潜入
狒狒の魔獣を殺し尽くしたあと、アベルは怪我をしていたガトゥやロペスを治療する。
魔力も体力もかなり消耗していた。
眩暈がする。
立っているのも怠いほどの疲労だが、ザラをこの場で殺す機会があるか窺った。
あれだけ激しい戦いのあとなら油断があるかもしれない……という期待。
ところが、数十名の手下に囲まれていてザラに隙はなかった。
しかし、有利な点がないわけではない。
賊たちは狒狒との死闘で二十人ほどが殺されている。
何度も観察して判断材料を探しアベルは迷うが、カザルスやモーンケの疲労が激しいのも気になった。
特にカザルスの切り札、竜尾千斬は先ほど行使してしまった。
あの魔術は強力であるが一日一回が限度だ。
やはり無理だとアベルは感じる。
やって失敗したら、そこで終わりだ。
イースやロペスは生き残れるだろうが、他の誰か一人といえども仲間を失うことは出来ない。
となればアベルの潜入作戦しかない。
「ロペス様。今は待ちましょう。計画通りに」
「いいだろう」
さっそく仲間割れの一芝居を始めた。
アベルとロペスは怒鳴り合いを始めた。
ザラや賊たちが注目してくる。
それからアベルは走って、まずコステロにザラの仲間へ加えてほしいと頼んだ。
とにかく金が欲しいと訴える。
コステロは喜色露わにして疑いもせず、これを受けた。
そして、アベルがザラに頭を下げる段になってロペスが横やり。
裏切り者と凄まじい大音量で叫ぶや豪速でハルバートの石突きを繰り出した。
ロペスが使うハルバートは先端に槍と斧がついている構造上、重心が偏りやすいため、バランスをとるために逆側の石突きが鉄の重たい塊になっていた。
それがロペスの怪力で突き出されたのだから堪ったものではない。
とっさにアベルは後方へ跳躍したが、石突きが胸甲に当たった瞬間にアベルは吹き飛ばされる。
呼吸困難になったところでモーンケが走り寄って、倒れたアベルの顔面を靴でグリグリと踏み潰す。
アベルは本気で唸り声をあげた。
もう、ほとんど真剣な殺意が湧きだす。
アベルはモーンケの足首を掴むと、渾身の力を握力に込めた。
「がああぁあぁあ!」
という怒りの大声と共にモーンケの足を引っ張り、逆に引き倒してやった。
アベルは素早く立ち上がり、モーンケの胴に蹴りをぶちかました。
そして、刀の柄に手を掛けた時、ザラの怒鳴り声が響く。
「おい! ロペスとかいったな! その治療魔術師はもう俺の手下だ! 手を出すなら、わしが相手になるぞ!」
ザラは刺青だらけの顔に暴力と殺意を漲らせて恫喝。
だが、ロペスはまるで平然としていた。
張り出した額の下にある青い目は僅かも動揺しない。
それから、ぶっきらぼうに言った。
「アベル。お前は俺の親戚だ。最後の情けで命だけは助けてやる。だが、どこかで会ったらその時は決闘だ。首が大事ならば俺の居そうな所には近寄らないことだな……」
以外にもなかなか役者だった。
とても演技には見えない。
勢いに呑まれた賊たちが沈黙しているなかロペスは踵を返す。
モーンケが慌てて立ち上がり逃げていった。
そして、そのままイースたちは密林に去って行く。
アベルは内心、心細いが今更だ。改めてザラに頭を下げる。
「僕、これまで一族の末席という立場で給金などほとんど貰えない日々送ってきました。でも、ここでザラ様の勢いと砂金を見て考えが変わったのです。ザラ様の下で働いて金も名誉も手に入れたいと決めました。どうか手下にしてください」
