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たまご  作者: 辰野ぱふ
1/4

1.

具体的な残酷描写はありませんが、心理的、生理的、倫理的な違和感、嫌悪感を抱く方がいらっしゃるかもしれません。

気をつけて下さい。

よろしくお願いします。

 ホテルからは甚三が先に外に出た。少し遅れて留美が後ろを歩いている気配を感じながら、甚三は辺りに目を泳がせた。

 留美とはここ三年つきあいが続いており、最近は月一のペースで会っている。

ホテルの部屋を出る時、「じゃあ、また第三土曜日に」と言う。それがあいさつのようになっていた。

 甚三は妻の美佳の他に三人の女性とつきあっている。付き合い方はそれぞれだけれど、彼女たちは自立しているようで、甚三を束縛することはなく、逢瀬を楽しんでいるようだった。

 甚三はその女性たちと予定を決め、どこで会うのかを決め、その予定が埋まっていると安心できるのだった。


 妻の美佳はもう四十歳になろうというのに、結婚した当時と変わらず、純真で子供のようだった。勤めに出たこともなく、子どももできなかったからか、その純真な部分は凍結保存されているようで、世間とずれているようなところもあった。まさにそんなところに惹かれていたはずなのだけれど、仕事で疲れて帰ってから美佳と会話すると、時にいらいらすることがあった。

 たとえば、夕飯の時などだ。

 甚三は多忙な毎日を送っているからこそ、家庭での食事を大事に思っていた。だから、帰って夕飯を食べる時には必ず連絡を入れ、それを伝えておく。

 美佳には時間の観念というものが欠けているようだった。きちんと時間を伝えてあるのに、帰るとまだ用意中だったりする。甚三はいらいらを外に出さないように気を付けた。少しきつめに文句を言うと、泣き出してしまうこともあり、そのまま夕飯のしたくができなくなることもあった。

 そういうとき、甚三は、まず自分の大人げのなさを責めたくなるのだった。

「ごめんごめん。忙しくて、いろいろストレスがたまっていたんだ…」

 と自分の非を謝ってみても、美佳が泣き続けている時には、

「わかったよ。今日はそこのファミレスに行こう」

 頭をぽんぽんとたたくと、美佳はキラキラ光る瞳をまっすぐに甚三に向けて、こくりとうなづく。

 ペーパードライバーの美佳に運転をまかせるわけにはいかず、ファミレスまでは結局甚三が運転して行くことになり、もうケロリとしていて、何も感じていないように見える美佳のことに、また腹が立ってくるのだ。

 仮にまだめそめそしていたら、それはそれで嫌な気がするのだけれど、美佳は甚三の気持ちを理解していないように思え、ファミレスで無邪気にメニューに見入っている美佳に、甚三はまたいらいらしてしまう。

 美佳を愛しているのか? と自分に問う事もあった。

 それは、たぶん愛しているに違いないのだ。美佳が自分の手の中で心を許し、甘えてくるとき、この人をずっと支え続けて行くのだという自覚が生まれる。美佳は甚三の手の中で、甚三の思いのままに昇華しているように見えた。そういうとき、甚三の中からもすべての毒が放たれ、消え去るように思えるのだった。


 ある冬の始まり、ちまたではインフルエンザがはやっていると、ニュースでキャスターが言い、職場で同僚もそう言っていた。

 土曜日の昼に留美と会ったのだが、熱っぽく、とろりとしていて、甚三にも留美の熱が伝わるようで、昼下がりの情事に酔いしれることができたのだが…、それは留美がインフルエンザの初期症状だったからのようだった。「夜になり熱が上がったからあなたも気をつけて」という内容のメールがきた。

 甚三はこれまで大病をしたことがなかったし、風邪もめったにひいたことがなかった。インフルエンザにも罹った覚えがなく、自分はそういう流行病とは無縁だと思っていた。

 水曜日になると、身体がけだるくなってきて、今までにはあまり感じた事がないような不快感があった。仕事に集中できず、いやな予感がしていた。

 本当はその日の帰り、別につきあっている旬子と会う約束をしていたのだが、約束をキャンセルしたほうがよさそうだった。もともと早めに仕事を切り上げるつもりではいたが、家に帰った方が良さそうだと思い、美佳に電話した。

 美佳はメールを嫌う。「あたしは、そんなに出かける所もないし、いつもお家にいるから、電話をしてね。あなたの声を聞く方がいいから」といつも言うのだ。文章を組み立てて返事をすることが面倒くさいらしい。

 甚三が電話して、

「今日は具合が悪いから、早めに帰る」

 と言うと、ぱっと明るい声で

「早いのね! 具合が悪いのなら、おかゆでも作る?」

 と言った。

「そうだね。そうしてもらおうかな」


 会社の帰りにとりあえず風邪薬と栄養剤、マスクなどを買い、さっそくマスクをつけたが、JRの車両の中で人に押され、人の熱気がどんどん不快に感じられるようになり、家にたどり着く頃には、もうへとへとになっていた。

 美佳はと言えば、ときどき具合が悪くなっている事があり、甚三が帰るとけだるく、寝ているような時もあった。身体が弱いらしい。だから甚三は美佳にうつることを心配した。

「どうもインフルエンザに罹ったらしい、ミカにうつると困るから、今日は書斎のほうで食事をして、そっちで寝ることにするよ」

 と言うと、美佳は泣きそうな顔をして、

「せっかく帰って来たのに、寂しい」

 と言うのだった。

「でも、しょうがないよ。とにかくオレは横になっているから、おかゆ? できたら持ってきてくれ」

 と甚三は言った。

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