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ロード・オブ・ミーリア(仮)  作者: くらうでぃーれん
第5章 ゼーシュタット
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18.闘争


 執務室を出て、クラウは口の端をひん曲げたまま言葉を発することはなかった。


 ミリは相変わらず黙ったまま俯いていて、クラウはやはり声をかけようともしない。


「くだらんな」


 唐突に放たれたジークの言葉に、クラウは瞳に怒りを滲ませてギロリとジークを睨みつける。


「なにをミーリアに当たっているのか知らんが、クルト様の仰った通りだ。全ては貴様のせいだろう」


 クラウは足を止めて、振り返る。ジークも足を止め、お互い正面から睨みあう形になった。


「ケンカ売ってんのか」

「事実を述べているだけだ。ミーリアが取った行動は確かに褒められたものではない。だがそれを教えてやらなかったのは誰だ? お前だろう。そこまで追い詰めてしまったのは誰だ? お前だろう」


 クラウが一歩踏み出し、距離が詰まる。


「結果論で文句言ってんじゃねえよ。子守りもしたことねえくせに、偉そうなこと言ってんじゃねえよクソジジイ」

「だが子守りをすることを選んだのは貴様自身だ。責任感もなく、よくも偉そうに反論できるものだなクソガキ」


 ビリ、とクラウの殺気で空気が震える。周囲の守衛たちも2人の迫力に気圧されて、成り行きを見守る事しかできない。


「馬鹿馬鹿しい。どれほどミーリアが聡明であったとして、この子は子供だ。我々に比べ、子供は無知だ。世界を知らない。適切な判断など、望めるべくもない。だがそれは罪ではない。誤りを繰り返し、それを正してゆけば良いのだ。そしてそれを正すのが大人の役目だ。そんなことすら分かっていないから貴様はガキだというんだボケナスが。純粋に強さと戦いを求めていた頃の貴様のほうが、今の貴様よりよほどマシに見える」


 ジークは次々とクラウを貶める言葉を並べ立て、クラウは殺気を込めた瞳でジークを睨む。


「無論、失敗や間違いを犯すことは誰にでもあるだろう。俺とて、かつてはどうしようもない過ちを犯した。確かにそれは許されることではなかったが、そうした過ちを経て人は成長していくものだ。だが貴様はどうだ。過ちを犯し、それを否定されてなお他者に責任を押し付け、あたかも自分の言うことがすべて正しいというかのように振る舞い、自らの失態を認めようとしない。そこいらのガキよりもよほどガキだ。だから貴様はくだらんと――」


