19.ジークの所見
追加された3日間、クラウスハルトの仕事ぶりは存外真面目なものだった。
態度は常に消沈と不機嫌を重ね合わせたようであるものの、手を抜くようなマネはしていないようだ。
それが礼儀と呼ぶべきものなのか、単なる意地によるものなのかはジークには分からない。クラウスハルトとは旧知といっても、この男のことなど戦闘狂のクズということ以外に知り得ないのだから。
ミーリアは現在、城の中で保護されている。出たいと言えば個別に警備をつけるつもりのようだが、今のところ引きこもったまま観光に出る意思はないようだ。
元王女だろうがなんだろうが、国と関係のない入国者を懇切丁寧にもてなしてやる理由はない。
だが国の事件に巻き込まれた後とあっては放置するわけにもいかない。
ミーリアが巻き込まれたのは、様々な意味で不運だというべきだ。
ちょうどこのタイミングであのような凶賊共が現れたことももちろんだが、ミーリアが元王女であることも原因のひとつだろう。整った顔立ちの黒髪の少女というのも大きい。
確かに今回のことに関してミーリアは無知であり過信だったが、彼女には場合によっては場を調停し得るだけの力がある。
力を持つことに責任を感じていれば、あのような行動に出ることはある種必然。
だが彼女の未成熟な能力では、あの場に踏み込むべきではなかったということだ。
だから本来であればクラウスハルトが彼女を止めるべきだったのだ。
保護者を気取るのであれば、彼女の性質をよく理解しているヤツがあらかじめ釘をさしておくべきだった。
保護者を気取るのであれば、可能な限りの策を講じておくべきだったのだ。
当然、ジークはミーリアの性質をよく知らない。
今回の事件があって、ようやくおおよそを把握できた程度だ。
クルト様であればしばらく会話をするだけで把握できそうなものだが、ジークにはそこまで相手を把握する能力は持ち合わせていない。
もう少し何か分かっていれば忠告をくれてやってもよかったが、今更言ったところでどうしようもないだろう。
目の前で過ちを犯そうとする子供がいれば助けてやりたいとは思うが、関係のない者にそこまでの責任を持つつもりはない。
しかし、そこまで考えてジークはふと気づく。
クルト様がミーリアの性質を理解し、この辺りでは珍しい黒髪の少女であることも含め、1人で放り出せば何かしらのトラブルに巻き込まれることくらい簡単に予測できたのではないだろうか。
それでも彼女を放置したのだとしたら、何かしらの意図があると考えて良いのではないだろうか。
ではその意図は何なのか。
それを考えると、ジークはひとつの可能性に行きついた。
――わざとミーリアをエサにした?
ミーリアの性質以上に、クルト様はクラウスハルトの性質のほうが良く分かっているはず。
そしてクラウスハルトは、明らかにミーリアに執着している。
愛だの嫁だのという言葉がどこまで本当かは分からないが、彼女の無事が脅かされることを厭うているのは明らかだった。
では、クラウスハルトの性格を考えて、そのミーリアが危険に晒されればどうなるか。
――結果はこの通りである。
そしてさらにその結果として、いつまで続くかは分からないが、昨日と今日とでは国内の治安は明らかに良くなっていた。一時的なものではあるだろうが、喧騒に紛れる怒号が少なくなっているのは確かだった。
事情を知らない者からすれば、警備兵の親しい子供に手を出そうとしただけでジャッカルを街に呼び入れて、一切容赦のない公開処刑が行われたのだ。
そこまでのリスクを負ってまで、中途半端な悪行を犯そうと思う者などそうそういないだろう。
もしもこれが全てクルト様の思惑通りなのだとしたら、数十年も側で仕えているジークにすら彼の底を知ることはできない。
当然、ミーリアが不憫だと思わないわけではない。
一歩間違っていれば大怪我か、もしかすると命すらなかったかもしれないのだから。
それでもそれがクルト様の考えで、国のためだと判断された上での行動であるなら、ジークはそれに従うまでだった。
求めるもの全てを守り切ることが出来ないことなど、とうの昔に理解している。
そして、自分の中の優先順位も。
国が栄え、クルト様の望む形を成していくならば、その他を見捨てることには目をつむるべき。
それが、ジークの生き方だった。
ジークは昨日も今日も変わらず、主の求める国に少しでも近づけるためにその身を費やした。
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