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獣の見た夢  作者: MAKI


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93/141

華麗なる貴族世界





 アベルは大邸宅の正面玄関に向かう。

 客を迎え入れるそこは立派に飾り付けられていた。

 美々しい布が張り巡らされて、大輪の花が無数に配置されている。

 豪華絢爛。まさに華やかな大貴族の祝い事という雰囲気。


 まず招待客の内、貴族が午前中に訪れるからロペスやアベルは玄関でお出迎えするのである。

 やってきた客は邸内の席に案内され、しばらく待つ。

 正午を僅かに過ぎた頃合いを目指して第二皇子テオと第三皇子ノアルトが来るので、その際には主催者全員と招待客の貴族たちで来駕の出向かいをしなければならない。

 だから、玄関は重要なのである。

 家令のケイファードやバース公爵が心血注いで美しく装ったわけだった。


 バース公爵だけが玄関脇に設置された、重厚な紫檀の椅子に座る。

 ロペスはその右隣、あとは序列に従ってハイワンド家の者が並ぶ。

 アベルはカチェの隣。序列第四位であった。

 それより以下はいない。

 ウォルターは相続を拒否している立場上、一族から離れた立ち位置だった。

 スタルフォンなど騎士団の幹部たちと同じところにいた。


 こうして一目で、誰がどういう地位なのか分かるようになっている。

 お出迎えの場というのは、自己紹介とか家の状況の説明でもあるわけだった。


 騎士団の幹部たちも羽飾りを付けた冑などで派手に武装している。

 選抜された騎士が五十人ほど整列していた。


 やがて貴族たちの来訪が始まる。

 一番、最初に来たのはリモン公爵家の当主一行だった。

 リモン公爵は伯爵盟軍の総司令官も務めたことがある人物で、今は王道国の攻勢で領地の一部を失っている。

 たびたび敵から攻撃を受けているので、ハイワンドとは立場が似ていた。

 それゆえ非常に緊密な関係だった。


 リモン公爵と夫人。三男のリッシュにその妻。

 次女、三女などが馬車に乗ってやってきた。

 アベルたちは笑顔で挨拶。

 普段から交流のある人たちなので、くだけた雰囲気である。

 リッシュとは武帝流で稽古をした仲でもあるのでアベルも顔見知りだった。


「よぉ。アベル。服が似合っているぞ。趣味がいいな。びっくりした!」

「リッシュさん。いきなりお世辞ですか」

「お世辞なものか。最初はとんでもない道場破りが来たもんだと思ったけれどな。どうりで強いわけだ。誉れ高いハイワンドの者とは」


 リッシュは次に隣のカチェに挨拶をした。


「やぁ。カチェ様。今日は一段と美しい! このリッシュ……言葉がありません」

「ふふ。褒め過ぎですよ。かえっておかしいです」

「いえ。誇張ではありません。武帝流のやつらもみんなカチェ様の守護騎士を務めたいと言っています」

「えっ……」


 リッシュは意味ありげに微笑んで、次のモーンケへと移って行った。

 アベルはその後も次々と現れる貴族たちに挨拶を続ける。


 やって来るのは公爵家だけではなくて伯爵家、子爵家、男爵家のほか総勢八十家にも及ぶ。

 頭数で約三百五十人。

 もう、大変な騒ぎである。

 そして、これは明確に反コンラート派閥の宴でもあった。

 損得勘定で派閥に加わった者もあれば、真に国を憂いて第二皇子テオらを支持している者もいた。

 あるいは派閥に引き込みたい意図があり招待した客もいる。

 権謀術数が渦巻き、欲望が入り乱れる場でもあった。


 大邸宅の内部にある大広間と、そこと隣り合わせになっている会堂に招待客が誘導されていく。

 招かれた客人たちが互いに挨拶をして回っていた。

 賑やか極まりない。貴族は縁戚関係である場合も多く、久しぶりの再会に話しも弾むようだ。

 派手に着飾った貴族たちの間を縫うようにして給仕たちが飲み物を配っていく。


 招待された貴族たちがまず話題にするのが、生還したハイワンドの若者たちである。

 長男ロペスの容貌魁偉なこと、見事な武者振りであることなど。

 それから、なんといってもカチェの美貌は、あらゆる人間を興奮させた。

 紫水晶の瞳に見つめられれば胸が高まり、甘美な頬に夢中になる。

 微笑みを向けられると、心が躍るようであった……。


 貴婦人たちは半ば嫉妬しながら、その健康的で輝くような肌を褒めた。

 独身男性たちは、いまだカチェが未婚かつ婚約者もいないという状況に歓喜した。

 俺にも可能性があるのではと、喜び勇む。


 未婚の令嬢の中にはアベルを気にかける者もいた。

 立ち位置からハイワンド家の継承権を有している人物であることが知れる。

 まだ少年だった。あるいは、ぎりぎり青年と呼んでもよいかもしれない。

 均整のとれた体つきをしていたので、鍛えられているのが分かる。

 物腰は丁寧で、群青色の瞳には落ち着きがあった。

 整った鼻梁や頬。

 顔立ちは端正そのものだが、少しもひ弱な印象がなかった。

 どこか陰のある雰囲気を察した者もいる……。

 どういう人なのだろうと、華やかに着飾った令嬢たちは好奇の念を抑えられずに噂する。


 午前中、アベルたちはひたすら客人を迎え入れる。

 バース公爵なども、普段は冷厳で傲慢なほどの佇まいであるのに、今は徳のある笑みを絶やさない。

 そうしていると穏やかで頼れる実力者という雰囲気であった。




 正午の鐘が鳴る。

 来客者たちも全員、一人残らず庭園に出ていた。

 皇族を待つ。


 先触れの使者が馬に乗ってやってきた。

 赤い飾毛が鮮やかな冑をしている。

 陽光で白鋼の鎧が鏡のように光っていた。

 バース公爵が言う。


「あの先触れは、バルボア公爵家の次男ブリアックだ。名誉ある役目だから希望者が多いのだ」


 遠くに見える正門から軍勢と言っていいほどの人数が入ってくる。

 後列はまだ続いていて姿が見えない。

 旗が数十も翻っていた。

 冑から爪先まで統一された鎧で身を固めているのは第二皇子テオの直属衛兵隊のようだ。


 黒毛をした立派な馬体に跨る男性がいる。

 鎧はしていない。絹で織られた黒衣を身につけている。

 腰に一振り、剣を帯びているだけだった。

 年齢は二十代後半か、いっていたとしても三十歳ぐらい。

 下馬したので身長が分かる。

 けっこう大柄であった。

 ロペスほどではないが、長身といっていい。

 近づいてくる。

 バース公爵が小声で言った。


「テオ皇子様だ」

 アベルは末席にいる自分の元にテオ皇子が近づいてくるのを見ていた。

 目の前に立つ。

 引き結ばれた厚めの唇、角ばった頬骨。

 顔が大きく見える。

 褐色の瞳に落ち着きがあって、ちょっと鈍感な印象すらある。

 良く評せば重厚という人物だろうか。

 どんな性格なのかは不明だが、狡賢そうには見えない。


「アベルと申します。テオ皇子様」

「おお……。お前か。クンケルから聞いているぞ。いずれは武帝流随一の使い手になるだろうとな」


 -適当なこと言いやがるなぁ。あのおっさん……。


「……光栄なことであります。その……お役目、頑張ってきます」

「ああ。頼むぞ」


 短く、それだけ言ってテオはカチェへの挨拶に移る。

 次に来たのはノアルト皇子だった。

