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エンドリア物語

「チビムー狂想曲」<エンドリア物語外伝22>

作者: あまみつ

「今度のバザーに出す物は決まった?」

 商店会会長のワゴナーさんが桃海亭を訪ねてきたのは、オレが閉店の準備をしているときだった。

「すみません、まだなんです」

 今週末、キケール商店街でバザーを開くことになった。

 休憩所になっている小さな野外スペースで、キケール商店街の各店舗からが販売物を提供することになっていた。同じ物を30個から100個、価格は銅銭20枚から銅貨1枚と定められた。

 肉屋のモールさんはボイルしたソーセージを提供するらしい。靴屋のデメドさんは可愛い靴ひも、雑貨屋のワゴナーさんは綺麗な小皿、商品が次々に決まっていく。

 桃海亭も出さなければならないのだが、扱っている品物が品物だけに銅貨1枚で買えるような安い物はない。さらに同じ物30個となるとお手上げだ。

「喫茶店のイルマちゃんが、これを書いてくれてね」

「イルマちゃん?」

「キケール商店街の入口の喫茶店で接客をしている」

「あ、あの方がイルマちゃんですか」

「知らなかった?」

「知りませんでした」

 なかなかの美人だが、竹を割ったような性格で言い方もきつい。年もオレよりかなり上だ。

「どうだい?」

 丸い厚手のコースターの表面に手書きでイラストが描かれている。

「可愛いですね」

「そうだろ?」

 描かれていたのは2頭身のムー。飛び跳ねているくせっ毛や大きな瞳が強調されている。極小の桃海亭に寄りかかって、渦巻きキャンディをなめている。

「ほら、全部違うんだよ」

 5枚あったが、それぞれのポーズが違う。

 ジャンプしているムー。寝っ転がっているムー。すねているムー。お菓子に埋もれているムー。

「すごいです」

 素人が描いたものとは思えないレベルだ。

「あと25枚くらいなら描いてくれるそうだ。それで30枚にして、ムーに簡単な守りの魔法をかけて売ったらどうだろう?」

「いいです、それ、すごくいい案です」

「いいだろ、イルマちゃんが考えてくれたんだ」

 いつもつっけんどんなイルマさんが、桃海亭の為に考えてくれたと知ってオレはとても嬉しかった。

「あの、イルマさんにお礼をしたいのですが」

「いらないそうだ」

「でも、30枚も描くのは大変だと思います。お菓子とかでもよければ」

「本当にいらないそうだ。ウィルが頑張っているから応援したいと言っていた」

 ワゴナーさんは、オレの肩を軽くたたいた。

「ちゃんと、見ているんだよ。みんな」

 オレは桃海亭がキケール商店街にあって良かったなあと思った。




 ムーの提案でコースターにかける魔法は、炭酸の魔法にした。コースターに水の入ったコップを乗せると10分ほどで炭酸水になる。ジュースを入れれば、炭酸ジュースになる。それならば、コースターの本来の使い方をできるし、なにより、子供が喜びそうだ。

