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ロード・オブ・ミーリア(仮)  作者: くらうでぃーれん
第5章 ゼーシュタット
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15.信じてるから


 いつもと同じように、街道を歩く。

 騒がしいのはいつものことで、どこに危険が潜んでいるのか分からないのもいつものこと。

 その雰囲気にも次第に慣れてきて、けれど慣れた頃が一番危ないと注意してくれたクラウに従って、下手に警戒心を解かないように努める。


 そうやって客観的を心掛けて見ていると、今日はなんだか、いつもより騒がしいような気がした。

 賑やかさとは少し違う、荒々しさを伴った喧騒。


 少しだけ怖かったけれど、危険というのは不安な心を敏感に嗅ぎ取ってつけ込んでくるものだ。

 せめて見た目だけでもおどおどしないよう、背筋を伸ばして周囲の状況を注視する。


 自分の身くらい自分で守れなければ、クラウに認めてもらうことは出来ない。

 危険の臭いってものに、もっと早く気が付けるようにならなくちゃ。


 とはいっても、そんな簡単に身につくものじゃないし、今の街の状態がどうかってのも正直よく分からない。

 なんとなく、昨日よりも騒がしいような気がしなくもないけど、気を張ってるからそう見えるだけかもしれない。うーむ、難しい。


 それに周囲には物珍しいもので溢れているのだ。好奇心溢れるミリには、周囲の危険にばかり注意を払っていることはできなかった。


 美味しいもの、楽しいもの、綺麗なもの、びっくりするもの。

 街の至る所にミリの知らないものがあって、ミリの心を惹きつける。

 それは世間的にも珍しいものだったり、誰もが知ってるありふれているものだったり。だけどミリの知らないものばかりで、歩けば歩くほどミリの世界が広がっていくようだった。


 そうやって自分の世界が広がっていけば、いつかクラウに信頼してもらえる人間になることが出来るだろうか。


 ――でも。

 いつか、じゃなくて。


 今、なりたい。


 それは背伸びだって怒られるだろうか。

 でも、クラウならきっとそんな背伸びも可愛いって言ってくれる。


 私は、クラウのことを信じてるから。


 そう思っていた矢先、道の向こうから何やら騒がしい声が響いてきた。

 大道芸とかそういう類の盛り上がりではなさそうだ。

 もっと切迫感のある、穏やかではない喧騒。


 危険ではあるが、大通りなら大丈夫だろうと騒ぎのする方へと足を向けてみる。

 人だかりはあるが、野次馬根性よりも危機感を優先した人々のほうが多いようだ。

 人垣から輪の中心までの距離は遠く、取り巻く数もややまばらである。おかげで人々の背中に阻まれることなく、すぐに中の様子が確認できた。


 そこにいたのは十数人の男たち。汚らしいスラングを撒き散らしながら、この国に対する恨み言を述べている。

 テメェらのワケわかんねー規制のせいで何も売れなくなっちまって生きるだけで苦労するありさまだーとかなんとか。


 要約すると、ダメなもの売ってたらダメって言われてむかつくムキー、ってことだろう。

 逆ギレの復讐として、国をメチャクチャにしてやるぜー、ひゃっはー、というのが彼らの目的らしい。


 母に言わせるならば、最高にめんどくせークソヤローって人たちだろうか。

 メリットを度外視し、死をリスクとせず、ただ場を荒らそうとするだけの馬鹿ほどめんどくさいヤツはいない。といつか言っていたことを思い出す。


 目の前の彼らがまさにそれで、確かにとってもめんどくさそうだ。ついでに頭も悪そうだ。

 クラウだったら多分、話を聞く前に半殺しなんだろうな。全殺しの可能性も高い。


 王女ではなく、単なる一般市民の観光客たる自分は見て見ぬ振りが賢明。

 ――なんだろうけど。


 裏路地に潜む悪意ならばともかく、これは衆人環視の大暴れ。警備兵の人たちが来て鎮圧されるのは時間の問題だろう。

 実際に見たから知っているけど、この国の兵は強者揃いだ。あの程度のゴロツキであればあっという間に取り押さえられるはずだ。


 ただ、あっさりとは看過できない問題がひとつ。


 彼らは数人の観光客を人質としている。

 いや、目的を考えるなら人質という言い方は恐らく正しくない。遠からずそうなるであろうあの人たちは――見せしめだ。


 警備兵が強いとはいっても、全員がジークやクラウのような強さは持っていない。

 現に今、その場にいる人では対応しきれず、救援を呼びに走っているようだ。


 解決にそう時間はかからないだろうが、即時というワケにもいかないだろう。

 そうなるとあの人たちが殺される確率は、半々といったところか。


 ミリは同年代の、いや恐らく一般の人々と比べても抜きん出て、他者の〝死〟というものに対する耐性が強い。

 だから彼らが殺されるだろうと思ったときも、酷いとか怖いとかではなく、なるほどという納得が先行していた。


 しかし、もちろんそれは人の命を軽視しているというワケではない。

 酷いと思うし、それが救える命だというなら救いたい。


 場の警備兵にはそれが出来ず、観光客にはなおさら望めない。

 だったら。


 今それが出来るのは――私だ。


 胸の前で拳を握り、瞳を閉じる。

 思い浮かべるのはもちろん、クラウのこと。

 抱きしめてくれた時の体温を思い出す。キスしてくれた時の幸せな気持ちを思い出す。


 大丈夫、今は1人でも出来る。


 さあ、今こそ――お姫様スイッチ、オン!