 削げた頬肉から神経質そうな印象を人に与えるが、今は誰が見ても分かるほどの上機嫌。

 アベルにも飛びっきりの笑顔を見せてくれた。

 アベルは不思議に思う。

 どちらかというと嫌われている気がしていた。

 嫌悪というほどではないが、何か含むものを感ずるのである。

 ところが、今に限っては信頼する部下に対するような態度だった。

 アベルは演技をしてくれているのかなと思った。

 なにしろ数百人の貴族がいるのである。

 皇子が嬉しそうにしていれば、皆の気持ちも和らぐというものだ。

 ノアルトは親しげにアベルの肩を叩き、それから耳元で囁く。


「聞いたぞ。交渉のため近々、発つそうだな」

「あっ。はい」

「皇帝国は権力闘争と王道国の攻勢で四苦八苦だ。国を救ってくれ」

「そ、それはずいぶん大げさな……」

「謙遜しなくていい。期待している」


 ノアルトは喜びを抑えようとしていた。

 しかし、できなかった。

 アベルとカチェの関係はよく分からないが、特別の親しさだ。

 もしかしたら恋愛関係なのではとまで感じさせるほど。

 しかし、アベルは密命のためにここから出ることになった。

 ということは……カチェに隙が出来る。

 こんなことで喜んではならないと理解していたが、できなかった。

 せめて命懸けの密命を帯びて発つアベルを労ってやりたい。


「吉報を待っているぞ。成功すれば褒美は望むままだ」


 それから隣のカチェに移って行った。

 ノアルトの心臓が高鳴った。

 ここのところ政務などで忙しく、ハイワンド家を訪れる暇が無かった。

 三十日ぶりだ。

 ノアルトはカチェの整った姿に思わず唸り声を上げかけて、飲み込む。

 天鵞絨(てんがじゅう)の盛装は華美ではなく、気品と質実さを際立たせていた。

 カチェの趣向だとノアルトは察する。

 こういうところが本当に自分の好みと合う。そうノアルトは思わずにはいられない。

 化粧はほとんどしておらず、口に紅すらさしていなかった。

 だが、それでも誰より美しいと思った。

 ノアルトの愛情は限りなく膨らむ……。

 どうすればいいのか……。


 あまり長い間、カチェと話しをするわけにもいかない。

 なんといっても自分の婚約者カミーラがすぐ後ろにいるのだ。


 アベルは目の前に現れた化粧の権化のような女性に唖然としそうになる。

 金髪は高く高く結い上げられて、そこに孔雀の大羽が火山の噴火のごとく差し込まれていた。

 そびえたつ装飾の塔のようでもある。

 口紅は鮮やか、耳飾りには巨大な金剛石の宝石。

 肩から胸にかけても五色の宝玉が連なっていて、それが光を反射し、ミラーボールのようでもある。

 ドレスの色彩は目に突き刺さるような黄色。

 目がチカチカしてくる……。

 襞は少ないデザインなので、体の線がけっこう浮き出ていた。

 なかなか豊満な感じだ。おっぱいなんか、かなり大きい。

 アベルを認めて、典雅な仕草で挨拶をしてくる。


「わたくし、バルボア公爵家息女のカミーラでございます。ノアルト皇子様の婚約者として今日はお招きにあずかり光栄です」

「あ、あの……。アベルと申します。えっと……カミーラ様ほどの華やかで高貴な方を目にするのは初めてです。驚きで、何と讃えればよいか分かりません」


 本当は化粧のオバケと評したかったが、厳重に堪えた。

 言葉を包みに包んで、やっとのことでそう伝える。

 カミーラは充分な称賛を受け取ったらしく、満足気に微笑み頷いた。


「多くの人がそう申しますの。でも、これは全てノアルト様のためですの。愛する人のために身を美しく整えるのは、女の喜びですわ」

「はい。さようですね。ノアルト皇子様が羨ましくあります」

「ほほほほっ!」


 なんか良く分からないがカミーラの喜ぶツボを押せたらしい。

 至極上機嫌になってくれたのでアベルは一安心。

 カミーラが隣のカチェに挨拶をする。


「カチェと申します。ようこそ、カミーラ様。ハイワンド家は心から歓迎いたします」

「黒の天鵞絨……。質素ねぇ」

「はい。剣を嗜んでいますので、動きやすい服が好みです」

「まあ! 奇特な方ですわね。そういえば、随分と薄化粧だこと」

「化粧は苦手でございます」

「しなくてもいいということかしら。大した自信だこと。まぁ、わたくしも二十の頃まではそう思っておりましたの。考えは変わるものですから、そのときには教えてさしあげてよ」


 微妙に棘のあるカミーラは次へと移っていく。

 今日の主役はハイワンド家なのだが、立場では皇族の方が上位である。

 よって会場でも、主賓席に皇族の人達が座ることとなる。

 上座に近いほど高位の貴族がいて、末席は男爵家の人々となるように配されていた。

 誰一人、皇族の人達に背中が向かないように座席の配置は工夫されてある。

 かなり広い会堂であるのだが、三百五十人もの人がいると、さすがに狭かった。

 扉と窓は全て開け放たれて採光と換気が図られている。

 涼を取るために魔法で作った氷の塊が金属の手洗に、いくつも置いてあった。


 壇上にバース公爵、ロペス、モーンケ、カチェ、アベルが登る。

 まず、バース公爵の挨拶。


「勇敢に戦い死んだと思っていた孫たちが帰って来ました。死守命令も遣り遂げ、王道に痛撃を与え、命も拾う。これぞ戦の不思議、軍神の加護、本人たちの奮闘と運があってこそでしょう。これからの皇帝国を支える四人を紹介します」


 まず、ロペスが呼ばれた。

 ロペスは巨漢を白い軍服に包んでいた。

 金ボタンや肩の飾りが美々しく輝く。

 体がデカいから、やたらと立派に見えた。

 大男はこういう時に有利だ。

 壇上にロペスが現れると、おおっという具合に歓声が上がる。


 会場にはハイワンド騎士団で最後まで戦った者の生き残りも招かれていた。

 だから演技ではなくて、本当に感極まって泣いている人物もいる。

 ロペスは粗暴なほどの男で短慮な面もあるが、臆病者ではなかった。

 むしろ、誰よりも先頭で暴れまわる生粋の武人である。

 広い視野はないが、数千人規模の戦いを指揮する手腕は持っていた。

 そんなロペスを慕っている者が騎士団には大勢いたわけだ。


 次にモーンケ。こちらも壇上に上がると拍手される。

 モーンケは得意になって手を千切れんばかりに振っていた。

 嬉しそうだ……。


 次にカチェが登場すると、叫び声に近い歓声が上がった。

 やはり騎士団の生き残りからだった。

 それから武帝流の門下生たちも大声を出して祝った。

 何だか、やたらと人気があるらしい……。

 ロペスの時よりも反応が鮮やかだった。


 最後はアベル。

 どうせ誰も反応しないだろうと思っていたが、そうでもなかった。

 壇上に上がると、やはり歓声があった。

 ただ、ちょっと悲鳴じみていた。

 なにか会話が聞こえた。


「あれが血飛沫の従者アベルだぜ」

「ガイアケロンやハーディアと決闘したっていう」

「スゲェな。最前線で敵を殺しまくったと聞いたぞ。なんでも死に番からも生還したって……」

「あのイースの従者を喜んでやる男だ。普通じゃないんだよ」

「もう狂っているって話しだ」

「今度の功績が認められて、ただの遠い縁者からハイワンド家の末席に加わるそうだぞ」

「ひぇ~。そんな人の下でやっていけるかな」


 アベルは漏れ聞こえてきた会話を耳にして震える。


-えっ……。ちょっと待って。

 なにその異名。血飛沫?