 価格も銅銭20枚と安価にしたため、午前中には売り切れた。

 お礼は言らないと言われたけれど、気持ちだけでもとコースターの売り上げでシュデルにクッキーを焼いてもらって、イルマさんに持っていった。

「無駄遣いするんじゃないわよ」

 つっけんどんに言われたけれど、クッキーは受け取ってもらえた。

 バザーは盛況でトラブルもなく、無事に終了した。

 オレはその夜、いい気分で眠りについた。




「おはようございます」

 翌朝、店の前の掃除をしようと通りにでると、隣のパン屋のソルファさんが近づいてきた。

「おはよう、ウィル。あの、これが見える?」

 見せられたのは、掃除用のほうき。よくある竹の柄がついた外用のほうきだ。

「見えますけれど」

「そっちじゃなくて、こっち」

 柄の先端の部分にムーがいた。

 体長5センチほどの2頭身のムーが腰掛けてあくびをしている。

「ええと、これは?」

「掃除をしていたら、ほうきによじ登ってきて」

「まさかと思いますけれど」

「うん、あれのような気がする」

 コースターのムーにそっくりだ。

「抜け出してきたんじゃ…」

「うん、そんな気がする」

 こっくりと居眠りをしたムーが先端からコロリと落ちた。慌てて受け止める。

 行動パターンまで似ている。

「どうしましょう」

 青ざめたオレにソルファさんはいつもの口調で言った。

「大丈夫、大丈夫。買った人も桃海亭の品物だとわかっているら、絵が抜け出したくらいで驚かないって」

「でも、絵がなくなったら、まずいですよね?」

「そのうち、絵の消えたコースターの持ち主が来るだろうから、そうしたら持ち主と相談したら?」

「賠償とか…あ、代わりのコースターを用意しておいたほうがいいですか?」

「大丈夫だと思うけれど、商店会会長には言っておいた方がいいかな。あとムーから事情を聞いた方がいいかな」

「すみません、いつもご迷惑をおかけして」

「そんなに慌てなくても大丈夫だって。みんな、桃海亭がまた変なことをしでかしたくらいにしか思わないって」

「わかりました。これから会長のワゴナーさんに話してきます」

 ほうきを持ったまま、雑貨屋に向かおうとしたとき、斜め向かいの花屋から声がした。

「わあ、可愛い」

 フローラル・二ダウで働いているの女の子が店先に並べたプランターを見て喜んでいる。

「ほら、ここに」

「あら、本当。これ、ムーよね」

 フローラル・二ダルの奥さんものぞき込んでいる。

 オレはすっ飛んで行った。

「すみません。ご迷惑をかけます」

 オレが話しかけたとたん、女の子の方は店の中に駆け込んだ。

「ほら、ここ。コースターのムーが抜け出したのね」

 奥さんが教えてくれたプランターの葉っぱの陰から、二頭身のムーが顔を出した。

「あの、申し訳ありません」

「桃海亭の商品なら、これくらいのこと普通とみんな思っているわ」

 奥さんがチビムーの頭を突っついている。

 チビムーがその指にかみついた。

「こら、かんじゃダメよ」

 笑いなら、ムーの頬を突っついている。

「でも、先ほどこちらで働いている女の子を驚かせてしまったみたいで」

「あれはムーじゃないから」

「えっ?」

「ほら、知らない?ウィル・バーカーは不幸を呼び寄せるから、近くは危険だ、っていう噂」

 女の子は、オレが近くに来たから、逃げ出したらしい。

「噂よ、噂」

 慰めてくれた。

 そんな噂くらいで、傷つかない、傷つかない…ちょっと、傷ついた。

「あ、ムーたんだ」

 可愛い声がして振り向くと、3、4歳の女の子がいる。その子の後ろには母親らしき人いて、手にコースターを持って立っていた。

「すみません」

「いなくなっちゃいました」

 笑いながら、背景だけが描かれたコースターをオレに見せた。

「どうしたらいいのかを桃海亭に聞きにきたら、ここにいたんですね」

 葉陰のチビムーを笑顔で見ている。

 女の子がチビムーに顔を近づけた。

「ちがう、ムーたんじゃない」

「あら、ムーたんよ」

「ちがうもん」

 女の子がムスッとした顔した。

 桃海亭の扉が開いて、シュデルが駆けてきた。

「店長、持ち主がコースターを振ると戻るそうです」

 犯人は色々と仕込んでいるようだ。

 詳細なルールを聞かなければならないが、その前にと、オレはしゃがんで、女の子と目線をあわせた。

「ムーたんのコースターを買った人、手をあげて」

「はぁーい!」

「ムーたんのコースターを振ると、ムーたんが戻ってきます」

 母親がコースターを女の子に渡した。

 女の子がパタパタと振ると、フローラル・二ダウのひさしから別のチビムーが飛び降りてきて、コースターに戻った。

「こっちがムーたん」

 母親にコースターを見せて説明している。

 どうやら、ボタンの数が違うらしい。

「詳しいことがわかりましたら、店の前に張り出しますので」

 娘の話を楽しそうに聞いている母親に謝って、桃海亭に戻った。

 そして、犯人を捕まえて、キャメルクラッチで詳細を聞き出した。それを紙に書きだし、商店会会長のワゴナーに説明した。ワゴナーさんは驚く様子もなく、キケール商店街の店の人たちに紙の写しを配っておくようにと言われた。明日の朝までにはワゴナーさんが桃海亭の前にチビムーについてのルールを書いた立て看板を立ててくれることになった。

 オリジナルの魔法だと言っていたので、一応、エンドリア支部のガガさんにも報告した。ガガさんはなぜか青い顔で「どんなに頼まれても二度とコースターを作らないよう」とオレに約束させた。




「すごい人の数ですね」

「店の外だけどな」

 店の中は、いつもと変わらず閑古鳥が鳴いている。

 店の前の人だかりは立て看板のせいだ。

 チビムーが出現した翌日、会長のワゴナーさんが桃海亭の前に看板を立ててくれた。幅3メートル高さ2メートル大きな看板で、ぺろぺろキャンディーをなめているチビムーとチビムーについてのルールが描かれている。


 チビムーのこと


・チビムーは持ち主がコースターをふるともどるよ。

 持ち主じゃないと、もどらないよ。

・チビムーがいなくなったら、キケール商店街の通りにきてね。

 通りに必ずいるよ。お店の中にはいないよ。

・チビムーは夜になったら、コースターに戻るよ。

 日が沈んだら、キケール商店街にチビムーはいないよ。

・チビムーはさわらないでね。

 見るだけだよ。

・チビムーは来月の1日にはいなくなるよ。

 それまで、仲良くしてね。


 可愛いムーの絵と丸い字で、人目を引く看板になっていた。

 看板ができたことでチビムーの存在が広く知られることになり、チビムーを見に来る人がここ数日増えている。

 特にフローラル・二ダウはチビムーのいる率が高く、葉陰にいたり、大輪の花の上で眠っていたりするので、ひとだかりが途切れない。

 看板にはさわらないでと書いてあるが、触っても特に問題はない。かみつかれるくらいだ。ほとんどのチビムーは眠っていることが多く、店頭に出してある商品をベッド代わりにしている。

 チビムーが出現した日、商店街の人にはルールを書いた紙を配りながら謝罪したが、オレの予想とは違い、驚いた人はいなかった。看板を出すなら、わざわざ紙を配らなくてもいいとまで言われた。

 出現期間は1ヶ月、今日はちょうど10日目で、あと20日でチビムーはいなくなる。

 店の扉が開く音がした。

「いらっしゃいま……」

 入ってきたのは、茶色と黒のストライプのローブを来た魔術師。

「はあ」

 オレの顔を見て、ため息をついた。

「胃が痛む。薬を飲むから水をもらいたい」

「すみません。何かしましたか?」

 言ってから、順序が逆なことに気がついた。

 謝る前に、来た理由を聞くべきだった。

「水を先に」

「こちらへ」

 オレはシュデルを店番に残して、食堂に案内した。椅子に座ったところで、水の入ったコップを差し出した。

 袖から取り出した錠剤を含んで、水で飲み下した。

「大丈夫ですか、スモールウッドさん」

「大丈夫じゃないから、胃薬を飲んでいる」

 ガレス・スモールウッド。魔法協会本部の災害対策室長。

 桃海亭が問題を起こして魔法教会本部に呼ばれたとき、オレから事情を聞くのも、オレを叱咤するのも、彼の仕事だ。本部で一番長く顔を合わせている相手だ。

「珍しいですね、スモールウッドさんの方が、こちらにくるとは」

 いままではオレやムーが本部に呼ばれていた。

「今回は聴取だけでは済まなかったから、こんな僻地まで私自身が出向いてくることになったんだ」

 何かしただろうかと考えた。

 心当たりは2、3個あるが、どれも本部にはバレてはいないはずだ。

「ウィル、君はエンドリア王立兵士養成学校を出たと聞いているが」

「はい」

「学校では魔法の授業はなかったのかね?」

「ありました。成績は悪かったです」

 聞かれる前に言っておいた。

「魔法の禁忌についてのことは覚えているか?」

「たしか、人間を作るのは禁止だったとは」

 気がついた。

「あっ」

「わかったか?」

「教科書の書かれていた禁忌に女神召喚はありませんでした。もしかして、昔、オレ達が処罰されたのが間違いだったとか」

 スモールウッドさんがため息をついた。

「女神召喚は間違いなく禁忌だ。君の教科書に書いていなかったのは、そんなことをするバカな魔術師がいるとは誰も思わなかったからだ。ムー・ペトリが召喚を行ったことから、現在の教科書の禁忌の項目には女神召喚が加えられている」