ザラは鷹揚に頷き言う。
「いいだろう。アベルっていったか……。お前の魔法は役に立ちそうだ。いずれ幹部に取り立ててやる。まぁ、働けよ……。ああ、それとな。これからは治療のたびに手下どもから金はとるなよ。俺が命じたやつにだけ治癒魔法を使え。そうでないときは、誰のことも治すな」
これにて潜入成功であるが、さっそくザラの命令が始まってしまう。
治癒魔法で体を治してもらうにはザラの許可が必要という掟があれば、さらに組織の服従が深まる……というわけだった。
他人を抑圧したり支配下に置く技術だけは相当なものだった。
~~~
アベルは賊たちに混じり村へ帰る。
相変わらず賊たちは欲求不満だった。
特に女に飢えていた。
十数人いる年頃の娘たちは、ザラと幹部たちがほぼ独占。
よほどの目立った働きをしないかぎり、それ以外の手下たちは女にありつけなかった。
ストレスの溜まりきった下っ端の賊たちは喧嘩をするか、罵り合うか、あるいは罪もない村人を虐めるか……。
そういうことぐらいしか、やらなかった。
狒狒の魔獣がいなくなり、攻撃される恐れがなくなった途端に集団の規律はさらに悪化したようだ。
夕暮れ時、アベルが村を歩いていると全裸の男が踊っていた。
麻薬らしき葉っぱを咀嚼している。
全身、顔といい背中といい滝のような汗を流していて、口からは涎が垂れていた。
眼は濡れたように光っていて瞳孔が開いている。
男のイチモツはギンギンにおっ立っていた。
「んおおああぉぉぉおっ!」
という奇声を発して、男のタコ踊りみたいな動きは、より激しさを増した。
それを酒で酔っぱらった男たちが笑いながら囃し立てている。
アベルは顔を顰めて、その脇を通過する。
そんなアベルの前を塞ぐ人影が二人。
背後にも気配がある。囲まれた。
「おいっ! 新入り! おめーは何で俺に挨拶しねぇんだ!」
目の前で叫ぶのは頭と性格の悪そうな、長身でやせ型の男。
人間族だが、顔が少し爬虫類っぽい。
年齢は二十五歳ぐらいだろうか。
「はぁ。こんにちは……」
「てめぇ! なめてんのかっ! この野郎!」
顔を真っ赤にしながら怒声を撒き散らしている。
その手には棍棒を持っていた。
脅しのつもりか、本当に使うつもりか……。
両方だろうと思う。
挨拶しろと言うからしただけなのに。
もう会話が成立していない。
「なめていないです。これで普通のつもりですけれど」
「魔法が使えるからって、いい気になってんじゃねぇぞ! 魔法使いなんざ、こうやって近寄って囲めばいくらでも殺せるんだからよ! いいか。まず俺の顔を立てろ。俺の名前は……」
爬虫類顔は優位に立っていると考えて高圧的な語りを始める。
アベルは無視して淡々と言う。
「お前さ。凶器を持っているってことは殺し合いになっても構わないってことだな」
そう言い終わるなりアベルは後方に駆けだす。
背後にいるのは一人だけなのを気配で感じ取っている。
後ろにいた男に低い姿勢で体当たりをぶちかました。
相手は尻もちをつく感じで倒れる。
アベルは走って逃げだした。
後ろから叫び声が聞こえる。
アベルは路地を何度か折れて、角で待ち伏せ。
手には拾った石の塊を握っていた。
――これでも食らえ!