 カッコ悪いし……変だし。


 だいぶハイワンド騎士団では誤解されているらしい……。

 しかし、アベルにもそんな言われようをされる心当たりがある。

 何しろイースが周囲の者と交流をほとんどしない態度。

 騎士団も大多数は亜人ということでイースと一線を置いていた。

 そんな様子の騎士団員とは、それほど親密にならなかったというか、むしろ苛立ちを感じていたぐらいだった。

 イースに失礼な態度をとった者は、騎士だろうと何だろうと黙っていなかった。

 人から見れば気違いじみていたらしい。

 それが尾を引いている……。



 祝賀会は進む。

 主賓席にいる第二皇子テオ様と第三皇子ノアルト様が祝辞を述べて、バース公爵が乾杯。

 配られた葡萄酒を飲み干して、拍手。

 まずは軽く酒を飲み、気分が解れたところで、いよいよ舞踏会である。

 アベルの心臓は鼓動を速めていった。



 あらかじめ選ばれていた人たちが大広間に集められる。

 やはり、モールボン女官長が言っていたように女性の方が多かった。

 未婚男性六十人ぐらいのところ、女性は百人ほどがいる。

 アベルはちょっとバランス悪すぎだろうと、呆れた。


 カチェは顔見知りを見つけ出した。

 夜警を務めている女騎士クラリス・ラインだ。

 濃緑に染められたドレスを着ていた。


「クラリス。貴方も参加していたのね」

「はい! カチェ様。恥ずかしながらこのクラリス。二十四歳にもなってまだ未婚……なのです。別に高望みしているつもりはないのですが……剣に熱中していたのと、せめて私よりも強い男性が良いなどと思っている内に時間ばかりが過ぎて」

「強さね。良くわかる話しだわ。わたくしも、せめて互角かそれ以上……ね」

「そうですとも。ただ、カチェ様は私よりもっと相手に困りますね。そうそういません。貴方様に勝てる人など」

「皆、そう言います……。そんなことはないのに」


 帝室楽団の伴奏が始まり、男女が一列で向かい合う。

 手を取って、大きな輪になる。

 そして、舞踏の音楽が始まった。

 アベルは長期戦になりそうだと気が付いた。

 一組あたり一分間、踊って交代したとして……女性が百人ならば少なくとも百分である。

 大変だ。


 アベル、最初の相手は知らない女性だった。

 まだ少女という年頃。

 踊りながら、名乗ってきた。

 ターナー子爵家の長女、リリアです……。

 アベルも名乗る。

 相手は緊張しているみたいで、会話は弾まなくてそれで終わってしまった。

 こういうとき、適当にシャレた会話ができると、女にもてるんだろうなとつくづく思う。


 三人目で知り合いがきた。

 クンケルの娘。ルネだった。

 普段は化粧なんかしていないが、今日は薄く紅を引いて艶っぽい。

 薄い象牙色のドレスを着ていた。

 狐色の髪には銀と宝石の簪を差している。

 もともと顔の造作は整っているものだから、びっくりするほど美人になっていた。

 アベルはルネの手を取り、踊りを始めた。


「ルネ。あんまり美人になっていたから驚いたよ」

「……んっ! 変じゃないかしら。アベル殿」

「少しも。素敵だよ」


 ルネは顔を赤くさせて、それから体をさらに密着させてきた。

 ドレスの素材は薄いので肉感が伝わってくる。

 普段は屈強な男どもを打ち倒す勝気なルネが、そうした態度を取ってきてアベルは驚く。


「私のほうが四歳も年上なのに、貴方の方が大人みたい。変ね」

「……そうかもね」

「稽古では、とうとう一本も勝てなかった」

「本気でやれる人は少ないから、つい、むきになっているんだ。負けたくなかったんだよ」

「……あ、あの、後で」


 ルネが何か言いかけたところで次の人と交代になる。

 そのあと、ほとんど知らない人と踊り続けた。

 武帝流で見かけた女性の訓練生が僅かにいるぐらいだった。

 その中には、アベル様と踊れるなんて光栄です、なんて言って来る女性がいたりして……。

 どう反応したらいいのか分からない。

「えっと」だとか「その……」だとか、稚拙な会話以前の言葉しか出てこないのである。


-童貞にはハードル高いよ。

 ベルティエにでも話し方を教わっておけば良かった……。


 やがて中休みになり、喉が渇いたのでミントや蜂蜜で味付けした水や葡萄酒を置いてある場所にいく。

 贅沢なことに水魔法の一種で氷の塊を作り、それで冷やしてあった。

 すっきりしていて美味である。

 少し休んだら、また踊り再開。


 カチェも参加しているので、やがて順番が回ってきた。

 アベルとお揃いの、黒地をした天鵝絨。下はスカートになっている。

 カチェは、ほんの僅かに薄化粧をしていた。

 もともと秀でた美貌が、さらに増して麗しくなっている。

 なぜかアベルを少し睨んでいた。

 手を取り、舞踏を始めた。


「いい子はいたかしら?」

「憶えきれないですよ」

「どの娘も綺麗だものね」


 どこか口調に険がある。


「……わたくしは、口説かれ続けていますよ。手紙もたくさん貰いました。困っています」

「まぁ……そりゃ仕方ないでしょう。カチェ様、飛びっきり美しいから」

「わたくしのこと美しいなんて……初めて言うわね」


 カチェは恥ずかしそうにして俯いてしまった。

 それから体を寄せて来る。

 やたらと密着していた。


 アベルは眩暈を感じる。

 耳に心地よい軽快な音楽。

 体は軽やかに動く。

 女性たちは誰もが華やかで、なかにはカチェのような別格の存在もいた。

 どうしたわけか、みんな親しんでくれる……。

 夢みたいだった。

 実際、貴族区を出れば、浮浪者や労務者が無数に蠢く市民区が延々と続いていた。

 猥雑に満ちた庶民の暮らしと、見た目は絢爛な貴族の世界。

 その中心に自分がいるような感覚。


 とてつもなく奇妙で、それでいて楽しい。

 アベルとカチェは動きも鮮やか、完全に挙動一致して華麗に舞踏を踊る。

 見物していた者が、思わず溜息を漏らすほど似合った二人だった。




 やっとのことで舞踏会が終わり、アベルが蜂蜜と生姜を氷水で割った飲み物を飲んでいると、女性が幾人もやってきた。

 主に武帝流で知り合った人たちだが、始めて見る顔もある。

 ルネに、ダルネア伯爵家のレーティなど、ほか十人ぐらい。


 -なんだなんだ!