 覚えることがひとつ多くなって、ムーは今の学生たちから恨まれているかもしれない。

「禁忌という言い方で混乱させた。私が聞きたいのは、勝手に研究及び使用してはいけない魔法についてだ。届け出を必要とする魔法研究が何か覚えているか」

「届け出を必要とする魔法研究……たしか、人体の研究は全部届け出を必要としたような」

「その通りだ。他にもあると思うが」

「何かを作り出す研究もそうだったような、ホムンクルスとか、魔法生物……」

 額に汗がにじんだ。 

 ムーと出会ってから何種類くらい、いや何十、下手すると百を越える魔法生物を見たような。

「やはり、作っていたんだな」

「すみません」

 深緑の塔では訪ねてくる人達を実験台にしていた。誤魔化しきれるとは思えない。

「それについては、今度でゆっくりと話を聞かせてもらおう」

「えっ?」

「他にもあるだろう」

「他にも…」

 何かをつくりだす研究、最近、つくったもの。

「…まさかですが、チビムーですか?」

「そのまさかだ」

「ええっ!」

「驚くことはないだろう。あれが普通の魔法に見えるか?」

「見えます」

 力を込めて断言した。

「否定したい気持ちは分かるが、あのようなものをいままで見たことがあるか?」

 汗がこめかみを滝のように流れる。

 スモールウッドさんはオレが「見たことがない」と答えるのを待っているのはわかっている。

 実はオレは見たことがあった。先月、ゴキブリのようなものを見つけて捕まえると、実寸の20分の1サイズのムーだった。すぐにムーに消させた。

「…見たこと…ありません」

「そうだろ。それでは次の質問だ。ムー・ペトリは今回どのような魔法を使ったと思うかね」

 たぶん、コースターに魔法をかけた。

 チビムーが実体化する魔法。

 冷や汗がとまらない。

 オレは小声で言った。

「……ゴーレム、かな?」

「正解だ」

 うつむいたオレの目に、滴った汗が見えた。

「桃海亭店主、ウィル・バーカー、何か言いたいことはあるかね?」

「……胃薬をわけてください」




「ラルレッツ王国には、今回の使われた魔法はムー・ペトリの魔法であり、ムー・スウィンデルズの魔法として、ラルレッツ王国が研究対象にすることは認めないことを、魔法協会本部から既に通達を出してある」

「ありがとうございます」

 オレは深々と頭を下げた。

 ゴーレムというと、建築現場、鉱山、危険な作業場などで働くストーンゴーレムを思い描く人が多い。魔力を使って製造して、単純な作業をこなす。

 だが、ゴーレム研究が最もされている分野は、実用的なストーンゴーレムではなく、戦争用のゴーレムだ。強力な魔法を使えるゴーレム、巨大で防御力が高いゴーレム。細かい作業をこなせるゴーレム、自分で判断できるゴーレム。

 研究成果を各国とも公表していないので実際はわからないが、表向きでは戦争において実用段階に達したゴーレムはほとんどない。大型のストーンゴーレムで城壁を壊すくらいだ。

 原因は魔力不足。高度なゴーレムは製造時だけでなく、その後も魔力を必要とする。大量の魔力があるのならば、ゴーレムなどを作らないで、魔法で吹っ飛ばせばいいだけだ。

 数が必要なら、少ない魔力でできるスケルトン戦士の方が使い勝手がいい。

「ラルレッツ王国にも困ったものだ。エンドリア王国のムー・ペトリは入国禁止としているくせに、ムー・スウィンデルズは自国の国民であり、開発した魔法の所有権はラルレッツにあるなど通るはずもない無理を言ってくる」

