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獣の見た夢  作者: MAKI


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交易の街、商人たち



 

 アベルたちの前に広がる乾燥した草原地域。

 壁に囲まれた街が現れる。

 ホロンゴルンという亜人界と魔獣界の境にある一大拠点だという。

 時間は夕方前だった。


 街は石造りの高い壁で囲まれている。

 しかし、壁の外側には大勢の人間と家畜がいた。

 羊がかなり多い。

 それから牛、山羊、駱駝もいた。

 アベルたちが欲している馬もいる。

 おそらく、見える範囲内だけでも家畜たちの頭数は数千頭に達していた。

 アベルは思わず声を上げてしまった。


「やっぱ騎士は馬だよな。ずっと歩きじゃ格好がつかないよ!」


 皆、自然と馬の群れに吸い寄せられていく。

 黒や褐色、栗色の毛色をした馬が元気に駆けたり跳ねたりしていた。

 馬体はやや小さいものが多いが、機敏で動きに張りがあった。

 アベルは良い馬だと確信する。

 ライカナは薄青色をした爽やかな長髪を草原の風に流しながらアベルたちに言った。


「取り合えず、もう夕方ですから市内で宿を取るか野宿するか決めましょう。私としては市内に泊まって、夜は酒場で情報収集をしたらいいと思います」


 反論する理由など何もないので、ライカナに促されるまま城門へ向かう。


「わたしはここに何度か来たことがあります。生きた家畜の売り買いは城外でするのが普通です。城内では香辛料や鉱物、布、宝石、穀物などの商売が盛んです。入市税があるのですが、安かった記憶があります。銅貨二十枚だったかしら……」


 門に向かうと市内に入る人ばかりだった。

 街から旅立つのなら朝からだろうから、夕方は街に入る時間帯というわけだ。


 商人が多くて、駱駝や馬に大切な荷物を括りつけている。

 一人旅の者は皆無と言っていい。

 遭難や魔獣、盗賊など、数々の危険を考えれば単独旅行など考えられない事なのかもしれない。


 人々の服装は直射日光や風から肌を守るようなデザインになっている。

 帽子やフードを被っている人が多かった。

 ゆったりとした衣服で手首から足首まで覆っている。

 槍や刀剣で武装している者も大勢いた。

 商隊の護衛という感じの人たちだった。


 壁の高さはアベルの目測、六メートルぐらいはある。

 街内への入り口は狭くて馬車が一台通れるだけの幅しかない。

 壁の上部には矢狭間があって、ホロンゴルン市の防衛を担っているらしき兵士が隊列を作っていた。

 かなり固い警備だった。


 内部に入るには門の前にある検問で、一人につき銅貨二十枚を払えばよかった。

 奴隷も商人も老若男女や亜人の区別もない。すべて公平。

 アベルたちは旅で銅貨など大量に持っていては邪魔なので、銀貨と金貨しか持っていない。あとは砂金。

 どうしようかと思っていると、やっぱり両替商のような者が路上で茣蓙を敷いている。

 皆でそちらの方へ行く。


 両替商は白い髯を胸元まで伸ばした老人。

 欠けた歯を見せ、にこにこと笑っている。


「どれ。銅貨や銀貨がいるじゃろう。この金替えやること五十年のセブールにお任せあれ。正直、真っ当、誠意の男。ビタ銭なんぞ渡さないぞい」


 ビタ銭というのは貨幣の一部が欠損していたり、擦り減ってしまっているような物のことだ。

 そういう貨幣は完全な貨幣よりも価値が落ちるので注意がいる。

 悪質というほどでもない商人ですら、わざとそういったビタ銭を渡してくることがある。

 商取引のときに押さえておく常識みたいなものだ。


 交換レートのようなものが表になっているわけではない。

 すべては会話でやりとりする。


 ライカナが代表して、様々に交渉していた。

 アベルはその会話を聞いていたが、知らない単語や隠語のようなものも混じっていて、あまり意味が分からなかった。

 そして、一通りの交渉が終わったライカナは皆に説明する。


「いま、亜人界では金銀の値段が上がっています。ですが銅はあまり上昇していません。金銀は戦争の影響らしいのですが……。銅貨には必要最低限だけ両替するのがいいでしょう。銀貨をたくさん銅貨に代えてしまうと損します」