 アベルは呆気にとられて、次々にされる質問にたどたどしく答える。

 周りを見てみると、どうやら気になる人へ話しかける時間らしい。

 ロペスなどには、もっと人だかりができている。

 あれでも将来の公爵家当主となる可能性が濃厚なので、最高の優良物件なのだろう。

 アベルは何も知らない女性たちに、憐みの念が湧く。

 武骨一点張りのロペスとは穏やかな結婚生活なんか送れないはずだが……。


 もっと凄いのはカチェだった。

 男の人が、引っ切り無しに訪れている。

 カチェは誰か一人と会話を続けるということはなくて、次々に相手を変えていく。

 不満が溜まらない上手いやりかたであった。

 そのような手際の良さにアベルは感心するしかなかった。




 ノアルトは舞踏会の様子を離れたところから見ていた。

 婚約者がいる自分は加われない。

 カチェが次々に相手を変えて優雅に踊っていた。

 嫉妬心を感じる。

 くわえて、焦り。


 自分の心にこれほどの激情が眠っていたかと、ノアルトは我がことながら驚く。

 カチェと踊っている男の顔ときたら……どいつもこいつも興奮と喜びで輝いている。

 俺のものだと言いたかった。

 そうだ。

 俺のものにしなくてはならない。

 ノアルトは思い決める。

 ならば急がなくては。

 次にいつ会えるかも分からないのだ。


 今夜、隙を見つけ出すのは難しい……。

 今日はこのままハイワンド家に逗留して、集まった人々と深夜まで話しをしなくてはならない。

 また、いまだ態度を明らかにしていない伯爵家の当主が来ているから、念入りに説得する作業もある。

 明日がいい。

 あらかじめ使者に申し付けて、少し内密の相談があるから二人で話しをしようと誘っておこう。

 ノアルトは警護をしているベルティエを呼ぶ。


「ベルティエ。後で様子を見てカチェに伝えてくれ。明日、話しがある。昼ぐらいになるだろう。理由は言えないが重要なことだ。少しの時間で済む。場所は俺の部屋がいい」

「分かりました。そのように伝えます」


 ベルティエは主の言葉を、そのまま伝えようと思う。

 別に不審は感じなかった。

 なにしろ、この祝賀会でこれだけの貴族が集まった結果、より絆が深まり、賛同者も増える。

 あらゆる人間に、きめ細かに対応してやらないと人心は掴めないのだ。

 カチェにも、そうした政治活動の一環で声を掛けるつもりなのだろうと考えた。

 もしかしたら……直衛隊に加えたいという希望がノアルト皇子にあるのかもしれない。

 随分と気に入っている様子だし……。


 未婚者の舞踏会が終わり、次いで、晩餐会が始まる。

 アベルは用意されている席に着いた。

 貴賓席の隣で、皇族の人達の傍だった。

 壁際ではベルティエやユーディットなどが警護をしている。

 毒見も兼ねているから、彼らは忙しそうにしていた。

 今日は出入りが多くて普段と事情が違うので、作業も念入りであった。

 匙や杯に毒が塗られていては一大事なので、わざわざ持ち込んだものを利用していた。

 それから料理は必ずギョームやベルティエが口に含んでから皇子たちの前に運ばれている。

 アベルは権力者も大変だと呆れるやら同情するやらであった。


 大勢の客たちに料理が運ばれていく。

 配膳係りの使用人だけで三十人はいた。

 もちろん邸宅で雇用している使用人だけでは数が足りないので、不足した人数は騎士団から呼び寄せた。

 素性の確かな従者が臨時の働き手として集められている。


 とにかく葡萄酒だけは絶やさないように、ふんだんに配られた。

 常に銀製のデカンタを持った係りの者たちが、油断なく会場を見まわしている。

 三百五十人分の料理を一斉に出すのは至難の業、というか不可能なことであった。

 まず皇族に供され、それから公爵、伯爵と並べられていく。

 末席に行き渡るまでには、かなりの時間が掛かってしまっていた。

 家令のケイファードは、顔にこそ微笑を湛えていたが、目には緊張感が漲っている。

 不満や要望が嵐さながら襲ってくるはずだった。


 鳥のスープ、凝った形に焼かれたパンが出てきた後、豚肉を茹でてソースをかけた料理が出てきた。

 付け合せは人参と青菜のバターソテー。

 次に出てきたのは牛肉のカツレツだった。

 アベルは口にしてみる。

 なかなか良く揚がっていて美味かった。

 さすがに少し冷めてしまっているが……。

 きっとピエールはあれから研究を重ねて、この味まで持ってきたに違いない。


 酒だけは尽きなかったのが幸いしたようだ。

 それほどの不満や混乱もなく、晩餐会は終盤に移っていく。

 鍍金で装飾された荷車の上に、牛肉をほとんど一頭丸焼きにしたものが幾つも乗せられてきた。

 バース公爵が自ら、刀でもって肉を切り分けて、一番上等とされている赤身のヒレの部分を二人の皇族に献じる。

 それが済んでから、次は公爵家から伯爵家まで数十人に及ぶ肉を同じように分けた。

 一種の儀式めいた行為であった。


 アベルはそういえば、草原氏族との宴でも似たようなことがあったと思い出す。

 あのときは盟主のウルラウが肉を分けていた。

 やはり文化は違えど似ているところもあるのだと感心する。

 最後に林檎の砂糖煮クリーム和えのお菓子が出て、献立が終わった。


 テオ皇子による閉会の挨拶があって、それが閉めのようなものだった。

 一同は結束を深め、祝賀会は良い雰囲気で終了する。

 出席者たちは皇族とハイワンドの面々に別れの挨拶をして帰って行く。

 アベルが窓から外を見ると、ほとんど陽が没していた。


 カチェと二人きりで話しをさせてほしいという男が大勢いた。

 それはもう必死の懇願という有様だった。

 しかし、その全てをケイファードが断った。

 いわく、今日はもう遅いので後日改めてという口実である。

 男たちは悲痛な顔をして会場を後にしていった。


 アベルの元にクンケルとルネがやってくる。

 クンケルは子爵位を持っていたのを今日、知った。

 なぜか、やたらと笑顔で接してくる。

 武帝流の鍛錬所で見せている様子とは大違いだ。

 稽古の時は不気味なまでの無表情を貫いていて、何を考えているのか全く読み取れない。

 そして、狡猾なまでに計算された動きをしてくる……。

 そうした男が、にこにこと笑っていては、かえって警戒心が湧くというものだった。


「アベル殿。見違えるような男ぶり! このクンケル、やはり見る目は間違っていなかったようですな」

「え……。な、なにがですか。師範」

「アベル殿には許嫁がおりませんな」

「はぁ。いませんけれど」

「クンケル家には伝承がありまして。それは、三番目の男を選べというものです。今日、舞踏会でルネと三番目に踊りましたな。これは運命というもの」


 ルネは顔を赤くさせて俯いている。


-いや、そんな。

 普段は乱暴なのに急にしおらしくして、なんか実は凄く可愛いキャラみたいな演出?