 ムーの実の祖父ケロヴォス・スウィンデルズの「あきらめておらんぞ」という執念のこもった声が聞こえてきそうだ。

「本当にゴーレムの魔法なんですか?」

「すでにコースターを一枚借りて、連れてきたゴーレムの研究者に解析させた。やはり、ゴーレムの製造魔法を応用したものらしい」

「らしい、ですよね」

「逮捕はされたくないのはわかるが、ゴーレム研究申請違反では逃れる方法はない」

「ムーは牢獄行きですか?」

「いや、それはない」

 オレはホッとした。

 ムーを牢獄に入れる。

 そのあと、牢獄がどうなるか考えるだけでも恐ろしい。

「牢獄に行くのは、ウィル・バーカーだけだ」

「オレ!?」

「ムー・ペトリを牢獄に入れることを協会本部は考えていない」

「それって、ムーを牢獄に入れて、何かあったらイヤだから、代わりにオレを入れてしまえって、ことですよね?」

「その通りだ」

 適当だ。

 犯人を見逃して、代わりにそばにいる人間を投獄する。

 適当すぎる。

「冤罪だ!」

「君の場合は、冤罪ではない。使用者責任が発生している」

「ムーは店員じゃないと何度言ったらわかるんですか!店員はシュデルだけです。あれは居候、勝手に住んでいるゴキブリと同じものです」

「入牢期間は1週間だ。待遇も考える。つきあってくれ」

「わかりました。1年だったら行きます」

 スモールウッドさんが目を見開いた。

「いま、何と言った」

「1年だったら行きます。2年までなら0Kです」

「いや、1週間でいいんだ。君が今回の件に関与していないのは魔法協会もわかっている。ゴーレム制作魔法の申請を怠ったことを処罰が必要だから形だけ入牢するだけだ」

「ぜひ、1年以上でお願いします」

 公然とムーと離れられる。

 待遇も考えてくれるなら、個室をくれるかもしれない。

 三食ついて、昼寝ができて、命の危険がない。

 ぜひ、行きたい牢獄ライフ。

「君がいなくなったら、ムー・ペトリとシュデル・ルシェ・ロラムはどうなる」

「シュデルに桃海亭を任せます。今でも仕入れ以外はほとんどやってくれていますし、道具達も助けてくれるでしょうから、飢えないくらいは生活できると思います」

「ムー・ペトリはどうする気だ」

「あれは先ほどからいっているようにゴキブリと同じですから、放っておいて大丈夫です」

「大丈夫なはずないだろう!」

「ぜひ、オレを牢獄に」




「ウィル・バーカー、早くしろ!」

 スモールウッドさんがオレを迎えにきたのは翌日の早朝、東の空がぼんやりと明るくなった時間だった。

 ゴーレム製造申請違反で訪ねてきたスモールウッドさんが帰った後、オレはシュデルに店を頼んだ。

 シュデルは青ざめた。

「店長、本当に牢獄に入る気ですか?」

「心配するな。仕入れをガガさんに頼んでおく。あとは大丈夫だろう」

「僕には無理です」

「店のことは、もうわかっているだろ?」

「店のことは心配していません。お二人が留守の時はひとりでやっていますから大丈夫です」

 オレの上着に握った。

「店長」

「な、なんだ」

「ムーさんを連れて行ってください」

「話しただろ、ムーの代わりなんだから、ムーを連れて行くわけにはいかないんだ」

「自信がないんです。今日だって」

「今日、何かしたのか?」

「ケミハの壺になめ終わったキャンディの棒を投げ捨てたんですよ」

 シュデルの目がすわっている。

「あれほどゴミ箱にしないでくれといっているのに…」

「落ち着け、落ち着くんだ」

「今度やったら、スープに、入れてしまいそうで」

 何を、と怖くて聞けない。

「わかった。とにかく、オレが帰ってくるまでは、がんばってくれ」

「店長、お願いです。ムーさんを」

「だから、ムーの代わりなんだ」

 延々と繰り返して寝不足のところ、スモールウッドさんにたたき起こされた。

「早くついてこい」

「まだ、準備が」

 持って行く物を聞いていないので、まだ、そろえていない。

 ガガさんに、店の仕入れも頼まなければならない。

「いいからくるんだ」

 罪人となったオレの意志は無視されるらしい。

 店の前に待たしてあった馬に乗って、城壁の外に出た。エンドリア国警備隊の訓練場に大型飛竜が待機していた。

 魔法協会の紋章が刺繍された旗をかかげているところをみると協会本部の竜なのだろうが、オレがいつも見ている大型飛竜に比べてかなり小さい。

「早く乗れ」

「これ、大型飛竜ですか?」

「魔法協会本部誇る高速飛竜ライトだ」

 操舵手も1人、座席も3席。

 オレとスモールウッドさんが乗ったところで浮かび上がった。

 滑るように跳び始めて驚いた。

「早いですね」

「言っただろう、高速飛竜だと」

 高速の名に恥じない早さだ。

 大型飛竜も早いがその数倍は早い。操舵手が何かの魔法で加速させているのだろうが、地面の景色が飛ぶように去っていく。

「間もなく、予定地に着くぞ」

「え、もうですか」

 魔法協会専用の飛竜発着場に降り立った。

 そこから、馬で移動。10分ほどで魔法協会の裁判所に着いた。

「こっちだ」

 スモールウッドさんがオレの腕を引っ張って、小さな部屋に連れて行った。

 式服のようなデザインの服を着た老齢の魔術師がいた。

「君がウィル・バーカーで間違いないかね」

「はいそうです」

「ゴーレム製造申請違反で投獄の刑に処す」

 魔術師が言い終わる前にスモールウッドさんがオレの手を引っ張って部屋を出た。

「出るぞ」

「どこに行くんですか」

 ハイスピード移動で目が回りそうだ。

「牢獄に決まっている」

 次で終わりらしい。

「面会とかはできるんでしょうか?」

 急いで店を出てきて、着替えも持ってきていない。

「いいから、急ぐぞ」

 また馬で10分の飛竜発着場、高速飛竜ライトで海の孤島の運ばれた。

「ここが魔法協会の牢獄。プリズンアイランド」

 見た目、そのままの名前だ。

 プリズンアイランドの飛竜発着場に降りると、プリズンアイランドの所長という人が出迎えてくれた。

「これが例の」

「ウィル・バーカーだ。よろしく頼む」

「わかりました」

 所長の後ろにいた刑務官がオレの手首に手錠をかけた。

 なんとなく、犯人の気分になった。

「こっちだ」

 所長と刑務官がオレを引っ張るようにして牢獄まで連れて行った。

「ここがお前の部屋だ」

 扉を開いて中を見せてくれた。

 予想したとおり個室。

 あまり綺麗ではないが、掃除すればいい。

「入れ」

 手錠をしたまま、部屋に投げ入れられた。

 扉が閉められ、鍵がかけられた。

「あの、手錠がまだ」

 鍵が外され、扉が開けられた。

「すみません」

 オレは手を差し出した。

 その手を刑務官がつかむと「来い」とオレを引っ張っていった。

 連れて行かれたのは、飛竜発着場。

 高速飛竜ライトとスモールウッドさんがまだいた。

 刑務官はオレの手錠の鍵を外すと、オレをスモールウッドさんに向かって突き飛ばした。

「二度と、悪いことはするなよ。ここにはもう来ちゃダメだぞ」

 どっかで聞いたような台詞を言われた。

「あの…」

 刑務官はスモールウッドさんに向かって敬礼した。

「ウィル・バーカーは無事に刑を終えました」

「手間をかけさせた。刑期を終えたウィル・バーカーはこちらで送り届ける」

 礼をかわして、高速飛竜ライトに乗り込んだスモールウッドさんはオレを手招きした。

