3.
かなり汗をかき、熱が少し下がったように思えた。これなら午後には医者に行けるかもしれない。
ふと気が付くと、美佳が寄り添うように甚三の隣に横になっていた。甚三はぎょっとした。
「ねえ、メールチェックしなくていいの? ジュンコさんからメールが来ているんじゃないの?」
と言う、その笑顔が甚三には不快に思えた。
「ジンちゃん、ずっとインフルエンザだったらいいのに」
と美佳が甚三の背中に抱きついてきたのだが、身体がぞっとしてしまい、思わずそれを遮ってしまった。
「ジンちゃん、あたしのこと嫌いになったんだ」
と美佳が甚三の背中にぴったりと頬を寄せて言った。
「ば、ばかな。まだ具合が悪いんだ。もう少し休ませてくれるかな」
つい嫌悪感が声ににじみ出てしまったような気がして、甚三はまたぞっとした。
「あのね。ずっとジンちゃんに言わなければな、って思っていたことがあったの」
と美佳がまだ背中にぴったり寄り添ったまま言った。
「な、なに? 今じゃなきゃだめなの?」
「いつでもいいよ。だけど、今日ならジンちゃんが弱っているから、静かに聞いてくれるかな、と思って」
『弱っている?』、甚三はその言葉にひっかかったけれど、気を落ち着けて、静かに目を閉じた。
「また、たまごのことなんだ」
と美佳が言った。
甚三はうんざりしていたが、今腹を立てるともっと具合が悪くなりそうだった。甚三はむかつきながらも横になり、じっとしていた。
「たまごが黒いのはね、ミカがいけないんだと思うの」
「??」
何の話なのか? 見当もつかなかった。
「あたし、赤ちゃんは欲しくなかったの。だって、赤ちゃんができたら、赤ちゃんのほうがかわいいだろうし、あたしの栄養を吸い尽くして大きくなっていくんだよね、赤ちゃんって」
甚三はただじっと耐えて耳を澄ませた。
「だから、自分で始末したの」
「え?」
と思わず甚三は声を上げた。
「だいじょうぶ。薬は飲んでいない。それに、そんなに形になっていない時だよ」
甚三はまた具合が悪くなりそうだった。
「ジンちゃんが心配するからね、言えなかった。だけどわかるの。あたしは身体が丈夫なんだ。だからね、少しくらい痛い思いしてもだいじょうぶなの。最初は偶然だったけど、二回目からはコツがわかったの。いつも心を鬼にしている」
甚三の動機が激しくなり、音を立てそうなくらいだった。
「ね、ジンちゃん、プラセンタって知ってるでしょ?」
しばらく間があいた。美佳は甚三の返事を待っているらしい。甚三は言葉に詰まりながら、「え? なんのこと?」とやっと声を出した。
「胎盤エキスだよ、もちろん」
と美佳が言った。
「たいばん?」
「そう。赤ちゃんがお腹の中にいる間にできるんだよ。知ってるでしょ?」
甚三はまたむかむかしてきていた。
「お薬としても売っているもん。だから悪い物じゃないんだよ。ぜったい」
と言いながら、美佳は泣き声になってきていた。
「それに、お薬で売っている物は動物のだけど、あたしの身体の中のものなんだから、もっといいものだと思うし、自分のものなんだからどうしたっていいんだよね、ぜったい」
甚三には受け答えするエネルギーが残っていなかった。
「ね、でもね、ときどき夢を見るの。小さい黒い子たちが、ママ、ママってあたしの足元で足を引っ張ったり、スカートを引っ張ったりする夢なの。すごくいっぱいいるの。その子たちには顔がないんだよ」
甚三は思わず両手で耳を覆った。
「だめ、聞いて」
と美佳がその手を押さえた。
「その子たちは、ぜんぶがあたしのたまごだったわけじゃないよ。あたしのたまごちゃんはあたしの身体の中にまたもどって、あたしの栄養になって、あたしを若くきれいにしてくれてるんだよ。だけど、もしかして…、あの子たちはあの子たちで生きたかったのかしら…? どう思う?」
甚三には返事の言葉が浮かばなかった。
「あの子たちはあたしのことうらんでいるから、たまごをクロミにしちゃうのかな? こうやってあたしたちは黒い子になったんだよって、そういうことなのかな? この間五つ目の子を下しちゃったから、だから五個がいっぺんにクロミになったんじゃないかしら。ジンちゃんが最後にあたしにしてくれた時のだよ。あの時は身体にこたえた…。ずっと若くいようと思っていたのに…。だんだん年をとって弱ってきているみたいなの。だからあれからあたしも少しこわくなってジンちゃんにあまり『して』って言えなくなったの」
美佳は鼻をすすって泣いていた。