 ずるいだろ……そういうの。


「クンケル様さぁ。その話し、いま作ったでしょう」

「バカなことを言わんでくだされ。代々続く由緒ある伝承ですぞ」


 クンケルは笑顔でいたけれど、目は怖かった。殺気にも似た迫力。

 アベルはたじろぐ。

 愛娘の名誉がかかっているとなれば、無茶をしてくるかもしれない。

 断れば……決闘だろうか。

 下手すれば負けてしまう。

 負けたらルネと結婚……。


「あの……。これは秘密にしておいてほしいのですけれど……。僕、ちょっと仕事でここを離れるのです」

「えっ」

「……ぬぅ」


 二人は驚きの顔つきをした。

 だが、武人である。

 アベルが何かの事情で帝都を離れるのを、即座に理解した。

 ルネが震える声で聞く。


「帰ってくるのは……いつ?」

「分からないよ」

「愚問でしたね。聞くまでもないことでした。お役目、どうか果たしてください」


 ルネはそう言ったきり、唇を引き結んで黙った。

 それからクンケルが後を継いで話す。


「私の長男は戦死していますからな。アベル殿だけは、そうならないでくだされ」

「初耳です」

「斬流第九階梯のヒエラルクというのが、仇の名です。その異名、剣聖。本当は第十階梯、至達者の実力があるとも言われています。しかし、本人がまだそれには及ばないと辞退しているとか。息子は戦場で一騎打ちに及び、負けたのです。才のあるやつでしたが……死んでしまえばそれまで。ルネの夫にふさわしい相手を見つけたら、わしは戦場に行き、ヒエラルクを殺すつもりでした……」

「……」


 二人は丁重に挨拶をして去っていった。

 剣の腕は高くても、政治力はさほどないクンケルは密議には参加しないようだ……。


 だんだんアベルの気が重くなっていく。

 今日、このあとテオ皇子に密書を直筆で書いてもらい、明日には出発だ。

 これまでカチェへの説明を伸ばしていたが、もう言わなくてはならない。

 今夜だ。


 アベルはカチェのことを考える……。

 旅の間は毎日、一緒にいた。

 共に移動をして、狩りをして、料理もした。

 カチェはそうした生活が楽しかったらしく、日々を生き生きとしていた。

 もともと飛び抜けて美しい少女であったが、今ではもっと磨きが掛かっている。


 旅立てば確実に年単位で別れることになる。

 もしかしたら、帰った時には結婚しているかもしれない。

 子供なんか出来ていたりして……。


 アベルは何とも言えない気持ちになった。

 知らない男との間にできた赤ん坊を抱えているカチェを想像してみる。

 嫉妬というのとも違うが……不安感というか、傍にあったものが失せてしまった喪失感のようなものがあった。


-変な独占欲なのかな。

 いけないことだよな……。




 ~~~~~




 アベルは執務室に呼ばれた。

 中にはバース公爵、テオ皇子、ノアルト皇子の三人だけがいた。

 目の前で一通の手紙が認められる。

 テオ皇子の直筆だった。署名もいれる。

 それからバース公爵が連名を書き入れた。

 テオ皇子は指輪についている刻印を、熱した蜜蝋に押し付けた。

 そうして手紙を封印して、さらに油紙で包み、最後に革の袋に入れる。

 アベルは袋を受け取った。

 絶対に奪われるわけにはいかない手紙だ。

 テオ皇子は、重々しい口調で簡潔に言った。


「アベル。我が密使よ。ガイアケロンを何とか説得してくれ。皇帝国は私が、王道は彼が支配する。それで新しい世が開かれる。貴族は栄え、民衆に安寧が訪れるだろう」

「はい。明日の朝、出発します」

「この大任。果たしたならば我はアベルに報いることを誓う」


 アベルは一礼して、執務室を後にした。

 そのまま手紙の入った袋を小脇に抱えて、カチェの部屋を訪ねる。

 部屋の前には警護の女騎士がいたが、アベルの素性は確かなので訪問を許された。

 扉が内側から開く。

 カチェは普段着に着替えていた。

 訪ねてきたアベルを見て驚いている。


「カチェ様。ちょっと……急な用事です」

「な、なにかしら」


 そう答えつつカチェには心当たりがあった。

 アベルが、とうとう焦ってくれたのだ。

 それはそうだ。

 今日だけで数十通の手紙を貰った。

 後日、届く分もかなりのものになるだろう。

 一目惚れしただとか何だとか、いったい幾人に言い寄られたことだろうか。

 それを見て、居ても立ってもいられずに慌ててやってきた……。

 そうに違いない!


 アベルが中に入ってきた。

 どことなく顔に緊張感が漲っている。

 なにやら切迫した勢いまで感じて、カチェは心配になる。

 表ではクラリスが既に夜警についているのだ。

 大声や物音を立てたらいけないんだぞ……と。


「アベル。お、落ち着いてね……。きっと興奮しているのでしょうけれど、気を付けないと、ねっ。わたくしにも分からない事ばかりですけれど」

「……?」


 アベルは何を言われているのかよく分からず途惑う。

 カチェにはときどきあることなので、気を取り直す。


「あの……。実は任務を受けました」

「……え」

「それで、帝都を離れます」

「任務? わたくしは何も聞いていませんよ……いつ、帰ってくるのですか」

「分かりません。確実なのは……いつ帰ることができるかも分からない、ということだけです」


 カチェは喉が急速に乾いてくるのを自覚した。

 任務ということは祖父からの命令だろう。

 無期限なのは相当な遠方に出向くからだろうか……。

 戦争の最前線に赴くのでは……。

 きっと危険なこともあるに違いない。


 カチェの心に爛々と炎が燃え盛ってくる。

 アベルの背中を守るのは自分しかいないのだ。

 イースはいないのだから。


 それなのにアベルは今、一人で旅立とうとしていた。

 どうにかしなくては。


「わたくしも行くわ」

「それは無理です。カチェ様には、立場があるでしょう」


 立場。

 公爵家令嬢。継承権第三位。

 そんなもの、捨てても構わなかった。

 価値を感じないものが身に纏わりついている。


「いつ、出発するのですか」

「明日、朝方に」


 カチェは絶句した。

 あまりにも唐突な別れ。

 これで、こんなことでアベルと引き裂かれるのか。

 もしかしたら、もう二度と会えなくなるのではないのか……。


 アベルは嫌な気持ちになった。罪悪感みたいなものまで生まれる。

 カチェは酷い顔をしていた。

 こんな悲しそうな表情を見るのは初めてだ。

 人を捨て去る気分とはこうしたものかと、頭を殴られるようにして思い知った。

 だが、カチェを理由に留まったりしてはいけない。自分自身に言い聞かせる。

 これ以上、言い訳じみたことも口にしたくない。


「それでは失礼します。夜遅くに、ごめんね」


 アベルが踵を返した。

 慌てて肩を掴む。

 群青色の瞳がカチェの視線とぶつかった。


 どこか得体の知れない気配を含んだアベルの眼。

 でも、好きだった。

 今日、声を掛けてきた貴族たちの何とつまらなかったことか。

 身なりが整っていて、物腰も洗練されている。

 中には洒落た会話のできる男もいた。

 だが、それだけの男たちだった。

 アベルのように言い知れない底力のある者はいなかった。

 知れば知るほどアベルが好きになった。

 どこにも行かないでほしい。

 できれば、隣にいさせてほしい……。


「どんな説得も無駄みたいね」

「はい。決めました」


 カチェは力を失い、そのまま椅子に座り込んだ。

 アベルは心中で激しく詫びる。

 自分でも驚くほど胸が痛んだ。

 そのまま走るように部屋から出て、邸宅を後にした。