「早く乗れ」

「ええと、もしかしてですけれど」

「君は刑期を終えた。もう、綺麗な身体だ」

 こっちも、どっかで聞いたような台詞だ。

「もしかして、もう、終わりですか?」

「まだだ」

「これから、別の牢獄ですか?」

「エンドリア王国の二ダウに送り届ける。そこまでが私の仕事だ」

 高速飛竜ライトのスピードならば、昼前に二ダウに戻れそうだ。

「昨日、ホットラインで魔法協会本部に、君が1年の収容を希望している連絡したところ、今日一日で終わるように手配をしてくれた」

 魔法協会はどのような手を使っても、ムーを野放しにしたくないらしい。

 さようなら、オレのあこがれのプリズンライフ。

 入牢時間は1分満たないオレにスモールウッドさんが優しく言った。

「刑期は無事終了した。おめでとう、ウィル・バーカー、これで君も前科一犯だ」



「店長、お帰りなさい。ガガさんから店長はお昼前に帰ってくると連絡をいただきました」

 店の扉を開けると、シュデルが笑顔で言った。

「牢獄はいかがでしたか?」

「1分もいなかったからなあ。刑務所だったせいか、牢獄という感じはしなかったな。朝からひとりで店番だったんだろ。かわるよ」

「早朝からの移動で大変だったことだと思います。少し休んでください」

「悪いな、朝飯を食ったら代わる」

 食堂に移動すると、ムーがテーブルに突っ伏していた。

「何をしているんだ?」

「考え中しゅ」

「人類を破滅させる方法とかじゃないよな?」

「チビムー、頼まれたしゅ。申請してしゅ」

「いきなり、何を言っているんだ?」

「喫茶店のババアが来たしゅ、作って、いったしゅ」

「断ったんだろうな?」

「引き受けたしゅ」

 テーブルに突っ伏している腕をつかむと、腕挫十字固をかけた。

「ぐぎゃあーーー!」

「反省という言葉を知らないのか!」

「ボクしゃんの辞書にはないしゅ!」

「行って、断ってこい!」

「ウィルしゃん、この間、ババアに助けてもらったしゅ!」

 それを言われると弱い。

 ムーの腕を放した。

「イルマさんは何を頼みに来たんだ?」

「来週、喫茶店の10周、違ったしゅ、20周……30周かもしゅ」

「わかった。何年目かの開店記念日なんだな?」

「そうしゅ。それでチビムーを喫茶店の中に入れたい、いったしゅ」

「今、キケール商店街の通りにいるチビムーを入れればいいだろ?」

「ダメしゅ」

 ムーが言うなら、不可能なのだろう。

 別のチビムーを作るとなると、申請は必要だ。

「わかった。申請するから、どんなチビムーにするんだ?」

「ゴーレム制作研究に、研究内容の記入はしなくていいしゅ」

「そこまでわかっているなら、自分でしてこい!」

「ボクしゃん、できないしゅ」

「なんでだ?」

「ゴーレム研究申請は十八歳以上と決められているしゅ」

「研究は十八歳以下でもしていいのか?」

 ムーが首を横に傾けた。

 わからないらしい。

「わかった。今から魔法協会のエンドリア支部に申請にいってくるから、その時に聞いてみる。その前に確認する大丈夫だな?」

「なにがしゅ?」

「危険はないんだろうな?」

「大丈夫しゅ!」

 ムーにしてはやけに気合いの入った返事だった。



 ゴーレム研究申請書は規定の用紙に名前を書いて出すだけだった。内容もムーの言ったとおり、書く必要はなかった。年齢の件は、ガガさんが規則を調べてくれて、十八歳以下が研究してはいけないという項目がないことを教えてくれた。

 ガガさんが何のゴーレムを研究するのかと心配していたので、新しいチビムーを作るだけだと話した。なぜか、ガガさんは非常に驚いていた。

 新生チビムーの製作は、ムーにしてはやけに苦労していた。それでも開店10周年記念日の前日に完成させた。

 前日の夜、オレとムーとで喫茶店に行き、ムーがイルマさんに新生チビムーについて説明した。

「出るのは3日間しゅ。朝の10時から夕方の6時までしゅ」

 喫茶店の店内にイルマさんのイラストとそっくりのチビムー1人が出現するらしい。

「持てるのは1キログラムまでしゅ」

「持てるの!」

 イルマさんが驚いた。

「はいしゅ。コーヒーくらいなら大丈夫しゅ、たぶん」

「トレイに乗せたコーヒーを運べるの?」

「はいしゅ。幼児くらいの言葉はわかるしゅ」

「コーヒーを運んで、と言えば、運んでくれるの?」

「はいしゅ。それと前より大きくしたしゅ」

「何センチくらいなの?」

「20センチになるしゅ」

 20センチのミニサイズのチビムーが、コーヒーを運ぶ。ムーをよく知っているオレでも疑念をいだいた内容に、イルマさんは本当にでるのと何度も確認していた。

 だが、翌日、チビムーは出現した。

 いきなり空中に現れて、その後はイルマさんの言うとおりにコーヒーを運んだり、テーブルを拭いたり、2頭身のムーはヨタヨタと頑張って働いたらしい。その姿に、10周年でにぎわっている店内はさらに盛り上がったらしい。

 2日目、噂が広がったらしく、キケール商店は早朝から人が溢れていた。オレも見に行ったが、店の前に並ぶ行列を見て断念した。キケール商店街の外まで続いていた。

 3日目、朝、店の前の掃除に出ようとして断念した。人がキケール商店街を埋め尽くしていた。喫茶店に入るための列とは別に、通りにいるチビムー達を見にきている人もいるらしく、人、人、人だらけだった。イルマさんが店頭で「10時までチビムーは現れません」と何度も大声で叫んでいた。夜には「もう、チビムーは帰りました。いません」と何度も叫んでいた。声がかすれているのが気になった。

 4日目、早朝に商店会会長のワゴナーさんが喫茶店の前に立て看板を立てた。

【開店10周年記念は昨日までで終わりました。チビムーはもう現れません】

 看板の効果で人の数は前日より減ったが、通りに現れるチビムーを見にくる人でまだいつもよりかなり多かった。

 イルマさんがチビムーのお礼だとお菓子の詰め合わせを持ってきてくれた。ひどく疲れた様子だった。

「チビムーはすごく可愛かったんだけれどね」

 相当、大変だったようだった。

 5日目、早朝、掃除に出ようとしたオレは荒々しく扉を開けて入ってきた人とぶつかりそうになった。

「スモールウッドさん、どうしたんですか?」

「君には学習能力ないのか!」

「今回は申請しました」

「あれの意味がわかっていないのか!」

「あれ?」

「あのゴーレムだ!」

「新しく作ったチビムーのことですか?」

「言語を解するゴーレムは、この世界に存在してはいけないのだ!」

「はい?」

「もういい!ムー・ペトリはどこにいる」

「まだ、寝ていますが」

「連れてこい!」

 スモールウッドさんの言われ、オレはムーを引きずり起こして、店まで連れて行った。

「連れてきました」

「はぅしゅ」

 まだ、ほとんど寝ている。

「ムー・ペトリ、あれの製造方法を公開する予定はあるのか!」

「あれ…しゅ?」

「喫茶店のチビムーのことらしい」

「あれ……いるしゅ、か?」

「公開する気があるということか!」

 スモールウッドさんは怒っている。

 ムーはふわぁとアクビをすると、スモールウッドさんの前に行った。

「見るしゅ」

 スモールウッドさんの前に魔法陣っぽいものが浮かび上がった。平面に書かれた魔法陣が幾層にも複雑に積み重なっていて、巨大な建物の設計図を立体的に浮かび上がらせている感じだ。