 銀貨一枚で銅貨百十枚と交換してもらえることになった。

 流通している銅貨は王政銅貨という王道国の発行しているものだ。

 皇帝国と違って王道国は亜人に対して差別政策をしていないから、経済交流も盛んのようであった。

 結果的に貨幣の流通まであるらしい。


 お金を払って、いよいよホロンゴルン市の中に入る。

 アベルは思わず足を止める。歩く人間の多さに圧倒された。

 ポルトの街に近いものがあった。

 建物もびっしりと並んでいて、密林とは全く別の世界に来たというか、やっと人間の住む世の中に戻ってこられたという気がする。


 市内は大通りと路地で割り付けがされていて、建物は表通りが二階建て、裏通りは平屋建てが続いていた。

 入り口付近には倉庫街と輸送業者の施設ばかりだった。

 時間帯が荷物の届く頃合いだったので、荷卸しが盛んである。

 奴隷か肉体労働者のような男たちが忙しそうに働いている。

 上半身が隠れるほどの大きな瓶を馬車から降ろしていた。

 食用油を入れた壺が、高く積み上げられてあった。


 そこを抜けると市場になった。

 とにかく多様な物品が売られていた。

 カチェが歓声を上げる。

 アベルがどうしたのかと思うと、カチェは色とりどりの複雑な模様を描いた織物を珍しそうに見ていた。


 それから絨毯も売っている。

 絨毯は値段のピンキリが甚だしい。

 動物や人間を精緻に表現した巨大な絨毯は、アベルがひやかしで値段を聞いてみれば金貨四十枚という超高額だった。

 逆に敷物としての機能を最低限そなえた絨毯は銀貨数枚。

 もちろん、言い値で買うようなことはなく、始値から様々に交渉していくのだろうけれど、それにしても高い。

 絨毯というものは家格を示す、ステイタスシンボルとしての価値があるらしく、ある程度の家となれば良品を備えていないとならないらしい……。


 金属を叩く音で非常に騒々しい一角があり、何事かと思って見ると銅の加工をしているのだった。

 こうした光景はポルトでもほとんど無かったように思う。

 アベルは珍しさに目を奪われた。


 銅板を叩いて打ち出した鍋や皿、燭台まである。

 錆びていない新品の銅製品は綺麗に輝いていた。

 少し離れたところでは陶器製の器も大量に売られている。


 アベルやカザルスは鉱物魔法の「土石変形硬化」がかなり巧みなので、器の類は買う必要がほとんどない。

 旅の途中、作っては捨てることを繰り返していた。

 だからこそ上達したということもあるのだが……。


 ちなみにカチェは「土石変形硬化」を使うことはできるのだが、あまり細かい魔術操作が得意ではないらしい。

 穴を掘ったりはできるのだが、器を作るとグネグネの妙な形になってしまう。

 いつだったか、あまりにも珍妙な杯が出来たのでアベルが思わず笑ったらカチェが怒ったことがある……。


 ざっと市場を通過しただけなのだが、足を止めてばかりだったので時間が思いのほか経ってしまった。

 ライカナは皆に言う。


「わたしが以前、宿泊した親切な宿屋を訪ねてみましょう。まだあると思います」


 ライカナの案内で大通りを進む。

 食料品を売る店が連なってきた。

 麦などの穀物、ナツメヤシといった乾燥果実、数十種類に及ぶ香辛料、おそらく湖で獲ったものらしき干し魚まで売られている。


 通りの奥に、小規模な砦のような石造りの建築物が見えた。

 高い尖塔が一つ、目立っていた。


「あれがホロンゴルンの自治首領の城です。亜人界ではホロンゴルンのような大きな商業都市は、どこの勢力の傘下でもなく独立しているのが普通です。いずれの国や集団にも与しない代わりに、何者も拒みません……」


