10.出来れば浮気は止めてほしいけれど娘ならノーカンとしてしまってもいいんじゃないかしら
「満足していただけましたか」
「それはあれかしら。豊富な語彙を駆使して先程の行為について詳細に伝えればいいのかしら」
「‥‥‥‥」
「そうね、まずは――」
「ごめんオレが悪かったからもう黙っててくれ」
「命令口調が最高に気持ちいいわ」
今にも危険な発言を始めそうだったので、慌て1割・呆れ9割でストップをかける。「うひょー、クラウスは俺の嫁ー!」などとワケの分からないことを言いながらわさわさと体をまさぐってくる手を払いながら、クラウはベッドから抜け出す。
「じゃ、これでジャッカルはもらったからな」
「あーもー、もっと余韻を楽しめよー」
不満げな声を漏らしてディアナもベッドを抜け出し、「しぶしぶ」と声に出しながら着衣を始めた。寝っ転がって背中でゴロゴロしながら、不自由そうにズボンに脚を通そうとしている。いや、普通に履けや。そしてパンツ履けや。
「ところでコーヒー持ってきたけど、ディーも飲む?」
「えっ、飲む飲む! やったあクラウス大好き! 待っててミルクもらってくるから!」
途端、ディアナは目を輝かせて素早く服を着ると(今までの動きはなんだったのか)、小走りで部屋から出て行ってしまった。
クラウはその間に勝手知ったる女王の私室を漁ってカップを準備し、お湯は「変化」の魔法で瞬時に沸かしてしまう。そうしていると外からぱたぱたと足音が響き、ディアナが小瓶片手に勢いよく戻って来た。
「濃いめでお願いするわ! わーいディアナ濃いの大好き!」
ディアナはクラウがコーヒーを淹れているのを見ながら「そわそわ!」と口にして待ち、カップを差し出してやるとミルクを注いでくいっとひと口。
「かーっ、にげぇー! これこれぇ! 私が求めてるのはこの苦さなのよ! ったくもー、優雅に紅茶ばっかりしばいてられるかってのー! ふほほほほほー!」
脚をバタバタさせながら、全身でご満悦を表現なさっている。
コーヒーもそれなりに優雅な飲み物だと思っていたが、ディアナにとってはそういう感じらしい。体に良くないから、という理由で普段はメイドたちが飲ませてくれないそうだ。
「まったくもう、私の好物を把握してわざわざ持って来るなんて、気を引きたいという本心が丸見えね。仕方ないから、お嫁さんまでならなってあげるわ」
「わー、ゴールインしちゃったー」
「結婚を人生の終末と考えているようじゃいけないわ。私はその先にもまだ明るい人生は続いていると思うの。どこまでも続く私とクラウスの華やかな夫婦生活。毎夜激しく求められ、マニアックな身体に開発されてしまう私。そして子供がごろごろと産まれ、我が家の主食は親子丼になるの。そしてゆくゆくは全世界の人口の90%が私たちの子孫になるのよ」
「ゆめがおおきくてすてきですね」
ある意味世界征服である。もしくはそれなんてエロゲ? それ以外の突っ込みどころは多すぎるので省略。
「ところで、旅から帰ってくるのはいつ頃の予定なのかしら」
「さあ、ミリが満足するまでかな。少なくとも、数年は帰って来ないと思う」
「そっかー、寂しいわね。クラウスはもちろん、ミーリアに会えないのも」
ず、とコーヒーをすすりながらディアナは言葉通りの表情を浮かべている。そこにふざけている様子は見られず、そうしていると、ディアナは確かに美しい。ミリのぽよっとした可愛らしさとは別の、雪原のような静かな輝きと、森林の湖のような澄んだ神聖さ感じさせる。
ふと、ディアナがその表情にわずかな期待を帯びさせながら、ちらりとクラウの顔を窺った。
「‥‥ねえ、クラウス。もしあなたがミーリアより先に私に出会ってたら、あの子と私の立場は逆になっていたかしら」
「知るか。もしもの話をされても困る」
「ひょー、冷てー。お姫様に対して失礼だとは思いませんこと?」
「それだけ特別な関係ってことじゃね?」
「よし、結婚しよう」
「ひょー、驚きの展開ー」
一通り下らないやり取り(ノルマ)を交わしてから、クラウはひと口コーヒーをすする。
「けど、否定はできないな。誤解を恐れずに言うなら、オレはディーのこと好きだよ」
「‥‥分かったわ。それじゃあ、結婚しましょう」
「うん、思いっきり誤解されたね」
まあ、言うと思ってたけどね。こういう期待を裏切らないところホントすこ。
「ディーのことは信じてるよ。この国を任せてしまえるくらいな」
「‥‥なによ、急に改まっちゃって」
「最後かもしれないだろ。だから、全部ディーに話しておきたいんだ」
ディアナはぐいっと最後のひと口を飲み干し、はぁ、とため息をついた。
「‥‥どうしようもないこととはいえ、口惜しいわ。あと1年早く、クラウスに会いたかった」
ミリに出会ったのが3年前で、ディアナとはその半年後に知り合った。そもそも知り合ったきっかけがミリなのだから、それこそどうしようもないことだ。
ディアナは苦い表情で、空になったコーヒーカップの底を見つめていた。