「これは…」

 スモールウッドさんが呆然とした。

「チビムーの製作の魔法陣しゅ」

「ありえない」

「言語理解能力は意図的に幼児レベルに落としたしゅ」

 ムーの説明も聞こえていないようで、スモールウッドさんは呆然としたまま店を出ていった。

 ムーはまだ眠かったようで、あちこちにぶつかりながら、部屋に戻っていった。

 騒ぎを聞きつけたのかシュデルが食堂から出てきた。

「何かあったのですか?」

「スモールウッドさんが来た。チビムーが問題あるようだが、よくわからない」

「大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だと思うか?」

「ムーさんのことで大丈夫か聞くことが間違いですね」と、シュデルが笑った。




「なぜ、連絡してこん!」

 6日目、飛び込んできたスウィンデルズの爺さんに、オレはいきなり首を絞められた。

「く、苦しい…」

 シュデルが慌ててスウィンデルズの爺さんを引き離してくれた。

「何をするんだよ!」

「ワシに連絡してこないとは、どういうつもりだ!」

 オレの怒りより、スウィンデルズの爺さんの怒りの方が数倍も勝っている。

 爺でも賢者。

 下手をすると店を吹っ飛ばされる。

「ええと、ですね。何を連絡すれば良かったのでしょうか?」

 オレは落ち着かせようと、できるだけゆっくりと話した。

「ゴーレムの件じゃ!」

「もしかして、チビムーですか?」

「作ったのなら、ワシに連絡するのが当然だろうが!」

 当然と言われても困るが、店を壊されるのはもっと困る。

「あれは喫茶店の10周年のイベント用でして、オレも見たかったんですが、人が多くて店に入れる状況じゃなかったんですよ」

「何を言っている!」

「チビムーを見たかったんじゃないですか?」

「あれの価値がわかっておらんのかぁ!」

 真っ赤になって怒鳴っている。

 オレにはこの先は無理そうだ。

「シュデル、食堂にムーがいたはずだ」

「呼んできます」

 すぐに奥にはいると、口からキャベツを垂らしたムーを連れてきた。

「ムー、すぐに渡すんじゃ!」

「もぎょもぎょ」

「魔法陣じゃ」

 キャベツを垂らしたまま、ムーが手を差し出した。

 昨日見た魔法陣が浮かび上がる。

「これは……」

 スウィンデルズの爺さんは見事なまでに青くなった。

「もぎょもぎょ」

「……またくる」

 スウィンデルズの爺さんはよろめきながら店を出ていった。

「もぎょもぎょ」

 キャベツを垂らしたまま、ムーは食堂に戻っていった。

「そうなのですか、それはすごいですね」

 シュデルが宙に向かって話している。

「あ、店長、こちらは魔法陣の研究をされていたゲルドフ様です」

「ウィル・バーカーです。よろしく」

 何も見えないが、たぶん、ゲルドフ様がいるのだろう。

「ゲルドフ様が説明してくださったのですが、今のは多層型魔法陣というものだそうです」

「そういえば、魔法陣がいくつも積み重なって見えたような」

「はい、理論は100年以上前に確立しており、成功例も2件あるそうです。どちらも攻撃魔法で、2層で作られているそうです」

「2層?」

「いま見たような多層型は成功してないそうです」

「すると、あれは」

「初めての多層型の成功例ということになります」

 すごい魔法の初めての成功例が、喫茶店で働く2頭身のチビムー。

「人の言語を理解する機能はいままでにない画期的な方法で作られているそうです」

「あの、魔法陣に詳しいようでしたら教えてくれませんか。スモールウッドさんとスウィンデルズの爺さんは、なんですぐに帰ったんでしょうか?」

「はい、はい、そうなんですか」

 研究者特有の長い長い話らしい。

 オレはボーッと待っていた。

 10分ほど経過。ようやく話が終わったらしく、シュデルがオレの方を向いた。

「魔法陣が、複雑すぎて、どうしていいのかわからないからだろうと言っています」

「魔法陣の専門家を連れてくればすむだけのような」

「ゲルドフ様でも個々の魔法陣の機能の半分くらいしかわからないそうです。多層式は理論以外の部分、実際に組まれている魔法陣のシステムが複雑すぎて、どれとどれが連動して働いているのかすらもわからないそうです」

「つまり、ソーセージの材料と作り方を渡されても、自分で作ると美味しいソーセージにならない、っていう法則か?」

「全然違いますけれど、店長の理解としてはそれで正しいです」

 シュデルの目が微妙に冷たい。

「チビムーが作られたことで、問題は起きないか?」

「店長が心配しているのが、戦争への応用でしたら大丈夫です」

「言い切れるのか?」

「チビムーがいままでのゴーレムと決定的に違うところは、人の言語を理解してそれを実行するということです。ムーさんは意図的にレベルを落としているようですが、この魔法陣でも10歳くらいまではあげられるそうです」

「危ないだろ、それ」

「大丈夫です。言語を理解する部分の魔力の消費量が非常に多いので、このままでは使えないんです」

「どれくらいなんだ?」

「僕の全魔力でも2時間もちません」

 賢者クラスの魔力を持つシュデルで2時間。

「それで出現時間が午前10時から午後6時までだったのか。やけに短いと思ったんだ」

「そうだと思います」

 見えないが、おそらくいるだろう場所に向かって頭を下げた。

「ゲルドフ様、教えてくれて、ありがとうございました」

「店長、こっちです、こっち」

 かなり違っていた。

 向き直って、頭を下げた。

「ありがとうございました」

「ゲルドフ様、ありがとうごさいました」

 2人で頭をあげたあと、シュデルが首を傾げた。

「わかりました、伝えておきます。ありがとうございました」

 また、頭を下げた。

 そして、オレを見た。

「店長、困ったことになりました」

「話さなくていい」

「でも」

「聞いたら、どうにかなるのか?」

「どうにかなるかはわかりませんが、この情報は聞いておいた方がいいと思います」

「……聞いておく」

「それではいいますね、覚悟してください」

「そんなことを言われると……」

「3番目のチビムーの実験を昨日の夜中、店でやっていたそうです」

 誰が、が、抜けているが聞くまでもない。

 オレは食堂に飛び込んだ。

「もぎゅもぎゅ」

 まだ、キャベツを食べている。

「ムー、覚悟しろよ」





「また、やるのか」

 ゴーレム申請書類を頼んだオレに、ガガさんはあきれた声で言った。

「そろそろムーも飽きると思うんで、すみませんがよろしくお願いします」

「今度は何をするんだ?」

「改造チビムーだそうです」

「まだ、やるのか」

「最後のチビムーだそうです」

 サソリ固めをかけて聞き出したところ、前回の喫茶店チビムーの改良をしていたらしい。

「一週間後のコースターのチビムー最後の日に、イルマさんの喫茶店で実験を行います。出現時間は午前10時から1時間だけ。イルマさんにはすでにお願いして、10名分の席を確保してもらっています。実験することを、スモールウッドさんとスウィンデルズの爺さんに連絡してもらえますか?」