 ライカナの言っていた宿屋は、変わらず営業していた。

 しかも、ライカナが十年ほど前に泊まったことを憶えていてくれた。

 交渉の結果、総勢九名、一つの大部屋を貸し切りで使うことになった。

 一泊、銀貨四枚なり……。


 宿屋の中庭に小さな池があって、葡萄棚の日陰になる所には長椅子がある。

 中の上ぐらいの宿屋みたいだった。

 あまり安宿だと寝具にダニがいたり、宿泊客から盗みや過度の声かけなど迷惑行為を受けることになるので、お金があるなら避けるべきだった。


 貸してもらった部屋で荷物を降ろし、少し休んでいると夕闇が濃くなってくる。

 もう夜だが、みんな腹が減っている。

 宿で食事は出せないというので、外に食べに行かねばならない。


 穏やかな顔をした宿屋の旦那と奥さんが荷物を預かってくれるという。

 ただし、貴重品は置いていかないでくれということだった。

 鎧の類は迷ったが、見張り番がいないので置いていかない。

 防具は高いのである。

 ましてやカチェやロペスのものは一流品だった。

 売れば金貨になる代物だった。


 アベルたちは全員で夕食を兼ねて酒場に向かう。

 店選びは結構重要で、客層というものがある。

 現地労働者の店、旅商人の店、値段の上下、所属している組合などなど。


 アベルたちのように遠くへ旅したいという者は、遠方地の情報が手に入る店を選ぶ。

 つまり、商人の中でも長距離移動を得意としている者が利用するような店。

 できれば皇帝国か、あるいは皇帝国の隣接地帯にある属州や自治地域まで行き来している人物が居るといい……。


 アベルたちは夜でも営業している飲食店が軒を連ねる街角へやってきた。

 店の前には油を使った灯火があるので明るい。

 看板には店の名前と特徴が簡単に書いてある。

 疲れた体を癒す塩味とたっぷりの料理とか書いてあるから、たぶん荷役労働者のお店という感じだ。


 素早く数十軒の店を見て回って、世界中の商人が利用する店と分かりやすい説明が書いてある所があった。

 アベルは本当かよと思わなくもないが、取り合えず入ってみることになった。


 中に入ると五十人ぐらいが飲み食いできる大きい店だ。

 油灯が設置されているので、魔光を出す必要はない。

 先客が二組十人ほどいる。

 とにかく腹が減っているので料理を頼みたい。

 当たり前なのだが、メニューなんかない。


「いらっしゃい!」


 十六歳ぐらいの看板娘から元気なお出迎えの声。

 娘は露出の多い服を着ていた。

 野外と違って屋内では肌は隠さないらしい。

 腕が丸見えの上着にミニスカート。

 健康的な褐色の肌、太腿が綺麗だった。

 威勢の良い甲高い声で注文を取りに来た。

 胡桃色の髪と瞳。

 すごい美少女ではないけれど、元気の良さそうな娘だった。


「今日の料理は羊の煮込みね! あとは腸詰めにパン。飲み物は水、葡萄酒、蒸留酒、馬乳酒。西瓜や根菜もあるよ。どうする?」


 あまり選択の余地はない……。

 アベルは皆に聞いた。


「みんなお腹、かなり空いていますよね? 一人あたり煮込みが二人前にパンと腸詰め、葡萄酒は全員に一杯でいいですね」


 異論はないようだ。頷いている。看板娘にアベルは注文を伝えた。

 カチェはこういう店は珍しいらしく、きょろきょろと見回している。


「アベル。魔獣界では、ほとんど街に寄らなかったわ。食べる所って、こんな風になっているのね」

「酒場なんか、だいたい同じようなものですよ。味の良し悪しはあるだろうけれど」

「うちの煮込みは絶品だよ!」


 アベルの後ろから鋭く看板娘から主張がある。

 テーブルに料理が手早く並べられる。

 大鉢三つに羊肉と内臓の煮込みが、たっぷりと入っていた。

 取り分け用の皿が積まれているので、アベルが黙って皆に配膳する。


――最下層の従者は座っていられないのだ……!