追いかけてきた男が飛び出してきたところで、石を握った手を繰り出す。
爬虫類に似た顔に石の先端が減り込む。
グシャ、という潰れた音がした。
痛みに悶えた男がしゃがんで、うずくまる。
アベルはその顔を蹴り飛ばす。
男が持っていた棍棒が落ちたので、それを拾い上げて今しがた追い付いてきた男を殴りつけた。
棍棒が肩に命中して、肉を叩く湿った音が響く。
追い打ちで、さらに何回か棍棒を振った。
アベルは叫ぶ。
「これがお前らの会話だろ! この痛みと暴力がお前らの言語だ!」
ひとしきり棍棒での殴打というか話し合いを行ったあと、アベルはそこを立ち去る。
背後を振り返り、倒れた男たちに言い放つ。
「もう話しかけるなよ!」
狭い村でのことだ。
多くの荒くれたちがアベルの反撃を見ていた。
にやけ笑いの者もいるし、アベルが意外な手練れと見て真剣な視線をしている者もいた。
アベルは棍棒を返さず、自分の物にした。
ここは理性とか常識の通用する集団ではなかった。
掟はたった一つ。
首領ザラへの絶対忠誠。
それ以外は何をやっても自由。
だから賊たちは常に上下、力の優劣を競い合った。
つまるところ格付けをする他にやることなどなかったのだ。
そして、そういう集団内闘争の上位に立ち、なおかつザラに認められた者だけが幹部になるのだった。
アベルは、いくら治癒魔法が使えるといっても新入りであり集団の中でヒエラルキーを決める絶好のターゲットであった……。
少しでも油断をすれば何をされるか分からない。
潜入してから二日目。
魔獣がいなくなったので賊たちは宴会のようなことを続けていたが、ついに作業再開だった。
アベルはザラから役目を命じられた。
ヘイルという名の男の補佐役だ。
剣風流という剣術の凄腕。
年齢は三十歳ぐらい。
体つきは、がっしりした感じなのに頬は落ち窪むほど痩せている。
目の下のクマが濃く、眼光の陰湿さは常人ではない。
老人を木刀で虐待していた様子を思い出すと、人を痛めつけることが好きなのだろう。
こんな奴の下で働くのかと思えば暗澹とした気分になる。
ブラックなどというレベルではないかも……。
砂金の採掘はますます過酷になっていく。
魔物がいなくなった分、さらに作業は急がされていたからだ。
村人たちは全身を泥だらけにして朝から夕方まで働き詰め。
それでも怒鳴られ、殴られ続けている。
ヘイルの務める採掘小頭というのは村人を脅しあげて労働をさせたり魔獣を撃退したりするのが役目だった。
採掘量がザラからの評価に直結するから、分かりやすいと言えば分かりやすい役目と言える。
次の日も朝から老人や子供ばかりの村人たちが泥水に漬かって砂金の採掘を始める。
ヘイルは部下に持ってこさせた酒を飲み始めた。
アベルは情報収集のため、なんとか話しの通じる荒くれを見つけ出して強い奴や魔法使いの特徴を聞き出そうとした。
ところが、ほとんどの賊は聞いてもいないのに自分の事を喋りまくる……。
今まで犯した女のこととか仕出かした犯罪の自慢話だった。
有益な情報は少しづつしか集まらなかった。
アベルはくだらない会話に嫌気が出て、やがて集団から離れて観察に徹する。
身のこなしや歩き方でも、ある程度は技量を見抜ける自信があった。
今この場にいる賊達の中で、際立った者は僅かだ。
ヘイルの他は名前を知らない槍を持った人物が気になるぐらいだった。
そのヘイルという男なのだが、座り込んで酒ばかり飲んでいる。
そんな光景を昼頃まで見ていると、さすがに飽きてきた。
――いきなり上手く行くはずないけれど。
潜入なんか初めてだし。
それにしても色々と酷いな……。
アベルは採掘場の隅の方で一人になり剣術修行を始めた。
木の棒を握り、頭にイースの姿を思い浮かべる。
イースの構えや姿勢を再現しようと試みる。
体勢は、やや低め。
相手に向かって踏み込むような攻撃をするならば、踵は付けないほうが弾みはつく。
だが、踵をしっかりと地面に付けておけば腰から上半身に力が入るので、そこは使い分けないとならない。
イースは足捌きと体の軸が身のこなしの基本だと教えてくれた。
剣の構えは上段か下段が多い。
バランスの良い中段、正眼の構えは意外にもイースはほとんど用いない。