~~~~~




 カチェは浅い睡眠と、覚醒を繰り返す。

 そうしている内に、外から小鳥の鳴く声が聞こえてきた。

 朝、一番の鐘が鳴る。

 起き上がる気力もなかった。

 アベルの見送りなんかしたくもない。

 きっと泣いてしまう。


 朝食を知らせに来た女官を追い返した。

 体調が悪いから寝ていると言う。

 毛布を被って目を瞑る。

 アベルは、もう出発してしまったに違いない……。

 手の届かないところに行ってしまう。


 女官が何回か声を掛けてきたが、声を荒げて近寄らせなかった。

 そんな風に時間だけが過ぎていく。

 カチェが呆然と天井を見つめていると、扉を控えめに叩く音が聞こえた。

 それから少しだけ開かれた隙間から、緊張した声質で女官の声がする。


「ベルティエ様がお見えになっております。昨日の約束を今からできるかとのことですが」

「……分かったわ。ちょっと待っていて」


 カチェはノアルト皇子が何か話しがあるというのを思い出した。

 体も気持ちも極度に落ち込んでいるが、皇子の頼みでは断るわけにもいかない。

 のろのろと動きやすい普段着に着替えた。

 ゆったりした象牙色の下穿き。上は白い絹のシャツ。

 革の胴着を身につけた。

 帯剣はしない。気持ちが落ち込んでいるせいで億劫だった。

 小さなエメラルドのついた首飾り。気に入っているので、それを首に掛けた。

 ついでに西方商友会の登録証を胴着の小物入れに突っ込む。

 姿見に自分の姿を映す。最低限、見苦しくない程度に髪を手櫛で整える。

 扉を開けるとベルティエが廊下で待っていた。いつも通り、自信に満ちて溌剌とした態度だった。


「すみません。カチェ様。すぐに済むそうなのですが」

「はい。それでは行きましょう」

「昨日の祝賀会は大成功ですよ。来客者たちは皆、ハイワンドを讃えていました」

「そうですか……」

「テオ様とノアルト様に勢いがあると誰しも感じたはずです」

「政治の事はよく分かりません」

「ノアルト様は、もしかするとカチェ様を直属の配下として抜擢するつもりなのかもしれない」

「え……」

「貴方と共に働けるのなら俺にとっても喜びです。共に皇子を盛り立てましょう!」


 何と答えれば分からず、カチェは曖昧な笑みを浮かべた。

 以前なら喜んで受けるような話しであるはずなのに……。


 大邸宅の二階東側にある貴賓室へと移動する。

 扉の前では直衛隊の兵士が四人ほど、厳重に警備をしていた。

 ベルティエがノックをすると、中から声がある。

 カチェのみ、ゆっくりと入室した。扉はベルティエが閉めてくれた。

 部屋の中央あたり、ノアルトが椅子に座っている。

 服装は白絹の上下で、大きな襞があしらわれていた。陽光を受けて、眩しいほどに白い。


「ノアルト様。カチェ、ここに参りました。ご用向きはなんでしょうか」

「ま、まぁ、座るといい」

「……」


 カチェは着席を促されたので、そのまま勧めに従う。

 皇子の発言を待つのだが、どうしたわけか言い淀んでいた。

 お互いの沈黙は続く。カチェは辛抱強く、待った。


「カチェは……側室というものを知っているかな」


 知っているも何も、自分こそが側室の子だった。

 父ベルルには正妻がいた。しかし、夫婦仲は悪く、正式に離縁しないまま愛人を設けた。

 その愛人こそ、自分の母だとカチェは考える。


「わたくしは、妾腹の子でございます」

「側室と言うのは必要なものだ。身分高貴な者ほど婚姻はいささかも本人の自由にはならない。結婚した後も跡継ぎを絶やさないために子作りに励まねばならぬ。子が無いのなら、お出来にならない男と陰で蔑まれる」

「……」

「子をなすのは女の仕事とよく言われるが、とんでもない。好きでもない女を抱く行為など、男にとっても大変な労働なのだぞ。苦痛と言っても良いだろう」

「……かといって、側室が素晴らしいことですか? わたくしの兄たちとは今でこそ少し交わりもありますが、幼い頃はほとんど顔を合わせることもありませんでした。それに正妻様との関係は最悪ですよ。向こうは、わたくしや母を仇のように思っているようです。それから側室というものは、往々にして立場がないものです。主人の愛情のあるうちはよいでしょうけれど、当家のように行方不明となれば居場所など無いも等しく。現に、わたくしの母も祝賀会には出席していませんでした」

「そ、それは……それはベルル殿の差配が悪かったのだ」

「そうかも、知れませんね……」


 カチェは答えたきり、会話を繋げようとも思わなかった。

 何の用事なのだろうか。側室の話題など何故するのだろうか。

 不審を感じつつあった。


「俺は……俺はそんなヘマはしない。聞いてくれカチェ」

「はい。なんでございましょうか」

「俺は……カチェを愛している。本当だ。適当なことを言っているわけではない。あらゆる非難や問題を差し置いても、君が欲しい。我慢できないのだ」

「……」

「だから愛妾にしたい。いや、本当は正妻にしたいぐらいだ。公爵家の者で、なおかつ功労者の君を一段低い立場に置くのは、礼を欠いていると理解している。だが、俺は出来る限りのことをする。許して欲しい。皇族は家臣にものを頼むということは無い。だが、慣例を無視して、請うぞ。俺のものになってくれ」

「……え?」


 何を言われているのか理解できなかった。

 愛妾?

 カチェは困惑の極みだった。


「返事は良しとしてくれるな」

「……ま、待ってください。ノアルト様にはカミーラ様という婚約者がいらっしゃるはず」


 ノアルトは面相を悲しげに歪めた。

 拳を震えるほど握りしめる。


「政略結婚だ。それ以上の意味や価値などない。これでも、ありとあらゆる苦痛を耐えてきたつもりなのだ。しかし、カチェのことだけは我慢できない。分かってくれ! 俺のものになってくれ!」

「カミーラ様は、本心からノアルト様を愛しておられました。幸福そうでした」

「それは向こうだけは満足であろう! 皇族と婚姻するのは貴族最大の功績となるからな。あいつは俺の地位を愛しているのだ。俺を愛しているわけではない。俺にしてみれば無数にあった選択の中から……たまたま、あいつになっただけのこと。それに決めたのは兄と重臣たちだ。俺の意見など、無いに等しい。皇族などと褒めそやかされたところで、女一人とて自由に愛すことができぬ」