「何をしているのですか、貴方たちは!」


 声を張って、観衆から一歩だけ前に出た位置でミリは男たちと対峙した。


 周囲の人々はギョッとしながらミリに視線を集め、男たちも訝しそうにミリを見ている。

 当然の反応だ。この場に自分があまりに似つかわしくない存在であることくらい、ミリ自身よく理解している。


 今のミリは王女でも何でもない、単なるいち観光客。

 権力など無く、その言葉に力は無い。


 だけど見た目と言動の食い違いで混乱を引き起こし、適当な言葉で思考をかき乱して多少の時間稼ぎくらいならすることが出来る。

 情けないけど、ミリに出来ることはそれが精一杯。


 時間を稼いだところで、やがてはミリも殺されることになるだろう。

 相手はとっても頭が悪そうだし、すぐに激昂して一番にミリを殺そうとしてくるはずだ。


 だけど時間を稼げれば、きっとクラウが助けに来てくれる。

 危ないことすんなって怒られるかもしれないけど、クラウならミリに危害が及ぶ前に絶対に来てくれると信じている。


 こうして名も無い子供が男たちに刃向かっているという情報は他の警備兵たちに届けられ、クラウの耳にもすぐに届く。

 そうなればクラウはその子供がミリだということに気付いて、誰よりも早く駆けつけてくれる。


 それが分かっているから、こうして無茶なことだって出来るんだ。


 クラウを信じてるから。


 ――そうすればクラウも、私のことをもっと信頼してくれるかな。


「あ? なんだコイツ。お前のガキか?」


 訝しむ男がナイフを突きつけた人質の女性に問いかける。女性は涙を流してガクガクと震えながら、必死に首を振って否定の意を示していた。


「じゃあ誰のガキだよ。つーか、なに。俺らを止めようっての? おもしれーじゃん」


 男が見下したように笑みを浮かべ、他の男たちも周囲の警戒を怠らないよう、こちらへと視線を向けて来る。


「つーか、このガキけっこー可愛くね? お持ち帰りとかナシか?」

「どこに帰る場所があんだよ」

「ぐは、ちょっと未練が出来ちまった。最後にコイツ犯してから死にてえ」


 がはは、と男たちの間で下品な笑いが起きる。気分の良いものではないが、言われるだけならどうでもいい。


 正面の男が女性を捕えたままこちらに近づき、ミリの目の前までやって来ると女性の背中を思い切り蹴り飛ばして、代わりにミリにナイフを突きつけた。

 先ほどまでミリの近くにいた人々はいつの間にやらミリから大きく距離を取っており、相対的にミリも空間の中心へ放り込まれてしまっていた。


「威勢がイイのは立派だが、いったい何がしてえんだ? お父さんかお母さんが正義の味方でもやってて、あんたもその真似事か?」


 がはは、と再び男たちの間で笑いが起きる。何が面白いのかはさっぱり分からないが、そういう精神状態なのだろう。


「そうですね、父も母も、正義の味方だと思います。特に母は、今までに数多くの人を救ってきました」


 同じくらい、多くの命を屠ってもきたのだろうけど。


「あーそうかい、そりゃご立派なこって。それじゃテメェの親は俺の大っ嫌いな人種ってことだ」


 正義によって駆逐された悪の芽が、即座に散りゆく華を咲かせようとしている。

 正義という言葉は、今の彼にとって最も忌むべきものなのだろう。


 激昂させること自体は簡単だ。だが、そうなると次の瞬間ミリの体が赤く染められるのは目に見えている。

 バカは面倒だが、バカだから思考が読みやすい。

 いつか母が言っていたことを再び思い出す。


「ですが正義というのは時代と場所によって大きく変わるものです。絶対に正しいものなど、この世のどこにも無いんじゃないでしょうか」

「‥‥はあ?」


 ミリの言葉に、男は困惑の声を漏らす。


「‥‥なんだよそりゃ。じゃ、俺が正義になる場所もどっかにはあるってことかい」

「もしかしたら、あったかもしれません。私はまだまだ知らないことばかりなので具体的に場所を示すことはできませんが、誰かを殺すことが正義とみなされるような状況があることは知っています。騙すことも殺すことも、それを喜ぶ人がいる限りその人にとっては正義ですから、絶対悪とはなり得ないんです」


 皮肉めいた男の問いにミリはとうとうと答えを返す。

 多分、何を言っているのかよく理解できていない男はさらに困惑の色を強める。


 それでいい。ミリ自身、言葉に意味など込めてはいない。

 考える時間を作らせ、ほんの数分無駄話に興じてくれればそれで十分だから。


「‥‥ワケわかんねーこと言って、なんのつもりだお前」

「私の言葉を少しでもあなたに届けたいと思っただけです。この国には様々な人々が寄り集まってその人々と――」


 ミリの言葉はそこで強引に途切れさせられる。


「あー、もういいわ。ワケわかんねーしうるせーし、とりあえず死んどけ」


 思いの外、稼げる時間は少なかった。

 男は鬱陶しそうにミリの顔を掴んで、ナイフを掲げる。


「簡単には殺さないから安心しろよ。だって俺ももうすぐ死ぬわけだしさぁ、最期にちょっとくらい楽しんだっていいよなぁ」

「うひょー、イイネエ。すぐに壊さずにこっちにもマワしてくれよ」

「へっへへ、ドロドロにはなってるかもしんねえけどなあ」

「ははは、お前の汚ねえモンに塗れてたら萎えちまうぜ」


 男の瞳は狂気に染まっていた。死を受け入れ、生を投げ出した者の歪んだ感情。


 少しだけ、マズイなと思う。

 もう少し引っ張れるかと思っていたが、思っていた以上に彼らには精神的な余裕がないようだ。


 だけど大丈夫。

 どこか遠くから届く騒がしさを聞きながら、ミリはぎゅっと拳を握った。


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