アベルがその理由を聞いたところ、攻撃には上段か突きが適切だからだというのが答えだった……。
下段を用いるのは、頭をわざと晒して相手を誘う時である。
イースの剣術の凄味は素早さ、力で飛び抜けているだけではなく詐術とも思えるような奇妙な動きにあるとアベルは思う。
剣の機動は変幻自在に蠢く。
あれは血の繋がらないイースの父親、ヨルグの影響なのではないか。
夢幻流という、あまり名の知られていない流派の技。
イースの言葉を思い出しながら棒を振り下ろし、上段、打突、八双の構えと連続して体勢を変える。
それと同時に体内の魔力を活性化するイメージを強く持つ。
今、自分の弱点は左目を失ったことによる視界の減少だろうとアベルは考える。
その分は五感を研ぎ澄まして補うしかない。
左目と言えば、この癒しえない重傷を負わせたハーディアという王道国の王女。
あの人物も自分より遥かに強大であった。
剣とダガーの二刀使いで、激しい魔法を行使してくる。
あのような敵に勝つには、どこまで鍛えれば良いものなのか……。
全く想像の及ぶところではなかった。
訓練をしているアベルは、ふと背後に視線を感じる。
振り向くと木の陰からヘイルが見ていた。
不気味な、探るような視線。
そうとう酒を飲んだにも関わらず、顔は僅かも上気していない。
むしろ土気色に淀んでいた。
アベルは背筋に冷たいものを当てられたような怖気を得た。
「ヘイル様。見世物ではありませんよ……」
「ふふ……。お前、なかなか剣術が練れているじゃねぇか。落ちぶれても貴族様ってわけかい」
「……」
「なぁ、お前、何流だ? 攻刀流の雰囲気はあるが、それだけじゃねぇな」
「見て覚えた技術が多いので……いちいち何流とか知っているわけじゃないですから」
「……俺がひとつ稽古をつけてやるか」
アベルは怪訝に思う。
稽古は自分に僅かでも害意を持ち得る人物とは、絶対にやってはならないという考えが広く常識としてある。
稽古の誤りで相手を殺したとなれば、それは無罪になるからだ。
合法的に憎い人間を殺すことのできる手段というわけだった。
ヘイルは村人を殴るために持っていた木刀を構えて、アベルの前に出てくる。
木刀には血や脂が浸み込んでいるらしく、黒々と変色していた。
実におぞましい得物だった。
アベルは激しい身の危険を感じる。
ヘイルは剣士の勘でアベルに怪しさを感じているのかもしれない。
あるいはザラがアベルの意図を見抜いて、ヘイルに始末を命じたのかもしれない。
そんな悪い想像ばかり湧く。
いっそのこと、ここで魔法を併用して全力で戦って逃げるべきなのだろうか。
判断に迷う。
木の棒を構えて相対する気にならない。
「どうした。構えなしってわけか? 達人気取りの鼻っ柱を折ってやるぜ!」
ヘイルは言うや否や、猛然と踏み込んで来た。
頭一つ分ほどアベルより高い身長。
おそらく175センチ程度の体が敏捷に駆けてきた。
アベルは反射的に迎撃。
木の棒を振って木刀を打ち返す。
想像より遥かに重たい打撃だった。
アベルの手が痺れる。
ヘイルは木刀を押し付けてきて、鎬を削るような競り合いに持ち込んでくる。
アベルはヘイルより身長が低いから上を押さえつけられてしまう。
不利だった。
歯を食い縛ってアベルは踏ん張る。
ヘイルが足元を蹴ってきた。
稽古というレベルではない強い攻撃だった。
脛に激しい痛みが走る。
アベルは窮地に立たたされたこの態勢を解きたい。
しかし、ヘイルの木刀は粘りついたように離れなかった。
アベルは本気で抵抗しようか決断しなくてはならなかった。
ヘイルの眼には殺害を楽しむ倒錯者の気配が濃厚にある。
とはいえ、ここで手の内を晒したくはない。
いちかばちか、アベルは全力で押し返したのち一気にしゃがみ込んでヘイルの圧迫から逃れようとした。
しかし、ヘイルの剣先は絡んだ紐のように離れず、アベルの木の棒は脇に払われる。
ヘイルは木刀を素早く返してアベルの腹に突き込む。
アベルのみぞおちに強い圧迫。
前のめりに倒れた。
息ができないほどの衝撃。
全身が鉛のように重たい。
油汗が滲んでくる。
見上げるとヘイルの嘲りに満ちた顔がある。
「もう少しやれると思ったが、所詮は魔法使いの半端な剣術だな」
――こっちは本気を出して無いんだよ!