 ノアルトの目には、激しい情熱が燃えていた。

 何をするか予期できない。


「もうすっかり諦めていたところに、君が現れた。昨日の舞踏会。俺の心は痛んだぞ。君がどこかの男と一緒になって、結婚してしまうと考えたら……居ても立ってもいられなかった。俺は、だから覚悟を決めたのだ。俺の覚悟に対して、答えを聞かせろ」

「考え直してください。まだ、結婚もしていない内に愛妾など持ったら……」

「俺が何とかする! 俺はバカじゃない。それぐらいのことは弁えているつもりだ。機を見て、必ずしっかりした立場をカチェに与える。兄が皇帝になれば、俺は皇弟となり、この国で二番目の権力を持つ。何とでもなる。バルボアもカミーラも、所詮は金と地位と権力が欲しいだけ。与えてやれば黙るさ」


 そんなわけがない。そうカチェは思った。

 勘が激しく訴えていた。これは危険だ、と。

 今、自分に巨大な運命の力が働いているのを自覚する。

 このままノアルトの熱意に絆され、望むまま愛妾にでもなってしまえば……絶対に悪いことが起こる。

 バルボア家から憎悪の限りを注がれることになるのは、あまりに明白ではないか。

 ノアルト皇子は激情のあまり、冷静さを失っている。

 何とかしなくては……!


 とりあえず祖父に相談しようと思いつく。

 人生の辛苦を味わい尽くしているような祖父なら、きっと正しい判断をしてくれるだろう。


「あっ。あの……今すぐに返事をするのは無理です。ノアルト様」

「どうしてだ! 俺はすっかり覚悟を決めているのだぞ。良い返事をどうしてくれない? 応ずる以外の答えなど、俺は聞きなくない!」


 カチェは、この自暴自棄なほどの愛情とも感情の塊とも言えるものの、せめて半分でもアベルが持っていてくれればと思わずにはいられなかった。

 いや、きっと持ってはいるのだ。しかし、それはイースに注がれ続けている……。

 どんな結果になるにせよ、ここまで強い気持ちを向けてくれたこと自体は感謝すべきなのだろう。

 受け止めることは出来ないけれども。


「……困ります」

「カチェはまだ生娘だ。男を知らないから分からないんだ。俺は戦争も経験した。生死の儚さを知った。愛した女から裏切られたこともある。だから、そこらの男よりも遥かに愛を知っている。愛とは、独占することだ。他の者に渡さぬことだ。いつ終わるとも知れない短い一生で、相手を抱き締めて離さぬことだ。激しく愛せば、当然、行いも激しくなる。穏やかな愛などあるものか。愛とは命懸けになれることを言うのだ!」


 真っ直ぐな刃に、カチェの胸は突き刺されたようだった。

 愛とは、命懸けになるほどのものだからこそ、愛である。

 その説明だけには共感できた。

 心に去来するアベルの面影。

 あいつのためなら、命を捨てることになってもいいだろう。

 つまり、やっぱり自分はアベルを愛していたのだ。


 ノアルトの目は据わっていた。

 意志の弱い人間ではない。

 必要なら力で物事を解決する気力を湛えた人物だった。

 ならばと、カチェも覚悟を決める。

 これからは戦いだ。

 すなわち、先手必勝。


「わたくしは、愛妾にはなりません。ノアルト様に剣で仕える気持ちはありましたが、体を捧げるつもりなど少しもないのです。分かってください」


 それからカチェは席を立った。

 そのまま部屋を出ようとしたが、後ろから肩を掴まれた。

 ノアルトが強引に口づけをしようとしてくるので、手の甲でそれを払った。

 さらに力をこめて肩を掴んでくる。

 カチェは直下に体を落とすとノアルトの足首を取る。

 気合いを入れて叫んだ。


「があぁあぁあぁあ!」


 渾身の力でノアルト皇子を引っくり返した。

 ノアルトは己の視界が天地逆転したのを、奇妙なほどゆっくりとした感覚で捉えた。

 床が目の前にある……。

 背中が石の床にぶつかる。

 激しい衝撃。

 脳裏に火花が飛び散ったようだ。


 無理矢理、半身を起すとカチェが窓から表に飛び降りたところが見えた。

 慌てて追いかける。

 ノアルトは二階から地上を見下ろしたが、そこにはカチェの姿は見当たらなかった。

 どこにもいない。

 唖然とする。

 皇帝国の皇子たる自分をブン投げて、窓から逃走……。

 なんという大胆不敵な女か。

 扉の向こうから問い掛けがある。


「ノアルト様! いまの物音はなんでございますか」

「何でもない! ふざけていただけだ。気にするな!」


 皇族に対する不敬は、罪である。

 しかし、カチェを罪に問えるはずもなかった。

 誰にどう訴えろというのだ。

 探さねばと、ノアルトは思う。

 この邸宅にいることは確かなのだ。

 絶対に説得してみせる。

 決してベルティエらに見つかるわけにはいかない。男の誇りが掛かっていた。

 ノアルトも窓から身を乗り出して、そのまま下に飛び降りた。

 受け身を取って、転がる。

 少し足が痺れたが、どうということもない。

 カチェはどこへ行ったのか……。


 カチェは全力疾走で召使い用の裏口に向かう。

 警備の者に声をかけた。


「入りますよ」

「あっ。カチェ様? なぜ、玄関ではなくこちらから……」


 無視してカチェは中に入る。

 厨房や倉庫の脇を通り、素早く召使いのための廊下から階段へと移動した。

 主人や来客者への不作法とならないように、廊下から階段に至るまで使用人専用の通路がある。

 そうした通路の出入り口は客人の目につかないように壁の羽目板を利用して作られていた。

 当然のことだが普段は閉じられている。

 よって一見したところでは、どこに出入り口があるのか分からないのである。

 カチェはアベルにも放っておかれ、退屈を紛らわすためにそうした通路を全て調べ尽くしてあった。


 何事かと目を見張る小間使いを横にしてカチェは二階に上がる。

 執務室から一番近い出入り口までやってきた。

 羽目板を押すと、少し反発してから手前に開いた。

 カチェは隙間から身を滑らして、一直線に執務室に飛び込む。

 ケイファードと、見覚えのある貴族が四人ほど控室の椅子に座っていた。

 おそらく面会待ちの人々だろう。

 カチェは態度を取り繕い、優雅に挨拶をした。

 貴族たちは立ち上がり、丁重に挨拶をしてくる。

 ケイファードの元に何でもない風を装い近づき、耳元で言う。


「お願い。急いでお爺様と話しをさせてちょうだい。一刻も早く」


 ケイファードは何かを察して、頷く。

 軽く扉をノックして、短く遣り取りをしてからカチェに目で合図をした。

 カチェは中に入る。

 執務室には祖父バースとテオ皇子が二人だけでいた。

 紫檀の机に走り寄って、テオ皇子に一礼する。


「どうした。カチェ」


 カチェはバースの耳元で囁く。


「信じられないようなことになりました。ノアルト皇子様が、わたくしを愛妾にしたいと口説いてきました。もし了承などすればカミーラ様は憤激し、わたくしを有らん限り憎むことでしょう。バルボア家と大変なことになってしまいます……!」