  ワルトが手伝わないのは納得いかないが。

  まぁ、仕方ないか。飼い犬が食事の支度なんかするわけないし。


 アベルが皿を配って料理を分けてやる。

 そうこうしている内にパンと葡萄酒を看板娘が持ってきてくれた。

 看板娘がアベルに手を出してきた。


「お金払ってくれる? 煮込みが銀貨三枚、葡萄酒は銅貨九十枚。パンは特別に銀貨一枚でいいよ。本当なら九人分だから一枚じゃ足りないけれど。腸詰めの代金はまた持ってきたとき払って」


 お金はロペスとライカナが半分ずつ管理している。

 もし、盗られたり、最悪の場合遭難や魔獣に襲われるなどして全額無くすのを避けるためだった。

 そして、出費は皆で決める。

 厳しく長い旅である。

 個人が勝手に使うということはないのであった。


 アベルはロペスから代金を受け取り、看板娘に払う。

 さっそく食べてみた。

 羊肉の煮込みは塩味に香辛料の風味が加わっている。

 肉質といい味といい、確かに美味い。

 看板娘が言うだけある。

 やがて平べったく硬いパンが出て来るので、煮込みの汁に漬けて食べる。

 ワルトが大口を開けて、飲み込むように煮込みを平らげた。

 あいつ味わうって概念ないのかな……と、アベルは呆然と見ていた。


 葡萄酒をロペスとガトゥが早くも飲み切り、さらに注文。

 信じられない勢いで飲んでいく。

 アベルも葡萄酒を飲んでみると、風味は悪くない。

 あっさりした、口当たりの良いものだった。

 しばらく、会話もないまま黙々と料理を食べ続ける。


 腸詰めの焼いたものが運ばれてきた。

 指二本分ほどの太さがあるやつが、ジュウジュウと音を立てていた。

 アベルは銅貨百八十枚を払う。

 十枚一束になっているから、いちいち全数を数えたりしなくてもいい。


 食事が粗方終わり、ゆっくり酒を飲む段になった。

 ライカナは席を立って他のテーブルの人たちに話しかけた。

 アベルとカチェはライカナの後ろで会話を聞いてみるが、どうやら目当ての長距離移動を得意とする商人ではなかったようだ。


 それでも色々と話しを聞いておけば、得することもある。

 ライカナはあれこれと巧みな機智と丁寧な話術で情報を引き出した。

 会話が終わりライカナは席に戻る。

 しかし、満足はしていないようであった。


「もう少し話しを聞きたいところですね。なにしろ、これほどの人が集まる街は久しぶりです。わたし自身、全く耳にしていない情勢の変化ばかりです……」


 いっそ店を変えるかという話しになりつつあったが、その時、新たな来客がある。

 四人組で、いかにも旅の最中といった風体をした人間族の男たちだった。

 彼らは来店するなり葡萄酒や蒸留酒を頼んで、ぐいぐいと飲み始めた。

 料理を注文せずに酒ばかり頼んでいる。


 ライカナは良さそうな時合を見て、彼らに話しかけに言った。

 アベルも付いていく。

 こちらを警戒心の含む視線で注視してくる彼らの内、リーダーらしき年配の男は毒虫にでも刺されたのか頬が腫れていた。

 アベルは気さくに話しかける。


「ねぇ、旦那。その頬どうしたの? 虫かな」

「……蜂だ」


 ちょっと胡散臭そうに五十歳ぐらいの年配の男は答える。

 しかし、商人は職業柄、丸っきり無視してくることはあまりない。

 とりあえず答えてくれた。


「ねぇ。僕、治療魔術が使えるんだけれどさ、ただで治してあげましょうか」

「えっ! 本当か?」

「その代わり、僕たち色々と話しを聞きたいから教えてほしい」


 アベルは手のひらに魔力を集中させる。

 白く淡い光が、湧くように出てきた。

 赤く腫れたところを、ひと撫でしてやると次の瞬間には普通の状態になっている。


「痛くないな。治ったか……」

「ああ、親父! すっかり治っているぜ!」


 四人は親子だった。

 全員、アベルに好意的な顔をしてくれる。