クソ野郎……。
「治癒魔術師が居ないからザラ様はお前を取り立てたが、いい気になるなよ。ザラ様の右腕は俺だ。出しゃばって目障りになるようなら、殺すぞ」
「……わ、わがりましだ……。ヘイル様がこれほど強くては、僕などお零れにあずかるのが精一杯です……」
ヘイルは満足げに頷いた。
単なる序列争い……。
アベルは痛む腹部に治癒魔法を施す。
しばらく休んで心を落ち着けた。
本気を出していなかったとはいえ、あの粘り強く絡みつくような木刀の扱いは本物だった。
自分の知らない流派の一端を見た実感が、痛みによって刻み込まれた。
ヘイルと鍔迫り合いを行うのは、かなり危険とみるべきだった。
何か対抗策を考えないとならない。
アベルがヘイルの様子を伺うと、再び飲酒に耽りだしていた。
こういう傭兵団とか山賊らしき荒くれどもの流儀を嫌というほど思い知らされる。
あるのは力の優劣だけ。
まさしく獣のやり方だった……。
夕方まで砂金掘りは続き、村に帰る。
その日、ザラや幹部たちは沸き立った。
なぜなら砂金掘りの成果が非常に良かったからだ。
アベルが腕を治してやったラッチという名の少年が、拳ほどもある金塊を掘り出していた。
それだけでなく、手のひらに余りあるほどの砂金を採取した者も数人いる。
もしかすると金脈を掘り当てたのかもしれないと、賊たちは躍り上がった。
コステロが喜びに任せてアベルに言う。
「この分なら、もうすぐ帰途につけるぜ。いくら金があったってよ、密林じゃ買う物もねぇんだ。さっさと中央平原に帰って一生分遊ぶぞ。美味い酒に極上の娼婦。
ズマ様に上納金を納めればザラ様は将に取り立てられる。そしたら今度はデッカイ戦働きで皇帝国の都市を占領すんだ!
目も眩むほどの略奪品が手に入る……ひへへへ。俺の人生も上げ潮だ。こんな糞みてぇな毎日も終わるんだ」
コステロは火傷の跡が残る顔面を、欲に塗れさせながら薄汚く歪ませる。
アベルは追随の愛想笑いを浮かべるが、ポルトでおきた悲惨な略奪の様子を思い浮かべると内心穏やかではなかった。
こんな奴らが戦線に参入すれば、どんなことになるか想像するまでもない。
しかし、一つ思い至る。
――あれ……?
待てよ。このまま賊どもが村を立ち去れば、それはそれでいいのか。
身内を殺された村の人たちは恨みがあるだろうけれど。
危険な勝負はやりたくないしな……。
あとは隙を見て逃げ出せばいいだけだし。
ただ、金塊の行方だけは知りたいので、それとなく様子を見張ることにした。
時間はすでに夜なので、村の中は暗い。
ところどころ焚き火があるだけだった。
監視に向いている場所にボロボロの小屋を見つけたので、そこを使っている賊たちをいきなり棍棒でぶん殴る。
「な、何しやがんだ!」
「うるせぇ! ここは僕が使うと決めたんだよ!」
「はぁ? こんな小屋をどうして……!」
アベルは腹の底から罵声を叫び、三人の賊を蹴り飛ばす。
「出て行かないと本当に殺すぞ! 僕がザラ様に目をかけられているのは知っているはずだ! そんなことも分からねぇクソ頭なら、ぶっ潰してやるか!」
賊たちが必死に逃げていく。
喧嘩なんか日常茶飯事なので誰もあまり注目しなかった。
アベルは自己嫌悪で首を振る。
ここのやり方に早くも慣れつつある……。
ザラと幹部たちは深夜まで酒を飲んで、娘たちを犯しまくっているみたいだった。
アベルは夜通し、眠気を押さえて監視を続ける。
そうしていると夜が明ける前にザラが一人で元酋長の家から出て行く。
小便かと思ったら、そうではない。
手に袋を持っていた。
供も連れないで村の出入り口の方へ歩いていく。
どうやら外に出たらしい。
だが、それほど長い時間の経たない内に戻ってくる。
たぶん、袋の中身は砂金で、それを隠したのだろう。
村外のほど近い所に埋めてあるとアベルは想像する。
