3.3年前、ミーリア王女
――クラウがミリと出会ったのは、3年前のことだった。
当時、まだ騎士団の小隊長でしかなかったクラウスは、あるきっかけでミーリアと対面することがあった。
しかしクラウスに元々幼女趣味があったわけではなく、その愛くるしい姿(後日談)にひと目惚れしたわけではない。その以前からミーリアという王女の存在は知っていたし、何度か遠目で見たこともあった。
戦うこと以外に興味のなかったクラウスは、しかしそこでミーリアに出会って、彼女に並々ならない興味を抱いた。
7歳という幼さをまるで感じさせない佇まい、大人びた口調、落ち着いた物腰。そしてなにより、その瞳には力強い意志が宿って見えたからだ。
真っすぐに、ルチルという国と自分自身を見つめる、濁りのない瞳。
様々な戦場を駆け巡り、様々な人間を見てきたクラウスだったが、それほどまでに澄んだ瞳を見たことは一度もなかった。
「ミーリア王女、あんたは戦場を見たことがあるか? あんたが安穏とした生活をしながら守ろうとしている人間の、血と肉を見たことがあるか?」
双方にわずかながら面識が生まれた頃、ある日クラウスはミーリアにそんな皮肉をぶつけてみた。単なる嫌味ではなく、それに対してミーリアがどういう反応を見せるのか、興味があったからだ。
ミーリアは怯えも怒りも見せることなく「いいえ、ありません」と毅然とした態度を保ったまま答えた。そこまでは、クラウスの予想通り。
「あなたのことはよく知っています、クラウスハルトさん。あなたは狂っているけれど、その強さは本物だとお母様が言っていました。
けれどあなたは、決して暴力に魅せられてはいないということも聞いています。――そんなあなただからこその質問と、お願いがあります」
そしてミーリアは、クラウスの予想を超えるそんな依頼をしてきたのだった。
「クラウスハルトさん、あなたは私を守りながら戦場を駆けることができますか? もしできるのであれば、私を戦場へ連れて行ってはもらえませんか?
もちろん無理にとは言いません。私にもしものことがあれば、国にも大きな影響を及ぼすであろうことは理解しています。ですが私は見てみたいのです。
人の血と肉と――死を」
たった7歳の少女が発したとは思えない言葉に、クラウスは思わず息を飲んだ。
それは何も知らない無邪気さから来る、意味や責任、本質と恐怖を知らないだけの興味本位とは、明らかに違った。
ミーリアは濁り無き意思の込められた瞳をクラウスに注ぎ、戦いという単色に染められていたクラウスの心に一滴、清らかな色を落としこんだ。
引き受ける理由などないはずだった。王女を戦場に連れ出したことが知られれば、下らない不利益を被ることになるのは明らかだから。
しかしクラウスはリスクをも上回る好奇心に駆られ、ミーリアの依頼を呑んだ。
果たしてミーリアは人の手によってもたらされる「死」を目の前にして、どんな反応を示すのか。
その時すでに、クラウスは実力だけなら騎士団でも1,2位を争うほどのものを身につけていた。
クラウスは口約通り、お忍びで連れ出した王女を傷つけることなく戦場を駆けまわり、ミーリアの目の前で幾多の敵兵を殺して見せた。
さすがのミーリアも、その光景に息をのみ、血の気を引かせて身を硬直させていた。
クラウスの剣が閃いて、鮮血が舞い、騎乗する獣の毛と2人の体が赤黒く返り血に染まる。
白刃が躍るたびに命の灯が潰え、怒号の轟く戦地は血飛沫と亡骸の死地へと姿を変える。
ミーリアはそれを見ながら、泣くことも叫ぶことも、目を逸らすことすらせず、最後までクラウスの闘う姿を見届けた。
クラウスにとってそれは歓喜を呼ぶ手触りであり臭いであり、痛みであり衝撃だった。
ミーリアを庇って肩を貫かれ、命の欠片をまき散らしながら命を刈り取る。その度、喜悦に体が震えそうになる。口端のつり上がったクラウスを目にし、悪魔だと叫びながら逃げ帰る敵兵も少なくはない。
返り血を浴びた時、臓物の温度をその手に感じた時、ミーリアは嘔吐してガタガタと体を震わせた。幼く美しい顔面は蒼白に色を失い、心身ともに疲弊が相当なのは確実だった。
しかしミーリアは吐しゃ物と共に弱音を吐きだすことはなく、ぎゅっと唇を噛みしめてクラウスの側を離れなかった。
そしてげっそりと顔面に衰弱を張りつけながらも無事に帰還を果たし、ミーリアはクラウスに深々と頭を下げた。
――笑顔で。
「クラウスハルトさん、此度は本当にありがとうございました。騎士団の方々にどれほどの重荷を背負わせているのか、よく分かりました。どうか命だけは落とされないよう、これからもお願いいたします」
ミーリアはヤメロとも、ヒドイとも、コワイとも言うことなく、引き続き騎士としての務めを果たすことを、任せた。
その光景を見た上で。
この少女の、思想と、行動。それを見る度にクラウスは驚かさるばかりだった。
だからクラウスは、その王女により一層の興味を抱いた。もっと色んな彼女を見てみたいと思った。
それまで地位になど全く興味のなかったクラウスは、それから駆けあがるように階級を手に入れ、ミーリアと出会ってからわずか半年後には、騎士団の副団長にまで昇りつめていた。
そうしてミーリアとの距離を縮め、今まで以上に様々なミーリアの思想に触れ、何度もミーリアと話し、ミーリアの真っすぐすぎる姿勢を見ているうち、クラウスはミーリアに新たな感情を抱くようになっていった。
自分の知らないことを教えてくれて、戦場で戦いながらも自分のことを守ってくれるクラウスに、ミーリアは恋をするようになった。
好奇心と恋慕の狭間に感情を揺らしながらも、クラウスは次第にミーリアの想いを受け入れるようになっていった。
やがてミーリアは自らの推薦で、クラウスをミーリア専属の騎士に任命した。
常にクラウスが自分の側にいてくれるように、滅多に行使することのない王女権限という名のワガママをミーリアはそこで振りかざした。
そして、クラウスは自由にミーリアに会うことができるようになり、
――やがて歯止めを失った。
ネット小説に不慣れだと、どこで話を切っていいのか迷います(f・・)
読みやすい読みにくいという感想があれば、意見をいただけると嬉しいです(><)