うまでは何も言わないことにした。後ろめたさがあるせいか、抱き締めて頬ずりしても拒絶が少ないのでウマウマと思っている部分がないこともなくもなきにしもあらず。


 それでもミリは一生懸命農作業に取り組んでいたし、人と話をする時はきっちりとした態度を保っている。たとえすぐには話してくれなくとも、そういう気の抜けた側面を自分にだけ見せてくれているというのは心地いいものだ。


「ねえ、クラウ」


 そう言ってミリが声をかけてきたのは、それからもうしばらく経った後のこと。

 夕食を食べ終えて適当な時間を過ごしていると、ソファに腰掛けていたクラウの隣にミリが座り、こちらを見上げる。


 お、なんだろう。構って欲しいのかな。ぎゅーかな、ちゅーかな。

 けれどミリの瞳は真剣だ。今はそういったバカなやり取りを望まれていないことくらいはさすがに分かる。そっとその柔らかい頬に触れて、「なに?」と聞き返す。


「クラウは、今の生活に満足してる?」


 あー、そういう切り口で来るかー。ちょっとだけ予想外。

 そのわずかな逡巡が肯定の意味を示さないことくらい、ミリならばすぐに気づいてしまっただろう。


 不思議な色の込められた瞳にじっとみつめられるが、クラウは「ミリと一緒にいられるなら、それだけで満足だよ」と、ミリに都合の良い返答を与えてやる。

 そこに明確な理由はなく、敢えて言うならば、口当たりの良い答えに対してミリがどんな風に返してくれるのか見てみたかったから。


「ウソ」


 けれど、ミリが選んだのは肯定でも否定でもなく、看破だった。

 まるで頭の中を覗かれていて、初めからその言葉の真偽を知っていたかのような即答だ。


「クラウが大人しく畑仕事してるだけなんて、似合わない。それが良いことかどうかは分からないけど、クラウは剣を握ってる時のほうが活き活きしてたよ」

「‥‥つまり、騎士に戻れってこと?」

「そうじゃなくて‥‥」


 毅然としていたミリの態度が、受ける風を失った風車のようにゆるゆるとしぼんでゆく。

 しかしまあ、そりゃあそうだと隠しきれない自分の不満に納得する。騎士として世界中を駆け巡ったクラウにとって、視界に収まるばかりの畑はいささか以上に狭すぎる。


「ミリの側にいられるのが満足なのは、ウソじゃない。けどやっぱり、たまには剣を取りたくなる」


 今度こそ正直な胸の内を語ると、ミリは申し訳なさそうな、でも少しだけ嬉しそうな表情を浮かべていた。うん、ミリの表情は全部可愛いな。


「それに、ミリも農民よりは王女のほうがよっぽど似合ってると、オレは思うけど」


 その台詞に、ミリは分かりやすく動揺の色を滲ませる。そして顔色を窺うような上目づかいで、クラウの目を見つめた。

 再びわずかな逡巡を挟んで、クラウはミリに小さなきっかけを与えることにした。


「ミリは、今の生活に満足してるのか?」


 クラウの問いにミリは「私は」と小さく呟いてから、顔を上げてわずかに姿勢を正した。


「私は――ルチルを再建したい。私が、女王として」


 ミリの返答は思いの外早かった。しかし予想通りの内容に、クラウは薄い笑みを浮かべる。

 やっぱ、ミリはそうだよな。

 一国の王になりたいと、ミリは言う。しかしその言葉に込められた想いは強く、野望と呼ぶには些か純粋過ぎる希望だった。


「なるほど。つまりディーにはルチルを任せてられない、と」

「ち、違うよ! ディアナちゃんはすごいし、今の私よりもいい国にしてくれるだろうし」

「なるほど。つまりガルネンブルクなんか潰してしまいたい、と」

「ち、違う‥‥ってわざとでしょもー!」


 ミリは頬を膨らませて、小さくて可愛い拳をぐりぐりと脇腹に押し付けてくる。こういう打てば響く反応はやはり子供らしくて、ミリらしくて可愛い。思わず苛めたくなって、思わず抱きしめたくなってしまうのは仕方のないことだろう。