 アベルの経験上、こうして傷を治してやるとほとんどの場合、非常にいい関係が作れる。

 そこへ持ってしてライカナの美貌であった。

 これは相乗効果が凄かった。

 ライカナの質問に親父と呼ばれた男が、かなり丁寧に答えてくれる。


「とにかく金儲けしたいなら戦争関連だな。だが、注意がいる。ディド・ズマだ。あいつ、戦費が足りないせいか滅茶苦茶をやらかしてやがる。中央平原に入る街道で関所を作って、そこで関税を取るんだけれどよ、高い」

「それでは不満も溜まるでしょう」

「いや~、怖くて誰も逆らえない。下手に抵抗すれば商隊ごと皆殺しさ。けれど、ちゃんと話しをつけておけば、まだ旨味はあるな。なにしろ皇帝国と王道国の戦いは激しくなるばかりだからよ。あとは王道国に直接物品を持っていくか」

「じゃあ中央平原には行かない方がいいかしら。わたしたち、エウロニアから属州を通過して皇帝国に行きたいのだけれど」


 親父が目をひん剥いて驚く。


「皇帝国! そりゃ遠い……。でも、そうだな。戦争関連で儲けるつもりがないなら、それがいいかもしれないな。行くとすれば北方草原を中継するとかだが……最近はあの辺りまでディド・ズマの手下がいて何かと活動しているらしいな。とにかく傭兵どもに注意するんだ。山賊と変わらないから。あとは……坑人族と森人族は相変わらず仲が悪い。獣人どもは住みにくい所から離れて、あっちこっち部族ごと移動しているな。獲物が多い時期ならそれほど騒動にもならないけれど……」


 アベルは戦争の推移について聞いてみることにした。


「あの。皇帝国と王道国の戦争ってどうですか。戦況は何か変化ありますか」

「ここからじゃ最前線は遠いから詳しくは知らないな。だが、形勢は誰が見たって王道国に優勢さ。中央平原から皇帝国を追っ払ったしな。手堅いイエルリング王子に英雄ガイアケロン、戦姫ハーディアと王道国の王族は人材に恵まれている。おまけにディド・ズマがどうしたわけか王道国に異常に肩入れしてやがる」

「あのハイワンドって聞いたことありますか?」

「ああ……たしか皇帝国の貴族だったか。だいぶ激しく抵抗したと噂に聞いたけれどな……結局は滅んだらしい」

「……そうですか」


――まだ滅んでないんだよ。

  カチェやロペス、モーンケが生きている限りは。

  バース伯爵はどうしているかな。

  孫が全員死んだとなれば、さすがに落ち込んでいるだろう……。

  早くカチェを連れて帰ってやらないと。



 ライカナは利益率のいい物品や街道のことなどを、さらに詳しく聞き出して席に戻った。

 それから皆に言う。


「やはり北方草原を通過するのが良さそうです。そこよりも南の地域や中央平原は戦乱の影響が非常に強いので何が起こるか分かりません。明日、馬を買いましょう。それから香辛料を買っておけば、皇帝国の手前で売ってもかなり利益になるでしょう」


 方針も決まり、腹も膨れたのでアベルたちは店から出ようとした。

 ところがアベルの袖を引く者がいる。


「ねぇ。お願いがあるの」


 アベルにそう話しかけてきたのは店の看板娘だった。

 顔に必死な懇願がある。

 何か困っているのだろう。


「なに? どうしたの」

「あたしのお父さんが怪我して、いま困っているの。貴方の治癒魔法で治してもらえませんか」


 これは断れないなぁとアベルは思って仲間たちを振り返る。

 皆、お前の好きにしろというような顔をしていた。

 こういう時、いつも思い出すのはウォルターのことだ。

 彼は治療をするにあたって常に最高の処置を目指し、お金は最低限しか受け取らなかった。

 アベルは娘に一つ頷いた。






いつも読んでいただき、ありがとうございます。


旅の前には色々と準備が必要ですね……。それでは。

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