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ロード・オブ・ミーリア(仮)  作者: くらうでぃーれん
第5章 ゼーシュタット
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13.湖上にて


 今日はどこ行きたい?って聞いたら、湖に遊びに行きたいって言われました。

 これは脳内変換するまでもなく、今日は小難しいこと忘れて思いっきり遊びたいってことだよね。えへへ、可愛いなあ。


 そんなワケで、本日はクリスタ湖へとやってまいりました。

 朝からカップルや家族連れで賑わっており、大通りの騒がしさとは少し違った喧騒が場を包み込んでいる。


 湖のほとりに建てられているのは、貸しボート屋。

 ここでボートを借りて、時間内で誰にも邪魔されない湖の上で思う存分、家族なり恋人なりと素敵な時間を過ごせるわけだ。


 そう、誰にも邪魔されない。

 ボートという狭い空間で周囲は湖。逃げ出すことの出来ない、ある種密閉された空間で二人っきりになれるということ‥‥。ふへへ。


「なんだろう、なんだか悪寒が‥‥」


 健全な妄想を脳内で膨らませていると、なぜか隣でミリがぶるりと身を震わせていた。


「なんだと、近くにミリを狙う怪しい輩がいるのかもしれないな。オレの側を離れるなよ。むしろ、常に全体的に密着しておくのがいいだろう」

「ぐあー、原因が押し寄せてきたー」


 一足早くいちゃいちゃしながら、ボートが空くのを待ってからお金を払っていざ出航。

 待っている間に歩き売りの飲み物とおやつも買って、食べさせ合いっこの準備も万端だ。

 船を漕ぐのはクラウの係。大変そうだからとりあえずクラウに丸投げします、と言われてしまった。可愛い。


 慣れてはいないが初めてというワケでもなく、クラウの手によってそこそこスムーズにボートは岸から離れてゆく。

 湖上には多くのボートがどんぶらこしているが、クリスタの懐は広大で狭苦しさは全くない。他の人との距離もそれなりにあり、よほど無茶をしなければぶつかる心配も無いだろう。


 すいーっ、と。水面に浮かぶ白鳥のように、とはいかないが、静かに水上を滑る様はなかなかに優雅なのではないだろうか。

 元とはいえ、王族のミリにはこういうシチュエーションが良く似合う。


 ミリは船べりから水面を覗き込んで、指先を浸して「キレー」と嬉しそうな声を上げていた。

 爽やかな笑みを浮かべて「ミリのほうが綺麗だよ」って言いたいが、ミリに捧げる言葉は綺麗よりは可愛いのほうが似つかわしい。

 なので、


「ミリ、今度は可愛いって言いながら水面を見つめて」

「ちょっと意味分かんないので拒否します」

「ふっ、ミリのほうが可愛いよ」

「ちょっと意味分かんないです」

「言いたかっただけ」

「納得した」


 言って、ミリはそのまま指先で水面を弄びながら黙り込んでしまった。

 楽しんでいる、ワケではなく。なにやら考え込んでいる様子だ。


 何か言いたいことがあるようで、しかし言葉が上手く見つからないようだ。

 クラウは何も言わず、ゆっくりとオールを動かして湖を旋回する。


「‥‥あのね、クラウ」


 やがて水面を見つめたまま、ぽつりと呟くように切り出した。


「もし、一緒に来てるのが私じゃなくてディアナちゃんだったら、クラウはどうしてた?」

「えっ」


 予想外すぎる切り出しに、思わず動きが止まった。


「あ、あれ‥‥もしかしてミリ、まだガルネンブルクでのこと怒ってる‥‥? いや、オレはホントにディーとそういう感じじゃなくて、そりゃ、好きかどうかって聞かれたら好きだけど、でもそういう意味じゃないし、ミリのことは世界一だし、いやもしろ唯一無二といって過言でないくらい愛してましてですね‥‥」