 バースは表情を押し殺したが、戦慄したといっていい。

 やっとのことで成立している協力関係。

 それはさながら、砂糖菓子の城であった。

 甘味を求める蟻たちが群がりはするが、簡単に壊れる柔いもの。


 もし、ノアルト皇子の愛妾にカチェがなりでもすれば、バルボア家から激しく恨まれるに決まっていた。

 確実にバルボアの協力を失うことになる。

 そればかりでなく、あらゆる貴族たちからハイワンドは油断ならない狡猾な家と睨まれるだろう。

 激しい不信と嫉妬を生むのは間違いない。

 何があっても信用を失うわけにはいかなかった。


「お爺様。わたくしはノアルト様に少々無礼を仕出かして逃げました。とにかく、ここは距離を置くべきです。しばらく身を隠しますから、あとで連絡をするということでよろしいですね」

「おお……カチェ。お前の賢明さがこれほどありがたいと思ったことはないぞ。よくノアルト様の誘いを退けてくれた」

「わたくし、愛妾なんて嫌ですもの。それでは、あとをお願いします」


 カチェは身を翻して、優雅な仕種でテオ皇子に挨拶をすると退室していった。

 バースはテオ皇子に向かい直り、言う。


「大変なことになりました。どうやら、儂の孫は傾国の美女になりかけたようでございます」

「ほぅ。面白そうな話しだな。詳しく聞かせろ……」

「はい。ぜひともテオ様には弟君の説得をしていただかなくてはなりません」




 ノアルトは目を血走らせながらカチェを探す。

 召使いが出入りする通用口にいた衛兵に聞けば、そこからカチェは中に入ったという。

 邸宅のどこかにいるのだ。

 うろうろと探し回るよりは、良い手を思いついた。

 きっと自室に戻るに違いない。

 部屋の前で待っていよう。ノアルトはそう思いつく。

 召使いたちが業務で使う通路のことなど、僅かも想像しなかった。


 カチェはノアルト皇子と鉢合わせになることを避けるため、再び召使い用の通路を歩む。

 次に訪ねるのはモーンケの部屋だ。

 最寄りの隠し扉を開き、目的の部屋の前まで来た。

 警護の騎士がいたものの、カチェを認めると畏まって挨拶をしてくる。


「モーンケ兄さん! カチェよ。用事があります。開けて」


 しばらくすると昨晩の宴で浮かれるまま酒を飲み過ぎて、二日酔い気味のモーンケが扉を開けた。

 急いで中に入る。


「なんだよ。珍しいな。お前が来るなんて」

「分け前をください。旅の途中で手に入れたお金とか戦利品よ!」

「おいおい。な、なんだよ。藪から棒に」

「お金がいるのよ!」

「あ、あれはお前……。俺が増やしてやるから。ちょうど利殖の上手い商人が見つかってよ」


 カチェは右の拳を堅く握りしめた。

 腰に力を入れて、モーンケの腹に拳骨を叩き込む。

 兄は、くぐもった重い呻き声を出す。

 海老のように体を折り曲げた。

 目ん玉、飛び出そうな顔。


「わたくしの言っていること、理解できますよね? とりあえず財布を出してください」

「カチェ……強盗……」

「人聞きの悪いことを言わないでください。お兄様が独り占めするのがいけないのです。それで? 今度も腹がいいですか。それとも顔?」


 妹のどこまでも冷徹な視線。

 腹の奥深くまで、ずんと突き刺さった拳骨。内臓が、たったの一撃で悲鳴を上げていた。

 もう一発、こんなものを食らったら胃袋が爆発してしまう……!

 モーンケは慌てて懐から金の入った袋を取り出す。

 カチェが中身を確認すると、金貨が十枚。銀貨が数十枚といった感じだった。


「アベルの分もいるわね」


 冷静にモーンケの指に嵌っている指輪を全て奪う。

 金の台座に、赤や緑の宝石の粒が煌めいていた。


「お、おい。そいつは名工キップ・ヤップの一級品で……」

「ありがとう。兄さん。それじゃ、もう行くね。ロペス兄様を上手く支えてあげて。二人でならハイワンドも安泰ですから」


 カチェは自室に戻らないことにした。

 一刻も早くこの場から離れた方がいい予感がある。

 迷うことなく窓から飛び降りると厩舎に向かって走る。

 モーンケは妹の所業にショック状態となり、ただ力なく床にヘタることしかできなかった。

 

 カチェは厩に駆け込んだ。

 顔なじみの馬丁に普段通りの様子で挨拶して、いつもの馬に馬具を付けさせた。


「ちょっと気晴らしに庭を走らせるわ」

「へい。ようございますな」


 カチェは馬に跨るとアベルの家に向かう。

 もう昼近くになっているから、いるはずはなかったが何か手掛かりがあるかもしれない。

 林の中を進むと、こじんまりとした質素な建物が現れた。

 馬を玄関の前で止めて、下馬する。

 思わず力の篭った調子で扉を叩いてしまった。

 中から叔母アイラとツァラが出てきた。


「カチェ様。どうしたのですか」

「アベル! アベルは……」

「……今朝、出発しました」

「任務ですね。どこに行ったか分かりませんか?」

「……言ってはいけないことになっているのですが……」

「お願いです。アイラ様。教えてください!」


 カチェの、あまりも切実な様子にアイラは抗しきれなかった。


「旧ハイワンド領です。シャーレと薬師の夫婦を装って潜入するそうです」

「……! なるほど。なんとなく任務の内容が見えてきましたね。アイラ様。このカチェ、心より感謝いたします」

「どうするつもりですか?」

「アベルの背中を守るのは、わたくしです! 放っておくと、あいつ……どこで何をやらかすか分からないのですから。任せてください!」


 カチェは足元にいる幼い従妹ツァラを抱きしめた。


「ツァラとはもっと遊んであげたかった」

「カチェさまも、たびにでるのですか?」

「そうよ。わたくし、旅をしているほうが楽しいの。貴方もいずれ自分の生き方を見つけることがあるでしょう。それでは、元気でね」


 馬に乗って手を振り、別れた。

 頭の中には主要な街道が思い浮かぶ。

 わざわざ遠回りするはずがない。

 シャーレがいるのなら、旅路は安全な道を選ぶ。

 それに西方商友会の施設を利用する可能性も高い。

 手掛かりはあるのだ。必ず追い付ける。

 カチェは正門へ馬をつけた。もしかしたらノアルト皇子がいるかもと恐れたが、幸いなことに姿は見えない。

 騎士や衛兵たちが警備をしている。


「カチェです。小用で出ます。開門せよ」

「お供はどうされましたか。まさか単騎で?」

「余計な詮索はしなくてもよい。バース公爵様の許可はあります。開門を早くしなさい」


 支配者の血筋を感じさせるのに充分な気迫をこめて命ずると、衛兵たちは重たく大きな門扉を開けた。

 カチェは外に出る。

 これは、それまでの人生から解き放たれたことも意味した。


 息を大きく吸い込む。

 気力、魔力が充溢していた。

 何かを失うことは、同時に何かを得ることでもある。

 だが、自分の場合は得るものばかりだ。

 アベルの隣で人生を切り開く。

 逃がすものか。






いつも読んでいただき、ありがとうございます。

だいぶ長くなってしまったのですが、切らない方がテンポいいかと判断しました。

次回、未定です。

それでは。

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