優雅なる束縛
更新になりました。
カクヨムで改稿、誤字修正が終わりまして、少しだけお話が先に進んでいます。
告知としてのなろう版更新なので、一部しか転載していません。
ストーリーの確認をしたい方は、是非、改稿の終わっているカクヨム版をお楽しみください。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054888930318
Twitterもやっています。
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アベルがランバニア王女に促されて部屋を出ると、入室の時には姿の無かった男が控えていた。
王女との会話の最中、僅かに気配は感じていた。
もしアベルが王女に何かを仕掛けたら、飛び出してくる。
そして、あっという間に始末するための男。
その褐色の髪をした男はまだ若い。
二十代半ば。
鍛えられた肉体をしていた。拳は硬い岩のごとくであった。
獰猛なまでの攻撃性を上手く隠している。
淡褐色の瞳。その眼つきは鋭く、アベルを見抜こうと凝視してくる。
かなり強い。直感がそう告げていた。
別に恐ろしくはない。
今日という日は、ヒエラルクという真の化物と手合わせした。
あれと比べれば誰もが小者だ。
「お前、嫌な眼をしている」
いきなりの不躾な感想だった。
だが、当たっているのだろうなとアベルは感じた。
「どこで寝させてもらえるのかな」
「ついて来い」
「名前ぐらい教えてもらえるか」
「ジャバト」
「僕はアベル」
「知ってる」
馬蹄形をした螺旋階段を降りて一階へ。
西側の小部屋に男たちが三人、沈黙して待ち構えていた。
アベルは素早く観察する。
それぞれ短剣を腰にぶら下げている。体つきから戦士に違いない。
浴びせられる値踏みの視線。
どいつもジャバトと似た、というより同一の雰囲気だった。
「俺たちはランバニア王女様の奴隷。護衛が務めだ」
「だろうね。よく鍛えられている」
「俺も仲間たちもランバニア王女様に命を助けられ、ここにいる。この恩は忘れない。そして、お前も助けられたな?」
「……そうだ」
――助けたのは裏があるに決まっているがな。
「もし、お前が王女様を軽んじたり、裏切ったりするような素振りを見せたら容赦しない。そういう場合は両腕を切断することにしている」
「過去にもそういう制裁を加えたことがあるわけか」
無言で頷きすらなかったが、表情は肯定していた。
「分かったよ。で、悪いが疲れているんだ。空いている寝床はあるのかな」
「一番奥だ。厠に行くときは誰でもいい、声を掛けてからにしろ。死にたくなければ黙って動き回るなよ」
脅迫じみた文句。手を軽く振って了解の意を伝えた。
アベルは藁の上に布が敷いてあるだけの寝床に身を横たえる。
出入り口から一番遠い位置。黙って外に出ることなど出来やしない。
だったら寝るしかない。
今日はヒエラルクの弟子たちと死に瀕した駆け引きをした。
ヒエラルクからは痛撃を食らい、もう一歩で殺されるところだった。
酷く、疲れている。
だが、広くもない部屋に知らない人間たちが四人もいる。
疑えばきりがない。
想像する。
うっかり深く睡眠に落ちたところで襲って来る奴ら……。
眼を閉じたが、疲労に反して神経は休息を拒否していた。
安心して寝られる場所すらないのが現実だった。
浅い眠りと、消えることのない緊張。
色々と考えが浮かんでは消える。
これから取り得る最善の手とはどんなものだろうか。
手持ちのカードを整えておく必要がある。
手にある札……あまりに貧弱で笑いたくなった。
金は腰巻に隠した金貨一枚。あとは湿気た銅貨が十数枚きり。
武器が無い。
前に恐喝を仕掛けて来た奴隷から奪ったナイフは土を被せて隠してある。
だが、勝手に移動するわけにもいかないとなれば取りに行くのも難しいだろう。
どこかで盗んで手に入れるか……。
知り合いや協力者がほぼ居ない。
これが、どうにも重苦しいほど辛かった。
思えば、これまでは窮地にあったとしても頼りになる仲間がいた。
ワルト、カチェ、ガイアケロンやハーディア。
今は誰も身近にいない。
唯一の例外がアスだ。
あいつなら、この王宮にも侵入してくるかもしれない。
だが、あの魔女は謁見の前に伝えてきた。
未来は分からない。直ぐに助けにはいけないだろうと。
他に利用できそうな者……奴隷監督官などは論外。
奴隷仲間になったホルモズ。彼は、普通の男だった。
大した頼みは出来ない。
それから陽の差さぬ、暗い牢獄に堕ちた男たち。
