14.陽動
今日も今日とて、面白くもないパトロールに明け暮れる。
面白くは無いが、暇ではない。揉め事は毎日、飽くことなく繰り返される。
重大な犯罪じみたものもあれば、しょーもない理由のケンカまで。
ケンカ程度であれば適当にぶっ飛ばして終わりだが、危険なものになればその抑止も面倒くさい。
うんざりしながらも、仕事は仕事だ。時には口だけで場を収め、時には拳で強制的に諍いの幕を閉じる。
それにしても、今日は中途半端な揉め事が妙に多い。
規模は中途半端だし、原因はしょーもない。そしてやたらと文句を言って突っ掛かって来る。
「どう思う、ジーク」
「どう、とは」
「オレには陽動にしか見えない」
「ん、陽動だと‥‥? なるほど‥‥」
一瞬だけ眉根を寄せたジークだが、すぐに何かを納得したようだ。もしかすると、以前にも何か似たようなことがあったのかもしれない。
「だが仮にそうだとして、この状況で何が分かる。陽動だとして、放っておけば厄介なことをしかねない連中ばかりだ。念のため全体に注意を促してはおくが、ひとまずは目の前の問題を片づけなければならん」
「まあ、そうだな‥‥」
ミリの居場所だけが気がかりだ。先日、ディアナは危険に鼻が利くといったが、逆にミリはまだまだそれらを察知できない。直面した危険は回避できても、潜在的な危険を見通す術は持っていないのだ。
妙な胸騒ぎがする。違和感に気付いて側に来てくれればいいが、きっとミリはこの空気を感じ取ることはできない。
多分いつも通り、観光を楽しんでいることだろう。
「クラウス、貴様なら陽動を起こして何をする」
唐突に尋ねられ、クラウはしばし黙考する。
陽動を起こすならば、当然その理由があるはずだ。だが、
「‥‥正直、予想がつかない。ここが戦場なら色々考えられるけど、こんなところで暴れたりしてもしゃーないしな」
「ならば貴様の勘違いだろう」
「いーや、こういう空気は慣れてるんだ。絶対とは言わんが、何かはあるはずだ」
クラウは注意深く街を見回すが、そうもあっさり何かが見つかるわけもない。
「メリットも無しに、何をしでかすというのだ」
「オレは参謀じゃねーんだよ。単純に気づかないだけってことも十分にある。それに、人間ってのはいつだって非効率だ。誰もがメリットだけで動くとは限らない」
「ふむ、一理あるな」
発言者を嫌っていても、あえて事実から目を逸らすような愚行を老兵は犯さない。
クラウの勘を聞いて、ジークはしばし心当たりを探るように思考に耽る。
やがて顔を上げると、厳めしいツラを小さく横に振った。
「思い当たることが多すぎて見当がつかんな」
そりゃそうだ。こんな繁栄してる国なら金品でも人間でも奪いたいものはゴロゴロしてるだろうし、国や王に対する恨みだっていくらでもあるはずだ。
地位ってのは名声と共に恨みも集める。それが正当な怒りかどうかは別として。
だから可能性を列挙していけばキリがない。〝何かが〟起こっていそうなことは予想できても、〝何が〟起きているのかは分からない。
結局は後手に回るしかないということだ。
それにしてもこの陽動のようなもの。ひと言でいうなれば、ものすごく雑だ。
計画性とか慎重さとか、そういったものがほとんど感じられない。
そのせいで、この騒動に何かしらの意思が働いていると断言できないでいるのだ。
もしこれが予想通り何かの陽動であるとしたら、それを扇動しているヤツは恐らくアホだ。ほとんど頭を使わず、感情に任せて動いているアホに違いない。
だが、アホの相手をするのは想像以上に厄介である。
なにせリスク回避など考えず効率も度外視するものだから、行動が無茶苦茶すぎる。
周辺被害だとか事後処理だとか、そういったものが一切見えていないものだから、めんどくさいことこの上ない。
馬鹿なことをするのは勝手だが、少なくとも、自分が関わっている今の間にやらかすことだけは勘弁してもらいたい。
思い過ごしであることを願うばかりだが、世の中ってのはそう甘くないものだ。
それを無理矢理クラウの眼前に突きつけるように、1人の兵士がこちらに向かってやってきた。
慌ててはいるものの、その表情は日々繰り返される騒ぎに呆れている様子でもあった。
「ジークさん、悪いけどちょっと来てくれるか。なかなか面倒なことになっててさ‥‥」
文句や疑問を挟むことなく、ジークはすぐにその兵士の背を追った。ジークがその男を信頼しているであろうことが容易に読み取れる。
1人その場にとどまる理由もなく、状況に流されるようにクラウもジークに続いた。
「どういう状況だ」
「なんか道のド真ん中で暴れてるヤツらがいてさ」
「理由は」
「この国を潰してやるとかなんとか。良く分からんがマトモな理由じゃなさそうだ」
「手を焼くほど強いのか」
「いや、人質取ってて、手を出しづらいんだよ」
「‥‥俺は細かい作業は苦手だ」
「ンなこと分かってるよ。ただ数が多そうなんだ。あんたも手を貸せよ、どこぞの悪魔」
兵士の訝しそうな目がクラウを捉える。
「先に聞いとくが、人質ってのは小さい女の子じゃねえだろうな」
「いや、複数人全部大人だ。ただ、小さい女の子がそいつらに刃向かってるらしくてさ、危ねえけど時間は稼げて‥‥って、おい! 逃げる気か!」
みなまで聞かず、クラウは全力で駆けだしていた。
正確な場所は聞かずとも、周囲と異質な騒がしさは先程から感じている。
走りながら、腰元から小さな笛を取り出した。足を止めることなく荒くなりつつある呼吸に合わせ、思い切り息を吹き込んだ。
笛はけたたましい音を鳴らす――ことはなく。すぅっと、息の吹き抜ける小さな音だけがクラウの耳に届けられる。
しかし、吹き直すことなく笛を再び腰元に戻した。周囲の人々はその行動に気付かず、騒々しく駆けるクラウに注意を向けている。
ただ、人々の連れる動物たちが、にわかに騒ぎ始めていた。
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前回で100部に到達していました
挫けないよう頑張りたいと思います