 慌ててミリのことをいかに愛しているか語ろうとしたが、ミリの表情は至って真剣。

 どうやらそういうことではないらしい。


 と、なると。

 それは多分、最近ミリがどことなく俯きがちになっていた原因の話。


 ミリがここに来てから抱きつつある――劣等感。


 完璧であろうとするがゆえ、ミリは〝出来ない〟ことを必要以上に恐れている。

 たとえそれが出来なくて当たり前のことであっても、簡単には納得できないらしい。

 そしてその恐れを解消するには、ミリはそれを為さなければならない。いつかは、求めなければならないものだから。


 ていうか、ディアナに追いつきたいとか無茶苦茶だろ。一朝一夕どころか、生涯かけてどうにかなるかどうかのレベルじゃないか。

 はっきり言って、アレは稀代の天才だ。アレを目標にするなど無謀という他ない、というのが正直なところ。


「ディーだったら、大して気にせず一人で放り出してると思う」


 ミリの問いはやや漠然としていたが、求めているであろう答えを返してやる。

 漕ぐ手を止めると、ボートは周囲の人々が生み出す波に揺られて小さく揺れる。喧騒は遠く、2人の肌を湖の香りを孕んだ柔らかな風が撫でた。


「あいつはアホだけど、危険に対して鼻が利くし異常なほどに頭がキレる。そう簡単には巻き込まれないだろうし、ちょっとでもヤバいと思ったら勝手にオレの近くに来るだろうな。そういう部分でオレはディーのことを信頼してるから、多分気にせず放り出す」

「やっぱり、そうだよね‥‥」


 波を受けて、湖面に映ったミリの顔が揺らめく。ミリは顔を上げて、ぺたりとボートに座り直した。


 正直、なんと声をかけていいか分からない。

 ミリが抱く劣等感は、無謀な条件の下の劣等感だ。けれどミリ自身がそれを良しとしない以上、恐らく今は何を言っても意味は無いだろう。


 無言の時間が続く。うーん、どうしよう。あっ、徐々にミリが泣きそうな顔になってきてる。可愛い。いや、今はそうでなくて。


「ミリ」


 ひと言呼んで、受け入れるべく軽く手を広げてミリを見る。


 躊躇いはわずか。ぽへっ、と小さな体はクラウの腕の中に納まった。


「オレは、ミリが好きだよ。今のままのミリが。それだけじゃ、ダメかな」


 ミリは何も答えない。迷っているとかではなくて、自分自身が納得できていないのだろうということは十分伝わってきた。

 ミリの求める理想は高すぎるから、今の自分との落差が不安で仕方ないのだろう。


 ディアナは天才だ。そしてエルフリーデも天才だ。

 天才2人を間近で見続け、自分自身もそうあろうとして、そしてなにより、ミリ自身もそうなることが出来るだけの素質を持っている。

 だから追いつけそうで追いつけないというもどかしさが、必要以上の焦りを生んでいるのだろう。


 けど天才ってのは、ある部分において突き抜けている者を指している。

 つまり鬼姫も変態姫もそれぞれ特化している部分があり、逆に言えばそれ以外では他者に劣っている部分だって存在するのだ。


 事実、エルフリーデは戦神としてディアナを圧倒するが、国政においては国を譲るほどにディアナに劣っている。

 ディアナも国政をあずかりはしたが、騎士団の育成に関しては結局エルフリーデに丸投げしてしまっている。以前からそちらには手を出していなかったようだし、苦手分野だという自覚があるのだろう。、

 それはどちらも群を抜く天才でありながら、どちらも弱点を抱えているということ。


 だから、ミリはディアナともエルフリーデとも違った天才になればいい。

 解答そのものは、とても単純なのだ。


 だけど問題なのは、どの部分で抜きんでればいいのか、という話。


 大雑把に分類すれば、エルフリーデは戦闘の天才で、ディアナは国政の天才。

 そこだけ見ると確かに、両者を圧倒できる余地など残されていないように思える。

 だからミリは自分が何を高めればいいのか分からなくて、不安で仕方ないのだろう。


 けど、戦闘も国政も、単純なものではない。

 個の力ではクラウが勝り、軍の力ではエルフリーデが勝るように、それぞれの分野で才能を発揮できる場所なんて幾らでもあるのだ。

 だからミリはそれを見つけ出せばいい。


 言葉にすれば単純なそれだけど、実際に見つけ出すのが難しいことくらい分かっている。多分、ミリ自身も。


 分かっていても、納得できないから迷って、焦って、不安になる。

 その不安を癒してあげることが、クラウの役目であり望みだ。


 ミリは何も答えず、ただただ、クラウの身体を抱きしめ続けた。


 ××× ×××

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