誉あったはずの将軍、知恵あるはずの哲学者、意思あるはずの反徒。
皆々、深い穴の底で怒りと憎しみを滾らせていた。
浅い眠りと覚醒を繰り返していくうちに、夜明けとなった。
アベルが身を起こすと他の四人も同時に動き出す。
固い視線を送ってきた。
夜は意外と静かだったが、つまらない真似をするなよ。そんな声が聞こえてきそうだった。
「井戸や水道はあるのかな」
「ついてこい」
ジャバトという名の男の後を歩く。
アベルはそれとなく周囲を観察していく。
石畳の床。石材で作られた壁や天井。
こういった格式のある邸宅の一階には使用人の寝室、倉庫、調理場などがあるはずだ。
会見室もあるかもしれない。
ランバニアの寝室や私室は二階にある。
武器になりそうなものを探す。
どんなものでも無いよりあった方がいい。
出来れば金属。
無ければ石や骨、木などが手ごろだった。
土石変形硬化を使えば尖らせた礫を作るぐらいはできるが、あまり頑丈にはならない。それに出来るだけ魔法は隠しておきたい。
ゴミ捨て場に行けば食べ残しの骨があるかもしれない。
それを加工すれば武器の出来上がりだ。
既に水場では奴隷の女たちが働き出していた。
洗濯や洗い物をしていた。
新参のアベルをちらちらと覗き見る女もいる。
そこで顔を洗い、身を整える。
するとジャバトが拒否を許さない声で言って来た。
「お前、服を脱げ。持ち物を調べさせろ」
「……この服は昨日、与えられたものだぞ。持ち物なんか、何もない」
「俺は自分で確認しないと気が済まない。早くしろ」
用心深い男だった。
しかし、悪くない考えだ。
「ジャバト。僕はあんたの手下じゃない。命令される筋合いじゃないよな」
毎日、検査などされたら、ますます窮地に陥ってしまう。
ところが、アベルの答えを聞いたジャバトが即座に戦闘態勢に入ったのが分かった。
力で相手を捻じ伏せる。それしか知らない男だ。
説得は無意味。
ジャバトは自然な動きで腰を落とし、ほとんど無音で踏み込んできた。
伸びのある真っすぐの拳。
アベルは体を捻って躱し、バックステップで距離をとる。
ジャバトの視線が、さらに冷たくなる。
従わないなら殺す。
たったそれだけの単純な掟。
アベルは足さばきを開始。
跳ねるように左右に振り、偽の動きを入れる。
一転して攻撃的だったはずのジャバトは慎重に間合いを測ってきた。
どう攻めるかアベルは考える。
ジャバトの動きは巧みだった。
どこかで拳闘術を会得しているようだ。それに腰の短剣も気になる。
およそ普通に殴り掛かるだけで当てられる相手ではない。
まずは欺いて、機会を作る。
アベルは腕と肩、拳の位置を工夫しつつ全身を使って動く。
全て騙すための嘘の機動だ。
そして、接近。
ジャバトもまた、フェイントを交え、簡単には見抜けない移動を仕掛けてくる。
アベルは相手の足先を意識する。
といっても注視するわけにもいかないから、つま先は視界の外にある。
それでも鋭敏に磨かれた感覚は、ジャバトの進みたい方向を捉えた。
アベルはジャバトの偽の動きを察知した。裏を掻き、わざと緩慢に相手へ合わせる。
瞬間的にジャバトは体を沈ませて拳を繰り出してきた。
狙っている部位まで見抜けた。顎だ。
迫りくる拳。予想を超えて速いがアベルは首を捻り、拳を回避した。
そして、溜めのない蹴りとパンチを連続して繰り出す。
脛と腹に打撃を入れた。だが、深く入らなかった。
ジャバトは反撃。身軽に回し蹴りを入れて来る。
腕で防御。勢いを抑えたはずが、強い衝撃。
ジャバトはバックステップで距離を取った。
睨み合い。
やはり、かなり強いとアベルは感じる。
女奴隷たちが悲鳴を上げて逃げる。
アベルはそこで、ジャバトの仲間たちに囲まれているのに気が付いた。
いっぺんに襲い掛かられたら、さすがに防ぎきれないかもしれない。
今は短剣を抜いていないが、武器まで使われると一撃で致命傷を与えられてしまう。
どうするか。
あくまで抵抗するか、従った真似をするか。
その時だった。
「お前たち。朝から元気のいいこと」
頭上。邸宅の二階から声。
見上げるとランバニア王女がいた。
胸元が大きく開いた象牙色のローブを着ていた。
梳られた金髪が朝日で輝く。
「ジャバト。アベルはどう?」
「はい。とても強い。危険な男です」
「でも、わたくしには逆らえない。だから、それぐらいで遊ぶのは止めなさい」
ジャバトが攻撃態勢を解いた。
刺すような闘争の気配は泡のごとく消え失せて、別人と見紛うほど静か。
王女の命令は絶対であった。
カクヨム版にはこの先も書いてあります。
なろうの更新は、いまのところ未定です。