これは重要な発見だった。
一人で出歩いているところをイースたちと襲えば、ザラがどれほどの手練れだろうと殺せるはずだ。
アベルは、にやりと笑う。
所詮は悪党。
金を盗られるのが怖くて誰も信用できない人間の末路に相応しい。
一つ問題なのが、ザラは次も同じように行動するかどうか分からないことだ。
もしかすると定期的に行動を変えているかもしれない。
もう少し観察を続けようと思う。
あと僅かで勝利できる……。
アベルは採掘小頭であるヘイルの補佐なので、徹夜明けのまま採掘場に向かう。
ただし補佐と言ってもヘイルは酒を飲むばかりなので特にやることは無い。
今日は採掘のため、ほとんどの村人が集められた。
金が多量に出たあたりを村人だけでなく下っ端の賊も手伝って大々的に掘っている。
アベルは採掘場で少し仮眠をとった。
それからイースたちに連絡をするため、申し合わせていた場所に石を二つ置く。
片隅にある何の変哲もない切り株の上だ。
進展なしなら石一つ。
進展ありなら石二つ。
緊急につき当日夜間に攻撃決行なら三つ。
という具合だった。
土石変形硬化で粘土板のようなものに文字を書いて連絡するという方法もあるのだが、それだと見つかった場合に言い逃れができないので、よほど安全が確認された場合のみに限るとしていた。
アベルは寝不足気味で、昼間はやや気怠いまま過ごしてしまった。
そして、昨日に続き砂金掘りは大幅な成果がある。
昨日の倍ほど金が見つかった。
これは本当にコステロの言う通り、ザラたちが帰る日も近づいている。
アベルは今日、またザラを監視して夜明け前に金を隠しに行くか確かめようと思う。
もし今日も同じように金を隠したら、その行動をイースたちに伝えて、明日か明後日に襲撃を決行する。
そして、ザラを始末する。
ワルトに臭いを追跡させれば、金の隠し場所も分かるかもしれない。
それに隠し場所は最悪、見つからなくても構わないと決めた。
――悪党どもめ。
やったことの代償は払わせてやる……。
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密林に潜むイースとカチェの意見は一致していた。
やはりアベルが心配だ。
アベルの発案ではあったが賊の動向を掴み、さらに砂金のありかを知るために潜入というのは危険が大きすぎる。
苛立った様子のカチェをカザルスは静かに見守る。
アベルに何かあればカチェがどれだけ苦しむことになるか、容易に想像がつくのだった。
カザルスはアベルのことも命に代えて助けなくてはならないと思う。
なんといってもカチェの大切な想い人なのだから……。
カチェは武器の手入れをしながら自分にできることはないか、あれこれと考えてみる。
しかし、具体的にできることは少なかった。
とにかく異常が起きていないか、素早く察知しなくてはならない。
予定では密林の奥に隠れて、明け方と日暮れの時間だけ村を偵察するはずだった。
しかし、アベルが気になるあまり、昼間から村を監視するようになってしまった。
感覚に鋭敏なワルトがいつも上手に接近して偵察を成功させてくれた。
ワルトによるとアベルは賊の中に居ながらも、誰とも慣れ合わないで行動しているようであった。
イースはアベルが直ぐ傍にいないことに違和感を持つ。
考えてみればアベルが従者になって以来、毎日顔を合わせていたのだった。
どのような日であろうと、なにかしら話しをして、共に食べ物を口にした。
そんなアベルが身近に居ないと奇妙な欠損感が生まれるのだった。
こういう心を持つのは、あまり良いことではないのかもしれないとイースは感じる。
しかし、止めようもない。
カチェとイースは密林の合間からアベルの姿を遠くに見つけて、思わず安堵する。
いつまでこんな落ち着かない日々が続くのか……。
続きます。