「わかった、連絡しておこう。だが、それだと桃海亭の3人を入れても5人だろ。残りの5つの席はどうするんだ?」

「スモールウッドさんも、スウィンデルズの爺さんも魔法陣の専門家を連れてくると思うので、彼らの為に2席」

 ガガさんが食いつきそうな顔でオレを見ている。

「うちの娘がチビムー見たいと言っているんだ」

「魔術師を2人つれてきた場合を考えて予備に1席」

「この間、見に行ったんだが、人が多くて見られなかったんだ」

「わかりました。ガガさんとお嬢さんでどうぞ」

「ありがとう!」

 両手をつかんでブンブン振られた。

「改造チビムーなので、前とは違うかもしれませんが」

「どこが違うのか聞いたのかい?」

「知識と判断の部分を強化したらしいです。詳しい説明も聞いたんですけれど、オレには難しすぎて」

 改造する理由については「限界への挑戦しゅ!!」と言っていた。

「楽しみにしているから」

 手を振るガガさんに送られて、オレは魔法協会エンドリア支部を後にした。



「これか」

「信じられん」

 チビムーは午前10時になると空中に現れた。

 喫茶店のテーブルにコロンと落ちて、よいしょといった感じで起きあがった。

「可愛い!」

 ガガさんの娘が幼児特有の甲高い声で言った。

「可愛い、可愛い」

 たしかに可愛い。見た目もイラストにそっくりで可愛いが、動きも可愛い。幼い子供のように、どこかタドタドしい。

「ムーたん、コーヒーお願いね」

 イルマさんが言うと、テーブルクロスに伝わって、器用に床に降りると、イルマさんのところまで駆けていった。

「これを白いローブを着たお爺さんのところまでお願いね」

 コクリとうなずくと、コーヒーの乗った小さなトレイを持った。ヨタヨタと歩いてきた。そして、白いローブを着たスウィンデルズの爺さんの足元にくると、トレイごと爺さんに向かって差し出した。

「信じられん」と言いながら、爺さんはコーヒーを受け取った。チビムーは駆け足でイルマさんのところに走っていく。

「これは茶色と黒のローブの男の人」

 受け取ったコーヒーを今度はスモールウッドさんのところまで運んだ。

「命令された内容を理解しているのか」

 スモールウッドさんが連れてきた魔術師がチビムーを穴が開くほど観察している。

「これはピンクの服を着た女の子」

 ガガさんの娘のところに、小さなパフェが届いた。

「これはピンクの服を着た、白い髪の男の子」

 トレイにコーヒーを乗せると、チビムーが顔を横に振った。幼児がやる、イヤイヤという仕草だ。

「あら、どうして……もしかして」

 トレイの上のコーヒーを小さなパフェに変えると、チビムーはヨタヨタとムーのところまで運んだ。

 ムーは当然といった感じで受け取ったが、周りの大人達は唖然としている。

「どうやったんじゃ」

 スウィンデルズの爺さんの声がかすれている。

「ボクしゃん、パフェの方が好きしゅ」

「それをどうやって、あのゴーレムにわからせたんじゃ」

 質問が遅かった。

 ムーの口にはすでにパフェが詰まっている。

「次にこの…」

 そこでイルマさんの声が止まった。

「茶色の髪で茶色の目は、何人もいるわよね」

 どうやらオレに運ばせようとして、指定する特徴がないことに困っているらしい。

 考えるのが面倒になったのか、かがんでチビムーに顔を近づけた。

「ねえ、ウィルってわかる」

 チビムーがうなずいた。

「じゃあ、これを」

 トレイにコーヒーを乗せると、チビムーがイヤイヤした。

「違うの。じゃあ、これかな」

 ジュースの入ったコップに交換した。チビムーはうなずいたが、動かない。

「まさかだけど…」

 トレイにハンバーガーを追加で乗せた。

 チビムーがヨタヨタとオレのところまで持ってきた。

 喜んで受け取ったが、イルマさんの視線が痛い。

「ガガさんにこれをお願い」

 チビムーは間違えずにコーヒーをガガさんに運んだ。

 その後も、チビムーは一生懸命働いた。テーブルを拭いたり、おしぼりを届けたり、コーヒーにミルクまで注いでくれた。とにかく動きが可愛くて、見ていて飽きない。予定通り1時間で消えたが、消えてしまうのが残念に思えた。