 ジークの言葉が止まる。

 ――クラウの拳によって。


 決して軽い一撃ではない。ただのケンカというにはあまりにも強烈な一撃を受けながら、ジークは何事もなかったように姿勢を正し、クラウを睨み下ろす。


「口で勝てぬと思ったら武力に訴えるか。頭の弱いガキのやりそうなことだ‥‥な!」


 ゴ、と異様に重々しい音を立てて、ジークの拳がクラウの頬にめり込んだ。

 血を吐きながら、歯を食いしばって踏みとどまる。


「苛立ってる時にくだらねえこと言ってんじゃねえ! 言われなくたって分かってんだよ!」

「分かっているなら行動に移せ! 何も出来なければ知らぬと同じだ!」

「分かったような口きいてんじゃねえ! 何でもかんでも思い通りにゃいかねえんだよ!」

「貴様よりはよほど分かっている! 大人の責も理解していない者が大人を騙るな! 貴様はガキだ!クソガキだ! まずはその自覚から始めろ!」


 激しい口論と共に、激しい殴打の応酬が始まった。

 最強の騎士と、馬鹿力の老兵の打ち合いだ。誰もが止めるべきだと思いながらも、おいそれと手出しできるような状況ではない。


「貴様などに見初められたミーリアが不憫でならん! エルフリーデのほうがよほど親としてマトモだろう!」

「うるせえんだよあんなクソ姫よりゃよっぽどマシだ!」

「凝り固まった主観ばかりで客観的事実も判断出来ん、それだから阿呆だと言うのだ!」


 清潔に保たれた廊下が俄かに血に染まってゆく。顔を腫らして血を吐きながらも、お互い手を緩める気など毛頭無かった。

 周囲の人間も慌てるばかりで、手も口も出してくる者はいない。


「――何をしているのだお前らッ!」


 そんな中、唐突に第3者の怒号が響く。

 ジークは咄嗟に動きを止め、止まることのないクラウの拳をマトモに受け、しかし今度はやり返すことなく踏みとどまるに留めた。


 声の主は、外の騒ぎを見兼ねて部屋から姿を現したクルト。肝の据わり方はやはりその辺りの兵とは比べるべくもないようだ。


「クルト様、申し訳ございません。このクラウスハルトがあまりにも戯けた口を聞くもので‥‥」

「言い訳はいらん! オレの目から見ればお前もクラウスハルトも何も変わらんわ! 王城で暴れているという事実に変わりはないだろう! 自分の行為を顧みよ!」


 一喝され、ジークは畏まってさらに身を低くする。ここでクラウに恨めしげな視線を送ってこない辺り、クルトへの忠誠はかなりのものだと窺える。


「クラウスハルト、貴様も少しは己の行動を恥じてみたらどうだ」

「知らねーよ。売られたケンカを買っただけだ」


 クルトへの忠誠など持ち合わせないクラウは、顔面を赤く濡らしながらも横柄な態度を崩さない。態度そのものについては、クルトは咎める気はなさそうだった。


「事情は知らんし、敢えて知るつもりもない。だが今、こうして貴様らの諍いに関与しない者を恐れさせているのは事実だ。戦場でもなんでもない、我が王室の前でな。侵入者ならまだしも、客人と上官のケンカとなれば皆も困惑して当然だ。お前らに責は無い、全てはここの2人の責だ」


 何も出来なかった守備兵、そしてミリをぐるりと見回しながら、クルトは厳かに言い放つ。

 再びジークに視線を戻し、声音は静かながらも瞳は厳しく吊り上がっている。


「力を持つ者は、振りかざす責任があるのだ。ジークよ、今のお前に誇れるほどの大義があったのか?」

「‥‥いいえ。申し訳ございません」


 そして項垂れるジークから、不機嫌を隠す気もないクラウへと視線が向けられた。


「クラウスハルト、貴様もだ。貴様ほどの力を持った男が、不用意に力を振るうことの危険を知らぬわけでもあるまい」

「力を振るう相手は選ぶ。けどそれが周囲に与える影響は知ったこっちゃない。それがオレのスタンスだよ」


 悪びれなく言い放つクラウに、クルトはふむと一つ頷いた。


「なるほどな、意志があるのならそれでいい」


 そして存外に寛容に納得し――


「ならば、貴様が吐血という力を振るった廊下の掃除は、もちろんしてくれるのだろうな?」


 ピクリと眉を震わせて睨みつけるも、クルトは得意顔で薄ら笑いを浮かべているだけだった。

 睨みあいの時間はわずか。クラウは舌打ちをこぼして視線を逸らした。


「‥‥掃除用具は」

「そこの廊下の角を曲がった奥にメイドの控え室がある。詳しくはそこで聞け」


 無言で踵を返すクラウに、ミリが「あの、私も‥‥」と追いすがる。

 クラウは足を止めて、もう一度クルトを睨みつけた。


「てめぇの国の厄介ごとにウチのお姫様を巻き込んだんだ。美味い紅茶とケーキくらい振る舞ってやったらどうだ」

「なるほど、道理だな。いいだろう、残りの時間は丁重に保護してやる」


 その言葉に、クラウは内心ひどく安堵した。しかしその安堵を表には出さないまま、再び背を向ける。

 その背をミリが追おうとするも、クルトに促された兵の一人にやんわりと止められてしまった。

 一瞬だけ抗おうとしていたが、クラウの付いてくるなというオーラを感じてミリは大人しく足を止める。


「クラウスハルト、お前にはもう3日残ってもらう。今度こそお前自身の責だ。言い逃れはできんぞ」

「‥‥まるで、さっきまではオレに責任がなかったみたいな言い草だな」

「当たり前のことを聞くな。分かったらとっとと掃除しろ」


 クラウは奥歯を鳴らしてクルトを睨み、舌打ちだけを残して示された部屋へと足を向けた。



 ××× ×××

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