序――
はじめまして、くらうでぃーれんと申します
普通の(?)オリジナル作品をネットに投稿するのは初めてです。拙い部分もあるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします。
大陸の一角にある、小国ルチル。
国の外周は移動手段によっては一日で回れるほどの大きさで、総人口は一万程度。豊かとは言えずとも穏やかなその国は、その日一つの節目を迎えようとしていた。
ルチル国の中心地にある、城としては少し控え目な、しかしその国では最も大きく荘厳な建物。
正面に広がる集会場を一望できるバルコニーに、薄紅色のドレスに身を包んだ1人の少女の姿があった。
長く美しい黒髪は清流のように背中を滑り、天上の太陽の光を吸い込んで艶やかに煌いている。白く透き通る滑らかな肌に、宝石をはめ込んだような赤銅色の瞳。芍薬のような立ち姿で民衆を見下ろす様は、10歳という年齢とは不相応に落ち着いて大人びていた。
「今日のこの日に、神々が暖かな太陽の光を私たちに与えてくださることに感謝を捧げ、ルチル国王女、ミーリア=リーネルトが皆様に、王女として最後となる口上を述べさせていただきます」
水の流れるような涼やかさをまとった幼い声が、凛と音を響かせて人々の耳に届けられる。ほんのわずかざわめいていた場は、ミーリアが声を発すると同時に澄んだ水面のように静まり返った。
「先程、母エルフリーデが告げた通り、本日を以て我がルチル王国は、隣国ガルネンブルクに併合されることとなりました。我が国に誇りを抱く国民の皆様には、我々の力及ばず国の衰退を許してしまったことを、深くお詫び致しします」
ミーリアは一度言葉を切って、瞳を伏して小さく頭を下げる。
その間、ミーリアの後ろに控える黒衣の騎士は微動だにすることなく、真っすぐに翡翠色の瞳で正面を見つめて警戒を解かない――という様式美に勤めていた。
長大な礼装の剣を地面に突き立て、組んだ両手でそれを支えてミーリアを静観する。柔らかく吹き抜けた風が、彼の金色の前髪を揺らした。
「これにより私たちは王族としての地位を失うこととなりますが、これからも国民の皆様のために尽力させていただこうと思っております。たとえ、王女でなくなろうと私は‥‥!」
――カツン、とわずかに熱を帯び始めたミーリアの言葉が、背後の騎士が床を叩いた音を合図に一旦留められる。
ミーリアはそのまま、まるで何かを待つようにじっと立ちつくし、やがて元の静かな態度で口を開いた。
「‥‥私はこの国と、ここにいる皆様のことを愛しています」
その言葉でミーリアは口上を締めくくり、深く頭を下げて一歩退く。そして、傍らの騎士に何事か話しかけた。
騎士は「はぁ?」と不遜極まりない態度を返し、ミーリアがさらに2,3言語りかけると、小さなため息とともに、騎士が一歩前に進み出た。
「ミーリア元王女の命に従い、ルチル国騎士団副団長クラウスハルト=アイブリンガーが僭越ながら口上を述べさせていただく」
少女と並んだ騎士クラウスハルトは、ミーリアとは対照的な力強い声を豪と響かせた。その立ち振る舞いは数瞬前の砕けた態度とは打って変わって、威圧感すら覚えるほどに毅然としていた。
「正直な感想を述べるならば、オレにとって此度の出来事にはさしたる問題を感じない。属する国が変わったとして、騎士として闘うという行為に変わりはないからだ。我々騎士は神を讃えることはできても、この手で人を殺めた身であり、神にも国にも仕えることは許されない。故にオレは守護するべき国がどこであろうが、誠心誠意騎士の任務を全うするだけである。――というのが、とりあえずの建前だ」
自らの口上をあっさりと建前と切り捨ててから、クラウスハルトは言葉を続けた。
「だが問題を感じないというのは虚言であり真実でもある。オレに愛国心などという輝かしい忠誠は無く、国がどうなろうと関係ない。――ただし、今回のことで俺にとって1つ大きなメリットが副次的に発生することとなった。それはミーリアの王位剥奪であり、おかげで建前すら掲げる必要性がなくなったということだ」
クラウスハルトはそう言い放ち、傍らに立つミーリアの肩をぐいと引きよせた。その行為にも、先程仮にも元王女の名を軽々しく呼び捨てたことにも、眼下の民衆は不穏なざわめきを起こさない。
見守るような、何かを期待するような。民衆が2人を見上げる瞳には様々な色が宿り、不穏とはまた別の空気の揺らぎが生まれていた。
――そしてクラウスハルトは、高らかにその言葉を全国民に向けて言い放った。
「オレは――――ミリを愛している!」
「私もクラウを愛しています!」
続けて、先程までの静かに透き通った声音と打って変わって、見た目相応の幼い少女の声でミーリアは同じ言葉を言い放った。
「地位を失い平民と堕することになったミリだが、決してお前らの手に渡ることはない! 牽制の意味も込めて、ここではっきりと言わせてもらおう」
途端、クラウスハルトはそれまでの毅然とした態度を丸めて放り投げると、にやりと少年のような悪戯っぽい笑みを浮かべて、天と地に向け全ての世界に言い聞かせるように、力強く言い放った。
「――――ミリはオレのものだ!」
わっ、と民衆の怒号が沸き起こる。変態だのロリコンだの聞こえてくる気がするが、その中に本当の怒りや憎しみの感情は混じっていなかった。野次を飛ばす人々の表情は、総じて明朗である。
クラウは楽しそうに笑いながら「文句があるヤツはかかってこーい」と煽り、ミリは少しだけ恥ずかしそうに笑いながら手を振っている。
1つの国が歴史から名を消したその日、それでもそこにいる人々は、誰もが変わらず明るい笑顔を浮かべていた。