「今のままでも、西ガルネンブルクは安定だろ。知ってるだろうけど、ディーは凄いぞ」

「うん、知ってる。今の私じゃディアナちゃんより上手くできないことも、知ってる」


 ミリは自身の能力が高いことを、自惚れではなく理解している。

 そして自分より長けた人間が少なからずいることも、よく理解している。


「私は、ルチルっていう国が好き。大切な国を失いたくないし、私が、国を作りたい」


 私が、という部分を強調するミリ。王族ゆえの使命感や責任感。きっとミリの体を突き動かしているのはそんなありふれた想いではなく、もっと根底に根差すもの。


 ――力がある者は、その力を行使する義務がある。


 それはエルフリーデが常々口にしている言葉だった。だから彼女は女王として国を治め、騎士として国を守った。自分にはそれだけの力があると知っているから。


「もし、今私が女王を代わってって言っても、ディアナちゃんは絶対に席を譲ってくれないと思う。だから私は、もっともっと色んなこと知らなきゃいけないの」


 ミリの瞳に宿るのは、意志という名の炎。そこにエルフリーデと似た光を見出してしまうのは、どうにもクラウを複雑な心境にさせる。


「そのためには、ここにいるだけじゃ足りない。私は、色んな場所で、色んなものを見なきゃいけないし、見てみたい。お城から離れたら何か違うものが見えるかもしれないって思ってここに来て、農民として過ごしてみて、でもやっぱり私は、ここにいるべきじゃないのかもって思って、みんな優しいし私にできることだってたくさんあるけど、でもそうじゃなくて、私にできることはもっとあるっていうか、私は――」

「つまり?」


 少し感情が先行し始めたミリを誘導するように、クラウはそれを遮って言葉を挟んだ。

 時々、ミリは感情を抑えられなくなる時がある。それは年齢相応の不安定さでありながら、王としては不十分といえる一面でもある。


 だからクラウがそれに気づいた時は、それを抑える役目を果たす。クラウが穏やかな視線をじっとミリに向けると、ミリはそれを真っすぐに受け止め、感情の表面に浮かんでいたさざ波は緩やかにその勢いを減じてゆく。

 やがて、ミリは呼吸を落ち着けてひとつ頷いてみせると、その答えを口にした。


「――私は、今に満足してない」


 今の生活に。今の自分に。今、西ガルネンブルクという国に住まう自分に。そして、


「オレと一緒に暮らすだけじゃダメですかそうですか‥‥」


 へなぁ‥‥、とクラウの体が傾いでべちゃりと床に倒れ伏す。「ち、違うよ違う違う!」とあわあわしているミリが可愛いのですぐ元気になった。


「でもクラウも、満足してないんでしょ? もし、私と2人きりで小さな部屋に閉じこもって一生暮らしなさいって言われたら、耐えられる?」


 なんだそれは。すごく魅力的な提案に思えるのはオレだけか。

 なんて思うけれど、真剣に考えるなら、


「まあ、無理だろうなあ‥‥」


 ミリのことを愛している。ミリだけがいればそれでいい。

 そうは思っていても、根っこが戦闘狂であることはどうしようもない事実であり、それはクラウスハルトという男の性質だ。


 戦うこと以外の幸せを見つけてしまった。それでも、自分と他人の血が舞い踊る光景に、肉を貫き貫かれる感触に、赤く霞んだ景色の中で剣を振るうことに心酔し陶酔し、歓喜と喜悦に浸れてしまうのは、多分今でも変わらない。

 狂っているのだろうという自覚があろうと、本当なのだから仕方がない。

 きっとミリもそうなのだろうと思う。狂っている自分と比べるのは好ましくないが、一番大切なものがたった1つあるだけで満足できるほど器は小さくなく、何もかもをクラウに依存しているわけではないのだから。


「だから、少しの間ルチルを離れて、色んな国を見て回ってみたいの。どう、かな?」


 けれどその控え目な提案は、何も言わずとも「クラウと一緒に」ということが、大前提として含まれていた。

 だからクラウには、ミリの提案を否定する理由などあるはずもない。


「うん、いい考えだと思う。ミリなら絶対、帰ってくる頃にはディアナもエルフリーデも超える最高の王になれてるさ」


 頭を撫でながら首肯すると、ミリはぱっと表情を明るくしてクラウに身を寄せる。うわ、なんだよめっちゃ可愛いじゃねえか。


「じゃ、色々考えなきゃいけないな。ここを放置するわけにはいかないし、準備だってしなくちゃいけない」

「うん、それをどうするかだけ、一緒に考えてほしいなーと思って」


 何気に言っているミリだが、それは自分の行動の指針に関しては全て自分で決めるということであり、事実ミリは国を出る決意を固めてから、最終的な判断要素としてクラウに相談してきたのだ。

 何気ないことでありながら、そう簡単にできることでもないだろう。10歳の幼女であればなおさらだ。

 というわけでもう一回なでなでしておこうか。「よしよしミリはえらいなーすごいなー」「ちょっとバカにしてるでしょー」


 となると、必要なものは早めにそろえておいた方がいいかもしれない。とりあえずは、クラウにしか用意できないものだろうか。


 一番に思いつくのは、やっぱアレかな。

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