 場所を喫茶店から桃海亭の食堂に移して、チビムーの製作方法についての議論が行われた。

「ボクしゃん、もう飽きたしゅ」

 テーブルに頭を乗せて、ダラ~としている。

「どうやって言葉をわからせたんじゃ」

 スウィンデルズの爺さんが聞いた。

「ラルレッツ王国にこの技術の使用を認めないことは既に通達してあるはずだ」

 スモールウッドさんが鋭い口調で言った。

「この子はワシの孫じゃ!」

「ムー・ペトリはペトリ家の跡取りであり、現在ではスウィンデルズ家との関係はない」

 にらみ合っているスモールウッドさんとスウィンデルズの爺さん。

 双方とも引く気がないのは明らかだ。

 ペトリ家の跡取りにムーが決定していたの初耳だ。

 ムーが作った野菜。

 食ったとたんに悲鳴をあげそうだ。

「眠いしゅ」

 ムーは目を閉じて、息がゆっくりになっている。

 すでにお昼寝モードに突入している。

 お茶を配ったシュデルが、オレの後ろに来て小声でささやいた。

「ゲルドフ様が3番目のムーの魔法陣の構造式を10秒ほど出現させれば終わるだろうと」

 にらみあった2人だが、スウィンデルズの爺さんが口火を切った。

「ムー・スウィンデルズ。これこそが、本当の名前じゃ」

「その名前で呼びたければ、2歳の時に養子に出されるべきではありませんでしたな」

 なかなかの舌戦になりそうだが、まだ昼前で店に長居されても困る。

「ムー、起きろ」

「眠いしゅ」

「10秒だけ、3番目のムーの魔法陣の構造式を出してくれ」

「…いや、しゅ」

「頼む」

「…5秒しゅ」

「わかった。5秒でいい」

 テーブルに突っ伏したままムーが手を広げた。

 浮かび上がった構造式。

 スモールウッドさんもスウィンデルズの爺さんも2人が連れてきた魔術師達も絶句した。

 天井まで届くかという巨大な構造式。

 細部もこの間より、かなり込み入っていて、何がなんだかわからない。

「…終わりしゅ」

 ムーの手がパタリとテーブルに落ちた。

 眠りに落ちたらしく、気持ちよさそうに寝息をたてている。

「なぜじゃ…」

「はい?」

「なぜ、あのとき、ムーを養子に出したんじゃ!」

 絞り出すような悔恨の叫び。

「いや、これはラルレッツの手に余る」

 スウィンデルズの爺さんが連れてきた魔術師がつぶやいた。

 若い男性で、どこかで見たような。

「あっ」

「どうかしたのか」

 スモールウッドさんがオレを見た。

「いえ、何でありません。それより、これで終わりということでよろしいでしょうか?」

 スモールウッドさんの後ろの魔術師がスモールウッドさんに何かを言った。

「ムー・ペトリのチビムーゴーレム実験はこれで終わりだな」

 ムーは熟睡中だ。

 しかたなく、代わりのオレが返事をした。

「はい、そう言っていました」

「この技術を次に使う場合は、魔法協会に先に連絡をするように。それで今回のことは終わりとする」

「ありがとうございます」

 あとは、スウィンデルズの爺さん。

 若い男性の魔術師が爺さんに話しかけた。

「もう、帰りましょう。賢者スウィンデルズ」

「しかし」

「実用化は無理です」

「それはわかっております。技術だけでも」

「理解できる者が今のラルレッツにいません。ムー殿がラルレッツ王国に来られる気になるまで待ちましょう」

 うなだれている爺さんをうながして立たせた。

 若い男性は会釈をして、スウィンデルズの爺さんは「また、来るからの」と言ってでていった。

「私たちも帰ろう」

 立ち上がったスモールウッドさんがオレを見た。

「気がついたのか?」

「何をですか?」

「それでいい」

 スモールウッドさんも連れの魔術師と帰ってくれた。

「店長?」

「なんでもない」

 スウィンデルズの爺さんが連れてきた若い男。会うのはおそらく初めてだ。ただよく似た人物に深緑の塔で会っている。

 おそらく、ラルレッツの王族のひとりだろう。

「これで本当に終わりでしょうか?」

 シュデルが不安そうに聞いた。

 オレは願いを込めて断言した。

「終わりだ。絶対に終わりだ」




「ムーいる?」

 改造チビムーの実験から3日後、午前10時ちょうどにイルマさんが桃海亭に来た。

「まだ、寝ていますが、何か用ですか?」

「店にチビムーが現れたんだけれど」

「はぁ!」

 階段を2段跳びで駆け上がり、ムーの部屋の扉を開けた。

「起きろ!」

 ゴミ溜めの中に腹を出して寝ている。

 引きずり出して、そのまま店まで連れて行った。

「はぅ…」

 寝ぼけてヨダレがついている。

「チビムーが出てきたんだけど」

 イルマさんがムーに聞いた。

「…どっか……間違え……たしゅ?」

「聞くな!」

 シュデルが冷たい水をコップに入れて持ってきた。

 コップを渡そうとしたが、ムーの目が開いていない。

「…眠いしゅ…」

 オレはコップをひったくって、ムーの頭からかけた。

「チビムーはどうやったら消えるんだ!」

 ムーの目が半分開いた。

「消えない…しゅ」

「消えないのか!」

「どっか、間違えたしゅ」

「構造式の方に問題があるのか」

 こっくりとうなずく。

 また、寝そうになったので、引き起こして揺さぶった。

「書いた魔法陣はどこにあるんだ!」

「天井…裏しゅ」

「天井裏だな。そこの魔法陣を消せば、チビムーは消えるんだな」

「はい、しゅ」

 ムーを放り出して、天井裏に向かおうとしたオレの上着をイルマさんがつかんだ。

「待って!」

「いますぐに消しますから」

「消さないで!」

「はい?」

「ムーの目が覚めて、魔法陣のどこが悪いのか調べてもらって、それから、決めたいの。お願い」

「それまで、チビムーがいることになりますが、いいんですか?」

「消えるまでは、お手伝いしてもらうから」

 そういうとイルマさんは喫茶店に帰っていった。

 2時間後にムーが完全に目覚め、魔法陣を調べて、問題を見つけた。

 出現日時の設定が狂っていたらしく、3日に一度くらいの割合で、午前10時から1時間、出現してしまうらしい。他に問題はなかった。

 完成した魔法陣なので書き直しができず、消すしかないということで、すぐに消す予定だったが、イルマさんの希望で魔法陣はそのままになった。

 期間は天井裏が壊れるまで。

 オレとムーで依頼に出れば、帰ってきたときに屋根が残っている方が珍しいから、長くても2週間くらいのものだ。

 現れるのかもわからないのに、チビムーを見にくる客が午前10時には喫茶店を埋め尽くす。常連客の好みとか覚えるようで、前にミルクを入れた客には自分からミルクを入れたりするので非常に評判がいい。

 イルマさんには魔法陣を残してほしいと頼まれたが、ムーの魔力を大量に消費することを説明して納得してもらった。

 チビムーの評判があまりによいので、ワゴナーさんが商店会の会合でチビムーをキケール商店街のマスコットキャラクターにしようと提案した。

だが、採用はされなかった。

 チビムーの評判は非常によかった。だから、チビムーだけだったら、全員、両手をあげて賛成していた。

 不採用の理由。

 靴屋のデメドさんが言った。 

「ムー・ペトリが、もう少し、まともだったらなあ」

 二ダウでの黒ミミズ召喚に始まり、女神召還で人類を全滅の危機に陥れた。今でも異次元召喚獣が頻繁にキケール商店街を歩き回り、依頼先での様々なトラブルは規模が大きすぎて、辺境の二ダウでも噂になる。

「チビムーくらい良い子だったらなあ」

 不人気の本体は、今日もペロペロキャンディを食べながら、キケール商店街を歩いている。



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