獣の見た夢 書籍化記念短編 「誕生日」
※ アベル従者時代の短編です
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イースに従い、ハイワンド領内の巡回任務を終えて部屋に戻ると扉に手紙が挟まっていた。
アベルが差出人を見ればカチェからとなっている。
若干、嫌な予感がしないでもないが、とにかく読む。
すると、何故かどうでもいいような行事について書いてあり、最後に自分の誕生日が近い、などと綴られてある。
別に出頭しろという命令ではないらしい。
アベルは訝しげに眉を顰めた。
「何だろう……この手紙は?」
イースに聞いてみても、良く分からないとのこと。
とりあえず、まだ報告が残っているため、ガトゥの小屋へ訪れた。
ついでにカチェの手紙の件を話すと彼はニヤニヤと笑う。
無精髭の生えた顎を撫でながら言った。
「アベル。お前は鈍いなぁ。そりゃ誕生日を祝えという意味だろうがよ」
「えぇ……?」
あまりの意外さに、たじろいでしまった。
「カチェ様。友達も居ないだろ。相手はお前ぐらいのものだぜ」
アベルは頭を掻いて途方に暮れた。
なにしろ、女性にプレゼントを贈ったことなど一度も無いのだ。
何が何やら、混乱すらしてくる。
「贈り物を買うといっても金がいるぞ」
軍資金を確かめるが、従者風情の月末の財布は悲しいほど軽い。
なんと銀貨は一枚もなかった。
「イース様。相談があります。ちょっと金が必要なんですよ。どうしたらいいですか?」
イースは赤い瞳を向けて、表情ひとつ変えずに懐から小袋を出す。
銀貨を十枚ほど渡してくる。
「足りるか? 返さなくていい」
アベルは固まってしまった。
イースから金を貰って、それでカチェへの贈り物を買う……。
まさにヒモ男だ。
我ながら最悪に情けない。
「いや、イース様。なんとかして稼ぎたいです」
「拘りがあるらしいな。いいぞ。冒険者組合へ行ってみるか」
さっそく城下町の組合を訪ねる。
一階に大きな掲示板があり、様々な依頼書が貼り付けられている。
「イース様。僕たちハイワンドの家臣ですけれど依頼を受けてもよいのですか?」
「褒められたことではないが黙認されている。今のアベルのように金が必要な者がいるからな」
騎士というのは裕福そうにしているが、実際のところ借金塗れが珍しくない。
見栄やら交際やらで浪費するからだ。
アベルは壁に貼られた依頼書を読む。
「ええっと。長期のお仕事依頼です。泊まり込み三食付き。魔術の実験。寝ているだけの簡単なお仕事です。ほうほう」
寝ているだけというのは楽だが……。
「基本的に試作魔力炉のために常時、体から魔力が抜かれます。食事は与えますので魔力は自己責任で補ってください。ただし魔力が尽きた際には生命力を代替とさせていただきます。生命力を失うと髪の毛は抜け、骨は脆くなり、男性なら不能になります。女性なら以下略。なお、生命力が尽きた場合は賠償として死体を実験素材とさせていただきます……だと。
お前が死ねよカス野郎!」
思わずアベルは息を荒げてしまった。
さすが人権などない世界だ。
ブラック求人も、なかなかのものである。
イースが淡々と言う。
「見たところ長期間放置されている依頼だ。誰も受けないのだろう。こういう得体の知れない錬金術師と関わり合いになってはならない」
「どうやら条件の良い仕事は先に取られています。こりゃダメだ。方針を変えよう……」
アベルは自分の所持品が売れるか考えてみる。
持っている値打ちものというと武器関係だが、これは売れない。
次に思いついたのは貴重品の砂糖である。
前に城の料理人から貰った物だ。
アベルは頷く。
今こそ、出番だ。
砂糖は売らずに、これを使ってお菓子を作ろう。
足りない材料はピエールにお願いすればいいのだ。
再び、部屋に戻り、保管してある砂糖を手にしてそのまま騎士団の厨房へ向かう。
料理長ピエールは深く刻んだような皺を眉間に寄せ、凶悪犯も震えるような強面であるがアベルとの関係は良好である。
彼は実に怖い笑顔を浮かべて言う。
「面白そうだな。やってみろよ」
作るお菓子はカスタードタルト。
なぜなら、厨房に材料が揃っているからだ。
アイラが作っていたタルトを思い出しながら、バターを練り、卵を割る。
できあがった生地を適当な皿で伸ばしオーブンで焼く。
次に鍋でゆっくり加熱しながらカスタードクリームを作った。
砂糖は高級品だから貴族でもたまにしか食べられない。
最高の菓子になるはずだ。
生地にカスタードクリームをのせ、慎重にオーブンの火加減を調節。
絶妙な、こんがりキツネ色に焼けて手応えがある。
ピエールはよほど感心したのか唸って言う。
「まるで宮廷料理じゃねぇか! やるなアベル!」
「我ながら初めてにしては、なかなかの出来です」
「お前なら菓子職人でもやっていけるぜ」
アベルは自信作を清潔な布に包み、慎重に籠へ入れた。
すぐに本城へ到着。ハイワンド家の印章を与えられているので、それを見せれば中に入れてもらえるのだった。
目指す部屋を訪れると、ふんぞり返ったカチェが嬉しそうに出迎えた。
「任務ご苦労様! そ、それで今日は何の用かしら?」
カチェはアベルの訪問に期待を高める。
心臓がどきどきしてきた。
もしかしたら誕生日を祝いに来てくれたのかもと胸を躍らせる。
なにしろ、両親すら何も寄越してこないのだ。
あんまりだと不満だけでなく悲しみすら溜めていた。
――用も何も、こっちは必死なのだが……。
アベルはそのような台詞を、やっとのことで飲み込んで、おめでとうございます、と言いつつ贈り物を渡す。
「あ、あら! これは何かしらっ!」
「僕が作りました。砂糖を使った本格的な焼き菓子です」
「ええ~! なにそれっ、凄い!」
カチェは子供っぽく、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
興奮で頬を染め、ちょっと無いぐらいに喜色を浮かべていた。
さっそく女官にお茶を用意させて二人で席に着く。
アベルはタルトを切り分けて、皿に載せた。
さっそくカチェは小さくて愛らしい口を大きく開いて、菓子を頬張る。
「甘くて美味しいわ! こんなの食べたことがない!」
味の良さにカチェは興奮していた。
紫の瞳を輝かせるほど感激しているのにはアベルこそ驚いたが。
「アベル。なかなか気の利いた贈り物です。褒めてあげるわ」
こうしてカチェは上機嫌となり作戦成功だ。
さすがに二人で食べるには量が多すぎたので、残った一切れはアベルが持ち帰った。
夜、その残りをイースに食べてもらうと、これほどのお菓子は生まれて初めてだと大真面目に称賛してくる。
そして、言うのだった。
「アベル。食べ物を贈ったのは正しいな。すっかり無くなっても、思い出だけが心に残る。よいことだ」
「何もかも無くなるけれど、思い出だけが……」
その夜、アベルは二人の女性を喜ばせた成果に満足しながら、ゆっくりと眠りについた。
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