6.鬼姫、襲来
「ミーリー。あたしの可愛い一人娘のミリちゃーん。世界一可愛いあたしのミリったそ~は元気にしてるかなー」
――その日、アホが1匹やってきた。
ぎらぎらと下品に輝く金髪は肩まで垂れ、ミリと同じ赤銅色の瞳は恐ろしく吊り上がって鬼のような形相を作っている。背は女性にしては高い方で無駄に威圧感を煽り、張りのある肌の下には引き締まった凶悪な筋肉がみっちりと詰め込まれていることが服の上からでも分かる。
そんなおぞましい彼女が怒りを露にすると怒髪天を突き、大地は裂け空はドドメ色に染めあげられる。ひとたび戦人として剣を取れば、彼女が1歩踏み出すだけで周囲のネズミたちは大慌てでお引っ越しを始め、彼女が通った後にはペンペン草1本残らない。本性を表せば口端からは鋭い牙が剥き出しになり、その虹彩は血の色に染まる。髪の毛はオームの触手みたいにうねうねと動きまわり、青き衣をまとっていなくても金色の草原に飲み込まれて、骨ごと捕食されてしまうこと請け合いだ。あと性格がねじ曲がってる。あ、脳ミソも半分腐ってるかもしれない。その名も――
「――お母様!」
そう、その鬼のような女こそ、元ルチル国女王兼ルチル騎士団総団長、エルフリーデ=リーネルトであった。
王女にして騎士団長。無類の強さを誇る彼女の呼称は、戦鬼、鬼姫、エトセトラ。
クラウと並び称される彼女の主な呼称は「鬼」。主な理由は、無駄に顔がいかついのと性格がカスだからだろ。間違いない。
ミリがその腐れ鬼姫に駆け寄ろうとするのを――クラウが慌てて引き留める。
「危ないミリっ、食われるぞっ!」
「んなワケねえだろ、ぶっ殺すぞ低能悪魔」
「んだとコラ。やれるもんならやってみろや単細胞鬼姫」
「「ああん!?」」
「もーっ! 2人ともやめなさい!」
「「ごめんなさい」」
鬼と悪魔の争いを諌める天使の図。
とまあそんな感じで、クラウとエルフリーデは壊滅的に仲が悪い。理由はもちろん、エルフリーデの性格とか頭とか色々悪いからだ。おれわるくありませんし。
――が、一瞬の隙をついて、ミリがクラウの腕の中から抜け出した。しまった! と思う間もなくミリは鬼の毒牙にかけられる!
ミリがその腕の中に収まった途端、エルフリーデはにへらぁ~っと雨でぬかるんだイヌのフンみたいに表情を溶かしていた。
「どうだいミリ。楽しくやれてるかい?」
「うん、最初は大変だったけど、もうずいぶん慣れてきちゃったよ」
「そっかそっかー。さすがはミリだ。可愛いあたしの娘だもんなー。当然だよなー。よしよし。よーしよしよし。よしよーしよしよしよしよしよしよしよしよしよs(ry」
ずじゃじゃじゃじゃじゃじゃ、とミリの頭皮が発火するのではないかというほどエルフリーデがその可愛い頭を撫でまくる。くそっ、ミリにマーキングしてんじゃねえ!
「あんな腐れ脳ミソの変態悪魔と一緒じゃしんどいだろ? あの脳天花畑牧場がイヤになったら、いつでも帰っておいアイテテテテテ」
クラウの悪口なんか言うから、ミリにほっぺたを引っ張られていた。ざまみろ。
けれどエルフリーデは幸せそうに、引っ張られて赤くなった頬に触れている。やっぱり変態だ。
「どれ、せっかくだし、ミリ畑の様子も確認しておこうかな」
そして、鬼の口からなんか素敵なネーミングが飛び出した。
‥‥ミリ畑。咲き乱れる大量のミリ。前後左右を全てミリに囲まれ、肩の上にもちっちゃいミリ。見渡す限りのミリ。両手いっぱいのミリ。抱えきれないほどのミリ。ミリ。ミリ。‥‥最高じゃないか。
「‥‥ミリ畑って、いいな。エルフリーデ」
「‥‥腹立たしいけど、てめぇと同じこと考えちまったよ、クラウス」
目を合わせて、ふっと笑みを交わし合う。「ちょっと、何の話をしてるのかな」と不穏な空気を感じ取ったミリは妙な顔(可愛い)を浮かべていた。
エルフリーデは先程までミリが世話をしていた畑の前にしゃがみこんで、じっと見つめる。
「うーん、いい感じじゃないか。心がこもっててすごく美味そうだ。なんつーか、アレだね。もう、今すぐかぶりつきたくなっちゃうね」
「なんで太もも撫でてるのかな!」
「おい鬼姫、てめえこの野郎。ミリの脚を舐めていいのはオレだけだぞクソッタレ」
「ハッ! 独占欲丸出しにしてんじゃねーぞこのクサレ悪魔。これは親の特権てヤツだね。ほーれ、頬ずりすりすり~」
「あーっ! オレの太ももをッ! 鬼姫っ、テメェだけは許さん! 今すぐオレが舐めなおす!」
「くそっ、やっぱりてめぇと暮らすなんざ反対だったんだあたしは。こんな淫獣のもとに可愛い娘を置いておけないね可愛い娘を」
「何を当たり前のこと言ってんだ。ミリが可愛いことなんて全世界の常識だろうが。そしてミリはオレのものだオレだけのものだ」
「うるせえぞこのクソ野郎。なにがあろうとミリはあたしの可愛い娘なんだよ。てめぇの薄汚ねえその舌、叩っ切ってやろうか」
「けっ、てめえのナマッチョロイ剣でオレを傷つけようなんざ片腹痛てえな」
「調子乗んなよクソガキ。いつかみてえに泣いて地べた這いつくばらせて欲しいか」
「だーかーら! いい加減にしなさーい!」
「「ごめんなさい」」
鬼と悪魔を平伏させる女神の図。
ミリは唇を尖らせて呆れの表情(可愛い)を浮かべ、わざとらしくため息をついた(可愛い)。